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腕時計  作者: 望月陽介
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孤独とは

 返事が来ない…。

 先週、あきにLINEを送ったが、返事は来ない。既読はついている。

 俺はこの画面を何回も見ている。ちょうど10回見たあたりから、既読が付いていた。あきは俺のことをブロックしたわけではなかった。

 そして、ちなつちゃん。

 連絡先を交換してから、連絡していない。もっと話したいのだけど、誘いづらい。相手がどう思っているか分からないし、しつこいとも思われたくないし。腕時計が見つかってくれさえすれば、連絡が来るんだけどな。

 ちなつちゃんのプロフィールを開き、眺める。連絡が来て欲しいと思うけど、来ない。

 さすがにきもいな。

 画面を開いていると、着信が来る。びっくりして、ベッドにスマホを置く。まだ、誰からかは見ていない。もしかして、あき?!それともちなつちゃん?!やばい、どちらにせよ。嬉しい。そして、この電話で、俺の未来が大きく変わる気がする。

 おそるおそる、画面を見る。そこには、『父さん』と書かれていた。えー、まじかよ。

「もしもし?」

「あ、もしもし、あきら?」

「うん、そうだよ。」

俺はベッドに座り、机の上のテレビのリモコンを触り出す。電話している時はついこうしてしまう。

「すごく言いずらいんだけどさ、」

この流れは本当に嫌いだ。なぜかって、嫌なことしか言われないからだ。

 うちの家は仲が悪い。夫婦喧嘩は俺が大学に入る前から多く、そのたびに俺は嫌な思いをしてきた。止めることもできず、かといって声が聞こえてくるとすごく不安になる。喧嘩するほど仲が良いいとか喧嘩はした方がいいとか言うが、それは本当なのだろうか。当人達がどうなのかは知らないが、周りの人間はひどく不快だ。喧嘩を見て楽しむことができる人間が居たら、俺はその人とは確実に話が合わないだろう。人が怒り、争っているのを見て喜ぶなど、ありえない。

 また、両親は喧嘩したのだろう。大学に入ってからこれで、5回目だ。しかも最近は時に多く、電話が来るとひやひやする。いつか離婚してしまいそうで。

 親の離婚は子供にとっては自分の失恋とは比べられない程辛いものだ。一緒に暮らしていた家族が散り散りになる出来事。しかも子供である俺は親のどちらも恨んでいない。それなのに、全員で一緒にいることができないなんて、ひどい話だ。

「うん。」

できるだけ、間をとってから返事をした。聞きたくないしそういうことを起こさないでという俺からのメッセージだ。

「母さん、出て行っちゃった。」

ほらね。

「そ、そうなんだ。」

もちろん、言いたいことはたくさんあるよ。それはいつなの?探しに行ったの?どこにいるかは分かってるの?辛かった?原因は?

聞けないよ。いや。訊けない。そんなこと訊く資格がないよ。俺は二人を残して、一人暮らしをし、帰省だってしてない。俺は二人を置いていったんだ。無責任なんだ。

「もう、だめかもしれない。」

その声は弱く、小さかった。急いでパソコンを起動して、祖父母にメールを送ろうとする。こういう時は本当に頼りになる。父さんを助けてあげてください。

 俺には何もできないから。

「多分、帰ってくるよ。」

あり合わせの言葉しか言えないけど、俺は心配しているよ。でも、どうしても口出ししたくなくて、何も言えない。俺は非道なクソガキと言える。母が家から出たなら、心配したり涙を浮かべたりするのが普通の子どもだろう。

「ありがとう。悪いな。苦労かけて。」

「大丈夫、父さんも、元気で。」

電話を切った。俺は胸が痛かった。この感覚は孤独感に似ている。親と自分には距離を感じる。その距離は俺が作っているのだけど…。

 家族が仲悪かったら、俺の本当の味方なんていないじゃないか。

 俺は家族がどんなに大事なものであるか、知っているはずだ。このことについて、知ったのは、あるニュース記事だ。メンタルスポーツのなんとかさんが言っていた。

「家族との関係がうまくいっている人ほど、スポーツがうまくいっていますね。僕があったことのあるスポーツ選手で、家族と仲の悪い人は一人もいませんでした。」

 俺は高校で陸上部だった時に、この記事を見た。それから、これが頭から離れなくなって。なにもかもこれのせいにして、俺は部活を辞めた。このあたりから、一人で散歩することが増えて、たまに橋から川を見たりもする。危険な工事現場に入ることもある。

 でも分かったんだ。関係あるのはスポーツじゃないって。

 メンタルなんだ。メンタルが安定しないんだ。家族が仲悪いと。分からないか?家族喧嘩した日は、なにもかもが集中できなくてなぜかずっとそのことを考えてしまう。

 そう、それは本能だ。人間の深い深い、誰も操作できない場所にある、本能が言っている。家族を大切にしろと、でなければなにも上手くいかないと。

 その正体がこの孤独感だ。こんな状態で、俺は、なにかできるはずない。何も上手くいかない。 

 誰か助けてくれ。

 誰か俺の家族になってくれ。

 そんな都合のいい人はいない。仲が良いと思っても、すぐに離れていってしまう、どんどん、どんどんと。

 あき。俺は、あきは他の人とは違うと思っていたよ。あきは、つらさと言うものを知っていた。人間の抱える闇を。だから俺は惹かれたんだ。俺の気持ちを分かってくれる人なんて、これっぽっちもいない。

 うちの家族、仲が悪いんだよね。と言った時、ほとんどの人は、そうなんだ、という。そのそうなんだ、に込められている気持ちは冷たいものだ。なんとかなるでしょ、とか。そういう家族もあるでしょ、とか。そんな気持ち。

 そりゃ、そりゃ、分からないさ!

 仲の良い家族生まれた人にはなぁ!

 でも、あきだけは違った。俺がそう告げた時、あきは、

「次の家族は、仲がいいといいな。がんばれよ。」

と言って、俺の肩に手を置いた。

 嬉しかったのは、言葉なんかじゃない。彼女の表情だった。

 彼女はまるで自分のことかのように、悲しい顔をしていた。

 そんな顔をしてくれる人なんていないと思ってた。

 俺はあきと家族になりたかった。だから、付き合った。

 だめだ、悲しい。

 涙とともに、様々な思い出が俺の中から出てきた。その中で一番、気がかりなエピソードがある。




「試合とかないの?応援しに行きたいんだけど。」

あれは、暑い夏の日。俺が買ったスイカを二人で食べていた時の話だ。

「10月に大会がある。」

「10月か!絶対観に行くよ!」

あきは本当に頑張り屋で、自主練も欠かさない。

「無理しなくていいぞ。」

もちろん、無理なんかではない。

「だいたい誰と来るんだ?。」

「それはわからん。」

あきは優秀な選手であることを知っていた。前に、彼女の部屋の引き出しを勝手に開けた時、賞状や、トロフィーとともに写るあきの写真がでてきた。もちろん、言ったら、プライバシーの侵害の罪で制裁を食らうことは間違いない。でも、その時に、彼女のホッケーが見てみたいと思った。きっと、活躍するのだと。




 そして、今週末にはその大会がある。俺は、別れた恋人との約束を閉域で破ることのできない弱い人間だった。

 どうしよう。どうしよう。

 スマホの画面を見る。さっき開いていたままの画面だった。そう、ちなつちゃんのプロフィールだった。

 もう、連絡しようかな。

 彼女は優しい人だろう。落ちていた腕時計をわざわざ話したことのない人に届けようとするなんて素晴らしい。

 俺の家族について話したらどんな反応をするだろうか。どんな顔をするだろうか。

 いや、違う。

 俺は今の状況を誰かに話したかった。話さないと、この体の中の細菌が俺の臓器を蝕むようなイメージがある。だけど、誰かに話すと言うのは、その細菌を移すということだ。相手も苦しむかもしれない。もちろん、共に悲しんでくれたらの話だが。

 でも、このままじゃ、何もできない。眠れもしない。今は、そういう、そういう気持ちなんだ。宇宙を漂い、未来に不安しかない状態なんだ。これを解決してくれるかもしれないなら、俺は頼る。いくら、ださいと言われようと。

 俺は、生唾を飲み込み、ちなつちゃんに電話をかけた。独特の音が鳴り響く、この音はが切れた時、俺の緊張はMAXになるだろう。

 しかし、数十秒経っても、彼女は出なかった。

 その音は無限に続いているような気がした。いつから電話をかけているのだろう。いつ電話に出るのだろう。この音を聞いていると、時間間隔がおかしくなる。ただ、緊張が心にあり続けることは変わらない。

 音が途切れる。長すぎて時間の限界が来たのかと思った。

「も、もしもし?」

緊張した女の子の声がスマホから鳴り響いた。俺は驚いて、目を大きく開いた。

「あ、もしもし。」

咄嗟に応える。相手からすれば、何の用かと困っているはずだ。

「ごめん、今忙しい?」

リモコンに手を伸ばす。

「いや、全然!どうしたの?」

彼女は優しい。声からは迷惑そうな感じが一切ない。それが演技だとしても、俺は嬉しい。

 しかし、なんて説明したらいいんだ。

「えっとね、まあ、ちょっと相談してい事があって。」

どうしよう。本当に話すのか、それとも、変哲のない話でごまかすか。

 彼女は、うん、と言った。そのまま俺が何も話せず沈黙が続いた。

 窓の外はもう暗い。もう日が短い。時が流れるのは早い。

 壁の時計を見つめる秒針は決まりよく動いている。どんどん、どんどん、彼女の時間を俺は奪っている。

 早く決めろ。

「あ、私のことは気にしないで?ゆっくりでいいから。」

それはずるい。俺はまた、涙目になった。この涙は何度も帰ってはまた出てくる。いつか、自由になれる日は来るのだろうか。

「う、うん。えっと、この腕時計をもらった人のことなんだけど。」

そう説明するのが一番良いだろう。とりあえず、大会に行くべきか相談したい。

「うん、なんかあった?」

「実は、その人、前付き合ってたんだよね。」

リモコンを握りしめる。

「そう、だったんだ。」

優しい声だ。

「その人と、付き合っている時に約束したことがあって。今週末その子の大会があって、見に行くって言っちゃったんだけど、今こんな状況で」

女々しい。

「どうしようかなって。」

そう思われても仕方ない。

 沈黙が続く。こんなこと言われても、困るよな。同情するよ。

「その子のこと、嫌いになったの?」

リモコンの電池の部分を開ける。

「いや、そういうわけじゃないんだけど。」

俺は次の言葉を忘れない。

「じゃあ、一緒に行こうか?一人で行くの、怖いよね?まあ、見られちゃったら、なんて言われるか分かんないけど。」

…。

「あ!なら、その場所まで一緒に行くよ!」

俺の目は大きくなった。

 目をぱちぱちさせる。えっと、どうしたらいいかな。

「ごめんね、変なこと言って。」

すぐに反応する。

「そんなことない!すごく嬉しいよ。」

もう行くしかない。神様もそう言ってる気がした。

「えっと、それで、何の大会なの?」

知らない人の大会を見に行くなんて。

「フィールドホッケーっていうんだけど。」

「そうなんだ!見たことないから見たいかも。」

「無理しないでね。」

全然、無理なんてしてないよ。

 なぜ?なぜ、そこまで優しくなれる。

「ありがとう、話聞いてくれて。」

「大丈夫。」

「じゃあ、土曜日に。細かいことは後で連絡する。」

「分かった。」

なんだろう、この暖かい感じ。

 そしてこの一言で、俺の心は強く回復、いや、超回復し、未来は明るいと思わざるを得なかった。

「あの、私で良ければ、なんでも相談してね。」

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