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今を生きろ  作者: 豆腐
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犯人

「なぁ筒井」


 群青は筒井の家に居た。未だ学校を休んでいる筒井へ、三度目のお見舞いだった。


 前回と同じように群青は床のクッションに座り、筒井は自室のベッドに座った。来訪も三度目なので、筒井は最初の頃よりもだいぶリラックスして群青を迎えているようだった。


「なんだい」

「実は木田が、とある人物に関心を持っていてね」


 話を切り出すと筒井の顔が渋くなる。


「まだ犯人探しをしていたのか。それにもう君は止めたんじゃなかったのか」


「そう。もう止めることにした。でも最後にあと一人、確認しないといけない人が出てきた」


「香田の時も、あと一人だったんじゃないのか」


 言いながら筒井は苦笑する。


 だが群青が真剣な表情をしていると、やがて筒井も同様に深刻な表情をした。真剣な眼差しで見合っていると、たちまち空気が張り詰める。


「…何か、分かったのか」


「…いや、分からない。決定的なことは、まだ。だがあと一人だけ調べる。それで最後になると思う」


 言って少し間を開ける。群青は考えていた。


 そんなことはあるのだろうか、こんな推理が事実だということはありうるのか。


 確認するには調べないといけない。調べないと納得することはできない。ここまで来たら真実を知りたい。納得への探求が群青の原動力だった。


 たとえどんな真実だとしても、知らなくてはいけないと、今やそう思っている。


「筒井、君にも立ち会ってもらいたい。決着が付くかもしれないその場面に、君にも居てもらいたい」


 群青が筒井に頼むと、筒井は緊張を残しつつ微笑んだ。


「分かった。付き合うよ。俺も真実を知りたい。群青、君が協力を求めるなら協力するよ」


「ありがとう筒井」


 群青は素直にお礼を言った。この騒動を経て、筒井に対しては以前よりも多くの親しみを感じていた。


 それまで多少話す程度の知り合いとしか認識していなかったが、今ではかけがえのない話相手だと思っていた。抱えている悩みや問題を話してもいいと思えるほど、信頼の感覚を覚えていた。


 何がきっかけだったろう。筒井の家で、悩める彼に温かな言葉をかけた時からか、あるいは共に香田の倉庫で死戦を乗り越えた時からか。


 だが何だとしても単純に表現して、これは友情というのだろう。彼を親友というのだろう。そう思えた。






「皆内先生かもしれない」


 群青、木田、椎名、筒井の四人は家庭科棟の教室に集まっていた。集まるがいなや群青はいきなり切り出した。


「…なんでそういう推理に?」


 筒井は訝しげに聞く。筒井にとって皆内先生は担任ではなかったが、多少は会話をしたことがある。


 筒井にとって、温厚で優しい皆内先生と殺人犯は結びつかなかった。


「先生はあの夜、現場の橋のそばに居たんだ。事件の翌日の朝礼で言っていた」


「…犯人が正直にそんなこと言うだろうか」


「自分は疑われないという確信があったのかもしれない。とにかく確認をしようと思う。先生は放課後に校内を回って戸締りをしている。僕は自分の教室で先生が来るのを待つ」


「来た後にどうやって確認するんだ」


「カマをかけてみるさ」


 実際のところは、群青は椎名の『シックス・センス』を大いに頼っていた。


「僕が話している間は、木田達は教室の外で様子を伺っていて欲しい」


「分かった。群青、こちらが怪しいと思ったらサインを送る」


 木田の発言も『シックス・センス』にて事態を判断することを前提としている。


「うん。確認はこれくらいにして…行こうか」


 群青は他三人を見て言う。筒井は不安げに落ち着かなさそうだった。


「今日、これから確かめに行くのか?」


「うん。今なら皆内先生は校内の巡回をしているはずだ」


 そして四人とも家庭科棟を出て行った。


 先頭を歩く群青の瞳には決断めいた思いが秘められていた。




 放課後の教室で群青は一人、窓辺に立って外を眺めていた。木田達とは距離を取って、一人で皆内先生が来るのを待っていた。


 陽はやや暮れ始めていた。夕陽が町の建物群から顔を出して教室内も温かな色に変え始めている。


 外を眺め続けていると様々なものが見えてくる。


 校庭を走る部活動の生徒、敷地の外の道路を歩いている主婦や、犬の散歩をしている老人。測量をしている技師も見えた。遠くのマンションにはベランダに立っている人や、外階段を降りている人が見える。


 耳を澄ませば微かに工事の音が聴こえる。車の走行音、校内からは廊下を歩く音、誰かが笑っている声が聴こえる。


 全ての人が何かをしているのだ、と群青は当たり前のことを考えていた。だがその感覚がこの瞬間には新鮮に感じられた。


 全ての人が今この瞬間に、何かのために動いている。全ての人が今を生きている。


 自分もまたそうだった。納得するために動いている。真相のために今、ここで待っている。


「群青くん?」


 呼ばれて振り向いた。群青はその人が来るのを待っていた。


 振り向くと皆内先生が居た。


「もう帰らないと」

「…先生」


 群青は迷っていた。どう切り出すべきだろうか、と。


 しかし自分の考えを、自分の想いを話したいという気持ちが、迷いを大きく上回っていた。


「先生、話したいことがあります」




 教室のすぐそばの廊下には木田、椎名、筒井の姿があった。三人は教室の入口付近に立って、隠れながら覗くように教室内を見ていた。


 室内には群青と皆内先生が居る。


「会話し始めたぞ」


 木田が言う。豪快な面もある木田だったがこの場においては緊張を隠せていなかった。


「椎名、何か分かるか」

「…まだ」


 椎名も心配そうな表情で群青を見つめている。筒井も群青と皆内先生のやりとりの様子を見ていたが、ふと木田と椎名に対して質問した。


「もし今何かが起きたら、その時は急いで割って入るんだよね?」


「…ああ。何かが起きるなら、な」


 三人とも緊迫した様子だった。




 程なくして皆内先生が教室を出て行った。木田達はバレないように一時身を隠して、皆内先生の姿が見えなくなると教室へ戻ってきた。ちょうど群青が教室から出てきた所だった。


「どうだった?」


 筒井が聞くと、群青は首を横に振った。


「はっきりとは断定できなかった。…先生は体育館と倉庫の戸締りがまだだからと、そっちに行った。それが終わったら最後にこの教室の鍵をかけて帰るらしい」


 群青の話を聞いて木田が進言する。


「…ついて行って俺らも直接話を聞こう。その方がもっと分かるはずだ」




 群青達は階段を下りて一階へ向かった。先頭を歩くのは群青だった。


 ――群青の歩みは重かった。時間が惜しい、そう群青は考えていた。早く楽になりたい。全てを知って、全てを理解して、どんな形であれ納得が欲しい。


「群青?」


 筒井が後ろから声をかける。あまりに歩くのが遅いので気にかけたのだ。


 群青が振り向くと当然そこには筒井が居て、背後に木田と椎名の姿があった。木田は心配そうな表情をしていた。


「なあ筒井」


 群青が話しかけ始める。


「おい群青」


 それに対して木田が制止するかのように声をかける。張り詰めた声だった。


 椎名が両手を胸のあたりに当てていた。多大な緊張と不安に襲われていた。『能力』ゆえに、椎名が一番最初に気づいたのだ。


 群青の心に、決心の気持ちに。


「筒井…皆内先生が犯人かも、と言ったのはフェイクだ」


 世界の全てが沈黙しているように感じられた。


 群青は周りの物音が何も聞こえていなかった。誰の声も、何の音も聞こえず、群青自身の呼吸も心音も、この時だけは感じなかった。集中の極地が全ての要素を遮断していた。


 筒井は群青を見つめている。何を考えているのか、群青には分からない。


 ただ自分は、決めた言葉を静かに紡ぐしかない。


「君が、犯人なんだろ」


 夕暮れの朱色に染まった階段の踊り場で、群青の声が静かに他の三人に染み渡った。

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