第68話・野心の名はKONAMON その7
「二人とも、ありがとうございました」
ご満悦な様子で去って行ったおじさんの後、何人かお客さんもやってきて、わたしとアプロとベルはそれをしばし見守ったのち、片付けを手伝って撤収しました。
結局売り上げとしては当初期待した程ではなかったにしても、ベクテくんが何やら吹っ切れた感じでもありましたし、ベルの助言のお陰もあって、なんとか見通しは立ちそうです。ファルルスおばさんに面目も立った感じですね。
ほんと、この二人には…マリスやグレンスさんと、あとまあ一応マイネルにも、感謝です。
「…準備を手伝えなかった分、今日役に立ててよかった」
「ふふ、そうですね。ベルはやっぱり教会には近付きたくなかったんですか?」
「そんな感じ」
とはいいつつも、それほど気を悪くした様子は無さそうなベルでした。
まあ、魔王の娘、という立場上仕方ないのかもしれな…って、冷静に考えれば、教会の教えと魔王の存在が対立する理由ってなんなんでしょうね?
いえ、人々の生活を守る、っていう立場からすれば、もの申したいこともあるのでしょうけど。
「ところでこれからどーする?私はもう仕事終わってるから、飲みにでもいくかー?」
「イヤですよ。あなた酔うときっとベルとケンカになるでしょうに」
「酒場でケンカなんかしたら出入り禁止になるって。だから大人しくはしてるよ。だからアコもいこー?」
「そもそも酔っ払ったアプロと一緒にいると困るんですってば、わたしが」
「アプロは酒癖がわるい?」
「わたし限定で、ですね」
いや実際、マイネルなんかに聞くとそういうことらしくて。いえ、酔ってマイネルに迫るアプロなんか想像も出来ませんけども。
「なんだよー、愛情表現じゃんか」
「愛情表現…なら私もお酒飲んでアコに迫れば…?」
「はいはい、困った子は一人で充分ですから。今日は何かつまんで帰りましょうか?わたしおごりますから」
「お、いーなー、それ。ベルニーザが一緒ってのが気に食わないけど、今日のところはガマンしてやる」
「こら、そういう言い草がありますか。ベルはどうします?」
「いいよ。付き合う。今日はなんだか寛大な気分。アプロがいても許せそう」
「おーおー、言うじゃんか。食の量なら負けるけど、酒なら負けねーからな?」
「私は酒量においても右に出るものの居ない女」
だからなんで勝負するみたいな話になるんですか。
わたしは、とっとと行きますよ、とだけ告げると、二人が慌ててついてくることを疑わない足取りで、いつものフルザンテさんのお店に向かいました。
「それれりっさいのとこれすけどねー」
…なんでわたしのろれつが回ってないのかよくわかりませんけど。
なんか左右から勧められるままに杯を呷るうちにこーなってしまったような…。
「んー?ベルニーザの前でぶっちゃけてもいーんならなんだって答えるぞー」
「…酔ったアコ、かわいい。はぁはぁ」
ちょっと不穏な気配もしますけどー、それでもこーしてアプロとベルが並んでるとこでこそ、聞かないといけないことってあると思うんですよねー。
「じょうだんいってるばあいじゃないんですよー…わたし、ふたりにどうかんしゃすればいいのか、おしえてくださいよー」
「感謝?なんで?」
「私はただの通りすがり。何があったか知らないけど、アコを助けるのは私の当然」
「だってですね!」
だん、と力一杯に空になったカップをテーブルに置いて力説します。あ、アプロ?お酒はそれくらいでいーですから…。
我ながら熱のこもった目付きで、わたしのカップにお酒を注ぐアプロをじーっと見ながら続けます。
「…だってですねー…ふたりともすごくいい子じゃないですかー。なのにわたしなんかにー、かまってくれる理由がわかんないんですよー…わたし、どうやってお礼すればいーのか、わかんないじゃないですかぁ」
あー、なんか泣き言っぽくなってますね…。実際お酒飲むと、わたしすぐ眠くなる体質なんですけど、最近は涙もろくなるといいますかー。
そう思うとなんだか恥ずかしくて、二人の顔を見られなくなってます。
なので赤くなった顔を背けて、注ぎ足されたお酒をちびちび飲んでると、どうも二人が顔を見合わせているよーな気配…なんとも珍しいことです。
「アコさあ、いーかげん私はアコにはなにもかも好意でやってるってこと、理解してくれないかなあ」
「うん。私はアコが好き、って何度も言ってる。信じてもらえないのは、悲しい」
「だからそれですよ!なんでわたしなんですか。それが分かんないから、こーしてお酒飲んでクダ巻いてるんじゃないですか」
ええ、もう何度も何度も、言われる度にわたしも考えて、やっぱり同じ疑問しか浮かびません。
アプロは言わずとしれたこの国のお姫さま。そりゃーいろいろ事情はあるでしょうけど、味方になってくれるひとはいますし、いろんな才能だって兼ね備えてます。それにとてもかわいく、誰にだって愛される素養はあります。
ベルは最初、魔王の娘、なんてとんでもない立場だと知って驚きはしましたけど、こーして友だちとして付き合えば、とても素直でいい子だって分かります。最近は街のひとにも顔をよく知られて、ちょっとした人気者ですし。
一方わたしは、といえば偏屈で口も性格も悪く、見てくれこそなんだか自分で思ってるよりは悪くないって言われてはいますけど、内向的でいじけた女ですよ?
こーんな陽キャ?な二人に懐かれるような性格じゃないって、それだけは間違い無く言えるっていうのに。
「…アコ、こないだも言ったけど、私の好きなアコを悪く言わないで欲しい」
「それは同感。アコが自分を悪く言うと、私は悲しくなる」
「どーしても分かんないって言うんならさ、私はアコのいーとこいっぱい言ってやるぞ。最後までちゃんと聞けよな」
「アコの好きなところを言えっていうなら、私だって負けない。アプロよりも知ってる」
「ふん、いつもなら矛先をおめーにするとこだけど、今日に限ってはアコのためだ。覚悟しろよー?こうなったら朝までだって…」
「アコは自分では知らないのかもしれないけど、最初に会った時から私に優しかった。私を叱ってくれた」
「あーっ!先に言うんじゃねーよ!…ったく、いいから私の話も聞けよ?いーか、アコはな…」
…二人それぞれ勝手に、わたしとの馴れ初めから始まってあーだこーだと好き勝手言ってくれます。それこそ聞いてる本人が、「それ誰のことです?」って思うくらいに。
なんですかねー…わたし、二人のそんな優しさに、何だか心の中で凝り固まったものが溶けるよーな心持ちで、それがお酒でぽーっとした頭に染み入って、それで出てくるものが涙だけだっていうのがちょっと情けなくって、代わる代わるわたしに声をかけてくる二人がとても愛おしくて…。
それでやっぱり顔を上げられないまま……いつの間にか寝てしまっていたのでした。なんてこったい。
・・・・・
目覚めると、知ってる天井でした。
ていうか、わたしの部屋の、ベッドの上でした。
酔い潰れるまで呑んだ割には頭はすっきりしていて、目覚めと同時に事態の把握を完了し、けどやっぱりお店で眠りに落ちてから自分の部屋にどーやって帰ってきたのかは思い出せず、体を起こそうとしたとき。
「…すかー」
「…くー」
両隣から聞こえる寝息に、首を左右に振ってその正体を確かめようとします。
いえ、この状況で確認するまでもないんですけど、アプロとベルが、仲良く?わたしを間に挟んで寝転けておりました。
ご丁寧にわたしの両腕をそれぞれにとっているのですから、身動きとれません。
「…道理で狭いと思った」
まあ、そうですよね。時々アプロと並んで寝ることもありますけど、基本的にはひとり用のベッドですし。
部屋の中はもう明るく、少なくとも朝にはなっていると思うんですが、時間までは分かりません。お腹の具合からすると、朝というにはちょっと遅い頃合いだとは思いますけど。
わたしは体をモゾモゾと動かし、二人をベッドから落とさないようにしながらもう少し楽な姿勢になろうとします。
「んー…」
「う、ン…」
二人の寝言がなんとも色っぽく、これは役得かもしんない、などとアホなことを考えるわたしです。横目で二人の寝顔を確認すると、どちらもわたしの方を見て穏やかに寝息をたてていました。
…うん、やっぱりもー少しこのままでいましょう。眼福、眼福。
そうと決まれば、昨夜話したことを思い出してみましょう。何だか小っ恥ずかしい思いをした気もしますが、起きていきなりその内容を二人に突き付けられるよりは、マシとゆーものです。
「…こんだけいっぱいさ、アコのいいとこ私は知ってるんだから、いー加減アコは私のものになってほしい」
「アプロが言ったアコのいいところ、今のところ三十五。私は三十七個。だからアコは私のもの」
「おめーのは一つ被ってたし、二つは私の後に同じこと言ってた。だから私の勝ち。アコは私のものだ」
「アプロは自分に甘い。私の見たところ、アプロは三つは被ってる」
「…もぉ、ふたりともそれくらいにしてくださいぃ…」
「うん?アコ、寝てたんじゃないのかー?」
「寝てるの知っててする会話じゃないと思う」
「おめーだって同じことやってんじゃん」
「そうじゃなくって…アプロ?どーしてお好み焼きにこだわったんですぅ?」
わたしは、今回の始めっからアプロがやけに乗り気であったことが不思議でした。
そりゃまあ、最初はファルルスおばさんにお願いされてわたしの始めたことでしたけど、面白そうって理由だとしても、仕事ほったらかしにしてまで付き合ってくれる理由にはならないと思うんですが。
「ん?だって、アコの故郷の味って言ってたじゃん。それがこの世界で人気があればさ、アコはこの世界にいていいんだ、ってことだと思うぞ」
「…何があったか、大体分かった。アコの味、私も好き。だから、アコにはこの世界も好きになって欲しい」
「意味わかんねーぞ」
「私にも分からない。けど、それがアコがアコになった理由の一つなのだとしたら、それだって私は愛おしい。アプロは、違うのか?」
「…やっぱり言ってる意味分かんねーや。けど、アコを好きなことにかけてベルニーザに負けるわけにはいかねーから、アコの故郷の味が受け入れられることなら、いっぱい力貸すぞ。そーいうことだ」
…そーいうことらしいです。
そういえばその一言で本格的にわたしは顔を上げられなくなったのでした。
まあ、ですね。
二人がわたしにこだわってくれる理由なんか、実感としては相変わらず沸かないのですけど、少なくとも寄せてくれた信頼を裏切りたくはない、って思えるくらいには、いろいろ思い入れは出来てしまっているのだと思います。
わたしに出来ることをいっぱいやって、アプロの力になって。
そうとは知られていないにしても、ベルがこの街で認められるようになって。
それで、いっぱい嬉しいことが増えるというのなら、わたしのやることにだって意味はあるんでしょう。
「…起きましょうかね」
なんだか妙に、やる気が出てきました。
まだ寝ている二人を起こさないようにそっと、体を起こし………。
「…なんでわたし、裸なんですか」
下着も外されている上半身をしげしげ見つめます。相変わらず肉付きの乏しい体です。いえあの、まさか二人に何かされてたんじゃないでしょーねっ?!
「…んー、アコ?起きたのかー…?」
「くふぅん…アコ、おはよう…」
慌てて体中のあちこちをまさぐっているうちに二人が目を覚まします。
「ちょっ、ちょっと二人とも一体何が…って、なんであなたたちまで裸なんですかっ?!」
しっかり出るトコが出て引っ込むところが引っ込んでる両隣のアプロとベルも、同じよーに一糸まとわぬなんとやらです。
いやあの、これどー考えたってあらぬことをそーぞーさせる状況じゃないですか!
「…あー、なんかアコが寝苦しそうだったので、服は脱がせた」
「…そしたらすごく気持ちよさそうだったから、私も脱いでもぐりこんだ」
な、なんでそういうところで気が合うんですがあなたたちは。
「とにかく二人とも、さっさと服を着て出て行きなさいっ!」
「アコー?酔い潰れたアコを介抱した私にちょっとそれは酷いんじゃないかー?」
「アコ、結構重かった」
ベルがどさくさに紛れて失礼なことをいいます。わたしこれでも痩せてるほーなので重いハズないんですけどねっ?!
毛布を体に巻いて喚くわたしです。二人はやれやれという顔でベッドから降り、部屋の椅子にかけられてたそれぞれの服を着込むのですけど、うー、うー、と羞恥心からくる唸り声を上げて威嚇するわたしの視線は生温かく受け流され、やがてちゃんとした格好になった二人と裸でいるのはわたし一人、という部屋の中で、一度顔を見合わせてニヤリとし、
「…んじゃアコ。今日のところは帰るけどー」
「…昨夜の話は忘れないように。約束したから」
…とか、わたしの頭の上に「?」マークを浮かべるよーなことを言い残して、顔も洗わないままに仲良く…帰っていきました。
いや、ちょっと待って。約束ってナニ?わたしまたヘンなこと口走ってたんじゃないでしょーねっ?!
混乱したわたしの疑問に答えてくれる人のいない部屋でわたしはひとり、裸で頭を抱えるしかないのでした。
この後のことは正直言って蛇足だとしか思えないのですが、一応はベクテくんの商売の話を。
お好み焼きの屋台については割に好評ですが、目端の利くひとは多いものですねー。早速模倣する人も現れて、場所によっては元祖のベクテくんを凌ぐ売り上げを叩き出す屋台も出てきたようです。
まあ屋台商売の慣れという面もありますからそれは仕方ないことだと思いますが、元祖として座して待つわけにはいきません。
わたしは満を持してたこ焼き…というか、具にたこを使ってないのでたこ焼きを名乗るのもどーかとは思いましたが、とにかく粉モンの第二弾として投入した新商品がまたヒットし、ベクテくんも手伝いを雇うくらいには忙しくなったようです。
ここまで順調に進めばもうわたしの手出しするようなこともなく、多少違うものになりつつはありましたけど、粉モンの文化が定着することに大いに満足して、あとはベクテくんの成長を見守ることにしたのでした。
これまた後の話ですが、アウロ・ペルニカで小麦粉の特需が発生して一部の商人さんが大もうけしたとかしないとか。まあそれは別の話ですね。
「で、結局アコは満足したのかい?」
「さあ?けど、何か出来たという実感はありますよ。マイネルにもいろいろ助けてもらいましたね。ありがとうございます」
繁盛してるベクテくんの屋台の前を通り過ぎながら、隣を歩くマイネルにそう言います。ベクテくん、わたしたちには気がつかなかったみたいでしたけど、悪いことではないですね。
マイネルと一緒にいるのは、大事な話があるから一緒にアプロのところに行こう、と誘われたからでしたが、まあろくでもない話でありそうなのは、わたしを迎えに来た時のマイネルの疲れた顔から想像はつきます。
「アコにまともに礼を言われるとなんだか不気味だね」
「失礼なことを言う男ですね。わたしはこれでも礼節に通じることにかけても…」
「そんな定評は知らない。というかさ、アコのそれってただの自己評価だよね」
…先回りされるほどしょっちゅう言ってますかね?
「まあ自己評価が高いのは必ずしも悪いことじゃないよ。的外れで無い限りはさ」
アコのは的外れというより、ただの韜晦だけどね、と分かったような分からないようなことを言うマイネルです。
それきり黙り込んでわたしたちは、アプロの屋敷へ向かう道を歩きます。
そういえば、雨期も明けたようなのでした。ここ数日はいいお天気が続いてますし、またそろそろあっちこっちに行かされる生活が始まるのでしょうかねー。
「それで何か変わったかな、って話ですけど。実はそれほど、って感じです」
「なんだい、それは」
だって、わたしが変わったかどーかなんて自分で簡単に判別ついたりしませんし。結局は、周りのひとを通じてしかそんなことは分からないって思うんですよ。
…ですけど、わたしは今まで、この街でのことはもちろん、日本にいたときでさえ自分の周りのひとがわたしとの関わりでどう変わるのか、なんて微塵も興味がなったのです。
ひとはひと、自分は自分。それだけで済むことでもないでしょうに、そうやって切り離していた挙げ句が、まああんまりアプロやベルに見せられない姿だったのかなあ、って思うと、そのー。
…だからといってすぐに改められるわけでもないんですけどね。
それでも、わたしの言葉ややったことが、わたしの大事なひとたちに、それと伝わったかなって思うくらいはしてもいいんじゃないのかな、って。そう思うんです。
「もちろんマイネルだってそのひとりです。だから、これからも口は悪いままだとは思いますけど。いろいろよろしくお願いしますね」
「………」
いえあの。そーやってあんぐり口を開けたままこっち見て歩いてると。
「…あいたっ?!」
「ぶつかりますよ?」
「もうぶつかったよっ!…って、ゴゥリンじゃないか。君もアプロに呼ばれてたんだっけ」
「………(こくり)」
ぼけーっと歩いてたマイネルは、岩のようなゴゥリンさんの体に鼻をしたたかにぶつけて涙を流しているのでした。
それにしても、アプロのお屋敷まであと少し、というタイミングで会ったということは、一緒に呼ばれてたんですね…これはまた面倒なことになりそうですね。
「こんにちは、ゴゥリンさん。微妙にお久しぶりですね」
「………そうだな」
相変わらず何を考えているのか、余人には理解しづらいひとですけど、今日のははっきり分かります。わたしに会えてうれしいんですね?うふふ。
「………いいことでもあったか?」
まあ、そうですね。いいことっていうか…うん、そうだ。マイネルに言っておいてゴゥリンさんに何も伝えないというのも味気ないじゃないですか。
わたしはまだ鼻をさすっているマイネルを横目でチラと見て、それからゴゥリンさんのおっきな体の前に立つと、言いました。
「…わたしのこの街での大望が果たされるため。これからもよろしくお願いしますね、ゴゥリンさん」
わけがわからん、みたいな顔で首を傾げるゴゥリンさんを、にっこりわらって見上げるわたしなのでした。
…なお、このあとアプロのお屋敷で聞かされた話の内容により、この一連のいー流れはわたしの頭の中から一時的に吹き飛ばされたことは、特筆すべきかと。
遠征、て何なんですか、遠征て。




