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今を生きろ  作者: 豆腐
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強さ、そして弱さ

「群青!」


 木田に言われる前に、既に群青は構えていた。最初こそ混乱したが、木田が駆け出した時には作戦を理解していた。自分が何をやるべきかも。


 棚に無造作に置いてあった三十センチほどの鉄棒を握る。必死の握力で強く握るが、しかし手のひらは切れなかった。


(軸が丸い棒なら、握っても切れない!)


 それは先程聞いた、香田の『マングラー』の特性だった。


「うおぉっ!」


 腕から肩へ、肩から背中へ。足を踏ん張り腰をひねり、万力の力をこめて鉄棒を投げ放った。


 普段やらない動きにより突っ張るような筋肉の痛みを感じたが、なりふり構っていられなかった。


 全力の甲斐あって、鉄棒は一直線へ香田へと向かった。


(鉄棒の軸は鋭利化していないが、先端の縁は鋭利化しているはず…)


 ある程度の殺傷力はあるはずだった。群青は(いけ!)と心の中で念じた。


 これを逃すと勝ち目は無い。唯一の出口のシャッターから出られないとなると、闘って勝つしかない。


 選択の余地は無く、残された手も無い。しかし…、


「思い切った発想だったが」


 香田の冷ややかな声が群青に降りかかった。


 香田には余裕があった。どれだけ早く投げたとしても、下から上ではどうしても減速してしまっていた。


「一手も二手も足りなかったな」


 香田は難なく鉄棒を避けた。軽く上半身を横にずらすだけで、飛んでくる鉄棒の軌道から外れることができた。


 香田は避けつつ腕を伸ばして、身体の横を通過しようとする鉄棒を掴んだ。群青同様、手は傷つかない。


「あまり運動をしていないのか?もっと速く投げてれば、イイ線いっていたかもな」



「いや、これでいいんだ」


 群青が呟いた。


 香田に対する宣言ではない。あくまでも独り言だった。だが自分の中で満足がいった時の、手応えのある独り言だった。


「一手、上回ったぜ」


 木田も言う。こちらは明確に香田に向けて話している。


 勝利宣告だった。


 木田の言葉をスイッチにしたかのように、群青は『能力』を『解除』した。


 『物体を元の位置に戻す』


 香田が握っていた鉄棒は一切の予備動作無く、突然急速に動いた。


 この時に超絶的な反射神経で棒を手放していれば、まだ分からなかった。だがそうは出来ず香田の身体は思い切り鉄棒に引っ張られ、転がるように二階から落ちた。


「うおぉ!」


 真下ではなく斜め下へ、高速のジェットコースターのように落ちる。ほんの一秒程度だったが、香田にとって衝撃的な恐怖だった。


 鉄棒と香田は群青へ向かい、群青の横を通って棚に突撃した。群青は棚に置かれていた鉄棒を掴んだ時点で『能力』を発動させていた。


 必ず元の位置にピッタリ戻るため、高速であっても棚には激突しない。鉄棒は先程置いてあった位置に戻ろうとする。


 しかし鉄棒が元の位置に着地しきる前に、香田が派手に棚に激突した。


「うげぇっ!」


 香田は悲鳴をあげる。吹っ飛び叩きつけられた衝撃も相当だったろうが、それ以上に酷かったのは裂傷だった。直撃した棚板の縁も刃物のように鋭く鋭利化していた。


 巨大な刃に身体を思い切りぶつけたようなもので、床に転がった香田の背中はみるみるうちに赤くなっていった。


(やはり鋭利化した物体には自分も傷つくのか)


 一階のそこかしこを鋭利化して、自身はロフトから絶対に降りようとしない態度から、群青は推理していた。


 香田の傷は痛々しく思えたが、群青自身も相当傷だらけだった。腕やら脚やらが、浅手とはいえ血が出ており服もあちこち切れていた。


 木田や筒井も同様だったが、木田はそんな事は全く気にしていない様子で香田に近づき、服の首後ろを掴むと起き上がらせた。身体をこちらに向けさせて胸ぐらを掴んだ。


「さぁおい、喋ってもらうぞ。お前は安住を…」


 言いかけて、止まった。


 木田の迫真の表情がみるみるうちに苦痛で歪み、歯をくいしばる様子を群青は見逃さなかった。手から再び出血をしていた。深手だった。


 木田に掴まれている香田はまだ痛みに顔を歪めていたが、冷静さを取り戻しているように見えた。


(鋭利化…!しかしどこが!?)


 群青は血塗れの木田の手を見る。手はまだ香田の胸ぐらを掴んでいた。ハッと驚愕に襲われた。


 木田の失敗だ。木田は香田の服の襟を掴んでいた。


 先端が刃物になる『能力』。香田は自身の服の襟を剃刀のように鋭利化させていた。


 好機を見逃す香田ではなかった。床を這いつくばっていた時に何かを掴んでいたのだ。今それを振り上げた。


 ドライバーだ。持ち手が丸いので掴むことができる。そして今や鋭利化したドライバーの先端は凶器そのものだった。


「死ね!」


 渾身の香田の一撃。


 だがそれは届かなかった。


 木田は失敗して手に深手を負った。だが香田も失敗した。


 木田を舐めすぎていたのだ、それも致命的に。


 密着していた状態であるにも関わらず、木田はドライバーの一撃を避けた。そして素早く無駄の無い動きで反撃に転じた。血だらけの拳で香田の顔に一発お見舞いした。


「ぐぇっ」


 香田は鼻血を吹き出して仰け反るが、それだけでは終わらなかった。


「うおおおおおおおぉっ!」


 木田が獣の咆哮のごとく気合の雄叫びを上げると、強烈な拳の連撃を繰り出した。その全てが香田の顔のど真ん中にぶち当たる。


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


 五発、十発、二十発は殴ったのではないか、と群青は傍から見て思った。


 群青も満身創痍のため止める気力は無かったが、仮に気力があっても鬼気迫る木田の勢いを止めることはできなかっただろう、とも思えた。


 木田と香田を中心として周囲に血液が飛び散った。


 傷だらけの拳を振るうことで飛び散る木田の血と、幾度も殴られて既に意識の無い香田から出る鼻血や吐血だった。


 …獣のような木田もようやく体力尽きて拳が遅くなり、二発、三発と空ぶった。空を切った拳の目の前にいた香田は、崩れ落ちるように倒れた。


 喧嘩というものを初めて間近で見た気がする、と群青は何故か感動していた。生まれて初めて間近で見る生の喧嘩は、唯一無二の異能の闘いだった。


 だが勝敗は明らかで、紛れも無く完全決着だった。


「どういうことなんだ、これは…」


 自身も傷ついて、しかし原因も状況も理解できていないであろう筒井が、消え入りそうな声で呟いた。






 ぶっ倒れた香田の意識が戻ると、群青は少し安心した。


 死んではいないだろうと思っていたが、木田が何度もビンタしてもろくに反応が無かった時はやや焦った。


 香田は殴られすぎて口内を大いに切っていた。鼻血で鼻も塞がっており、何より弱って朦朧としているので上手く会話は成立しなかった。


 それでも木田が尋問を幾度と重ねて、ようやく必要な情報を手に入れることができた。だがそれは求めていた成果ではなかった。


 香田は、犯人では無かった。


 椎名の『シックス・センス』も使用して潔白は証明された。


 もっとも香田は明らかに犯罪者であり『能力』を使用する悪人だった。倉庫をねぐらとしているのも、住所不定の方が何かと都合が良いからだった。


 香田は紛れもなく悪であるという判断は群青、椎名、そして木田の総意だった。


 しかし『能力』による傷害は警察では裁けない。木田は香田を警察に引き渡すことはしなかった。証拠は無いので連れて行ってもどうにもならなかった。


 その代わりではないが、相当な傷を負っている香田を病院に連れて行くこともしなかった。


「自分でどうにかするんだな。一つ言っておくが二度と『能力』を悪用するな。それを破ったら…」


 木田は弱りきった香田の胸ぐらを再び掴んだ。襟に触れていたが今度は何も起きなかった。あえて危険な行為に及ぶのは、木田なりの示威行為だった。


「テメーを殺すからな」


 香田は力の無い目で鬼神の如き木田を見ていた。その瞳には恐怖が宿っていた。


 『マングラー』を使って木田を攻撃することは無かった。精神的に明らかに屈服していた。


 悪人の成敗、だが気持ちは明るくなかった。


 香田は犯人でなく、事件は明らかに振り出しに戻ってしまっていた。






「木田、悪いがもうこれ以上はついていけない」


 香田の家からの帰り道、群青が切り出した。


「これ以上は協力できない」


「…だがまだ終わっていないだろう。容疑者は居なくなったが、まだ探す余地はある」


「そういうことじゃないんだ。もうこれ以上危険なことはしたくない」


「…群青。俺は犯人を探したいし、探す上ではお前の協力は不可欠だ」


 木田は正直な男だった。彼は自分の望みを言い、望みのために何が必要かをはっきりと告げた。


 群青は自分が必要とされているという事実を新鮮に感じていたし、それは正直言って悪い気持ちでは無かった。


 だがもうこれ以上は意思が前に向かず、救済の心も持てなかった。


「君は友達だった安住君の敵討ちをしたいという意義がある。だが僕には何もない。善意だけで協力してたなんて言わない。僕自身の興味と関心があった。だけどそれぐらいの動機だと、これ以上は協力できないんだ」


「頼むよ」


「さっき、殺されてたかもしれないんだぞ」


 実際に二人ともボロボロだった。木田は両手が傷だらけで、深い傷は骨まで届いているのではないかと思わせる程だった。


 群青も身体のあちこちに、鋭利化した釘や羽毛による刺傷と裂傷が痛々しく刻まれていた。


 二人を心配に見ている筒井も、群青と同程度に傷ついていた。


 群青は、筒井を連れて来たことを心から後悔していたし、連れて行くと判断した自分を呪っていた。


 来るのであれば危険は自己責任、と当初は思っていたが、このような惨事になるなど筒井が予測できるわけがない。


 見通しが甘かった。自分のせいだと申し訳ない気持ちで一杯だった。


「殺されていたかもしれない。そのとおりだ。だが…」


 木田は真剣な表情だった。


「どうしても、命を賭けてもやりたいと思うこともある」

「…正気か。いや、それはあくまで君の考えだ。別にいい。友人を殺されたんだろう。そう思えるのかもしれない」


「…」

「だけど僕には、僕と筒井にはそんな思いは無い。そんな考え方は出来ない」


 この話が平穏に、お互いの合意を持って終わることは無いだろうと判断した。群青は切り上げた。


「役に立てなくてすまない。でも僕は降りる」


 そばにいた椎名にも一瞥を向ける。比較的に表情の変化が少ない椎名だったが、この時は少し寂しそうに群青には見えた。夕陽の錯覚だろうか。


 椎名を見た時、少しだけ名残惜しさを感じた。胸が詰まる思いが微かにあった。


 だがもう何も言うことはなく、何も出来なかった。群青は木田と椎名から別れて歩いて行った。筒井は群青について来た。


 香田との闘いの終わりと同時に、幾つかのものが消えていった。それは事件解決の手がかり、そして友情の芽だった。

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