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第47話・彼女を辿る旅 その8

 あの、ひたすら疲れるだけだったパーティの翌日。


 「アコー。起きろー」

 「…あと半日寝かせてください」


 わたしは死んでました。


 「半日寝たらもう夜になるって。今日は陛下に挨拶しにいってお言葉を賜る予定だろー?」

 「そんなこと言われましても…」


 寝心地だけは極上のベッドの上で、わたしは枕に顔を埋めたままごねます。


 「…なんでアプロはそんなに元気なんですか?」

 「そりゃ慣れてるし。私だってじじいに城連れてこられた時はもっと酷かったぞ?」


 まあそりゃそうでしょうけどね…。


 「それよりアコ、今ちょっとした人気者だぞ?アコ宛てのふみの付け届けがえーと…十枚超えてたな。兄師とマイネルんトコに預けられてる。よっぽど昨日のアレが印象的だったみたいだな」

 「え、ちょっと待って。それ冗談…ですよね?」


 流石にそれは聞き捨てなりません。文の付け届けて。まさかとは思いますが…。


 慌てて体を起こし、背もたれを前にして椅子に座ってたアプロを見ます。お行儀悪くないですか?


 「冗談だったらよかったんだけどなー…見合いの話まで来てやがんの。昨日の今日で何なんだろーな、ったくー」


 わたし、顔が青ざめていくのが分かります。


 「…ちなみに、それを断るのって…大変だったり、します…?」

 「そりゃ叙勲されてる貴族からの申込みなら手続きはあるさ。断るのなら、だけど」

 「断るに決まってるじゃないですかっ!わたしこの世界のひとじゃないんですよっ?!」

 「まーそこらはぼかしてるというか、公にはなってない話だし。でも勿体なくないか?アコがさ、異世界から来てるのなら、この国で安全に暮らしていくにはいい手だと思うんだけど」

 「……アプロは賛成するんです?」


 あ、なんかわたし胸のあたりがムカムカしてます。なんでしょう?


 「賛成っていうか…まあ、アコのためになるかどーか、って話なら、最初っから断るって決めつける必要は無いんじゃないか?って思うけ……ど………アコー?」


 アプロ、喜び勇んで買ってきた初めてのお酒が、思った程美味しくなかった時みたいな顔してます。


 「…まーそれは一般論ならそう言うところでしょうね。ええ、一般論なら!」

 「なんで怒ってるんだ?」

 「別に怒ってませんよ。それより今日は予定があるのでしょう?お腹空いたのでご飯食べにいきましょう」

 「もーすぐお昼だけどなー。まあいいか。ああ、あと見合い話だけど正式の話じゃないから、まだそんな難しく考えなくてもいーぞ。アコにそのつもりがあれば正式な話になるだろうけどさ」

 「その話はもういーです。ほら、行きますよ」

 「まず着替えような、アコ。寝間着はさすがにどーかと思う」


 ……それもそーですね。



   ・・・・・



 「文の付け届けくらいで驚く必要もあるまい。年頃の娘であれば、それこそ毎日のように届くものだろうて」

 「はあ。そーいうものなんですか?」


 お言葉を賜る、なんて大仰な言い回しするものですから、どんな格式張った場所に引きずり出されるかと思ったら、お昼ご飯を一緒にしよう、なんて話でした。

 いえ、ヴルルスカさんの手配でそーいうことになった、ということのようですが。


 わたしとアプロは招かれて訪れた屋敷で、王さまのブランチにしては派手すぎず、でもとても行き届いたおもてなしを受けて、今は食後のお茶を楽しんでいる最中です。

 雨期のアウロ・ペルニカのことを思うといくらか憂鬱にはなりますが、王都は今日もいい天気です。一応、雨期の最中ではあるらしーのですけど。


 「とはいえ、昨夜始めて社交の場に姿を現した翌日にして大した数だな。先程まとめたところ、三十を超えていたぞ」

 「はあ。そーいうも……さんじゅう?」

 「うむ。正確に言えば三十二、だ。夜にかけてまだ増えることは間違いあるまい」


 そのヴルルスカさんも同席し、すげー迷惑な話をニヤニヤしつつ言ってくれます。わたしが困っているのを知って明らかに、面白がってます。


 「アコ、ともかく頂いた手紙なのですから目を通しておくだけはしてきましょう?返事をしたためるのであれば手伝いますよ」


 一方のアプロ、王さまの前とのことでさすがに固い態度を崩しません。わたしまで調子が狂いそうで困るんですが。


 アプロの過去の話を聞いて、憤ったりなんだかんだと思うことはありましたけれども、ヴルルスカさんや王さまも含めて、アプロにとって悪い関係ではないようです。

 そーいうことなかなかわたしに明かさない子でしたから、少なからず心配してたんですよね。


 場所は王城の中…ではなく、ヴルルスカさんが王都に滞在している時に使うとかいう、別荘です。城に住めばいいものを、わざわざ別荘とか何なんでしょう?と思いましたが、アプロだってわたしを囲うよーに隠れ家作ってるんですから、同じようなものですね。

 まあそれで王さまのマウリッツァ陛下を招いて云々とか、なんともアットホームといいますか…うーん。


 「ええと、そうですね、わたしまだ字がよ…とっと、そうじゃなくて、数が多いので、手伝ってもらえれば助かります、はい」

 「どうかしたか?針の娘」

 「あーいえいえ。お気になさらず。ちょっと風向きが悪かったもので」


 字が読めないー、というのもちょっと外聞がありますしぃ…いい加減覚えないといけませんね、こうなると。


 「それで陛下。今回の入城の用向きは全て済んだものと思っておりましたが、まだ何か?アコを連れて参るように、とのご指示でしたので、何かお褒めの言葉でも頂戴出来るものと思っております」

 「ふふふ、なかなかに可愛いことを言うものよの。そのおねだりにはいくらか応えるものも無くは無い、が……残念ながら此度こたびいささか面倒な話になる。済まぬことよ」


 面倒、ですかー。

 アプロと王さまのちょっとばかり心温まるやりとりを眺めながら、わたしはそれがどんな中身か想像して、想像して………想像…。

 …えーと、アウロ・ペルニカでの面倒に比べれば何のことはないよーな気がするのですけれど。


 「い、いえ、陛下に頭を下げられるなど勿体のうございます!…その、お心を煩わせる物事があれば、いくらでも力になります故、どうかお話ください」


 アプロは本気で陛下のこと心配してるんですねー…でも出来ればわたしを巻き込むのは勘弁してほしーので、そこまで厄介な話でなければいいんですが。


 「…うむ。針の英雄の力に疑義を差し挟む者共がおってな。その力を証明して欲しい、という話が出ておる」

 「え…陛下?アコの力が疑われている、と…?」

 「正確にはな、アプロニア。お主の力も含めてのことよ」


 わー、厄介な話確定しましたー。

 って、大体誰がそんなふざけたこと言ってるのかは想像つくんですよ…残念ながら。


 このお城に来たとき、わたしは当然でしょうけど、アプロのことをなんとも胡散臭い目で見てたひとたちがいたんですよね。

 身なりはいいけど目付きはすんげぇ卑しい感じの、ひと。


 あとでマイネルに愚痴ったら、一部の貴族のひとたちにそーいう動きがあるとかで、決して少なくない数であるうえ、伝統と格式しか縋るもののない無能なふーてんナントカばかりだよ、と吐き捨てておりましたので、まあわたしが求めて近付くひとたちでもないだろーなー、と思って無視してたんですが。


 …ここにきて、わたしが原因でアプロの頭を悩ますことになろうとは。


 「魔獣の穴を塞ぐ力に特化した、聖精石の針と、それを操る少女の力。事実とも思えぬが、魔王に抗し得る力たるならば、今一度証してみせよ…だそうな」

 「それに加えてアプロニア。お前の剣は我が国の英知を結集した真の宝具だ。それを、だな…」

 「…いえ、兄師。彼らの言いたいことなど兄師のお口から洩らす必要はございません。結構。証しを立てよと言うのであれば証しましょう。ここにいるアコとわたしが、今まで何をやってきたのか、彼らに見せて黙らせることで陛下と兄師のお役に立てるというのであれば…私には本望であります」

 「…済まぬ。不甲斐なき我が身の力になってくれるというその志、有り難く思う」


 ………まーですね。

 ここでわたしも、とか言い出せばいい場面なのかもしれませんけど、わたしこれでも悪党のつもりなので、王さまやヴルルスカさんの打算みたいなものも、なんとなーく見えてはしまうんですよね。


 「………なんだ?針の娘よ」

 「あー、まあその。殿下も大変ですね、って思いまして」


 苦笑されました。

 あの顔は、王さまとアプロのやりとりをわたしがどっか醒めた目で見てるの気付いてますね。


 まあいいです。わたしのやることなんて、アプロがひどく傷つかないよーにすることだけですから。

 それにかなうのであれば、アプロの敵じゃない人の思惑なんてどーでもいいんです。



   ・・・・・



 「しかし、具体的に何をするのか、って話になって、結局やることはいつもと同じ、っていうのはどうかと思うのですけど」

 「と言ってもなー。やることやってるとこを実際に見せるのが一番手っ取り早いし、連中もそうしろ、って言ってきたんだから、わざわざ頭使う必要もないんじゃないかな」

 「でも余計なおまけに加えて今回はヴルルスカ殿下まで同伴なんだから、気を引き締めた方がいいとは思うよ」

 「………」

 「済まないな。俺が手出しをするわけにはいかないが、せめて足手まとい達が邪魔をしないようにだけは、手立てを尽くそう」


 いつもなら王都の衛兵さんたちや、聖精石の使い手がよってたかって力尽くで塞いでいる魔獣の穴のうち、少し大きくて手に負えないものをひとつ、任されました。というか、押しつけられました。


 聞いた限りでは、アプロが爆撃してクレーター作った時の筋肉カンガルーの規模のよーですけど、こればかりは行ってみないと分からないですしね。それに、あの時の魔獣だとしたら、確かに普通のひとじゃケガで済まなそうですし、人助けと思って自分を納得させたわたしたちなのでした。


 とはいえ、一度相対した魔獣ですし、対策は万全です。

 聖精石のまち針も、足りないかもしれないということで、それなりに増やしてあります。


 あとはアプロの聖精石の剣、わたしたちを守るゴゥリンさんとマイネルの助けがあれば、何程のことがありましょうか。


 やってやります。


 珍しくやる気万端で、わたしたちは王都の門を、三日ぶりに後にしたのでした。

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