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第73話・魔王さまの影 その5

 「貴様ら耐えろっ!ここが堪えどころなのだぞ!!」


 向かう先にいたヴルルスカさんが吼えました。

 言葉に違わず自ら剣を振るい、叱咤する姿に衛兵の皆さんは、周囲を取り囲む牛を睨む力を取り戻したのか、また剣や槍を構え直し立ち上がったようなのでした。

 二十人くらいの衛兵さんを囲む牛の数はその倍ほど。わたしたちの先頭を走るアプロの呪言の完成が間に合うかどうか。

 その背中を必死に追いかけるしか出来ていないわたしには祈るしかできませんが、それでも誰に願ったのかも分からない祈りは届いたと見えて。


 「───顕現せよっ!!」


 駆けながら横に振るった聖精石の剣からは。


 「メイルン、殿下に当てるなよ!」


 というマクロットさんの注意にも。


 「言われるまでもねーっ!」


 と、頼もしく応え。


 「アプロニアーっ!」


 なんだか嬉しそうにも見えるヴルルスカさんと衛兵の皆の周囲に殺到する光の矢を放ち、きっとアプロの狙った通り、地面に当たる直前でほぼ直角に曲がってそのまま広がると、牛の包囲を内側から押し広げるようにして突き進み、その通り過ぎた後にはこんがり焼けた牛肉…もとい、光の矢に貫かれた一本角の牛の群れが呻き声もたてずに骸と化している場面が残っていたのでした。


 「どーだぁっ!」

 「おう、やるじゃねえか。殿下の周囲に集まっていたのを逆手に取るとは、悪くない工夫だ!」

 「へっ、師匠がいいからだろ!…あ、言っとくけどじじいの方じゃねーからなっ!」

 「かっかっか!まあどちらでもいいわい。はようお前さんの師匠を助けにいってやれ」

 「おー!」


 アプロがあらかた片付けたといっても、何体かは残ってはいます。穴が残っている限りまた現れるかもしれませんし、そちらに駆けつけるのは正しいことなんでしょうけど、それにしては喜色を浮かべて走り出すアプロはけっこーかわいいものでした。


 「…で、針の嬢ちゃんはこっちでいいのかい?」

 「わたしが役に立てるとは思えませんけどねー。でも、あちらをほっとくわけにもいかないですよね?」

 「まあな。さて…」


 マクロットさんの得物は、大振りながらも身の丈に見合った豪快な剣です。

 それを一度振るって振り向くと、ちょうど追いついたマイネルにゴゥリンさんも並んで向き直りました。

 …わたしたちを追いかけてきてた、牛頭の魔獣に。


 「…おう、俺を足止めするつもりなら、無駄なことだな。テメエらを片付けるのも俺の仕事のうちだ。特に、そこの…」


 と、こちらも大剣を振ってわたしに突き付け、言います。


 「怪しげな道具を使って穴を塞ぐ女。お前を何とかしろ、ってぇのがガルベルグの奴からの『お願い』だったしな」


 …えー、わたしいろんな面で名前売れてるみたいでしたけど、とーとー魔王軍にも指名手配ですか。困ったものです。


 「ふん、剣技だけの話ならメイルンにはまだ引けを取らんわしを前によう言った。あいつと互角程度なら、まあわしの敵ではないな」

 「ほざけ、クソジジイが。こちとら徒士が本領なんでな、さっきと同じだと思うんじゃねえぞ。その皺だらけの素っ首刎ねて弟子と並べてやらあ」

 「よう言うた。返り討ちにあっても恨むなよ?ゴゥリン、マイネル。手出しすんじゃねえぞ、あれはわしの獲物だ」

 「伯爵!」

 「………」


 マイネルは流石に止めようとします。だってそりゃあ、技倆で上回っているにしても軽率に過ぎますし。


 「あのー、マクロットさん?自信があるのはいーんですけど、少しは自重ってものを…」

 「ほれ、お前さんの居場所はこっちじゃなかろう?メイルンが片付けたらすぐに出番だろうが。あとマイネル、わしの部下どもを頼む。あいつら個々ならそこそこの腕だが、頭が無いとまだ実力を発揮出来ん。こんな場所で失うわけにもいかんからな、お前に任せる」

 「……分かりました。二人とも、行こう」

 「………(コクリ)」

 「…あーもー、これだから頑固な年寄りって厄介ですよ!分かりましたから無様晒すのだけは勘弁してくださいねっ!」

 「おう、ほれ行け」


 しっしっ、と追い払われ、仕方なくわたしたちはマクロットさんのでっかい身体に背中を向けました。

 アプロの方は問題ないようです。ヴルルスカさんも、実際に立ち回りを見るのはこれが初めてでしたけど、アプロの一方の師匠だけあって、数を減じた牛の魔獣など物の数でもないよーでした。


 「クローネル隊は僕の指揮下へ!合してまず殿下を救出するんだ!」


 おーおー、マイネルもいっちょまえに隊長さんしてますねー。

 そして数に物を言わせ、一騎当千の三人の活躍もあって、牛は完全に姿を消しました。となると当然。


 「アコ、出番だぞっ!」


 おまかせ、えっへん!

 わたしの見せ場ってもんですよ。

 どんな布が出てきたって神速で縫い止めてやりますから!…と意気込むわたしの前に、最早なんてことのないサイズの布です。最初の頃なら見ただけで尻込みしてたでしょうけどね、もう六畳間程度の大きさならなんてことないんです。


 「アプロ、こっちは大丈夫だからマクロットさんの方へ行ってください!」

 「ええ……?…う、うん分かった!アコ頼んだぞっ!」


 アプロは一瞬躊躇を見せましたけど、まち針で手早く仮止めをしたわたしを見て踵を返すのでした。うふふ、行動で仲間の信頼を得るのって、すんげー気持ちいいですねー。


 「冗談言ってる場合じゃないだろ、アコ。早く終わらせて…」

 「はい、終わり」

 「ええっ?!も、もう…?」


 だってただの直線縫いじゃないですか。最近は布を仕付ける時間が必要ない分、ミシンより早い自信ありますからね。


 「よし、と。じゃあ布も消えましたし、アプロを追いかけましょーか?」

 「分かった…あ、クローネル隊続け!伯爵を助けにいくぞ!」

 「………(やれやれ)」


 いまいち締まらないマイネルでした。ていうか、この場合部下を掌握したなら、さっさとマクロットさんを助けに行った方が良かったんじゃ…?




 「じじい!」


 流石に一足早く駆けつけたアプロが助太刀参戦!…みたいな調子で声をかけている後に僅かに遅れて、わたしたちも追いつきました。


 「…ほう、針の嬢ちゃんもえらく早かったな。しくじってはおらんだろうな?」

 「ふふん、わたしを誰だと思ってるんですか」


 老人の憎まれ口とゆーのも時には心地いいものですねー。わたしは針仕事の早さにかけては定評あるんですよ?いえ、これはウソ偽りなく混じりっけなしのマジ話で。


 「アコの手際って果てしなく良くなるよな。さて、あとはてめーを片付ければ終わり、ってことだ。手勢無しでこれだけを相手にする覚悟は出来てんだろーな」

 「ヘッ、勇者様がよってたかって悪者をボコろうってなどういう了見だ。弱い物いじめはよくねぇんじゃねえのか?」

 「随分と斬新な負け惜しみだな。おめーが用意してた魔獣どもを片付けてからの状況だ。文句言える筋合いじゃねーだろうが」

 「ハン、違いねえやな…さぁて、首を取りてぇのがひのふのみのよ、と。お誂え向きで結構なこった」


 えーと。もしかしてわたしも数に入ってるんでしょうか、と思わず首筋を撫で回してしまうのでした。

 けど、普通に考えればすーぱーフルボッコタイム、ってやつのはずなんですが、えらく吹きますね、この牛頭。まーありがちと言えばありがちですけど、まだ何か隠し球を…。


 「アプロ、気をつけてくださいね。何だかイヤな感じがします」

 「…だな。私も気にはなってたけど、アコが言うんなら間違いなさそうだ」

 「ふん、針の嬢ちゃんは勘の鋭さにおいても針の如し、というわけか」


 上手いこと言われてしまいました。というか、大体地球のエンタメじゃそーいうのがパターンだから、ってだけなんですけど。


 「兄上、あなたに何かあったら国が傾きます。ここは引いて下さい。それと兵たちも。こいつだけなら少人数の方がいい」

 「…分かった。気をつけろよ」


 牛頭から一瞬も目をそらさず、アプロはヴルルスカさんと衛兵の皆さんを遠ざけます。賢明ですね。

 けどアプロだって体を大事にしないといけない立場なんですからね?


 「それを言うならこの場に居る誰もが同じことだ。でも私にはアコが一番大事なんだからな。他の皆と違う意味で」


 こんな時に口説かないでくださいってば。場違いにも照れるじゃないですか。


 「…さて、死ぬ順番の相談は決まったか?こっちはどいつからでも構わないぞ」

 「言ってろ、ばーか」


 軽口のたたき合いの間にも、アプロと牛頭はじりじり位置を変えています。

 マクロットさんとわたし、それからゴゥリンさんはその邪魔をしないよう、少し距離を置きました。ちなみにマイネルは更に離れて向こうの方で、マクロットさんの部下のひとたちを束ねてます。何かあったら駆けつけてくれることでしょう。


 「…そういや名前を聞いてなかったな。私はアプロニアだ。覚えとけ」

 「ふん、石の剣を持った元気な小娘としか教えられてなかったが、辺境のガキだったか。俺はバギスカリだ。癪に障るが…ガルベルクの舎弟みてぇなモンだよ」

 「名前以外なんざどーでもいい。おめーが魔王の手下ってだけで十分だ。そして魔王の手下ってんなら私は……」


 摺り足を止めたアプロは、両手で持った剣の先を微かに跳ね上げ。


 「叩っ斬るだけだッ!!」


 そして一足で飛び掛かりました。


 「!」


 緩い横の動きから一変して高速の突進。分かってたってそうそう避けられるもんじゃあないんでしょうけど…。


 「やるな、あの牛」


 マクロットさんの声には素直な感嘆の響きがありました。

 つまり、わたしじゃあ目でとらえることすら、出来なかったわけで。


 「ケッ、まあまあだな」

 「余裕ぶってる場合じゃねーだろ?」


 なんか金属を打ち鳴らす音が二回くらいしたと思ったら、それ以前より二人の距離が開いていた…としか分かりません。なんなんですかあなたたち。もーちょっと観客に優しい動きしなさいっての。


 「…あのなー、アコ。見世物じゃないんだから、大人しく見てろっての」

 「弱い奴ほどよく吼えるらしいな。怖いなら見えねえところでガタガタ震えてろ、阿呆が」

 「流石に緊張感っちゅうもんがなさ過ぎなんでないか、嬢ちゃんよ」

 「………(肩すくめ)」


 …なんでわたしがフルボッコになる流れ?


 「いやあの言いかないですけどね、こお、目的とかどーなれば場が収まるかよく分かんない展開いつまでもダラダラ続けるの辛くないです?大体あなた…えーと、ばぎすかり、さんでしたっけ?目的何なんですか。一体どーいうつもりでこんな真似してるんですか。そういえばケガしなかったからいいものの、マイネルにさっき何してくれたんですか。この先アプロにまで何かあったら許しませんよ……って、なんで静かになるんです?」


 一同、字面にすると「ぽかーん」。そんな顔してわたしを見ています。

 そこまでドン引きされるようなこと言いましたっけ?わたし。


 「…じじいも言ったけどさあ、アコに緊張感がなさ過ぎるんだよ」

 「であるな。存外嬢ちゃんも大物だのう」

 「ま、クソ度胸だけは認めてもいいがな」

 「………」


 え、なんかもうこの流れお約束になってるんですが。ていうか、なんで敵のはずのあなたまで乗っかってくるんですか。立場とか考慮しないといけないことがあるでしょーが。


 「…いや、どうもおめえを見てると巻き込まれるようでなあ…。ガルベルクが妙なことを言っていたのを思い出すわ」


 あ、ちょっと。それはわたしとしてもとても気になるんですけど。魔王がわたしのことを、なんて?


 「もーいいってば、アコ。そろそろ真面目にやろうか。とはいえ、アコの言う通りのところもあるからな。バギスカリ、つったな。おめーは一体何がしたいんだ?」

 「何がしたいも何もよお、言った通りだよ。アプロニア、お前の首を獲る。それだけさ」

 「へん、それでこっからどんな手品を見せてくれるってんだ?どう見たってお前の方が首になる状況だろうがよ」


 ちょ、アプロぉ…だからそーゆーこと言うとフラグが立つって昔っから言われてるじゃないですかあ…この国では言わないと思いますけど。


 「だったら黙ってろ、女。さてと、頃合いだ。見せてやるよ……そうだな、確かこんな風に言ってたな。『顕現せよ!』……なんてな」

 「なっ……?!」


 剽窃されたアプロがムカついたように肩をいからせます。

 そして、起きたのは。


 「………(クンクン)」

 「お、おいゴゥリン…?何か嗅いでるけどさ……まさか…」


 …わたしはその現場を見たことがないので、何が起こるのかは分かりませんでしたけど…この雰囲気って。


 「…おい、ちっとこれは反則じゃねえか?」

 「……だな。バギスカリ、これは一体どういうことだ?」


 「どういうもこういうもねえよ。アプロニア、お前が石から力を引き出すってんならよ、俺らはこういう真似も出来るってことさ」


 アプロや皆が、力を尽くして押し込み、わたしが最期だけちょっと手伝って塞いできた、魔獣の穴の。


 「…ち。マイネル!殿下!兵どもに防御陣の構えを!」


 マクロットさんが急いで出した指示に、反応出来たり出来なかったりと混乱が始まる中、実はちょっと緩い敵役だと思ってた牛頭の後ろから現れたのは。


 「…あのー、ちょっと。これって…話、違いません?」


 今し方わたしが塞いだはずの、魔獣の穴。

 そしてその中から出てきたのは、やっぱり同じく、一本角の、牛の大群。


 「そ…そりゃないだろぉぉぉぉぉぉっ?!」


 いや全くアプロの言うそのとーりでして。


 どーせーって言うんですか、コレ。

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