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第46話・彼女を辿る旅 その7

 ゆるくご機嫌なアプロと、複雑な心境を持て余し気味なわたしが一緒に帰ってきたら、ヴルルスカさんにめちゃくちゃ怒られました。こんな時間まで何をしていたのか、と。子供か!


 …ま、割と話の分かるひとだなー、という印象に変わりつつあったので、わたしはびっくりしたのですけど、怒られてしゅんとしてるアプロはともかくとして、なんとなく事情が見えてきた気がしまして。


 「…アコのせいだからなー」

 「分かってますって。ごめんなさい」


 叱られて半分涙目でわたしをにらむアプロなんてかわいーものじゃありませんか、と、すっかり気分転換出来てしまったのでした。



   ・・・・・



 「きーてないです」

 「アコ、ワガママ言わないでくれるかな」

 「そんなのわたしが出来るわけないでしょうっ?!マイネルも何考えてんですかっ!!あとゴゥリンさんも笑ってないでわたしの援護をっ!」


 そして程なく修羅場が訪れました。修羅場というか、試練の場というか。

 いえそのですねー、わたしのことを知ってるひとだったらずぇったい反対してくれると思うのですが…。


 「王さまとか貴族さまとかが一堂に会する晩餐会に顔出せとかわたしに死ねと言うんですかっ?!」


 …そーいうことです。

 わたしに、背中のずろんと開いたドレスを突き付けたマイネルに、そう宣告されたのです。おのれ世界、裏切ったな!


 「そうは言うんだけどさ。もともと今回の旅の目的の一つではあったんだから」

 「………なんて?」

 「いや、だからアコの、お披露目。本国のお偉いさんたちに対して」

 「………」


 わたし、ぱんぱんと手を叩いて、近くでわたしに着せよーという衣装を抱えてたメイドさんを呼びます。


 「あの、なにか?」

 「刃物の用意を。刃渡りはこんくらいあるとちょーどいいです」

 「…はい?」

 「切腹します。こんな辱めを受けて武士のすることといったら切腹に決まってます!切腹するったら切腹するんですっっっ!!」

 「アコ落ち着いて。言ってることの意味は分かんないけど、放っておいたらえらいことになりそうなことだけは…あ、ちょっ、離してアコ!僕の首締めたって何も解決しないからっ!ご、ゴゥリン、アコを止めてっ?!」

 「ええいうるさいです!もうこうなったらマイネルを人質にとってこの城からの脱出を図るしかないのです!覚悟しなさいマイネル、言い訳はマリスの前で聞きますっ!」

 「なんで僕が言い訳しないといけないのさっ!はやく、はやく…あ、なんか意識が…」


 よしいける!大人しくなったマイネルをこお、引きずっていけばなんとか脱出くらいまでなら…。


 「アコー、準備できたかー?」


 と、成功を確信したところでアプロの声がしました。


 ……アプロなら分かってくれますよねわたしのこの苦衷をっ!場違いもはなはだしーじゃないですかなんでただのサラリーマンの一人娘のわたしがこんな場所にっていうかおとーさんおかーさん今どうしているのでしょう吾子は知らない土地で王さまとかに会いに行けとか無茶振りされているのですがそろそろ目が覚めて学校いく時間ですし目覚ましもあれ鳴らない鳴らないと目が覚めないんですから鳴りなさいよ鳴れってのはよ鳴らんかいっ!!………って、あれ?


 「………アプロ、そのカッコ、なんです?」

 「なにって。盛装。アコはまだ着替え終わんないのか?」


 思わずわたし、目をぱちくり。


 …アプロ、めっっっっっちゃキレイです!!


 もともと素材のいい子ですけど、歳相応の控え目なお化粧と健康そのものな「ないすばでぃー」をこう、いっしょけんめい強調する真紅のドレスで、普段は元気がウリの少女がここぞという時に本当の姿をあらわした、みたいな……って、あかん、わたし混乱して見たまんまにしか表現できません。


 まあつまり、着飾ったアプロはものっそい美少女だったわけでして。


 「なんだまだ着替えてないのかー。マイネル何やってたんだよ」


 と、わたしの足下で白目剥いてるマイネルに言っても仕方無いと思うんですが。

 ていうか。


 「あの、アプロ?そのかっこーは…」

 「だからアコも早く着替えなって。私と一緒に出るんだろー?晩餐会」


 …なるほど。

 この姿のアプロと一緒に。

 パーティに出る、と。


 おーけー、理解した。


 「はやく寄越しなさい三十秒で着替えてやります」

 「は、はぁ…」


 傍らのメイドさんから衣装を奪って潔く脱ぎ始めるわたしでした。


 「あ、ほら男どもは退場ー。ゴゥリン、マイネル引っ張ってって」

 「………(ずるずる)」


 なんていうか、お手数をおかけします。はい。




 晩餐会、と聞くと大層な舞台を想像するのですけれど。


 「なんだ、針の娘。俺と同伴で会場入りするのは不満か」


 いえいえ、不満なんてとんでもなーい。王子さまにエスコートして頂くなんて光栄の極みなんですけど、ぶっちゃけ他の女性の嫉妬の視線が大変アレでして。

 …なんていうんですか?わたしが何者か全然知らされてない状況で王子さまとこんなくっついてたら、あらぬ想像されても仕方ないですよ…もー。


 「…アプロ、そこのマリスのおまけと交換しません?わたしそっちでじゅーぶんですし」

 「あのね、アコ…」


 アプロのエスコート役は何故かマイネルなのです。

 生意気にもこの男、王都だとそこそこ有名人なんですよね。アプロと釣り合いとれるとか過大評価もいいとこだと思うんですが。


 「別に私は交換してもいーけどさ、一応そのー、私の先導役が兄師ってのはいろいろ拙いんだよ。だから我慢してほしい」


 ガマンといーますけどね…わたしこの先行くのを承諾した時点で大分ガマンの許容量越えてるんですが…って、いいこと考えつきました。


 「アプロアプロ。ちょいちょい」

 「え?まーたアコが悪いこと考え始めたー…」

 「いーじゃないですか。ほら、こっち」


 お互いのパートナーから手を離し、代わりにわたしはアプロと手を繋ぎます。


 「さ、これなら問題ないでしょう?」

 「いや問題ならおーありだと思うんだけど」

 「細かいこたーいいんです。わたしとアプロが気分良く過ごせれば何一つ問題なんかねーんです」

 「……アコはアホだなー、ほんと」


 呆れたように言いつつも、アプロはなんとも楽しそうではあります。

 なら良し、と手を繋いで先に、行きます。


 「いいのかなあ…」

 「いいのではないか?アプロニアが楽しそうなら、多少の騒擾なぞ遊興のうちだ」

 「殿下はそれでよろしいでしょうけど、大体後始末させられるのは僕の方なのですが…」

 「お前は要領がよすぎるから成長せんのだ。この際余計な苦労も多少はしておいた方が良いのではないか」


 …なんか後ろで大概な会話がされてる気もしますけど。

 まあ同意出来るところは多いので、気にしないでおきましょう。


 ここでお待ちを、と会場入り口前で衛兵にひとに止められ、入場を待ちます。

 甚だ不本意ではありますが、どーもわたしを見世物にしようという魂胆らしいので、場内で紹介されるのを待つのです。


 「…アプロ、なんか緊張してきました」

 「こーいう場面は苦手か?」

 「苦手といいますか…まあ、注目されるのは好きじゃないですね」

 「そりゃ残念。アコはさ、これから…」


 イタズラっぽい顔で隣から見上げられます。

 なんだか気のせいでしょうか。出会った頃よりも背がのびてる気がします。


 「私と一緒に、国中の…ああうん、下手したら大陸中の注目を浴びることになるかもしんないぞー?」


 うへぇ、と首を竦めるわたしなのです。


 まあ、でも。


 『お集まりの諸卿よ、お待たせした!』


 開け放たれた扉の向こうから、王さまの声が聞こえます。

 めっちゃ張り切ってますねー…開会前にアプロと一緒にご挨拶した時は、気の毒そうにわたしを気遣ってくれてたんですが。


 『我が王家に迎えた娘、アプロニアと…』


 「アコ。始まるぞ」

 「…ですねー」


 真紅のドレスで身を飾ったアプロと、借り物の深い青色のドレスを着せられたわたしは。


 『魔王の尖兵を征す力を持つ宝具を持つ針の英雄…』


 まだちょっと段差がある視線を交わして互いに頷くと。


 『アコ・カナギを得て、今こそ魔王の野望を挫くべく、反攻の狼煙を上げるのだ!』


 …まあね、ベルのことを思うと魔王がどーのこーのって、今ひとつ乗り気はしませんけど。


 「さあ、二人とも行け」

 「はい、兄師」

 「いってきまーす」


 隣にアプロがいれば、まあ大概のことはうまくやっていけるんじゃないか、って。

 そう、思うんです。






 「お疲れさま、アコ」

 「………」


 も、だめです。ひろーこんぱい、なんてもんじゃありません。


 あれから慣れた風のアプロはともかく、わたしは壁の花に徹することも許されず、あっちのお貴族さま、こっちの王族のご親戚だかに次々と引き合わされ、愛想笑いなんだか引きつってるんだか分かんない顔を維持させられて、もうお祭りの時のアプロの名代したことなんか予行練習にもなりゃしませんでした。


 先にリタイアしたわたしを置いて、まだ会場に残ってるアプロ、大したものです。


 「何か飲み物いる?」


 控え室…は、王さまに近いひとたちばかりでしたので、マイネルに頼んで泊めてもらってる部屋に連れて来てもらいました。

 わたしは具合が悪くなって、とかそんな感じで。や、普通に気分は悪くなってますけど。


 「…水でいーです。あと、何か食べるものお願いします。ゴゥリンさんの屋台のお肉がいいなー」

 「調子が出てきたのは結構だけどね。ここに無いものを要求されても…って、ゴゥリン、これ何だい?」

 「………(スッ)」


 !!……こっ、これは…この匂いはあっ?!


 「なんでこれがここにあるんですかっ?!…いえとりあえずいただきますはぐはぐはぐ………ごちそうさまでしたっ!」


 くぅぅ…まさかまたこれが食べられるとは…ベルには悪いですが、ゴゥリンさんとこの屋台のお味、再び堪能させていただきました。


 「ふう…わたしの危機の時に現れるこの味、まさに救世主、命の箱船ですねっ!…って、なんでマイネルはそこで頭抱えてるんですか?」

 「いや…その衣装でそんな真似されるといろいろ拙くて…とりあえずアコ、汚す前にそれ脱いでくれる?」

 「あなた何言ってるんですか。いまここでこれ脱げとかわたしに何させる気なんですか。マリスにチクりますよ?」

 「そうじゃなくてだね…その衣装、国宝級…とまでは言わないけど、大事なものなんだ」


 大事?

 まあそういえば確かに…仕立てはいいですし、材料も高そうで、仕事も丁寧にされてますね。でも…。

 わたしは青いドレスを着たままあちこちをチェックしましたが、良いものだとは思いますが、そこまで高価かというと…?

 と、首をひねるわたしに、ゴゥリンさんいわく。


 「………ひとが大事にしているものは、それぞれだ」


 …そうですね。

 どんな事情があってどんなひとがこのドレスを大事にしてるのかは分かりませんけど、借りただけのわたしが適当に扱っていいものではないのでしょう。


 わかりました、とわたしは借り物のドレスを脱いで…って、そこの男二人。はよ出て行きなさい。


 「アコに羞恥心を語られても、なんか違和感しかないよ」


 うるせーです。いいからとっとと出て行きやがれ、とゴゥリンさんに目配せ。


 「………(コク)」

 「え、あ、ゴゥリン?あの、出て行くからさ、襟首掴んで持ち上げるのはやめ…あのさ、ちょっと…?」


 と、吊してお持ち帰りされていくマイネルの戸惑った声を聞きながら、わたしはもう一度、青いドレスを着たまま姿見を見るのです。


 「……似合い…はしませんけど、ね」


 そういえばこのドレス、アプロが選んだものと聞きました。何か謂われがあるのでしょうけれど、今そこまで聞いていいものかどうか…。


 どちらにしても、あの疲れる場からアプロが早く逃れてくることを、わたしは誰とも知らぬこのドレスの持ち主に、祈る気分になっていたのでした。

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