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今を生きろ  作者: 豆腐
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気づかれない暴力、悟れらない悪意

 ある時二人でファミレスで御飯を食べている時だった。真壁は香田がやっている仕事内容に興味があったので再度聞いてみた。


「まぁ人材派遣みたいなもんかな。適材適所っつーか」


 香田はスイーツのパフェを食いながら雑に答えた。


「ある力に突出している人に、その力をフルに活用できる現場や仕事を提供する仕事さ」


 そんな話をしていると一人の男がテーブルに近づいてきた。


 細身ながらガタイのいい香田と違って、太い筋肉の上に多くの脂肪を乗せている巨漢だった。人相が悪かった。


「おい、香田」


 呼ばれた香田は真壁と話している途中だったので笑顔だったが、巨漢の顔を認識すると表情が一変した。


 その様子を見ていた真壁は戦慄した。先程までの顔が一変して、冷徹で残酷そうな表情をしていたからだ。


「香田、お前分かっているんだろうな」


 巨漢は香田の表情の変化には一切動揺していなかった。こちらも相当に気迫がある。明らかに二人の間に親しみは無かった。


「お前と話すことはもう無いだろう」


 香田が答える。冷徹な言い方だった。淡々と喋っているように聞こえた。


「ふざけるな。俺の取り分についてまだ解決してねえぞ」


 巨漢は喋るうちにどんどんボルテージが上がっていくのか、あっという間に今にも掴みかかってきかねないくらいの怒りを露わにして、言葉をぶつけるように話しかけてきた。


「それなら話をするか」


 言い終えるがいなや香田は立ち上がった。迅速な動きで躊躇いは無かった。


 素直な応対に巨漢の方が一瞬戸惑ったように真壁には見えた。恐らくこの場所でもっと一悶着起きると想定していたのだろう。


「外で話すぞ」


 巨漢の答えなど待っておらず、真壁の方を見て、


「すぐ戻るわ」


 と言って一人で店の入口まで行ってしまった。巨漢は一瞬呆然と眺めていたが、すぐに後を追った。すぐに戻る、という発言にイラついたのか足取りは荒々しかった。




 …香田と男が出て十分も経たないうちに、香田は戻ってきた。何事も無いといった様子で平然とした表情だった。


「なんか、あったのか」

「いいや何も。何もってことは無いがつまらねー話だった」


 香田は平然としていたが、平然とするその様子は、真壁が普段見ていた香田の様子とは少し違って見えた。


 どこかギラついており尖った人格が見え隠れしていた。言うなれば鞘からナイフを出してそれをしまい忘れているような刺々しさだった。先ほどまで明確な敵愾心を持ち、その残滓を残したまま戻ってきたようだった。


 香田は真壁がの抱いた違和感など気にする様子もなく、テーブルに残していたパフェを食べるのを再開していた。


「取り分がどうとか、さっきの奴が言っていたが仕事の話か?」


 尋ねると香田はパフェを食いながら、ちらりと真壁を見た。


「そういう話が出たし、せっかくだからお前に今話すのも悪くないな」


 フォークを皿に置き、ナプキンで口を拭く。


「お前にやってもらいたい仕事がある。『能力』の話だ。お前の『ジャンパー』を活かせる話だ。そういう仕事をお前は探していただろう」


 香田は不敵に笑う。


「お前は特別だ。選ばれた人間だ。普通なんて言葉より遥か格上の存在なんだ。だからお前にしか出来ない仕事を俺はお前に斡旋していきたい。俺はそうやって暮らしているんだ。さっきの奴もそうして前に仕事を紹介したんだ。この話、受けてくれるよな?」


「どんな仕事なんだ?」


 いつもの香田とは違う不穏な態度が気になったが、自分にしか出来ない仕事、という言葉に興味を抱いて、食いついて次の言葉を促した。


 だが香田の次の言葉に、真壁は落胆を通り越して呆然とするしか無かった。


「窃盗だ」

「…え?」


「お前の『ジャンパー』なら完全犯罪が出来る。今まで考えたことはなかったのか?物的証拠は出ない。やり方しだいでいくらでも監視カメラをごまかせる。確実に上手くいく」


 香田は詳細な窃盗の内容を話してくれた。


「貴金属みたいに小さくて高価な物の方が楽なんだが、そういう店は店員が貼り付いてくる。『ジャンパー』で移動させた後に私は持ってませんよ、なんて言っても最後に持っていたのがお前だとハッキリ分かっているなら、そう易々と解放してくれないだろう。それにああいう業界は情報共有がしっかりとしている。一つの店でやったらすぐに同じ地域の同業店に連絡が行く。店の防犯カメラを使って顔写真も提供される。やるなら効率は悪いが小型電化製品あたりを狙う」


 香田がこうも饒舌に喋るのを真壁は初めて聞いた。その後も香田はスマートフォンや外付けHDDを窃盗するプランを長々と話し始めた。


「スマートフォンならサイズ的に問題ないだろう。HDDは箱に入っているとちょっとデカいな。アレくらいの箱なら移動できるのか?」


 質問されるが呆然として且つ衝撃を受けているので上手く答えられない。話の内容も驚愕だったがそれを生き生きと話す香田の表情に、得体の知れない不気味さを感じていた。


 『ジャンパー』は条件を満たせば持っている物を自由に運べるため、正直言って協力者が居れば窃盗にはうってつけだ。


 真壁もその思考が頭にちらついたことはあった。だが実行しようなどと本気で考えたことは一度も無かった。協力者が居ないからというわけではなく、単純にそれが犯罪だからだ。


 犯罪はしてはいけない、という至極当然の道徳を真壁は持っていた。


 それを香田は軽々と無視していた。真壁は唖然としていたが、それについてどうしても聞きたくて香田の話に口を挟んだ。


「なあ香田」

「ん?」


「お前の提案していることは犯罪じゃないか」

「それがどうしたんだ」


 全く平然と香田は答えた。


「犯罪なんて誰が決めた?いわゆる一般人だ。普通の人という奴だ。俺達はそういうのじゃない。特別な人間なんだ。他の奴では出来ないことを俺達は出来る。力を持っている側の人間なんだよ。だから気にしなくていい。俺達より下位の奴らが決めた、法律なんてのはな」


「…俺達って香田、どういう意味なんだ」


「…ああそうか。今俺は『俺達』って言ったのか。少しはしゃいでそう言ってしまった。だがいいさ。いずれ言うつもりではあった。俺も『そういうの』を持っている。だからお前の手品を見た時すぐに分かった。俺と同じだってな」


 真壁は、香田があっさりと『ジャンパー』について受け入れた理由を理解した。


「ところで『ジャンパー』は棒状の端っこをつかんでいる時に使うと、棒そのものを飛ばせるのか、あるいは握っている部分だけ飛ばせるのか?」


 唐突に妙な質問を投げてくる。真壁は狼狽しつつも答えた。


「過去に一度試した事はあるが、手からあまりはみ出ていると『ジャンパー』は使えない。小さな棒なら移動できると思うが、その場合は手から出ている部分も含めて、棒そのものが移動される」


「なんだ。残念だな」


 香田は頭を搔く。


「残念?」


「そう残念さ。たとえばお前が誰かの腕を握るとするだろ。そこで『ジャンパー』を使えば結果的に腕を千切れるのかと思ったんだが、そういう使い方は出来ないということだな」


 冗談なのか本気なのか。


 いずれにせよこの場面でこんなことを言う香田に不気味さしか覚えられなかった。目の前に居る存在は正常ではなく異常だという印象を感じた。


 ふと外からサイレンの音が聴こえてきた。救急車が近くを走っている音だ。真壁達の居るファミレスのすぐ近くで停車したようだ。回るランプの光がファミレスの窓にかかって店内も照らされる。外で何人もの人間が走り回っている音も聴こえてきた。


 真壁の座っている席から、外で救急隊員が走っているのが見えた。現場は見えなかったがすぐ近くの路地で何かが起きたような雰囲気だった。


「なあ、真壁」


 香田が話しかけてくる。


「こんな話をしたのはお前に知ってもらいたいからだ。俺達は特別だということを。世の中は強い者が得をする。強さは人生の豊かさだ。俺とお前は強い。この力によって恵まれた存在だ。特別なのに普通と同じ尺度で生きることは無いんだ。俺達にとって多くの行為がノーリスクなんだ。実際俺はこれまで色々やって来た。だが一度も咎められたことはない。気づかれたこともない」


「色々って今まで何をやってきたんだ」


「色々さ。傷つけたり、襲ったり、騙したり、破滅させたり。どれだけ人を傷つけても誰にもバレない。考えてみろよ、最高じゃないか。皆が道交法を守って六十キロで走っている時に、自分だけ二百キロで爆走して追い抜きまくっているような気分だ。だが誰にも咎められるどころか、走っていることに気づかれてもいない。最高だろ?最高だよな?」


「あ、ああ。最高だな」


 肯定するが、先程まで信頼していた香田という男が見つからなかった。


 代わりに新しく見つけたのは不気味なほどリラックスして饒舌に狂喜めいた話をしてくる男だった。こちらの香田が本来の香田であることを想像させた。


 香田は何気なく外を見る。


「随分騒がしくなったな。思っていたより…」

「思っていたより?」

「いや、何でもない。どうでもいい」


 そう素っ気なく答えた後で、語るように話しかけてくる。


「なぁ真壁。人によって好き嫌いの差ってあるよな。他の人はそんなに気にならないってことでも、自分にとってはすごく気になるし不快だってこともある」


「あ、ああ」


「俺は侮辱されるのが一番嫌いだ。そして自分の思い通りにいかない時、その原因になった奴は俺を侮辱しているんだと、そう受け取ってしまう。そういう時たまらなくカッとなるんだ」


 外は依然として騒がしい。すぐ近くで何かが起きたのだ。だがここからでは状況が掴めない。関心はあったが香田に対してすっかり萎縮してしまっている真壁は、席を立つことができなかった。


「俺達はウマが合ってる。きっと上手くいく。大事なのはルールを守ることじゃないんだ真壁。大事なのは幸せに生きることなんだ。幸せのために我慢をするのは正しい人生じゃない。ルールを守ることばかり優先して自分の幸福を鑑みないのは、生物としておかしいと思わないか?なぁ考えてみてくれ」




 その時どう答えたのか、緊張のせいでハッキリとは覚えていないが、好意的な態度を見せたうえで保留にした記憶が漠然とある。


 帰宅して真壁はインターネットで検索して、あのファミレスの近くで何が起きたのかを調べた。小さな記事だったが、今日のうちに作成されたネットニュースが見つかった。


 男性が全身傷だらけの重症で運び込まれたとのことだった。


 それはあの巨漢なのではないか、と真壁は想像した。その想像は恐らく事実だろうという確信も持っていた。


 香田、あの男がやったのだ。だが殺傷力の高い刃物を持っているようには見えなかった。真壁は香田の言葉を思い出す。


(どれだけ人を傷つけても、誰にもバレない)


 何らかの力で巨漢を攻撃したのだ。そしてそれは誰にも気づかれていない。香田の言うことが確かなら、今後気づかれる恐れも無いのだろう。

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