犯人探し
椎名の、
「まだ時間掛かりそうだし座って話がしたい」
という希望に応えて、そばにあった机や椅子を整理した。積もっていた埃は雑巾で雑に拭いた。
「えーとどこまで話したっけ」
椎名が首を傾げる。
「君が『能力者』を判別できるってところ」
群青が教えると椎名は「ああそうだ」と思い出す。
緊張感があるのか無いのか分かりにくいな、というのが群青の感想だった。
「今ちょっと呆れたでしょ」
椎名が聞いてくる。それは表情を読んだのか『能力』を使ったのか、どちらなのだろうと思いつつ首を横に振った。
『能力』なら否定しても嘘だとバレるが別に構わないという気持ちだった。
「あの夜、殺意の匂いを嗅いだ時、同時に微かだけど匂いがしたの。『能力者』が出す精神パターンを」
「だから俺達はあの夜の時点で『能力』による殺人だとアタリをつけていた。もしそうなら警察では真実にたどり着けないとも考えていた。…そして実際に事件ではなくて事故だと報道された。このままだと犯人は何も罰を与えられることはない。警察では犯人を見つけることが出来ないし、もう捜査は終了した。だから俺達は独自で探そうと考えた」
「友人の安住くんの敵討ちというわけか」
「…そうだ。事件の夜、橋から戻ってきた俺は椎名に、橋の上に居た二人が同年代に見えたことを伝えた。翌日からお互いの高校で疑わしい奴が居ないかを探すことにした。俺は当てずっぽうだったが椎名は『シックス・センス』があるから、学校に『能力者』が居るかどうか特定することができる。そして早速、翌日にして出会ったんだ」
木田は群青を指差す。
「お前に」
何について言われているのか、群青は把握できずにいた。
「僕?」
「多分お前は覚えていないみたいだが、椎名はお前とぶつかりそうになった時に、匂いからお前が『能力者』だと気づいたそうだ」
群青は椎名を見る。最初からどこかで会ったような感覚はしていたのだが思い出せていなかった。
「群青くん、安住くんが亡くなった翌日、自習時間の時に廊下でぶつかりそうになったでしょ」
「…!ああ、あの時か…」
安住の死の第一発見者であることを先生達に伝えに行くべきか迷って、結局やめて教室へ戻ろうとした時だ。
ぶつかりそうになったあの女子、あれが椎名だったのだ。
怪訝な表情をしている椎名の顔を群青は思い出した。あの時は自習時間なのに出歩いている群青を不審がっていると推測したが、その理由もあるにせよもっと重要な理由もあったのだ。
「私は自分の教室で自習していたんだけど、廊下から違和感のある匂いを嗅いだの。昨日の今日でまさかとは思ったけど、どうしても気になってコッソリ教室から出て行った。そして見つけたのが群青くんだった」
何か居心地の悪さを群青は覚えていた。
「職員室に向かおうとしていて、そこからは不安とか緊張の匂いが強くしていた。それ自体はそんなに興味を惹かれなかったけど、問題は…」
「僕から『能力者』の匂いがした?」
「そう。『能力者』が持つ精神の波形のようなものを感じた。私はもっと確かに匂いを嗅ぐために近づいたの。でも近づきすぎていて、突然振り返った群青くんに危うくぶつかるところだった」
群青はあの時、振り返ったら目の前に女子が立っていて大いに驚いた記憶があるが、あの時匂いを嗅がれていたのだと考えると…。
死ぬほど衝撃的だった。
「その日のうちに木田くんに『能力者』を見つけたことを教えた。木田くんは橋に居た男かどうか顔を見に行くと言ったけど、翌日には休校になっちゃった。わたしは群青くんの名前をその時知らなかったから、木田くんに教えてあげられる情報はその時全く無かった」
「翌日、ニュースで事故だったと報道されたんで俺は居ても立ってもいられなかった。早く真相を突き止めたかった。だが休校が開けた後、俺はすぐに確認したかったがなかなか見に行けなかった」
「まぁそっちも学校だしね」
「自分の高校抜け出して、そっちの高校に侵入してお前の顔を覗くのは難しかったんだ。放課後に見に行くことも考えたが、お前が早く帰るからそれも成功しなかった」
「部活とか入ってないからね」
よく分からない言い訳を群青はした。
「この際、家に行って顔を見るのが手っ取り早いと思った。それで椎名に手伝ってもらって椎名がお前の居るクラスがどれか特定してもらい、ついでに名前も確認した。さらにクラスメイト何人かにお前の家の住所を聞いたんだ」
全くの初耳なので面食らってしまう。
「僕の家の住所?」
「ああ、だが誰も知らなかったらしい」
誰も家に上げたことが無いからだ。
「というかどのあたりに住んでいるのか、地区レベルで聞いても誰も分からなかった」
まぁそうだろうな、と群青は納得した。
「だが一人、休日に群青を百貨店で見たことがあると言った奴が居た。住んでいるのかその辺りなのか、たまたま買い物に来ていただけなのかは分からなかったが、とりあえず俺は土日そこに張り込むことにした」
「土日?土日張り込むって、ずっと百貨店にいたのか」
「そうだ。そうするくらいなら平日無理やり高校に忍び込んで見に行った方が楽だったな、とは思ったよ。あるいは早朝、校門近くに張り込んで登校する奴の顔を見るとか、椎名に写真を盗撮してもらうとか」
「それはイヤ」
本気かどうか分からないアイデアを椎名は拒絶しているが、群青はそんなことよりも木田の話に呆れていた。
「土日ずっとあそこをうろついていたのか。土日とも僕が来ないかもしれないのに?そもそも名前は椎名さんから聞いていても、顔を知らないのだから見つけようが無いじゃないか」
「ああ。だが他に休日の間に出来ることは無さそうだったからな。ダメもとというやつだ。結果的には橋に居た顔の奴を見かけることが出来た。それがお前、群青だった。運が良かったな」
だが行ったのは日曜なので、土曜の木田は一日を棒に振ったことになる。それでもめげずに日曜に来たということだ。
それほどに安住の敵を打ちたいのか、と並々ならぬ執念を感じた。
「百貨店で見かけた時、ビンゴだと思った。お前はあの夜確実に橋に居た。そして椎名曰く『能力者』だ。安住を殺した殺人犯も『能力者』。そして安住と同じ高校なら何らかの殺す動機を持っている可能性は高い。判断するのに充分な材料があると思った。だから俺はお前を追い詰めた」
「殺すほどにね」
群青は小さく呟く。嫌味のつもりだったが木田は素直に頷いて同意した。
「相手も『能力』を持ってると分かっていたから手加減の余裕は無かった。とりあえず一発かましてビビらしてから尋問しようと思ったら、反撃を食らったんで本気になってしまった。今思えば早とちりだったんだが、昨日のあの時は完全に犯人を見つけたと確信してしまっていたんだ」
「なるほどと言いたいけれど、確信するのが早すぎるだろう。速やかに殺そうとするなんて」
「俺は報復のつもりであの場所に居たからな」
報復、その言葉の重みを群青は受け止める。
つまり木田にとって敵討ちとは制裁なのだ。警察や法の代わりに罰を下そうとしている。それは必要であれば命を取ることも可能性に含まれている。鬼気迫るものがあった。
「結局お前は犯人ではなかったがな。その説はすまなかった」
言って木田がまたも頭を下げる。
「いや、もういいんだ」
死んでもおかしくなかったのに「もういい」と終わらせようとする自分もおかしい、と自覚していたが、しかしこれ以上その件を蒸し返しても何にもならない。
「そしてお願いがある。昨日お前に話したい点と言ったことなんだが」
木田が唐突に切り出す。
「犯人探しに協力して欲しい。これを言うために椎名を通してお前を今日ここに呼んだんだ」
木田は真剣な表情だった。群青は何と言えばいいか分かりかねていた。
「犯人探しって…具体的にこれから何をする気なんだ。また『能力者』を探していくのか」
「既に疑わしい人物を二名特定させている」
「二名…もしかしてそこに含まれていると困るから言うが、あの夜僕と一緒に橋に立っていたのは僕の知り合いだ」
先程から言おうとしていたが、言うタイミングを失ってなかなか切り出せていなかった。
「あの夜たまたま橋で会ったんだ。今は目撃したショックで登校拒否している。彼はこの事件とは無関係だと思う」
木田は眉をひそめて興味深げに聞いていた。
「なるほどな、分かった。いやそいつのことは確かに気になっていたが、あの橋の上の素振りからお前の知り合いだろうと思っていたし、この後あいつが誰か聞こうとは思っていた。いずれそいつからも目撃した情報は聞きたいな。…だが先程言った二名というのはそいつとは別人だ」
椎名が引き継いで説明しはじめる。
「この事件よりも前から、この町を歩いていてたまたま匂いを嗅いだことがあるの。それが二回。その人達も恐らく『能力者』」
「つまり君達が思う、容疑者ということか」
「そうだ。この事件に関しては『能力者』が優先的に容疑者に浮かび上がる。だからこの二人がもっとも疑わしいんだ。今のところ確定的な情報はそれしかない」
木田は親指を立てて横に斜め座る椎名を指す。
「…色々あって、俺はかねてから椎名に『能力者』を見かけたら教えてくれと頼んでいた。さらに椎名は二人を見かけた時、それぞれ尾行をして再度会えそうな拠点を突き止めたんだ。顔も見ているし、会おうと思えば会うことができる。だが相手が『能力者』なら何か起きるか分からない。だから群青、ついて来て欲しい」
「ついて行くって…何のために?」
「何かあることを想定して、だ」
「昨日みたいに一悶着あるかもしれないからか」
「そういうことだな」
唐突で且つ無茶苦茶な話だった。木田のやりたいこと、言いたいことは理解できたが、彼らの行動に自分が加わる意味も意義も無いように思えた。
「何もないかもしれない。普通に話し合うだけかもしれない。だがもしもの時を考えて、お前に協力して欲しいと思っているんだ」
断りたいという気持ちが当然あった。木田は死んだ安住と旧知の仲だったかもしれないが、群青は違う。敵討ちをする動機がないため、犯人を探そうという決意も無い。
これは完全に善意だけを求められているのだ。
「頼む。お前を必要としている」
必要としている、そんな言葉には聞き慣れていなかった。すっかり自分の日常から遠い所へ来てしまったのな、と不思議に感慨深かった。
拒否したいという気持ちが最も大きかったが、一方である感情も顔を出していた。
それは最近群青の中で芽生えつつある『関心』という想いだった。
安住の死の真相、そして『能力』のこと。
『能力』を人に話すのは初めてで、他人の『能力』を見聞きするのも初めてだった。今話している会話は、かつて一度もしたことがない内容だった。不思議な共通点を互いに公開している不思議な感覚があった。
今ここで依頼を拒否してこの関わりから抜ければ、安寧は得られるが、『能力者』同士の関係も無くなり、この新鮮な感覚もこれきりになってしまうだろう。
そこに、少し寂しい想いがあった。
木田の依頼に答える瞬間、椎名が微笑んだように見えた。これから言うことが感情の匂いで分かったのかもしれない。
「分かった。ついては行くよ。でも危険な状況には極力しないよう約束して欲しい。それと僕の『能力』はそんなに便利なものじゃないから、何かあっても期待しないで欲しい。約束できるのはついて行くことだけだ」
「十分だ。ありがとう群青」
そう言って木田は手を差し出した。群青は応えて握手を交わす。
(なんだかこいつ、古風だな)
木田の性格を未だに測りかねていた。
「それで調べに行くことについてなんだが、いつ行くんだ」
「明後日、水曜だ。本当は今日にでも行きたいところだが、そいつが確実に居るのが水曜なんだ」
その後、群青と椎名も連絡先を交換してその日は解散した。
帰り道、群青は考える。知り合ったばかりの人達と殺人事件の捜査をすることになってしまった。
(ただ関心がある、というだけで…。これでいいのだろうか)
迷いがあった。戸惑いもあった。ここ数日は多くの心の動きがあった。
関心を持つということ、大きな選択肢において決断をするということ、そして迷い戸惑うということ…。
群青が自覚するしないに関わらず、止まっていた心は再び動き出していた。




