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第62話・野心の名はKONAMON その1

 「ほら、また間違えてる。やりなおし」

 「あいたっ!…って、ぶつ必要ないじゃないですか。何してくれるんですか」

 「叩かれるのがいやだったら、ちゃんと一回で覚えること。僕だっていつまでも暇じゃないんだからね」


 マイネルのくせにえらそーに。

 むすーっとした、我ながらぶっさいくな顔で対面に座るマイネルを睨むと、わたしは文字の書き取りを再開しました。

 この世界では紙は割と貴重品なので、字の勉強などに使えるわけもなく、何度も文字を書いて覚えるための道具としては、黒板とチョークを使うことになります。

 ので、書いては消し、書いては消しの繰り返しになりますが、流石に朝からずっと、というのはイロイロと体によくない。お腹加減とか。

 …だというのに、わたしの教師役を買って出たこの男、スパルタが過ぎてもうお昼も過ぎるのに、一向にお昼休みにする気配がありません。


 いえそれはまあ、「一刻も早く人並みに文字の読み書きが出来るよーにしてくださいっ!」と強く求めた立場的には厳しく教えられることに異を唱えるわけにもいかないんですけど。

 …それでも加減、ってものがあるじゃないですか。こうなったらわたしの四十八の得意技の一つ、「任意のタイミング『でも』お腹を鳴らせる」を発動させるしかありません。


 ぐー。


 「………お腹空きましたね、マイネル」

 「………正直女の子がそれはどうかと思うよ?」


 ほっといてください。食は人生の大事です。


 「まあいいか。キリも良いところだし、休憩しよう」

 「ふふふ、計画通り」

 「なんだって?」


 おっとっと。考えが口に出てましたか。

 マイネルの呆れた顔を無視してわたしはお昼ご飯の支度を始めます。今日は昨日の残り物を上手いこと処理するのです。昨日アプロが夕食をたかりに来た時に多めに作ってしまったので、余り物が結構あるんですよね。

 ちなみにそのアプロは、この部屋に来るために仕事で手抜きをしたのがバレて、フェネルさんに連行されていきましたけど。「いただきます」をした直後に。


 「はい、おまたせしました。簡単なものですけど」

 「早いね…って、なんだいこれ?」

 「お好み焼きですよ。小麦粉をだし汁で溶いて、余り物を刻んでぶち込んで焼いたものです。味付けは…まあ適当に」

 「………いただくよ」


 軽くドン引きした様子です。おかしいですね。わたし土曜日のお昼は結構これで済ましてたんですけど。




 「悪くはなかったでしょう?」

 「まあね。てっきり嫌がらせで妙なものを食べさせられるのかと思った」


 しっかり全部食べておきながら失礼なことを言う男ですね。いくらわたしの性格が悪いからって、勉強を教えてもらってる相手にそんな真似しませんて。


 「そう?僕はアコに避けられてると思ったんだけど」

 「なんでそうなるのか分かりませんが、わたしは嫌いなひとと旅をしたりなんかしませんよ。マイネルのことは普通に仲の良いお友だちだと思ってます」


 まあ教師役がマイネルと聞いて最初びみょーな顔になったのは認めますけど。


 「…その割には扱いが酷いと思うんだけどね」

 「マイネルは弄り甲斐がありますからね。いつも楽しませてもらってます」

 「もうちょっと手加減して欲しいところだけどね。まあいいよ、そういうことなら僕も厳しくいくからね。覚悟しておくこと」

 「そーいう報復、大人げないと思いません?」

 「思わない。アコは怒られながら覚える方が効率いいしね」


 ひでーことを言います。わたしは褒められて伸びることでも定評があるんですよ?


 「ほら、片付けは後にして、勉強を再開しようか。今日中にこの教科書最後までやるよ」

 「ひとの話を聞きなさいってば、もう…」


 わたしにまだやる気があるのが幸いなとこですね。どーせ外も雨ですし、ここは集中してマイネルを驚かせてあげることにしましょうか。うふふ。



   ・・・・・



 「…まさか本当に終わらせるとは」


 ふ、ふふ、ふふふふ…やってやりましたよ、わたし。本当に教科書一冊丸々やりとげてやりましたよ。子供向けの入門書みたいなものでしたけど。

 むしろ呆れてるマイネルの横で、心中凱歌をあげるわたしです。


 「まあこれで日常生活ではそう困る場面は無さそうだね。けどアコ、やれば出来るんだから、もっと早く始めればよかったのに」

 「物事には機会とゆーものがあるんです。いつやるの?今でしょ!…ってわたしの世界のえらいひとも言ってますからね」

 「恋文もらってから字を習い始めるっていうのも前代未聞だと思うけどね…」


 それを言うない。我ながらどうかと思ってるんですから。

 ま、一日費やしてここまで出来たんですから、しばらくはのんびりと…


 「じゃあアコ。明日からはもっと実用的な内容にしようか」


 …はい?

 あの、日常生活で困らなければそれでいーのでは…?


 「そんなわけないだろ。アコは貴族とのやりとりもあるんだし、商売上の書き方だって勉強しないで身につくわけないんだし。ほら、ちゃんとアプロが教科書持ってきてるからさ。僕もしばらくは暇だから、付き合うよ?」

 「………」


 あのー、マイネル。渋々付き合うって口振りのわりには、ものっそいにやにやしてるんですけど…。

 …そうか、そんなにわたしを追い詰めるのが楽しいのかぁぁぁぁっ?!


 「普段やり込められてるから、こういう機会に復讐しておかないとね。ああ、物事には機会がある、って今言ったよね?うん、とてもいい言葉だ。僕も倣うことにするよ」


 ええ、あと、今でしょ!ってのも言いましたよね。そんなわたしに口は災いの元っていう滋味深い先人からの忠告じみた言葉を贈るとしますよ、どちくせう…。


 などという生産性皆無な言い合いをしてた時でした。


 「アコちゃん、いるかい?」


 少し空けておいた戸板の向こうから、八百屋のファルルスおばさんの声がしました。

 わたしはこれ幸いと、いますよー、と声を上げ、返事も待たずに戸板を全開にして外から聞こえた声に顔を見せます。


 「ああ、よかった。ちょっと困って相談事があるんだけどねえ…」


 おばさんはすぐそこにいて、窓の外に顔を出すとすぐに目が合いました。

 ただ、困ったことでもあるにしては、ちょっと楽しそうではあります。あんまり面倒なことでもないのかな、と思いつつ、わたしは、


 「何があるか分かりませんけど、わたしで力になれるならいーですよ?今そっちに行きますから」

 「アコ、逃げようったってそうはいかないよ」


 ちっ。


 「…っていうか、今日はもう充分じゃないですか。マイネルも教会の関係者なら街の困ったひとのためなら人肌脱いでやろー、って心意気のひとつくらい示したらどーですか、たまには」

 「たまには、って普段僕が何をやってるか知らないのに、そういうこと言わないでくれるかな」

 「うるさいですね。マイネルの普段なんてアプロと漫才やってるだけじゃないですか。いーから今日はお開き!お開きにするんです!」

 「もともとそのつもりだったからいいけど、アコはもう少し勉強をみた僕に感謝とかしてもいいと思うんだけど」

 「…あー、それを言われるとちょっと辛い。わかりました。ファルルスおばさん、入ってください。勉強終わったところなので、何か軽くつまむもの作りますから」

 「あら、お邪魔だったらまた今度にするけど?」

 「構いませんて。マイネル一緒でいいんでしたら、ですけど」

 「僕の都合はお構いなしかい?」


 やかましいです。このまま追い出すのも後ろめたいから何か食わせてやる、って言ってるんです。いいから大人しくわたしにおごられなさい。




 「甥っ子が屋台の商売を始めたい、って言うんだけどねえ…何か目玉になるものが欲しい、と言ってて」


 屋台、ですか。ベルのお陰で何かと縁がありますね、わたし。

 まあこの街にはやたらと多い印象ありますけど、何か理由があるんでしょうか。


 「屋台だと店を構えるより税金が安いんだよ。それで名を上げて店持ちを目指す、っていうのがあるから、まずは屋台から、ってひとが多いね」

 「へえ…って、それやっぱりアプロの?」

 「まあね。資本の少ないうちは税の負担は軽くしよう、って基本はあるけどね」


 うーん。いろいろ考えてるんですね。


 ファルルスおばさんを招き入れて、今は三人でテーブルを囲んでお茶してます。

 つまむもの、といっても余った小麦粉で簡単に作った焼き菓子程度ですけど、雨期の終わりが近くて粉の質も良くないし、甘味の材料も乏しいからあまり美味しくはないんですけどね。


 「他の人と同じものを作ってもお客はつかないしねえ…アコちゃんは何かいろいろ目新しものを作っているし、良い考えがないものかと思ったのだけど」


 うーん。

 確かにこの街の屋台料理といえば、お肉の串焼きとかが定番で、基本的に体使って働くひとのための店ですからね。

 日本のお祭りの屋台だと…鯛焼きにたこ焼き、お好み焼き、リンゴ飴、焼きトウモロコシに……うう、お腹が減ってきました。


 ただまあ、この街で手に入るもので簡単に作れるものといいましてもー…仮に当たったとしても簡単に真似されるようじゃ長続きしませんしね。


 「まあ思いつくものはいくつかありますけど、実際に作れるかどうかは分からないですよ?それに、その甥御さんですけど、料理の経験とかはあるんですか?」

 「それがさっぱりでねえ…もともと荷運びの仕事をしていたんだけど、体を壊してしまって。食べることが好きな子だから、そういう仕事をしたい、って話で」


 むー、となると手の込んだものを作るのは難しいかもですねえ。


 「アコ、お昼に食べたものは、どう?」

 「お昼?ああ、お好み焼きのことですか。でもあれを商業区で働いてるひとに出すのは…」


 ちょっと腹持ち的には?ってとこありますし、いくらなんでも…。


 「いや、別に商業区じゃなくてもいいんじゃないかな。同業者の少ない場所に合わせたものなら悪くないと思うんだけどね」


 なるほど。なかなか面白いアイデアですね。マイネルにしてはよくできました。


 「アコが考え無し過ぎるんじゃないかなあ…」


 なんだと。

 …と言いたいところですが、自重します。折角のアイデアなのですから、無駄にはしません。

 まず商売をする場所と、そのニーズを汲んだ商品開発。

 逆に画期的な商品の開発に成功したら、それに合わせた市場の開拓。

 うん、両方やってしまいましょう。


 「…そうですね。ファルルスおばさん、その甥御さんに一度会わせてもらえませんか?料理の素人でも作れて、かつ簡単には真似されない料理の開発。やってみましょう」

 「アコちゃん…助かるわあ」


 ふふふ、おばさんにはアプロともどもいつもお世話になってますからね。これくらいどーってことないですよ。


 「体よく勉強から逃げようったってそうはいかないからね、アコ」


 …うまいこと忘れてたとこなんですから、思い出させないでもらえます?

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