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第87話・言なき盾に守られて その6

 ゴゥリンさんが身構え、アプロが剣を抜く間、わたしの後ろではマリスが駄々をこねてました。


 「ですから!わたくしだってこの装備によってちゃんと戦うことが出来るんですっ!」

 「わがまま言わないでくれよマリス…あのね、どんなに力があったって、きちんと訓練を受けた者でないと、体は動かないものなんだから」

 「ですがわたくしとて、衛兵たちの師範であるモトレ・モルトをぶっ飛ばすくらい何でもないのですから!」


 いやー…あのダメ人間、マリスにどつかれるのをご褒美だと思ってるみたいなんで、判断基準にはならないと思うんですけどねえ…。


 「マリス!おめーは足手まといにしかなんねーんだからマイネルの後ろに隠れてろ!」

 「アプロニア様までそのようなことをっ…どうしてですか、どうしてわたくしも戦ってはいけないのですか!お兄さまを守ることを、どうしてわたくしにやらせてくれないのですかっ!」

 「マリス、僕はね。君を守るためにいるんだ。その僕を守ろうという君の気持ちは嬉しいけど、君に守られたら僕の役割が果たせないじゃないか」

 「!!っ……お兄さま……」

 「…マリス。僕に、君を守らせてくれるかい?」

 「……はっ、はい!わたくし、それでお兄さまのお力になれるのですねっ?!」

 「はいメロドラマそこまでー。そろそろ来るみたいですよ。あとマギナ・ラギさんは…」

 「ははは、これでも体一つで大陸東方を踏破する身なのでしてね。自分一人守るくらいなら、造作もありません」


 担いでいた背嚢はいのうを降ろすと、マギナ・ラギさんは中から小さな弓と、矢を何本か取り出します。

 マイネルみたいに聖精石を使うわけじゃないみたいなんですか。


 「このやじりに、小さいですが聖精石を据えておりまして。当たれば威力はそれなりですよ」


 また一発撃つ度に財布が軽くなりそーな武器ですね。わたしの財布じゃないからどーでもいいですけど。

 さて。


 「アプロー!こっちは準備出来たから!」

 「ありがとアコー!」


 まあわたしはいつも通り逃げ惑うしか出来ませんし、マリスは…マイネルがいて自分もアレ着てれば最悪のことにはならないと思いますし。

 あと一人は…あー、気にしても仕方ないですね。はい。

 そうしていると、アプロたちの前方にいつもの穴が…ちょっと小さいもので、わたしが最初の頃苦労してた時期に見たサイズのものが、くくく…っと開いていきます。

 中はやっぱり墨を塗ったくったような真っ黒。その中から出てきたのは…。


 「………ぎ」

 「ぎ?アコ、何が…あー」

 「え?あ、あらあれは流石にわたくしでも…」

 「むう、一匹二匹なら夜営の食事にするのも悪くないものですが…あれは少し身に余りますな」


 「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」


 ヘビっ!へび蛇ヘビHeavyっ?!


 …い、いつかのミミズの大群を思い出し、うっかり気を失いかけるわたし…。

 そうです、ヘビです。いつかは遭遇するんじゃないかと思ってそーならないよう、心の底から願っていた、ヘビの大群です。うねうねとかぐにぐにとか。そーいうアレが。山盛りで。


 「帰る───────っ!!わたし今すぐ帰る───────っ!!」

 「こら帰るなアコ、ほらこっち来いって」

 「う、うう…こっち来んな~~~…」


 顕れたヘビの大群は、別にこちらに襲いかかる様子もなく、開いた穴の前でとぐろ巻いたり前後左右に疾走?したり、ジッとしてこちらに鎌首掲げてたり。

 そんなものから目をそらせずにわたしは、忍び足みたいな調子でアプロの側に向かいます。


 「よーし、いい子だアコ。今から呪言始めっから、私の側なら安心だぞー」

 「お、お願いしますぅ…」


 半泣きでアプロにすがりつくわたしを、隣のゴゥリンさんは微笑ましそうに見てました。うう、そんな眼で見られるのは大変不本意…。


 「…一匹一匹はそれほどの力は無いな。穴も小さいし。で、こっちに襲いかかってくる様子も…ない。本当に第二魔獣なのか?」

 「見た目はわたし的に二番目の脅威なんですけど…」

 「んー、毒持ってたりすると厄介だなー…マリスー?こいつどういう魔獣か分かるかー?」


 わたしの感想ガン無視でアプロは、マリスに呼びかけます。そーいやそういう設定でしたっけ。


 「蛇型の魔獣については毒を持っているという例はこれまでありませんわ。ですが新種の可能性もありますし、アプロニア様、お気をつけを」

 「りょーかい、そんだけ分かればいーや。さぁて…」


 と、両手で剣を握ると目をつむり、「グァバンティンの姫御子の銘を以て命ずる…」と呪言を始めました。

 それを確認したゴゥリンさんは、斧槍を平らに構えてアプロの前に出ます。アプロを、というよりもその後ろにいる皆を守るように、でした。


 「泡の如く生まれ、風に乗る…」


 …聞いたことのない呪言です。また新作ですかね。

 ヘビはそこかしこで蠢いていて、ですが相変わらずこちらのことなど気にもとめてないようでした。距離にして…十メートルってとこですかね。

 わたしはようやく落ち着きを取り戻して後ろを振り向くと、マイネルに庇われたマリスがこちらを心配するように背中の影から覗いてました。

 もう一人のひとは、矢をつがえた弓を降ろし、いつでも射ることが出来る体勢のようです。


 「三つ、四つ、五つ。光束は縛を解かれ、開きてその光を遍く世に通さんとす」


 聖精石の剣が力をためるように微かに鳴り始めました。

 …今までこんなことにも気がつかなかったなあ、と思うのですから、わたしもいー感じに度胸がついてきたものです…と、思ってヘビの群れを見ると。


 「……ゴゥリンさん」

 「………(コク)」


 わたしの見間違い、ではないようです。

 ヘビたちは段々と一つところに固まっていき、その場に何があるのかというと…少し離れているせいでハッキリとは分かりませんが、小さい石のかけらのようなものが宙に浮いていて、それは見た目にも…っ!


 「アプロっ!」

 「んなっ?!ア、アコ…途中で止められないんだから…って、なんだよー」

 「いいから、あれ!あれ見て!」

 「ええ…?」


 背中の向こうからも息を呑む声が聞こえてきそうな中、わたしの指さした先にあった石のすぐ下に集まったヘビたちは、やがて絡まり一つの塊のようになって。


 「…なあ、今日は第二魔獣の穴塞ぎ、だったよな」


 アプロの呟きも耳に入らないわたしの視線が向かう先で地面から盛り上がり。


 「…そ、そんな……」


 マリスの、信じられない、という戦慄きの声にピクリと反応したかのように一度だけ動きを止めると…そこから先は一気呵成の勢いで、ヒトの形を成したのでした。


 「アコ、これバギスカリのような…ヤツなんじゃ」

 「…ですね」


 こんな状況でもわたしとアプロは、意外と冷静です。きっとこれが、場数を踏んだ経験の差ってものなんでしょうか。

 マギナ・ラギさんが、まさか…、と絶句しているのを余所に、わたしたちはソレが完成して、完全に人型になるのを見届けてしまったのでした。


 「ん、ん~~~~…っくはぁっ。あー、キツかった」


 顕れたのは、ヘビが集まって形作ったとは思えないほどに人間の態をした魔獣でした。それが口を利いたのを、どこか当たり前のように捉えてしまうわたしたちですが、単にわたしを含む四人には予想された光景だったからでしょう。

 ただ、わたし的にキッツい眺めだったのはですねー…。


 「おい、おめー何だ。ヘビの髪とかいうのはえらく趣味わりーじゃねーか」


 …地球の神話に聞くメドゥーサのように、髪がウネウネしてるヘビで出来ていたことです。

 それにしても、そんな相手に普通に話しかけられるアプロもいー具合に神経太いですよね…。


 「アコ、茶化してる場合じゃねーから。後ろ行ってろって」

 「あい。言われなくてもそーします」


 幸い腰は抜けてませんでしたので、知らない誰かが言うよーな「針の聖女」なる呼称に恥じるよーな真似はせずに済みました。

 まあそれでも大分へっぴり腰でマイネルたちのところに辿り着いたんですけど。


 「ア、アコ…?あれは、何なのですか…?」

 「マゥロ・リリス殿でもご存じないとなると…あれが噂に聞く第三魔獣、というものですか」

 「第三かどうかは分からないけど…会話が出来そうなところを見ると、バギスカリと同じようなヤツかもね」


 マイネルの声は微かに震えてました。そういえば、一度殺されたんですよね。体が恐怖を覚えているのでしょうか。


 「…おい、てめー何モンだ。バギスカリとかいうヤツの同類か」

 「バギ…?あー、そういやそんなのもいたね。アタシが生まれる前におっ死んだと聞いたけどさ」


 「…女?のようですが…」


 なるほど、マギナ・ラギさんの言う通り、確かに鱗状のうぷ…が形作る姿態は、女性のようにほっそりと、けど出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるように見えます。


 「へえ…ならおめーはやっぱり魔王の手下、ってわけか。だったら話ははえーや。今からぶった斬ってやるから覚悟……しろやぁっ!!」


 チンピラみたいなことを言いながらアプロは疾走しました。

 あーもー、相手のことが分かってないのに吶喊とっかんするとか、相変わらず後先考えないとゆーか…アプロらしくはありますけど。


 「………!」


 そしてゴゥリンさんも流石の呼吸で、アプロに続いて飛びかかります。

 アプロの速度を誇る剣、そしてゴゥリンさんのパワー押し。これが先手をとれば大抵の相手に後れをとることはないハズ。


 「援護しますぞ!」


 マギナ・ラギさんも弓を構え、素早く矢を放ちました。それはアプロとゴゥリンさんの間を抜け、ヘビ型の人型魔獣?に届くと思われたのですが。


 「なんだい、こんなもん」


 髪を模ったヘビの一匹が鞭のようにしなると、その矢をたたき落としてしまいました。


 「だぁぁぁぁっっ!!」


 ですがアプロはお構いなしに、僅かに体勢を変えたヘビもういや…に襲いかかると、両手で剣を振り下ろしました。


 「おまえも」


 間違いなくそれは、アプロ最速の剣。ですが…。


 「!…何だこの手応えっ?!」


 それも同じく、というか真剣白刃取りの要領で、ヘビ女の眼前で二匹のヘビに挟まれ止められてしまっていました。

 後に続いたゴゥリンさんの斧槍は、それを見て斬撃から突きに動きを変え、ゴゥリンさんの巨体の重みも加えた一点突破の一撃は。


 「あっぶないねぇっ!」


 …と、少しは焦った風な声をたてさせることには成功したものの、アプロの剣を微動もさせないまま体を捻ったヘビ女に、躱されてしまいました。

 アプロはまだ身動きとれません。突進の勢いそのままに通り過ぎてしまったゴゥリンさんでしたが、そのためかアプロと挟み撃ちにする体勢になれたのは幸い…なんですかね?


 「くそっ、なんだコレ!離せ、離せっての!」


 剣をとられたままでいるアプロを見ると、なんか余裕かましてる場合では全然無いような…。


 「ったく、話もせずに襲いかかってくるたぁとんだ野蛮人だね。こっちは少しは話をしようってつもりなのにさ」

 「話だと?!魔王の手下の魔獣が何言ってやがんだ!いいから、このっ、これを…離せっての!!」

 「いいけどさ、離したら、少しは話に応じてくれるかい?」

 「ざけんな!離したら…そのまま斬り捨てるに決まってんだろっ!」


 …あー、なんかどっちが勇者でどっちが魔王の手下なんだか分かんない。


 「じゃあ仕方ないね。こうだ」

 「えっ…?」


 ヘビ女は聞き分けのない子供を諭すような口調でそう言うと、髪の蛇が何匹も蠢かせ、アプロの剣をたどって伸びたそれは剣を握ったままのアプロの腕に絡み、本格的に動けなくなったアプロの眼前で鎌首をもたげる構えになりました。


 「………くそっ」


 ですがそれですぐにアプロをどうこうするつもりはないようで、そのままの格好で両者は動きを止めます。


 「てことだからさ、そっちのデカいのも手出ししない。いいな?」


 その上、後ろのゴゥリンさんにまで釘を刺しておく余裕まで見せます。小癪なー、っていうかあーいう余裕がわたしにも欲しい…。


 「アコ、呑気なことを言っている場合ではありませんわ!お二人を助けに入らねば…」

 「マイネル」

 「分かってる」

 「ええっ?!あのっ、あのお兄さま…?その、確かに後ろからぎゅって抱きしめられるのはわたくしの憧れの姿なのですけれど、せめてこれを脱いでからに…」


 なんか妙な感じに壊れたマリスはマイネルに任せ…えーと、こーいう時の交渉役って…。


 「「………」」


 …マイネルとゴゥリンさんがこっちをじーっと見てました。

 やっぱわたしですか…ううっ、やだなあ。


 ……ですが、仕方ない。いっちょ腹くくりますかっ!

 わたしは腹を括ることでも定評を……確立せざるを得ないのです。この場合。

 そして人生で三番目くらいに深いため息をつきつつ、わたしはヘビ女のもとへ足を運ぶのでした。

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