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腕時計  作者: 望月陽介
10/13

こいとあい

 今日は、青いっぱいの空。昨日の雨が嘘みたいである。もう、10月なのに、日差しは強い。日焼け止め忘れちゃった。

 天が味方している、そんな気がした。

 エネルギーってね、身の回りに溢れているんだよ。熱、光、音、力…。太陽は光と熱で、私達にエネルギーをくれる。この温かさが、私は好きだ。罪のない、誰も苦しめない暖かさ。もちろん、夏は苦しむけどね。

 私の、ちなつという名前は、夏に生まれたから、という理由で付けられた。それだけじゃない、千夏の、『千』の字は、『多い』という意味を持つ。お母さんは多くの人を助け、愛せる素敵な人になってほしいという意味をこめたらしい。

 私は多くの人を助けてなどいない。むしろ助けられている。

 私は、頭が悪い。どうして、大学に入れたのか、自分でも分からない。大学の勉強は本当に分からなくて、理学系の課題は、ほとんど友達に見せてもらうか、教えてもらっている。授業を聞いても分からないし、眠くなってしまう。そんな自分が情けなくて。





「私ね、本当に馬鹿で、課題なんて一つも自分の力だけでできたことないよ。」

とあきらくんに言ったのだ。失望するかと思われたけど、

「いいじゃん、できなくて。というか、無理にできるようにならなくてもいいと思うよ。向き不向きがあると思うし。」

と言った。ふむふむ。

「俺はできないことにぶつかったとき、向いてないって思って、最小限の力で乗り切るようにしてる。じゃないときついからね。まあ、向いているものが見つからないんだけど。」

「私も見つからないよー。」

少し、笑えてきちゃった。いい考えだとは、思った。

「だからさ、もし教師とか、親になったとしても、子供がね、苦手だとか嫌いだって言うものを無理にやらせたくないんだよね。もしそれが、絶対にやらなければならないことなら、できるだけ楽にクリアできるようにサポートしてあげたい、って思う。」

私は、その考えが素敵だなっと思うんだけど、どう褒めていいか、どう賛同していいか分からなくて、頭の中の辞書で、全力で探した。

 揺れるバスの窓には水滴がたくさん付いていた。その水滴は、映る自分の顔を、歪んで反射していた。この水滴を眺めていると、いつだって、私は子供なんだと思う。この水滴を見て、不思議だな、面白いなって思えるんだもん。大人になったら、そんな風に思えなくなるって考えたら、すごく寂しい。

「あーでも、この考えを言うとね。甘いだとか、それじゃ、子供がニートになっちゃうぞって言われるんだよー」

私もそう思う、とでも言うと思ったのか苦笑いしている。

 私がね、子供だったら、あなたみたいな大人の人をきっと好きだと思う。だって、誰だって、無理やり何かさせられたり、未来を勝手に決められたら嫌だもん。

 私はね、あなたみたいな教師や、親が居たらね、甘えないと思うよ。きっと好きになってしまう。だから、頑張ると思う。

 私はまだ子供かな。

窓は曇り始めた。空気が冷たくなったからなのか。窓がお絵かきボードに変わった。

 私はそこに、すきって小さく書いて、

「素敵な考えだね。」

と言った。

 あなたに向いているもの、あるじゃん!

 とは言わなかった。





 向いていないんだよね。勉強。そう思うとずっとずっと楽になった。温かい気持ちになった。

 隣にいるあなたは、太陽?

あきらくんは急に寂しそうな顔をして言った。

「ゆうやくんは来ていないんだな。」

ゆうやくん?一体誰だろう。

「知り合い?」

「いや、あきの…彼氏?なのかな。一緒に居るところをみたことがあって。」

まだ、あきらくんはあきちゃんの恋愛事情を気にしているのかな?その表情は、どこを見ているでもない、複雑な感情を表しているみたいだった。私は失恋をしたことはあるけど、誰かと付き合ったことがなかった。だから、元々恋人だった人をどう思っているのかわからなかった。ましてや、その元恋人と仲の良い人を気にしてしまうことに関しても共感ができなかった。

 それでも、彼の悲しさを少しでも和らげてあげたかった。悲しみは分かち合えば、半分になるものでしょ?

「大丈夫?話聞こうか?」

誰かにこんな風に言ったことはなかった。悲しみを分かち合いたいと思ったことなんてなかった。私は一人だったから。今までずっと。

 でも、今は違う。

 あの日、私に電話をしてきたあきらくんは、私を頼ってくれた。私に相談してくれた。そんな人いなかったよ。今まで。

 私の言葉を聞くと、あきらくんには笑顔が戻った。

「別に大したことじゃないよっ。心配してくれてありがとう。」

「良かった!」

心からそう思える。





 今日の試合は全部終わった。といっても、ほとんど試合を集中して見ることができなかった。あきらくんをずっと見てしまって。あきちゃんの試合もそうだった。試合を見るあきら君をよく見ていた。あきちゃん、本当にごめんなさい。

 競技場を出ると、あきらくんはそのままバスの方向に向かって歩いていくので、こう言ってみた。

「あきちゃんに、お疲れ様って言いにいかない?」

もちろん、嫌だと言ったらすぐに辞めるつもりだった。でも、もしかしたら、今なら、仲直りできるかもしれない。そんな気がした。

 二人とも、お互いを憎んでいるわけじゃないと思う。分からないけど。

 もし、あきちゃんがあきらくんが嫌いなら、腕時計を見た時、あんな顔をしないよね。すごく安心した顔をしてた。どんな別れ方をしたのかわからないけど、二人ともいい人だし、ちょっと伝わらなかったんだよね、気持ちが。

 あきらくんは戸惑っていた。あーとかうーんとか言っていた。

「行こっ。」

私はあきらくんの手をつかんで、競技場と選手待機場所の間あたりまで行った。あきらくんも受け入れたみたいで、だんだんと私たちの歩くスピードは同じなった。それでも、手を放すタイミングが分からなくて、

 こうやって、いちまでのいつまでも笑って手をつなげたらいいのに。

 競技場から、あきちゃん達が出てくる。マネージャーは重そうな荷物を持ち、精一杯に足を動かしている。

 後ろのほうに、あきちゃんはいた。10m位しか離れていなかったから、私は、あきちゃん!と呼んだ。きっとあきらくんは緊張しているんだろうな。下を向いているので感情が読み取れない。

「あきちゃん、お疲れ様。」

咄嗟に、見えないように手を放す。

しかし、彼女の目線は私の後ろにいるあきらくんに釘付けだった。私は怖かった。これからどうなっちゃうの?

 チラっと後ろを見る。あきらくんは未だ下を見て黙っている。それを見つめるあきちゃん…。戦慄ってこういうことを言うんだよねー。

 風の音が、いつもよりよく聞こえる。こんなに風強かったっけ?

ビューっと私たちの間を風が通っていく。まるで、沈黙を埋めるように。そして、ドラマの監督が、よーい、アクションと言うかのように。

「新しい彼女か?」

汚れたユニフォーム。汚れたスパイク。彼女はさっきまで、あの広いフィールドで戦っていたんだ。疲れている中、あきらくんを連れてきちゃって、迷惑だったかな?

 彼女は依然として、私を見ていない。

「ち、違うけど。」

と言ってしまったのは私だった。あきちゃんはやっと私を見る。

 え?

 彼女は口パクで何かを伝えている。

 だ い じょ う ぶ だ

 なんとなく伝えたいことが分かった。何が大丈夫なのかというよりもあきちゃんが怒っていないことが分かった。

 きっと、あきらくんの反応を待っているんだ。

 あきちゃんが質問してから、もう1分は経っているのに、彼は下を向いたままだった。どんな顔をしていいのか分からないって感じだった。

 まったく。そんなに未来は絶望的じゃないぞ。

 私はあきらくんの肩に手を置き、耳元で大丈夫だよっと言った。

 あきらくんは急に顔を勢いよく上げた。

「ごめん!本当に!色々と!」

そして勢いよく頭を下げた。

 私は驚いて、目を見開く。

 あきちゃんは笑顔になった。そして、すぐに真剣な表情になり、

「私も悪かった。」

あきちゃんも頭を下げた。

 この状況に私は行き場を失う。どうしようと周りをきょろきょろとする。なんと、ホッケー部の方々はこの一部始終を見ているらしく、こっちを見て全員固まっている。

 これはまずい。待たせちゃってる…。

「と、とりあえず、続きはあきちゃんが解散した後にしよう?ほら、行こ。」

再びあきらくんの手を引き、その場から離れる。

 あきちゃんが驚いているので、後ろを指さして、状況を教えてあげた。慌てて戻る。きっと、色々訊かれて大変なんだろうなー。

あきらくんは、さっぱりした顔をしていた。あきちゃんが怒ってなくてよほど嬉しかったのだろう。

「この後、3人で、喫茶店にでも行こうよ。」



 バスから降りる。段差が想像以上に高くて脚に痛みが走る。

 あきちゃんは部活の車で移動するらしいから、先に着いてるかも。

 後ろに続いたあきらくんは、案の定、段差の高さに驚いて、着地するもうわっと言う大声を出した。周りの人に見られて少し恥ずかしいけど、ちょっとかわいい。

 大学に歩いていく。寝起きなのか、彼は口数が少ない。話した言葉の数より、あくびの回数の方が多かったかも。

 あきらくんは疲れてしまったみたいで、バスではずっと眠っていた。いや、疲れていたからというより、安心したんだろうなぁ。

 大学に着くと、門の壁にあきちゃんが腕を組みながら寄りかかっていた。どうしてそんなかっこいいポーズができるの?

「行くぞ。」

あきちゃんについていく。あきらくんは気まずそうに一番後ろからついてくる。振り返ると、またあくびをしていた。

「横で歩いても、気にしないんだけどな。」

 あきちゃんはそう言う。まったく、あきらくんは何を気にしているんだか。

 あきちゃんは、あのあと連絡すると、喫茶店を探しておいてくれた。

 結構安くていい感じだった。客もそこそこいて、話しやすそうだった。

 私たちは席に着く。あきらくんは、まだ眠いのか迷わずコーヒーを頼んだ。紅茶を頼もうとしてたけど、あきちゃんが頼んでしまう。紅茶を頼むと、あきらくんが仲間外れになっちゃうから、悩んだ末緑茶を頼んだ。

 飲み物が来るまで、あきらくんはスマホをいじっていたし、私はぼーっとしてた。あきちゃんは、置いてあった雑誌を読んでいた。

 飲み物が来る。私はぼーっとしていたけどしていない。どう、会話を始めようか悩んでいた。だって、私が誘ったんだし、私しか無理だよね?

 どうしよう、どうしよう。

 あ、とにかく、

「あきちゃん、今日はお疲れ様。」

と言った。これは正解なはずだ。

「ありがとう。」

あきらくんもスマホから目だけをこちらに向ける。

 お疲れって言いなさいよー。

 と心の中で叫ぶ。もし私が怖い人だったら、足を蹴っているだろうね。

「あ、お疲れ。」

良かった。あきらくんも正解を選べた。

「それで、あれは渡したのか?」

あれ…。

 あ、また忘れちゃった。

「あ、まだなんだ。」

「そうか。」

「というか、どうして橋の上から落ちてきたんだろう。」

ただ寒くて、考えてなかった。

「ああ、あれは落とされたのさ。あの男に。」

「あの男?」

私とあきら君の声がはもる。

「ああ、拾ったものを自分のものにするクズ、ゆうやさ。」

ゆうや…。さっきあきらくんが言ってた…。

「なんであいつが。」

もうどうなってるの?

「そもそも、ちなつ、なんで返そうとしていたんだ。」

「私は、大学のベンチで腕時計を拾ったの。それで、英語の授業であきらくんが付けているのを見たから返そうとしたの。なのにいつのまにか、なくなってて。」

「無くした心当たりはないのか?ゆうやは大学の近くで拾ったと言っていたが。」

「あ、分かった。公園のベンチに置いてきたんだ。」

多分、これは間違いがない。もちろん、道中で落とした可能性もあるが。

「それを拾ったわけか。」

「あき、ベンチの下にあった理由って。」

私は会話の中身より、あきって呼ぶのを初めて聞いてびっくりしちゃった。やっぱりこの二人には見えないけど、強いつながりのようなものを感じる。少し、嫉妬する。そんなものどうやったらつくれるの?

「ああ、そうさ。私が捨てたからだ。」

え…。

「置いてったのは、わざとじゃないんだ。」

「そうか。だとしても、もう見たくなかったから、捨てておいた。」

あきちゃんの目が戦士の目になる。あきらくんと戦う気が満々だ。口論が始まるのかな。

「それは…そうだよな。あんなことしたんだから。」

なになになに。

 気になるけど、きけませーん。

「自覚はあるみたいだな。」

どうしよう。この場から立ち去りたい。

「気になるか?」

あ、話してくれるの?

「まあ、うん。無理に言わなくてもいいけど。」

「俺はいいよ。話しても。」

あきちゃんは『なぜそんなに自信満々なんだ?』という顔をしている。

「そうか。まず、私の部屋で喧嘩したんだ。そしたら、あきらは帰った。その時、腕時計を置いていった。そのあと、長ったらしいラインが送られてきた。そこで私は振られたんだ。一方的にな。」

「あれは本当に、失礼だった。ごめん。」

「まったくだ。」

しかし、あきちゃんの表情は優しい。見るか?と言って彼女はスマホを出す。ちらっとあきらくんを見るが、何も言ってこない。

 そのラインを読む。「あきへ、さっきは怒ってしまってごめんなさい。俺は謝ります。俺は今まであなたに多くのことをしてきました。幸せにしようと頑張ってきました。しかし、あなたは相変わらず僕にひどいことを言います。怒っただけで、嘘つきと言います。もう、耐えられません。もう別れた方がいいと思います。さようなら。」とあった。

「許すつもりはなかったんだけどな。もう怒りが冷めてしまった。」

素直だね。私は怒ってなくても怒ったふりをすると思うよ。嫌なことをしてきた本人に再会したんだから。

「どうして?」

「さあな。」

即答だった。

とりあえず、腕時計がどういうルートで私のところにあるのかは分かった。二人が別れた経緯も分かった。

 この数日で、この二人と知り合うことができた。しかも、とってもいい人達。私は感謝してる。大学で、友達といる人は本当に少なかったし、喫茶店に来ておしゃべりなんてできないと思っていた。

「とにかく良かったじゃん、仲直り出来て。」

笑いかける。あきらくんはあきちゃんの表情を気にしながらひかえめに笑う。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」

もう、窓の外は闇が支配していた。お客さんも減り始めている。

 会計は私が全部払った。機嫌がいいというか、いいことばっかりで、なんだか申し訳ないと思ったから。

暗い帰り道。私の家は寮に近い。だから、しばらく一緒だと思うと、わくわくしていた。

あきちゃんと出会った、川の橋を通る。あきちゃんも川を見下ろしている。何を思ったのかな。橋を渡ると、少し、木が多い道に出る。ここは、歩行者しか通れないくらい狭い。裏道として知っている人しか通らない道。私も知っているんだけど、明かりが少なくて怖いから、いつも通らない。それにこの道の途中にはお墓がある。私はそれが怖くて、一番遠い方を歩く。

お墓に差し掛かる。私は全力で前を見続けた。

 でも、止まったよ。

「どうしたの?大丈夫?」

私ができるだけ、お墓が目に入らないように横を見ると、あきちゃんが両手で顔を包み、あきらくんがその傍らで心配していた。

 私は気持ちの整理ができないという状態になった。あきちゃんは時々、肩を波打たせ、鼻水をすする音を出している。そう、泣いてる。

「なにかあった?」

私も声をかける。あきちゃんがまさか泣くなんて。

 今日の大会で何かあったのだろうか。帰りはずっと黙っていておかしいとは思ってたけど。

 しばらく、この状態が続いた。

 その後、落ち着いたらしいあきちゃんは顔を隠したまま言った。

「私の弟は死んでいるんだ。」


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