細く、鋭く、尖っている
「出口へ行け!」
言われる前に群青も筒井も、先程くぐったシャッターを目指していた。恐怖のあまり無茶苦茶なフォームで走っていた。
「それはあんまり勧めないな」
止めたのは頭上の香田だった。香田は依然として冷静にこちらを見下ろしていた。物理的にも精神的にもだった。
「詳しくは言わないがシャッターも危険だ。そういう風にしてある。信じなくてもいいが」
「…」
木田が立ち止まって睨みつける。木田は香田の『能力』が何か分かっていない。群青も同様だった。だから香田の言うことの真偽は、どれだけ思考しても今のままでは答えは出ない。
「…お前ら、どんな経緯か知らないが、俺という人物を知ったきっかけは真壁なんじゃないか?」
唐突に出てきた真壁という名前に、群青も木田も微かに反応してしまった。香田はその様子を観察して、いやらしくにやつく。
「やはりな。だが俺もあいつが今何をしているかを知りたい。どこに住んでいるのかもな」
言いながら香田は背後から何かを取り出した。大きな紙袋だった。米袋のような大きな茶色の袋だった。
続けて電気器具を引きずってきた。業務用の大きな扇風機だった。片手で袋を持ち、片手で扇風機の首を動かしてこちらに向け始める。その間も常にこちらを見ていた。
何かの準備をしている。ただ何をしようとしているのか全く予想がつかず、それが恐ろしく不気味だった。
「おい、そこの」
香田が視線で木田を指す。
「真壁から俺の話を聞いているのなら、俺と真壁がよくつるんでいた話を聞いただろう。最近は疎遠になってしまったが、奴はどこに住んでいるんだ?」
「言わねえよ」
木田は、強気だった。
「お前に教える情報は何一つない。お前が俺達に情報を教えるんだ」
明らかな挑発だった。香田の顔がひきつるのを群青は見逃さなかった。
「お前は『能力』で人を殺したことはあるか?」
木田の発言はひたすら確信的な質問だった。香田は、
「ああ?」
とイラついた声を上げた。
「なんだそりゃ?殺したこと?そんなこと知るか。いるかもしれないな」
「どういうことだ」
「色々やってるから分からないって言ってるんだよ。後々で死んだ奴もいるのかもしれないが、いちいち調べているわけじゃないし、そんなことは知るか」
真壁の話を群青は思い出す。犯罪に対する抵抗感や罪悪感が無いという、あの話だ。
「そんなことよりお前、反抗的だな。俺の質問に対して質問で返したよな?俺の言うことを無視して高圧的な態度を取ったよな?それは俺に対する侮辱だよな?」
香田の言葉には、明らかに怒りによる熱気が孕んでいた。
「カスが。『下』の人間が俺にたてつきやがって」
怒りで口がどんどん悪くなり、絶対的に軽蔑した目つきで木田を見下していた。
「俺は侮辱してくる奴を今まで半殺しにしてきたが、お前はそれ以上でもいいと思えてくる」
香田は、業務用の大型扇風機の頭に置いていた手を動かした。
「いや、そうしよう」
殺意の宣言を群青は聞き取った。その次の瞬間には香田は扇風機のスイッチを押して、それにより大型扇風機は巨大な風音を出した。
距離はあったが威力が強く、三人の居るところまで風が当たる。
香田はもう片方の手で持っていた巨大な袋を、階下に向けて逆さにした。袋に入っていたものが零れ落ちてきた。
白い。
群青はただならぬ危険を感じて、これが何か早く把握しなければと思った。
それが何か把握した時、群青は香田の『能力』のついて理解し始めた。
それゆえに、命の危険を感じた。
「羽毛だ!」
群青が叫ぶ。木田と筒井が危険を理解する前に『結果』がやって来た。
扇風機の強風に煽られた羽毛の群が、一部舞い上がりながらも多くが群青達の方へ向かった。
そして一枚が群青の頬に触れた直後に、頬から顎へ何かが一筋流れる感覚があった。
汗ではない、血だ。
「羽毛が『凶器』になっているぞ!」
群青は後方へ跳んで射程から逃れようとした。だが綿より軽い羽毛は強風と同じ速さで三人を取り込んだ。
「うわああああああ!!」
筒井が悲鳴を上げる。見ると身体のあちこちに裂傷が走っていた。群青も木田も同様だった。今や三人とも刃物の嵐に取り込まれてしまった。
傷つきながら群青は必死に考える。
(風は吹いていてもいずれは全て床に落ちる…。そうなればほぼ無害のはずだが…それまで持つだろうか?)
少なくとも心は持たない。群青は命乞いを考え始めた。
「みんな!そこにいるの?」
突如聴こえてきた女性の声に三人は振り向いた。香田も二階から興味深けにシャッターを見ていた。
『シックス・センス』で事態を把握した椎名がここまでやって来て、シャッターの向こう側から隙間に向かって話しかけているのだった。
その時点でシャッターの間近にいた筒井は、隙間から逃げようと既にかがむ体勢に入っていた。突然の筒井の気配に驚いたのか、椎名が若干ビクついて一歩引いた。
「筒井…くん?」
このまま何も言わなければ、椎名は筒井がくぐりやすいようにとシャッターを持ち上げる動作をしただろう。
だが群青は吼えた。
「椎名さん!駄目だ!来てはいけない!筒井もくぐるな!」
群青が慌てて警告する。シャッター越しでも椎名が驚いているのが感じられた。
「『能力』だ!物が鋭利になる『能力』だ!」
群青は椎名に向かって叫んだが、それは同時に木田にも情報を伝えていた。
…物体の成分が変わっているのか、質量も変わっているのか、そうしたことは何も分からない。ただ体感として理解したのは、物体がその形状を保ったまま、縁が鋭利になっているのだ。
羽毛は羽毛のまま鋭利化して、まるで手裏剣だった。ハシゴの段も鋭利化して一つ一つが巨大な刃物のようになっているのだ。
筒井が最初に指を怪我したのも、棚板に置かれていた、鋭利化した何かに軽く触れたのだろう。
そして目の前のシャッターも同様の現象が起きている可能性が十分にあった。
「絶対にシャッターをくぐってはいけない!」
「なかなか良い観察眼だな」
群青が注意すると香田が話しかけてきた。
「わりと早く気づいたなと感心するよ。確かにそのとおりだ。俺が触れないと鋭くならないがな。そして…」
香田は既に空となった袋をさする。
「袋や容器自体を触れば、中の物を丸ごと鋭利化できる。これは当てた褒美に教えてやる。そしてだからこそ、お前らはここから出れないと断言しておく。そのシャッターはロフトからでも開閉の操作ができる。そしてシャッターは俺がもう触れている。分かるな?」
群青の予想どおりだった。つまり今のシャッターはギロチンのようなもので、現状ではそこから出るのはあまりにもリスキーだった。
「これを見ろ」
言いながら香田はいつの間にか手に持っていた物を、群青達にはっきり見えるように掲げた。群青達がシャッターに目を向けている間に手に取ったようだ。
片手よりやや大きな、真っ黒い何がだった。
(馬鹿な…そんな物があるわけ…)
群青にはとても信じられなかった。
だがそれは明らかに、拳銃だった。
動揺しつつも群青は凝視する。遠目であったが、拳銃の質感に関して疑惑を抱きつつあった。香田も隠し通す気はさらさら無かったのか、
「なに、エアガンだ」
と正直に言った。だがエアガンの銃口をこちらに向けたかと思うと、全く間を置かずにトリガーを引いた。
バシュッ!というエアガンらしい軽快な発射音が一発だけ響いた。本物の拳銃とは雲泥の差がある発射音だった。
弾は一直線に群青達へ向かったが、当たらずに近くの床へぶつかった。撃たれたこと自体に驚きはあったが、撃たれた直後に感じたのは奇妙な違和感だった。何かがおかしいと感じた。
(弾が、バウンドしていない…?)
バシュッという発泡音と床にぶつかった音、それ以上は何も聞こえなかった。床を転がる弾の音も無く、転がる弾も見えなかった。
群青は床を見渡す。弾がぶつかったあたりに小さな痕が付いていることに気づいた。
(痕…?いやこれは…)
痕ではない。穴だった。小さな穴だったがはっきりと穿たれていた。たった今穴が空いたような不気味な新鮮さが何となく感じられた。
信じ難いことだったが、穴には発射されたBB弾が埋まっていることを、群青は確信した。
「エアガンで…たかだかBB弾で…そんな…」
群青は思わず口に出した。それ程の異様な違和感だった。それに香田は反応した。
「そう、たかがエアガンとBB弾だ。ごく普通のな。だがBB弾はちょっと手を入れている。面倒だが一発一発をヤスリで研いで球状の弾を円錐形のように『尖り』を付けている。分かるか、『先端』を作ったんだよ」
言いながら香田はご満悦そうにエアガンを額に当ててコツコツと叩く。
「『マングラー』は先端を鋭利にする。機械や技術を超えてどこまでも鋭利にな。優れた刀や包丁は触れただけで肌を斬るだろう。その状態まで引き上げることが出来る。そして拳銃に触れていれば中の弾は全て鋭利化される。そういう『能力』だ」
香田は『能力』の真髄を遺憾無く見せられて満足そうな面持ちだったが、実際に思惑通りに群青も木田も戦慄していた。
香田の言うことが全て事実なら、持っているエアガンは実銃と遜色無い威力を持っているのだ。
『能力』が持つ戦闘性が群青や木田のそれとは桁違いだった。
「少しでも無事のままここを出たいなら、真壁の居場所をまず言うんだな」
真壁の居場所を知ってどうするのか、群青にとって想像は容易だった。
報復である。自分の前から姿を消したことと、自分達がここに来たきっかけを作ったこと。それは香田からすれば最大の侮辱なのだ。
「そう言えば『能力』で殺したことがあるかって質問だが、そうだな、最近思い当たることといえばアレだな」
勝利を確信して得意気になっている香田が話し出した。
「何週間か前に、ここの近所の公園でチャンバラをやっているガキが二人居たんだ。木の棒で叩きあってた。声がうるさくて煩わしくてな、俺は近づいて適当に話しかけたんだ。おめえら元気だな、どっちが強いんだってな…話しながら」
自身の手をまじまじと見ている。
「『マングラー』でお互いの棒に触れたんだ。棒は鋭利化した。俺は立ち去った。ガキ達はまたチャンバラし始めた」
「…それで?」
群青が聞いた。おそるおそるだった。
「それで?さぁ?それで終わりさ。俺は自分が何かをした時、相手がどうなったかなんていちいち調べていない。だがそうだな。木の棒は軸が丸いから『マングラー』でも鋭利化しない。叩きあっているうちは何も無い。だが白熱して棒で突き始めたら?先端は鋭利化している。俺はそこから離れて行ったんだが、ある程度歩いたところで後ろから悲鳴が聴こえた。親か近くの大人のだろう。かん高いクソうるさい悲鳴だった」
「…それで?」
今度は木田が聞いた。香田は肩をすくめた。
「それで?それでってなんだ。それで終わりだよ。知ったことか。ガキがどうなったかなんてな。で、このガキのことを聞いてきたのか?それとも他のか?」
「ねぇ、どうなってるの?私はどうすればいい?」
シャッターの向こうから椎名の声がする。群青の忠告を聞いて中に入ろうとはしなかったが、打開策は見つからずその場で戸惑うばかりだった。
「椎名…」
木田が覇気の無い声で話しかける。
「真壁の家の住所をそこから叫べ」
「え?」
「香田へ聞こえるように、言うんだ!」
それは降参の言葉だった。香田への服従を誓うような降伏の言葉だった。
香田は勝利の感覚を味わい、余裕をにじませた悪意ある笑みを浮かべた。
群青は木田の言っていることがまるで信じられなかった。何故なら…、
「言うんだ…椎名…」
ここに居る誰もが、真壁の住所など知らなかったからである。
香田が完全に油断しているのを気配で感じた木田は、香田の虚をついた。
素早く駆け出してシャッターの方へと向かう。
逃げる気ではない。用があるのはシャッター横、やや上方の壁に設置されているブレーカーだった。
木田は思い切り高く飛び、空中で固く握りしめた拳で、身体ごと壁にぶつかるようにしてブレーカーを叩いた。
「『アウトレイジ』!」
バチッと電気音がした後に、室内は急に暗くなった。電気が止まって照明が消えたのだ。扇風機の風音も消えた。
窓から入る日の明かりでまだ屋内を見渡すことはできたが、急激な明暗の変化に香田は呆然とした。




