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腕時計  作者: 望月陽介
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伝えたいこと

 勢いよく走ってくる。止まれるとは思えない速度だ。だが、いつも止まる。必ずな。

 私はそれに乗り込む。席が空いているが、座らない。私が座るべきではない。他の、もっと苦しい思いをしている人が座るべきだ。

 脚は正直痛い。昨日、走った距離の分だけ、鈍痛として、脚にまとわりついている。まあ、立っているだけなら平気か。

 窓から景色を見る。速度が速くなるにつれ、景色は見づらくなる。見つめるには速すぎる景色。見ないにしては、美しい景色。森を抜けた後の窓は、街並みを映していた。この線路は高い場所に設置されている。だから、街を一望できる。規則的に、カラフルに並んだ街の中に大きな観覧車とジェットコースターの線路が見える。二人は楽しく遊んでいるだろうか。

 目が痛い。

 次の駅に止まった。家族連れが入ってくる。席は、三つ開いていたが、間に一人、男が座っていた。その男はイヤホンをしている。その家族の母親がその離れた一席に自ら座り、そこに二人で座りなと、子供二人に言う。しかし、子供たちは反対し、母親の前を離れない。

 次の駅に止まる。今回は多くの人が入ってくる。あっという間に空いた席は埋まり、母親が座っておけばよかったのに、という。

 私は弟に会いに行く。盆休み以来であるから、約2か月ぶりだろうか。

この2か月はひどく長かった。

 目が痛い。

 泣いたのは何年ぶりだろうか。

 弟が死んだ日を思い出す。

 いや、あんまり思い出せない。

 私が家に帰ると、弟は浮いていた。部屋の真ん中で。私は持っていた食器を落とした。その音に反応して、おばさんも来た。

 おばさんはこの世のものとは思えない声を出して泣いた。

 泣いたのかどうか思い出せない。あの後からの記憶は本当にはっきりしない。ぽっかり穴が開いている。

 私はあの日、多くのことを考えた。

 弟は、学校でいじめられていた。よく濡れた姿で、帰って来たり、傷だらけで帰ってきた。だから、私は絶対にいじめを許さない。そう誓った。

 私は、弟がいじめられていることを知っていたから、よく学校にクレームを言った。声を大人っぽくして。それでも、学校は対応してくれなかった。担任も目をつぶっていたことを知り、私はそいつを殺してしまおうかと思った。しかし、弟はきっと喜ばないと思ったから、辞めた。

 教師という職業が嫌いだ。どうして、教員免許はこんなに簡単に取ることができて、簡単に教師になれるんだ?そいつがいじめに対応できるかなんて測ってもいないくせに。

 あきら、お前は教師になりたいと言っていたな。第一印象は最悪だったぞ。

 いや、2週間前か。最後に泣いたのは。

 あきら、お前への怒りはなぜか涙に変わった。

 昨日、私は、あの二人に弟について話した。自分のことについて話したのは、2回目。あの二人だけだ。話せるのは。昨日、そう思って、話した。

 今日は弟に、そのことを言おう。話すことが初めてできたのだと。目の前で泣くことができる友人ができたのだと言うこと。大会に優勝したこと。点を決めたということ。

 生きてさえいてくれれば、反応を見ることができたのだが。

 『死』というものは、悲しい。悲しいどころではない。二度と会うことも話すこともできない。触れられない。何も伝えられない。

 私はあの日から一人ぼっちだった。ずっと。

 あの腕時計を買って良かった。

 ありがとうな。

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