何のためにそれがあるのか
「ギフト?」
椎名が聞き返して真壁が頷く。
「贈り物ってことさ。別に宗教を信じているわけじゃないが、この世には神様みたいな存在が居て、俺に特別な力を与えてくれたんだって思うことにした。だがそう考えると、この『ジャンパー』には意味があって、俺がこれを使えることにも何らかの意味があるんじゃないかって思うようになった」
「というと?」
「俺は『ジャンパー』で人生の道を決めるべきなのではないかと思い始めた。自分の与えられた贈り物を最大限に利用して生きていくことが、俺の運命のような気がしたんだ。そして俺はこれを存分に発揮できる仕事を探すことにした。それで居ても立ってもいられなくなって、高校を辞めたんだ」
「仕事で使えるのか?その『能力』」
木田は割と興味津々だった。
「きっとあると思っている。…最近思うことなんだが、結局のところ人生は仕事だ。やらないと生きていけない。だがやりたくもない仕事を嫌々やって、人生を浪費するのはごめんだ。向いてないことをやることも、低賃金で貧しく暮らすのも嫌だ。俺はこの『ジャンパー』で明るく楽しく暮らしていきたい。そしてガッツリ稼ぎたい。それが俺のやりたいことであり人生の目標だ」
「その考えの結果がコンビニのバイト?」
椎名が鋭く指摘すると、真壁はそれまで上機嫌気味だったのが急に肩を落とす。
「それを言うなよ」
「ごめんなさい」
「やるべきことを見つけるぞ、って熱のまま高校を辞めたんだ。だけどいざ天職を探すって言っても分からなくてな。見つからないまま今は燻っている」
「手品師とか天職だと思うけど」
椎名がアドバイスすると真壁は苦笑する。
「真っ先にそう思ったさ。調子に乗って世界で一番売れている手品師の年収を調べたりもした。『ジャンパー』ならその地位にも届くって思ったもんだ。だけどさあ気づいたんだ」
大仰に両手を広げる。
「手品師ってどうやってなるんだよ」
「なんかそういう組合とかあるんじゃないか?」
木田が返す。木田も真面目に話を聞いているのが群青には意外だった。人生とは何か、的な話が好きなのだろうか。
「調べたら確かに芸能事務所とかはあったんだが、いまいち仕組みが分からんかった。だからとりあえず街頭でやることにしたんだ。とりあえず街頭で成功すれば、何かしらのコネができるかもしれないしな。だが…」
真壁は溜息を吐く。
「ネタを考え始めたところでまた気づいた。物を移動させることしか出来ないってことに。トーク力は無いし、他の手品はできない。それだけのネタで食えるほど甘い世界じゃないんだよな。だから今は修行中だ」
「本当に修行してるの?」
椎名がさらにストレートに聞くと真壁はややぐらつく。
「修行を休業している部分もある」
「修行は仕事じゃないだろ」
木田が冷静に指摘する。
「まあいい。そろそろ本題に移ろうぜ」
大いなる脱線だったな、と群青は思った。不思議と三人とも自然な感じで話を本題に戻した。
「真壁さん、アンタは安住殺しの犯人でないとして、犯人を知っているとか心当たりがあるとかはないか?」
木田が聞くと真壁は「うーん」と悩ましげな表情をする。
「俺はその安住くんが死んだって事件をまず知らないんだ。あんまりニュースは見なくてな。面倒だろうが一から教えてくれないか」
木田は安住が心臓麻痺で死んだ経緯や現場について話した。
群青が目撃者であることも、自分達が真相を確かめるために捜査をしていることも話した。真壁の逃亡を止めた際に発動させた関係上、多くは語らなかったが群青と木田が『能力者』であることも説明した。
最初は椎名の『能力』については触れずに話を進めたが、椎名が了承したので『シックス・センス』についても話した。『シックス・センス』により真壁が『能力者』であることを突き止めて、話を聞きに来たことも説明した。
一連の話を聞いて真壁は顔をしかめる。人が死んだ話なのでシリアスになるのは当然として、想像以上に深刻そうな表情をしているのが群青には気になった。
「話としては以上だ。無関係だったあんたを尾行したことについては、失礼なことをしたと思っている」
言い終えて木田が頭を下げる。謝る時は素直に謝るんだなと群青は見て思う。
「まぁ俺もビビらせたのは悪かったよ」
真壁がやや苦笑して言うが、すぐにまた表情が暗くなる。
「ただ、そうだな。『能力』による殺人か…」
「何か心当たりでも?」
椎名が聞くと真壁は頷く。
まさかの肯定に群青も木田も驚く。
「他に『能力者』を知っているのか?」
「…俺は自分の『ジャンパー』を神からの贈り物だと思ってるし、これを上手く使って生きていくことが自分の運命だと思っている。俺は運命を信じるタイプなんだが、今起きていることも運命のように感じるよ。運命が『能力者』を結びつけてるんだと…」
一呼吸置いて言う。
「犯人に心当たりがあるかもしれない」
空気がさらに重く、張り詰める。
「『能力者』で一人危険な奴を知っている、という程度の話ではあるが」
「誰なんだ、そいつは」
木田が食い気味に聞いてくる。椎名の表情が歪んだのを群青は見逃さなかった。強い敵意を間近で嗅いだのだろう。敵討ちを望む木田の復讐心の匂いだ。
「名前は香田光栄。昔知り合ったことがあるだけで友人じゃない。いや、かつては友達のように遊んでいたが、今は全く会っていない。この町に住んでいるはずだ。そいつはあんたらを除けば、俺が唯一出会ったことのある『能力者』だ」
「『能力』を見たのか。どういう『能力』なんだ」
その質問に対して真壁はすぐには答えなかった。「なあ」と木田がせっつくと、言葉を組み立てているかのようにゆっくりと答え始めた。
「『能力』については…知らない。どんな『能力』なのか片鱗すら見ていない。だがそいつは自分が『能力者』だと言っていて、俺が『能力者』であることにも気づいて指摘してきた。香田とどう知り合ったか、話そうか?」
木田は頷き、真壁は話を続けた。
「分かった。だが話す前に一つ『能力』について俺が考えていることを話したい」
真壁は持論を話し始めた。
「俺達が使えるこの『能力』とは一体何なんだろう。どう受け止めるべきなんだろう。きっと俺みたいに贈り物だと考える奴も居れば、ただの身体的特徴みたいに考えるやつも居るだろう。物心ついた時から覚えていたのならなおさら特別視しないだろう。身体のホクロが多いとか、何故かワキ毛だけ生えないとか、犬歯が目立つとか、その程度の特徴としか捉えてない奴も居るだろう」
真壁の言う通り、群青はまさにそうだった。
自分の一部であり特徴の一つでしかないと考えている。特別だと思っていないゆえに、誰にもひけらかさないしアピールもしない。
『能力』は自分にとって当たり前であって、それ以上でもそれ以下でも無かった。
「…色々な見方はあっていいと思う。だが香田という男の見方は凶悪だった。アイツは自分の『能力』は俺以上に『与えられたもの』だと思っていた。自分が特別な人間で選ばれし存在だと思っていた。『能力』で行える全てのことをやろうとしていたし、それをやっていい権利を与えられていると本気で考えていた。だから善悪や法律の概念は一切無かったんだ。あいつにとって自分の欲求を抑える物事は何一つ無かった。抑えるものが無いというのは、たまらなく凶悪なことなんだ」
…真壁の話はこうだ。
真壁は高校を中退した後、天職だと信じて疑わない手品師を目指すことにした。だがどうすればいいか分からないので、とりあえず街頭での芸を何度か試みた。
結局のところは芸は上手くいかなかった。
『ジャンパー』を堂々と見せて非現実的な瞬間移動を見させるも、観客は何らかのトリックだと思った。物を移動する際に協力してもらった客も仕込みの関係者だろうと疑った。
協力した客は『ジャンパー』に不思議がっていたが、周囲の赤の他人に強いアピールをしてはくれなかった。
芸の技量だけでなく、自分は凄いことをしていると伝えるプレゼンテーションのスキルも必要だと痛感した。だが高校を出たばかりの十八才の真壁にはそうした力は無かった。『能力』の効果を存分に伝えきれないまま、客は去って行ってしまうのだった。
全ての人が最初から上手くいく訳では無い。誰しもがそれなりの失敗をするのだ。
そういう意味では真壁の最初のつまづきなど大したことでは無いのだが、『ジャンパー』を使った芸は絶対に成功すると信じて疑っていなかった真壁は大いに落胆した。誰にも凄いと言ってもらえないことが歯痒かった。
ある日も自分なりに芸をこなしたが、やはり客の反応は鈍かった。数人いた客も立ち去って真壁だけになった。
疲れたし一度休むかと、その場を立ち去ろうとしたその時、男に話しかけられた。
「なあ、今のヤツすごいな」
にこやかな表情をしている男性だった。ガタイが良く目は細い。シャツにジーンズとラフな格好で髪は明るめの茶髪だった。それが香田光栄だった。
「今の一瞬で移動させるってやつ。面白いなあ。どうやってんの?」
真壁は香田に対して実演した。香田は言われたまま目を合わせていると、真壁の持っていた小物がいつのまにか自身の手の中に移る。
「すごいな!」
香田は素直に感嘆した。真壁にはそれが新鮮でくすぐったかった。
「俺、変わったことやってる人に興味があるんだ。よかったら昼飯でも一緒に食わないか」
真壁は素直に同意して香田のおごりで昼ご飯を食べた。
その日から真壁と香田は仲良くなった、二人は週に一度くらいの頻度で会って、食べたり飲んだりした。ボウリングやビリヤードやカラオケなどで遊ぶこともあった。半分以上、香田が奢っていた。
香田の年齢を聞くと二十歳そこそこと答えはしたが正確な年齢を言わなかった。家族や他の友人関係、出生地、通っていた学校、昔やっていたバイトなど何を聞いてもはぐらかされるのだった。
一方で真壁の事はよく聞いてきており、真壁は素直に答えた。
真壁は高校中退したと同時に実家を出て一人暮らしを始めていた。その家に香田を招待した。
始めて人を家に上げたので素直にはしゃいだ。二人はDVD等を見ながら飲み食いして、雑魚寝をした。起きてからは眠気覚ましを兼ねて外に出て、適当なところで飯を食べた後バッティングセンターに行って遊んだ。
それはとても楽しい時間だった。高校時代の青春の延長のように感じられたし『能力』を使ったことにより生まれた縁だと思えた。これもまた一つの運命だと思えた。
香田は頻繁にお金を出してくれたので、何故こうも振舞ってくれるのかを正直に聞いてみた。
「今やってる仕事がな。そこそこ儲かるんだわ」
そう答えてくれたが、実際に何をやっているのかは、その時は教えてくれなかった。
それでも真壁は香田を信頼して、自分の手品が種も仕掛けもない『能力』によるものだということを教えた。教えたうえで絶対に仕込めない距離から物体を香田の手に送った。
『能力』について教えたのは最大の信頼の証だった。これについて香田は、
「正直言って最初の時に何かあるな、と思ってたんだわ。理屈じゃ説明できない、何かを持っているなって感じがしてたんだ」
意外にもあっさり受け入れて真壁の『能力』の存在を認めた。
あまりにもあっさりだったので真壁は違和感を覚えたが、特にそれ以上は考えなかった。
後々振り返ってみれば、この時の違和感を真壁はもっと重んじるべきだった。




