正義と憎悪
「…この『能力』は小さい頃から自覚があった。物を震わすだけで、何にもならないと本気で思っていたんだ。だが塾の帰りに安住に何度も何度も殴られた時だ。殴られ過ぎて胃が痙攣して、反吐が出た時に思いついたんだ。この『能力』の応用を。…そこからは何度考えることを辞めても想像が立ち上ってきた。俺にやるべきことはあるんじゃないかって思えてきたんだ」
「やるべきことというのが、殺人だったのか。そしてそれを木田にも、同じことやったのか」
言われても筒井は返事をしない。群青はさらにまくし立てる。
「木田は何も悪くない!犯人を探していたが僕と相談して、君には武力行使をしないと約束してもらっていた!なのに!」
群青は自分が怒っていることに自分自身で驚いていた。こんな自分は本当に久しぶりだった。
濁流の如く感情が湧き出てきて、言葉の熱気と共に外へ放たれた。
「当事者でも無いのに首を突っ込むからだ」
筒井もやや感情的になっており、平静より声が高い。吐き捨てるように喋った。
「中学の時、安住の友人だったらしいがどんなもんだか。あいつのことを何も知らなかったじゃないか。あいつがどれだけ残虐で酷い奴だったか、君も椎名も誰も知らない。学校の皆もだ!あいつは優秀で優しい生徒だったと皆が思っている!悲しんで悼んでいる!何も知らない癖にな!」
無意識に力んだのか、その時エアガンからバシュッと空気を裂くような音が一回響いた。
意図的に撃ったのではないことは筒井の驚いた表情で明らかだった。
適当な方向に向けていた銃口から発射された弾は、床に無造作に置かれていた一斗缶に直撃した。カツンという甲高い音が間をおかず二連続で聞こえ、一斗缶の後ろの床に弾がぶつかる音が聞こえた。
群青は戦慄した。エアガンの弾は一斗缶を簡単に貫通したのである。床に落ちたはずの弾は転がってこなかった。床にめり込んだと思われる。
「…『マングラー』はどんな物体でも刃物のように鋭利にする、こいつはそう言っていたな。確かにエアガンでもこの弾なら実銃並みだ」
「香田には何をしたんだ。心不全じゃないみたいだ」
香田は依然としてベッドで仰向けのまま、荒い呼吸をしている。意識はあるみたいだが立ち上がる気配は全く無かった。
「こいつは木田との戦闘の怪我で寝込んでいたから、さっき急襲して頭を揺さぶったんだ。『ハプニング』でな。脳震盪といったところだ」
「筒井、君はどこへ行こうとしているんだ。どこへ向かおうとしているんだ」
「決まっているだろう」
今度は明確な意思でエアガンを動かして、銃口を香田の顔に向けた。
「正義を行うんだ」
「君が思う正義の行いは、世間では間違いなく殺人だ。犯罪だぞ!」
「今更か。安住を殺した。木田もだ。このうえ香田を殺したって大して変わらない。それに『能力』は警察や法律ではどうにもならない。そんなことはお前も分かっているだろう」
「法律では君は有罪にならないかもしれない。だけどもっと感情的なところで駄目だと、僕は思っているんだ」
「感情?俺自身の良心に訴えているのか?」
「違う。僕だ。君にこれ以上人殺しをさせたくないんだよ」
筒井の顔が歪む。まるで今一番聞きたく無かった言葉を聞いたかのような顔だった。
「上手く言えないけど、君にはもっと楽しい人生を生きて欲しい」
「他人の人生の良し悪しを勝手に測るな。自分だって無気力に、無為に生きているくせに」
「そうだ。だけど今では違うんだ。今すぐでは何も出来ないけれど、いずれ僕はどこかへ向かいたい。いずれなりたいものになれるように進んでいきたい。君もそういう風な考え方をして欲しい」
群青は筒井の持つエアガンを指さした。
「今それを撃ったら、きっと君は戻れなくなる。自分は正義を行う人と決めつけて、悪人を探すだけの人生になってしまう。君は別に、昔からそんな人間になりたいと思っていたわけじゃないだろう。色々な出来事が、要因がその心を作ってしまった。でもそれは終わらせて、これからどうありたいかを考えよう。協力するよ」
「俺はただ世の中にいる理不尽を無くしたいだけだ。…利己的で他人の不幸をどうとも思わず、自分の利益だけを望むような奴を、制裁したいだけだ!それが俺の望みだ!目の前に現れたそんな奴は全員裁く!それが俺の夢で、俺にしか出来ないことだ!」
「虐められた腹いせを、世の中の全てに向けようとするな!」
「群青!!!」
筒井は片足を上げて、大きく床を踏み鳴らした。
その瞬間、群青の全身に震えが走った。先程、高校で体験した震えと同様で、さらに強力だった。
群青の身体へ振動を通したのは床であり、床の振動はハシゴにも伝わっていた。群青が身体を預けていたハシゴは大きくぐらつき、バランスを失って後方へ傾いた。
「うあっ!」
恐怖に悲鳴をあげる。ハシゴは重力に押されてひっくり返るように後方へ倒れていった。
群青の姿は数秒でロフトから消えた。
「手からしか出せないと思ったのが敗因だな。群青」
群青の姿が完全に見えなくなったロフトで筒井が呟く。群青は既にハシゴごと一階に叩きつけられたのだろうが、もはや確認する必要はなかった。
エアガンを香田の額に、当たるほど近づける。トリガーにかけている指をもう少し引けばいい。香田の『マングラー』が強力なのは経験済みだ。鋭利化した弾は骨も貫通する威力となっている。
トリガーを引けば今この場面は完結するし、自分の新しい人生がスタートする。自分のやるべきことをやるだけだ。
あと一、二秒、何もなければトリガーは引かれていただろう。
だがそうはならなかった。
軽く木の軋む音が筒井に聴こえた。聴こえたと思った時にはもう姿を現していた。
「筒井!」
ハシゴにしがみついている群青が、ハシゴごと戻ってきていた。
倒れた動きを巻き戻すように、重力とは正反対に上がり戻ってきていた。ハシゴは、高速でロフトの縁にぶつかった。
群青は『能力』を、振動が来た際にハシゴに触れて発動させていた。
床へ群青ごと落ちる前に『能力』を解除したことで、ハシゴは倒れる前の位置と角度へ戻って行った。
縁にぶつかった際の勢いを殺さずに、群青はそのまま大きく前へ跳んだ。筒井に身体ごとぶつかる。
「ぐわっ」
群青を支えきれず二人は思い切り倒れた。倒れた先は香田が寝ているベッドで、思い切り二人にのしかかられて香田は呻いた。
筒井が持っていたエアガンは手から離れて床に落ち、軽く跳ねてロフトの床を越えてしまった。すぐに一階に物が落ちる音が聴こえてくる。
「くそっ!」
筒井が毒づく。
二人はベッドから落ちて、床で絡まるように取っ組みあった。
「離れろ!」
筒井が体勢を直して群青の上に馬乗りになった。
「邪魔するとお前も安住のようにするぞ!」
「やってみろ!出来ないくせに!」
言われて筒井は群青の頬を思い切り殴った。口の中が切れて痺れるような痛みに襲われる。
だが『能力』を使ってこない限り、まだ可能性はある。群青にはそう思えた。
「君が安住を殺したのは、個人的に安住のことを憎みきっていたからだ!だが君は木田には恨みはない!木田に攻撃したことだって、後悔しているんじゃないのか」
「…」
「木田は助かる。椎名にAEDを探してもらいに行った。それを見つけて処置できればきっと助かるはずだ」
「…」
「筒井、まだ戻れるはずだ」
筒井は振り上げていた拳の行き場を見失っていた。
その時、何かが向かってくる気配がした。香田だった。既に回復していたのだ。
「てめえら!」
両手で何かを握っている。ただのボールペンだった。だが香田が握っているということは、それは既に『マングラー』によってアイスピックなどと同様の『その気になれば人を殺せる』ものへ変化していた。
「危ない!」
群青は上体を起こして、馬乗りになっていた筒井を突き飛ばした。そこで香田が激突した。
「うぁあ!」
一瞬の衝撃の後にすぐさま激烈な痛みに襲われた。香田の向けたボールペンは群青の腕に刺さり、骨に届いた。
「てめえらただじゃおかねえぞ!」
鬼神の如き表情の香田はボールペンを掴んだ手を離さず、そのままグリグリと回し始めた。
「うわあああああ!」
群青がこれまで感じたことの無い痛みだった。視界が白くなり何も考えられない。
「香田!」
筒井が飛びかかった。香田ともみくちゃになり、群青は痛みのあまりそこから這いずってでも離れようとしたが、怒りの香田は二人の腕を掴むと、ラグビー選手のように万力の力を込めて突進しだした。
狙いは落下だ。二人を二階から落とそうとロフトの端へ駆け寄った。
「ふざけるな!」
筒井が叫び、掴まれていない方の手で香田の首後ろを掴んだ。
その瞬間、群青の身体にビリっとした衝撃が走った。
これは振動…『ハプニング』だ。香田の身体を通して群青まで振動が及んでいた。
首に振動を当てられた香田は、気絶こそしなかったものの大きくバランスを崩した。三人は既にロフトの端まで来ていた。
感覚が麻痺しているのか意図的か、群青達には分からなかったが香田は手を離さなかった。
「うわあぁあ!」
香田が足を踏み外すと、それに引っ張られて三人は同時に落下した。防ぐ手段は何もなくゴッとコンクリートの床にぶつかる、鈍い音が三人分響いた。




