今でも憎んで何が悪い
「筒井、君が犯人だ」
「なんでそう思う?」
筒井はうろたえていた。明らかな動揺だった。理不尽な責めにあっている男の反応だった。
「おかしいだろ。安住が川で浮かんでいた時、俺は橋に立っていたじゃないか」
「…安住くんを襲った後、本当に死んだか不安になって、様子を探るためにまた戻って来たんじゃないのか」
「…そこまで疑う根拠は?」
今の群青には確信があった。
「香田の家で襲われた時の君の反応に、椎名が怪しく思ったのが始まりだ」
「…こう言っちゃ何だが群青…」
言いにくそうに筒井は言う。
「俺と君は中学時代を入れると、それなりに長い付き合いだよな」
「うん」
「椎名さんは良い人だけど、椎名さんを信じる一方で、俺の言っていることを真っ向から嘘だと言うのは、傷つくよ」
「だが…君は嘘を言ったんだ」
一瞬の沈黙が、訪れる。
「いつ?」
「僕が前に、君に安住君とは知り合いだったか、と聞いた時、君は違うと言ったんだ」
筒井は何も言わなかった。ここで何も言わないのは、言葉より雄弁だった。筒井はこの後に言われることを概ね予想できていた。
「それは嘘だった。僕らは…君と小学校が同じだった生徒を学年で見つけた。その人に聞いたんだ。君と安住君は知り合いだった。いや…」
これから言うその言葉は、群青は嫌いだった。今まで自分には縁は無かったが、それでも辛い気持ちになった。
「君は安住君に虐められていたんだ」
「…」
「その人はよく覚えているそうだ」
「…」
「…だから…君は僕に、僕らに嘘をついていたんだ。そして君は安住君を恨む理由があるんだ」
「ただの昔のことじゃないか」
筒井が群青を見て言う。その目つきはどこか変だった。いつもの目つきではない、平常心とは遠いところにある目つきだった。
「昔のことだよ。それが人を殺す理由になるのか。虐めっ子が死んだ時の死因は、必ず虐められっ子による殺人だとでも言うのか」
「本当に昔のことなのか」
「当たり前だ。何年も前だぞ」
「それなら何で、そんなに憎いと思っているんだ」
「思ってなんかいない」
「死んだ今も、憎いと思っているのか」
「思ってなどいない!」
筒井が叫ぶ。今にも掴んできそうな剣幕だった。息も切れ始めている。
しんとした階段の踊り場で筒井の声だけが響き渡る。木田は険しい顔をしていて、椎名は焦りで落ち着かないのか、しきりに髪の先をいじっていた。
対して群青は静かだった。
「僕は、椎名を信じているんだ」
「急になんだ?」
「椎名は相手の感情が『能力』で分かる。そういう『能力』だ。…君はこの言葉の意味が分かるはずだ」
「…」
どこまでも張り詰めた空気だった。
「君も『能力者』なんだろう」
「…」
筒井は、黙っていた。何も言わなかった。
しかし群青は筒井の言葉を待っていなかった。
「香田の家に行った時も、本当は何が起きていたか分かっていたんだろ」
「…」
「だから僕が言うことも分かるはずだ。椎名は『能力』の応用で誰が『能力者』かを特定することが出来る。だからこそ事件の日、安住くんを殺した犯人が誰かは分からなくても、犯人が『能力者』だとは推測出来たんだ」
「…!」
「君は、僕から香田という人物について捜査すると聞いた時、驚いて動揺したはずだ。殺人であると思われていることもそうだが、自分とは全然別の人物が容疑者に上がっているのだから。だから、興味を持って香田の家への同行を志願したんだ」
「…」
「そして香田の倉庫で香田に襲われた時、君から『能力者』独特の感情を椎名は感じ取った。それまでは僕や木田が近くに居たことで、椎名は気づくことが出来なかったんだ」
…『シックス・センス』の弱点はここにあった。匂いとして感じているため、複数人で集まっている時は匂いが誰によるものなのか、瞬時に特定することが出来ないのだ。
あの時、椎名が倉庫のシャッターまで近づいた時、そこで初めて近くに居た筒井の匂いのみを嗅ぐことができた。
それまでは他の二人の『能力者』、群青と木田によって匂いが混じり、筒井の匂いのみを捉えることが出来ていなかったのだ。
「…そして椎名は『能力』によって知った情報をハンドサインで教えてくれる。相手が嘘をついている時のハンドサインもある。それはさっき送ってくれていた。君に安住くんのことを聞いた時…憎んでいるかを聞いた時に」
相手が嘘をついている時、椎名は髪を触る。真壁に尋問した時に使用した嘘発見の手段だった。
筒井は後ろにいる椎名を見なかった。今となってはもう見る必要は無かった。今、自分がどういう立場に置かれているのかを理解しつつあった。
「憎んでいるかと聞いた時、君は憎んでいないと言った。だけど僕は椎名を信頼している。椎名はそれを嘘だと僕に教えてくれた。君は安住くんを恨んでいる。今でも憎んでいるんだ」
ハンドサインを送ってきた際に、椎名が辛そうな表情をしていたことを、群青は見逃していなかった。激情の匂いを嗅いだのだろう。それは筒井の内側に潜む憎悪だった。
「皆内先生だ、と僕が家庭科室で言った時もそうだ。君はあの時、安心していた。そういう感情を持っていた。『あと一人調べるべき人物』が自分かもしれないと思って、ずっと不安に駆られていたのがそのタイミングで安心感に変わった。僕が皆内先生と話していた間も、ずっと安心していた。それを椎名は見逃さずに、僕らにこっそりハンドサインで教えてくれた。この時点でほとんど確信に近づいていたんだ」
「…」
筒井の無言は続いた。ただ群青を見ていた。怒っているような、悲しんでいるような、形容しがたい表情だった。
「筒井、僕達は友達だ」
群青は毅然とした態度で告げた。
「こういう状況になったからこそ、それがむしろ分かった。だけど君は安住くんのことを隠していて、そして『能力者』だ。…僕は椎名と椎名の『能力』を信じている。だから今の君を犯人だと思うしかないんだ」
「そうか…そういうことなんだな。分かったよ、群青」
その時、椎名の様子が少し変わった。
表情に不安の色が見えた。何かを感じ取ったのだ。誰かの感情の変化を『能力』で察知したのだ。
「筒井、正直に話してくれ。そこから、これからどうするかを話そう」
群青も直感で感じ取っていた。
表現しがたい漠然とした嫌な予感があった。筒井への説得を続けていたが、それは自分自身を安心させたいという想いの裏返しでもあった。
早く筒井に本心を打ち開けてもらって、そこから前向きな話し合いをしたかった。全てが上手くいく未来の道筋を、ここに居る皆で辿りたかった。それが出来れば何よりいいのに、と心から思っていた。
一方で木田は、群青を擁護するように筒井へ話しかけた。
「筒井。お前が正直に話すのなら、もうそれ以上は責めないでくれと、群青は俺らに頼んできたんだ。その意図を汲んでやれよ」
木田の言葉に反応して、筒井は木田へ振り向いた。
筒井の心が開きかけた。いや、違う。
木田へ振り向いている筒井の背後を、群青は見ていた。その背中から放たれている暗い意志を感じた。
不安は確信に変わり、予感は現実になり始めていた。
椎名も『シックス・センス』で感じ取り、多大なる恐怖に襲われていた。
筒井が木田を見たのは、話し合うためではなかった。距離を測っていたのだ。
自分の攻撃の間合いを。
筒井が動いた。一瞬腰を落とすとバネのように階段を一段、二段と飛び上がり、腕を伸ばした。伸ばした腕の先には木田が居た。
…群青、木田、椎名の失敗はいくつかあった。
木田は事前に群青に提案をしていた。筒井を問い詰める際には万が一のことを考えて、視界が広く動きやすい体育館にしようと。
その提案を群青は感情に流されて反故にしてしまい、狭い階段で話を始めてしまった。
そしてその想定外の事態において、木田は対応しきれていなかった、狭い場所ゆえ動きにくいにも関わらず、筒井に対して十分な間合いを取らなかった。
椎名も、木田のすぐ後ろに立ってしまったため、木田が動ける余裕を無くしてしまっていた。
だが何より最大の失敗は…、
全員が筒井を信じ過ぎたことだ。
「『ハプニング』」
筒井の発声と同時に『それ』は発動し、筒井の手を通して何かが、触れていた木田の胸部へ叩き込まれた。
ドン!という音が聴こえたような気がした。
筒井が触れてからあっという間に、木田の身体は崩れるように傾き、階段でバランスを崩して倒れた。受身も無く額を階段に強打したあとは、自重で滑るように何段か落ちた。
「木田!」
叫ぶ群青。椎名は黙ったままだった。筒井が振り直って群青を見た。
「知られたのなら…それはそれでいい。だが俺は誰にも裁かれないし、裁かれるいわれはない。責められることも拒否する」
群青にも手を伸ばす。
「そして、許されることも」




