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今を生きろ  作者: 豆腐
23/32

椎名 静との温かな会話

 二人とも徒歩通学で、家へ帰る途中までは同じ通学路だった。二人は校門を出て、横に並んで歩いた。


(今日に限って誘ってきたのはやはり、木田から言伝があるのだろうか)


 歩きながら群青は考える。当然考えるだけでは答えが出ない。


「木田から何か言われたことでもあるのかい」


 回りくどいのも面倒だったので正直に質問した。だが椎名は即座に否定した。


「ううん、何も言われてない」


 何かあると疑っていたので、この反応は群青にとって予想外だった。


「金曜日…僕と筒井が帰った後、何かあったかい」

「ううん、あの後は木田くんと少し話をして…帰ったよ」


「…そうか」

「うん」


「…」

「…」


 会話があまり続かないのが辛い。


「土日は?」

「はい?」


 唐突に不明な質問を投げたので、椎名はいつもより高い声を出す。群青には新鮮な声だった。


「土日は…木田と連絡を取ったりしたのかい。いや、今後どうするかみたいな話をしているのかな、と」


「ううん何も連絡してない。…木田くんって土日はたいていバイトを入れているから、忙しそうだし」


「バイトをしているのか」


「多くは聞いたことないけど。大学入学のためのお金にするんだって」


「大学?今から?」


 入学して一ヶ月半程度の群青には、進学のことなど遠い未来としか感じていなかった。恐らく大半の高校一年生が同じ感覚を抱いているだろうとも、想像した。


「両親は出してくれないから、行くんだったら自分で貯めるしかないって、前に言ってた」


「それは…随分忙しい生活をしているんだな。それでも犯人探しをしているんだから、木田にとって安住は本当に親友だったんだな」


「うーん…」


 椎名は首をかしげる。歩みは遅くなり、そして歩みを止めた。


「椎名さん?」


 先を歩いた群青が振り向いて立ち止まった椎名を見る。椎名もまたこちらを見ていた。悩みを秘めた目つきであるように群青は感じた。


「それについて少し話したいんだ。あと、呼び方は椎名でいいよ」




 座って話すことに決めたが、群青は話す場所について悩んでしまっていた。


(こういう場合はお洒落なカフェがいいのだろうか)


 少なくとも図書館のロビーでは駄目な気がしていた。しかし悩んだものの、自分の引き出しに入っていないものは引き出しようがなかった。


 結局、店も知らずお金も無いので、公民館内にある素朴で小さなカフェに決めた。


 公民館に行くのはあの夜の事件以来だった。ここから家への帰り道で筒井に会い、木田に遭遇し、多くの事柄が始まってしまったのだ。


 百五十円の安いコーヒーを二つ買って群青は席に行く。席には既に椎名が座っていた。


「ありがとう」


「いや、なんか変な所ですまない」


「ううん。落ち着く場所だと思う。この公民館の中にカフェってあったんだね」


「わりと穴場だから休日も人は少ないんだ。勉強とか読書に使っている」


「私も使おうかな」


 そうなると休日にバッタリ出会いかねんな、と気づいて、勧めておきながら困ってしまった。しかし何故困るのか、その心理が自分自身でよく分からない。


「なんだっけ…そうだ。木田の話だ」

「うん。木田くんと…安住くんのことなんだけど」


 言いながら椎名はコーヒーを一口飲んで、その後に言葉を続ける。


「私、妙に気になって木田くんと同じ中学校だったクラスメイトの子に、木田くんと安住くんのことを聞いてみたんだ。木田くんはわりとヤンキーっぽい人達とつるんでいて、安住くんは成績が良くてハツラツしていて、優等生のポジションだったんだって」


「なんか、そう聞くとキャラクターが全然違うんだな。不思議とウマが合ったのかな」


「…その違いどおり、二人は特別親しい感じでは無かったんだって」


「え?」


「少なくとも私が聞いたクラスメイトは、二人が仲良くしているところを全く見たことなかったって。親しい友達や仲良くしているグループも全然違ったって」


「でも木田は安住のことを友人だと…」


「よく考えてみたんだけど、木田くんは積極的に友人とか友達って言葉を使っていなかった気がするの。知り合いとか同じ中学って言い方ばかりだった気がする」


「そうだったっけ…」


 しかし群青も言われて思い出す違和感があった。木田は安住のことを話す時、妙に冷静だった。その時の違和感が群青の記憶にうっすらと残っていたのだ。


 木田は安住の死に関して、哀しんだり涙ぐんだりしたことは一度も無かった。それは木田の気丈さゆえかもしれなかったが、しかし安住との思い出を何一つ話してこなかったのも、また事実だった。


 木田が香田に激情を向けた時、その激情の源は安住の死だったのだろうか。それもあったかもしれない。だがそれよりも、香田の悪行と歪んだ精神について激怒しているようにも見えた。


「その元クラスメイトが、単純に木田や安住の交友関係についてあまり知らなかったって可能性は?」


「その子は木田くんと当時、結構話していた仲だったみたいなんだけど、安住くんの名前を木田くんから聞いたことは一度も無かったって」


 そこまで聞いてもなお、群青は納得がいかなかった。


「…友達じゃ無かったとして、なんで木田はあそこまで躍起になって、安住殺しの犯人を探しているんだ」


「私の推測だけど…純粋な正義感かも」


「正義感…?単純に悪い奴を懲らしめないと、という…?」


「あるいは、それを行うこと自分の中で何かが満たされるのかもしれない」


「何が?」


「自分らしさ、みたいなものかな」


 群青は椎名の言っていることについて理解出来るような気がするし、全く理解出来ないような気もしていた。


「その両方なのかもしれないけど」


 椎名は補足するように付け足したが、群青は余計混乱した。


「それは…つまり…存在意義アイデンティティみたいな話なのかな。『能力』を使って正義らしいこと…正義だと思えることをすることで、自分の存在意義を見出している、みたいな」


 群青に言われて椎名は小刻みに頷く。どこか自信が無いように見えるのは、椎名も確信が無いからだろう。


「…真壁さんが前に言っていたよね。自分の『能力』をどう捉えるかって。真壁さんは神様からの贈り物だと考えてるって言ってた。そして『能力』を使って幸せに生きることが自分の人生の意味だって」


「木田にもそういう考え方はあると?」


「私はそう思う」


「何のために『能力』を持っているのか、そしてどう使うべきか…という、ある意味では繊細な悩みを抱えていると、そういうことか」


 木田はもっとシンプルな考え方をする豪快な男だという印象が群青の中にはあったので、椎名の推測を受け入れるのに少しの時間がかかった。


(しかし確かに、付き合いの浅い自分は、木田の表面的な部分しか知らないわけだからな)


 椎名は、群青が話の内容を受け入れるための時間を作ってくれているかのように、黙って群青を見ていた。


 群青が椎名の目を見ると、話を続けた。


「人生の意味とか、何のために生きているかとか、そういうことは全く考えないし悩まない人って居ると思う」


「うん」


「反対に、それを考えずにはいられない人もいる。私は後者なんだ。群青くんは?」


「…僕もどっちかというと後者だ」


「同じだね」


 椎名が柔らかく微笑む。椎名も笑うんだな、と少しだけ驚く。


「木田くんも、群青くんと同じなんだと思う」

「同じ…?」


 群青は眉を顰める。


「木田くんと一緒に居るとたまに、何でもない時なのに虚しさや焦りの匂いがしてくるの。まるで心に置いてあるそれらが、ふと油断した時に漏れ出でくるように、時々匂いがするの」


「それは彼が悩んでいるから?自分の人生に。言い換えれば、何をやるべきかということに」


「私は、匂いを感じた時に木田くんの様子を見て、そうなのかなって思う」


「…考えたり悩んだりしながら、ああして行動しているのだとしたら…それは偉いと思うよ。僕も確かに人生の意味について考えてしまうタイプだけど、今では答えを出すことを諦めている」


「…」


「最近は何も考えずに生きている。何もやらず、何も感じずに生きている」


 群青の目から生気が消えていく。


「最近思うのは、人って何も考えなくても生きていけるんだなってことだ。単純に僕が両親に育ててもらっている身だからかもしれないけど、でも恐らく大人になって仕事を持つようになっても、同じままな気がする。ただ生きていくだけなら、人生はそんなに難しくない。ただ、何もない。悩むことも、考えることも、落ち込むことも無ければ、心から幸せだって思うこともない」


 いつからだろう。


 いつからそうなってしまったのだろう。


 原因は無いと思う。原因は無く自然と落ち込んでいった。自然と夢は居なくなり、自然と覇気は遠ざかった。自然と空っぽになってしまった。


 自然と消えていってしまったものを、どう取り返せばいいのだろう。どうすれば、もう遠い記憶となったあの頃の『何かを抱いていた自分』に戻れるのだろう。


 自分の人生について考えることや悩むことは、時には辛いかもしれない。しかし自分にはそれも出来ない。


 本当に辛いのは、辛いと感じる機会さえ無いことかもしれない。


「…群青くん」


 悲痛なほど物憂げになっていた群青に、椎名が声をかけた。殻に閉じこもりそうになっていた群青は、今は人と話しているのだと思い出してハッとなった。


「…ああ、ごめん。ボーッとしていた」

「ボーッとは、していなかったよ」


 椎名は寂しそうな目で群青を見ていた。


「私の『能力』は私の意思に関係無く常に動き、そして感じている。だから群青くんが考えている想いも私には分かるんだ。覗き見みたいで申し訳ないけど」


「…」


「群青くんには、何も無いわけじゃないよ」


「え?」


「今の群青くんからは、木田くんが時折出す匂いと同じ匂いがする。悩んでいて、迷っている時の『困惑』の匂い」


「…」


「群青くんも、自分では気づきにくいのかもしれないけど、悩んでいるんだよ。自分がどうありたいかって希望が、群青くんの…きみの中にちゃんとあって、それで悩んでいるんだよ」


「…」


「きみは空っぽじゃない。本当は少しだけ、気づいているんじゃない?」


 薄暗い、無気力の闇の中に立ちながらも、その通りだと頷いている自分を感じる。


 ついこの前までは無かった感情の乱れや、昂りを群青は感じていた。そして今後、より大きく感情が動くだろう予感さえあった。


 自分の中で何かが起きつつある感覚があった。


 それの起因は何だろう。事件に遭遇したせいか、あるいは木田と出会ったからか、椎名と出会ったからか、筒井と親しくなり始めたからか。


 何も無い空っぽの中に、何かが…何かが生まれようとしているのか。


 椎名は、その後は黙ってコーヒーを飲み続けた。群青も黙っていた。時間はゆっくりと流れていた。




 少しして、どちらからという訳でもなく会話が再開した。 


 打って変わって日常的な会話だった。しかしそこには温かみがあった。


 椎名は群青にいくつかの質問をした。家族のこと、中学生の頃のこと、平日の夜や休日にしていること。群青も同じことを聞いた。


「結構な人数に聞いたのに、誰も群青くんの家の住所を知らなかった時は驚いたよ」


「友達が居ないから、仕方ないね」


 何でもない会話だった。だが椎名は群青のことを知り、群青も椎名のことを知った。


「木田とは何をきっかけに知り合ったの?」


「昔…といっても一年くらい前でしかないんだけど、ある事件が起きて、その事件にも『能力』が絡んでいて、ある『能力者』が…悪さを働いたの。木田くんはそれを止めようとして、その時に…」


 群青は、この時間が楽しいと思えていた。その感覚さえ、最近までは忘れていた感覚だった。相手の発言への興味、相手の仕草への関心、自分から話す時の高揚感…、


 どれもが新鮮で、同時に懐かしかった。


「それじゃあ筒井くんとは結構長い付き合いなんだ」


「そうだね、初めて喋った時から大体三年弱くらいにはなるのかな」


「…仲が良いんだね。友達が居ないってさっき言ってたけど、筒井くんは友達なんだよね?」


「…それは…」




 気づけば二時間弱も会話をしていた。流石に遅い時間になってきたので、二人は公民館を出て帰路についた。


「私、こっちなんだ」


 十字路についた時に椎名が言った。


「うん、それじゃ」


 群青は簡単な挨拶をする。椎名も軽く手を振り背を向けたが、一、二歩歩いたところで振り返った。


 群青は不思議そうに椎名を見た。


「群青くん、さっきも言ったけど、この事件を調べることは、木田くんにとっては大事な意味があることなのかもしれない」


「うん」


「でも、群青くんにとっては、そうでは無いのかもしれない」


「…うん」


「それでも少しでも…ほんの少しでも気になることがあるなら、関わってもいいと思ってくれるなら…戻ってきて欲しいな」


「分かった」




 群青は帰宅した後も、椎名との会話の内容を考えていた。


 人生の意味…自分にとっては永遠に見つからないような途方も無いものに感じられた。


 だが一方でこうも考える。答えを見つけられたかどうかも大事だが、答えに向かって取り組んでいるかも、同じくらい大事だと。


 このことについて真剣に考えている、その自覚自体が群青を安心させていた。前に向かっている、という気持ちにさせてくれていた。


(もう何年も前向きなことは考えていなかった気がする)


 新しい感覚が芽生えてくるような予感がし始めていた。


 人生について、もう一度考える『きっかけ』を渡されたような不思議な温かみを覚えていた。


 『きっかけ』とは何なのだろう。


(出会いか…)


 衝撃的な出会いを果たした、奇妙な仲間達。それこそが、自分の何かを変えるきっかけなのではないだろうか。


 だとしたら、そのきっかけを持ち続けることの意味の大きさはどれほどだろう。


 それを失う意味の大きさはどれほどだろう。

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