その行動に想いはあるか
筒井と一緒に帰っている時、群青は巻き込んだことを筒井に謝罪した。しかし筒井は首を横に振った。
「いいんだ。ついて行きたいと言ったのは俺だから。危険だと分かってて行ったんだ。自己責任だ。それより…」
群青の手を指差す。
「何か不思議なことをしていたよな。…群青は、いや、木田くん達もだが、何か特別なことができるのかい」
流石にあそこまで堂々と『能力』を使用していればバレるのは当然だった。
「…まぁそうだね。誰にでも出来ることではないことを、出来たりする」
群青は曖昧に答えた。隠しようが無いので嘘は言わないが、しかし詳細に説明するつもりは無かった。
群青は依然として『能力』を人に説明することに慣れていなかった。言うなれば普段隠している自分の身体的特徴を人に教えるようなもので、そこには気恥ずかしさや抵抗感があった。
「安住くんも…ああいう力で殺されたんじゃないかって木田は思っていて、それで捜査を始めたんだ…」
「…そうか…そうなのか…」
「だがもう手がかりは無いし、僕はさっきも言ったとおりもう関わらない。これで十分だと思っている。…正直言って命が惜しい」
今日の出来事は本当に命の危険を感じた。群青は生命を脅かされて心底恐怖した。
死にたくないのだ。理由は無くとも。
生きて何かがしたいわけではない。普段から命のありがたさを感じているわけではない。死にたくない理由を聞かれても何も答えられないが、それでも死にたくないのだ。
「…しかしすごいな。群青達がああいう力を持っていることにも驚いたし、安住の死因がそういう力によるものだと調べ上げることが出来たなんて」
「調べたことについては、僕は何もしていないけどね」
この事件の捜査については椎名の『シックス・センス』による功績が圧倒的に大きい。
しかし『シックス・センス』の性能を今では理解しているにも関わらず、心のどこかでは本当に殺人なのか、自信を持てていなかった。
形である確かな証拠は何一つない。憔悴して疲弊した群青は、全ては壮絶な勘違いで今まで関わってきたことは全て無意味だったのでは、という想像が働いてしまっていた。
群青が大きな不信を抱いている一方で、筒井はどこか思案深い様子だった。
「しかし…香田は犯人では無かったようだけど…それでも今日、群青達は正しいことをしたと思う」
「正しいこと?」
「香田は犯罪者だったんだろ?自分で言っていた。多くの悪いことをしたと、人を殺したこともあるかもしれないと。群青達が探していた本当の犯人では無いけれど、あいつは裁かれるべき人間だったんだ。そして君達は裁いた」
言われて、群青は戸惑う。
正義を執行したつもりは無かったし、そもそも正義の意志も無かった。結果的に闘うことになり、結果的に攻撃して勝ち、罰と呼べるような傷を負わせた。
全ては偶然だ。
「僕らは…いや、少なくとも僕は正義がどうとか、正しいこととは何かを一切考えていない。法律では裁けない香田を、結果的に僕らが裁いたんだとしても、それが正しかったかどうかは僕には全く分からない」
「…正しくない、ということは無いはずだ。正しくないというのは、悪いことをしたのに一切罰せられていないことだ。俺はあの場で何も出来なかったけど、ただ木田くんが香田を殴り倒したのを見て思ったよ。やっていることは暴力だ。でもああしたことで、きっと何人かの人が救われている」
「…僕は呆気に取られていただけで、そういう風に深く考える余裕は全く無かったよ」
言いながら群青は考える。木田はどう考えていたのだろう、と。香田を倒した理由は自己防衛の意志だけだったのだろうか。
恐らく違う。木田にも筒井と同じように正義感があったのではないだろうか。安住の敵討ちの決意とは別に、悪人を成敗する意志があったのではないか。
『マングラー』に襲われているうちに気づいていたはずだ。『マングラー』は安住殺しに使った『能力』では無いと。
それでも全力で倒す意志を見せたのは、木田自身が持つ正義感ゆえか。
「筒井…僕には何もない。ハッキリとした想いが無い。だからこそ僕にとって、この事件はここまでなんだ」
「…やっぱり、もう捜査は辞めるんだな」
「ああ」
強い意志はない。何が正義かも判断できない。この事件を解くことは死んだ安住のため、と思うことが出来ない。木田を助けるため、という善意も抱けない。
それが自分であり、そんな自分であれば、やはりこの事件に関わるのはここまでだった。
事件がどんな真相にせよ、もう群青にとって終わったこととなった。
二人は分かれ道で別れて、群青は帰宅した。
帰宅すると両親はまだ帰宅していなかった。急いで服を脱いで浴室に入り、傷を洗い流した。全身に恐るべき痛みが走った。
身体を拭いて綺麗にすると、救急箱を取り出して全身の治療を始めた。
一番酷い傷は釘が刺さった時の刺傷だったが、病院にかからなくてはいけないというレベルでも無かったので、傷の消毒をした後に軟膏を塗ってガーゼを貼った。羽毛による裂傷も一つ一つ絆創膏を貼って対処した。
季節は五月だったが長袖のネックセーターを着て傷を隠した。両親には『能力』の話は当然言わないとして、傷自体を隠すつもりだった。
知られたところで上手く説明はできない。必ず嘘をつくことになる。考えると憂鬱だったので最初から隠し通すことに決めていた。
一部を切り裂かれてしまったシャツはゴミ袋に入れてバレないように捨てた。
悩みの種は制服だった。上も下も外地が切れてしまっていて修復も厳しそうだった。幸い制服は何着かあったので、一着駄目にしたのは隠して乗り切ることにした。制服は機を見て捨てることにしてクローゼットに隠した。
頬にも一筋羽毛による傷があり、これはどうしても隠せなかった。幸い傷は浅かったので野良猫に引っかかれたことにして適当に取り繕うことにした。
ひと段落してベッドに仰向けになる。酷い日だった。
翌日の土曜と、さらに翌日の日曜、群青は引きこもっていた。身体を治すために静養に努めていたのだ。
この間、木田や椎名から一度も連絡は来なかった。
月曜日、群青はいつも通り登校した。身体のあちこちにまだ痛みはあったが、体調は悪くなかった。
いつも通りの学校生活だった。椎名とはすれ違うこともなく、その日の授業が終わった。
放課後、ふと家庭科棟の空き教室の風景が脳裏によぎった。ここ最近はよく行っていたので何となく思い出してしまったが、しかしもう行くことはない。群青は木田達と出会う以前のように早々に下校することにした。
しかし、不思議とそれに違和感を覚えていた。
下駄箱で靴を履き替えていると、声をかけられた。
「群青くん」
振り向くと椎名が立っていた。
「やあ」
その日は初めて出会ったので、とりあえず挨拶をする。しかしそれ以外で言う言葉が思い浮かばないので、何となく気まずくなる。
「偶然だね」
よく分からない言葉が出た。しかし椎名はあまり気にせずしれっと答えた。
「偶然じゃなくて、歩いている群青くんの匂いがしたのでやって来たんだよ」
「ああ…。『能力者』の匂いね」
他に誰が聞いているわけではないが、軽く訂正する。何も知らぬ人が聞いたらさぞ変なやり取りに聞こえるだろう。
「ねえ。よかったら今日一緒に帰らない」
椎名は淡々と誘ってきた。よく見ると既に通学カバンを持っている。
「いいよ」
断る理由が無いので承諾した。




