第45話・彼女を辿る旅 その6
「アコー、まだー?」
「………」
なんかアプロが呼んでますけど、もー少し待ってください。今いいとこなんですから。
「それ三回目なんだけどさー。皆もそろそろ焦れてるから…」
「いーですよ、先帰ってて。わたしまだいますから」
「そんなこと言ってもなー…」
どれだけ時間経ったか知りませんが、このお店がとんでもないんですから、しょーがないじゃないですか。
いやもう、ほんと、庶民的な麻のようなのものから、手触りなら絹すら凌駕しそーなとんでもないものまで、一通り、なんて言葉が謙遜に聞こえるくらいの品揃えなんですから。
「あ、これは何て品なんですか?」
「いい目をしてるじゃないか。こいつは最近隣の国から見本としてまとまった量を仕入れたものでね。まだここらじゃあ出回ってないはずさ。背高青蜘蛛って昆虫のサナギの繭をほぐした糸でね…」
うわお、ほんとに蚕の繭みたいな材料あるんですね。しかも蜘蛛のサナギ?って、蜘蛛の糸みたいなもの…うひゃぁ、地球でだって蜘蛛の糸を繊維にまではしてないのに、凄すぎますっ!…蜘蛛ってサナギ作るものでしたっけ?まあいいです。
「買います」
「毎度。良い買いっぷりだねぇ、お嬢ちゃん」
ふふふ…貯金をおろして持ってきた甲斐がありますねぇ、これは…。
「ところで大分荷物が大きくなったんだけどさ、持って帰れるのかい?」
「え?」
おばあさんが、傍らに積み上げられたものを見ながら言いました。
わたしも我に返りそちらを見てみますが。
「…山ですね」
「山だねえ」
わたし一人で背負うどころか、二人がかりでも難儀しそうなものが、あります。
「…だいじょーぶですよ、男手が三人もいるんですから」
「いや、あんたの連れならさっき呆れ顔で行ってしまったよ」
「え?」
慌てて店を出てアプロたちを探しますが…いませんでした。あの薄情者どもっ!
「…どうしましょう」
「自分で、先に帰れって言ってしまったからねぇ…どうすんだい?」
「あのー、配達とかは…」
「…高いよ?」
にやりと、いい金づる見つけた、みたいな顔でわたしを見るおばあさんです。くぅ…この人も一端の商人さんだということを忘れてました…弱み見せるととことん食らいつかれてしまいます…。
とはいえ、どうしようもないのは事実ですから、届け先だけ教えて配達をお願いしました。
あて先がお城だと知っておったまげてはいましたけど、おばあさん。
まあ大分買い込みすぎてしまったのは確かですし、そろそろ引き上げましょうかね…って。
「あ、忘れるとこでした。これ、見たことあります?」
「ん?」
そうそう、目的がもう一つあったのでした。
わたしは、ベルにもらった巾着の中から綿花の実をいくつか出しておばあさんに見せます。
「…なんだいこりゃ」
「綿花、っていって草の実の一種なんですけど。ご存じ無いですか?」
「うーん…いや、この商売長いけど、見たことも聞いたこともないね。何に使うんだい?…って、まあ糸や布にご執心のお嬢ちゃんのことだから見当はつくけどさ」
「話早くて助かります。あのー、これ置いていきますから、これを糸にして織ることの出来る職人さん紹介してもらえません?」
「そりゃ構わないよ。ただまあ、手数料は…」
「あー、それはペンネットさんに相談してください。もし商売になりそうならペンネットさんにお願いしよーと思ってましたので」
「…へえ。ま、そういうのなら、せいぜいふっかけてみようかね」
おばあさん、商人の顔になってます。
…ってことは、モノになる可能性は高い、ってことでしょうね。
あとはこれを栽培なりして殖やす方法ですけど…そっちはまた別の話としますか。
ペンネットさん、ああ見えてアプロとは結構縁の深い商人さんなんですよね。
あのひとの利益になるなら、アプロとアウロ・ペルニカの利益にもなると思います。
「ん~~~~~…あー、大散財しちゃいました」
お店を出て大きく伸びをします。
計算したら持ってきたお金の三分の二くらい使ってました。貯金はまだありますけど、しばらくはベルの買い食いの支援も控え目にしないとダメですね。雨期で穴塞ぎもそんなに出来ませんし。
「…おーそーいー」
「あら。待っててくれたんですか?」
「みんなはとっとと行ってしまったけどなー」
さて帰ろうか、と歩き始めたところでアプロの不満一杯の声に呼び止められました。
まあわたしひとりでお城まで帰れるかどーか、というと若干心配でしたので、助かりました。
「ごめんなさい、ついはしゃいじゃって。でも待っててくれてありがとうございました」
「んー、アコが楽しかったんならいいけどさ。でも何かご褒美は欲しいな」
「いいですよ?お酌でもしましょうか?」
「いいな、それ。一晩中飲んで絡んでも、アコは逃げられない…なにしようか?」
「バカ言わないでください。いくらなんでも絡み酒だったら止めますよ」
ほら帰りますよ、と歩き出すわたしです。
が。
「アコ、そっちじゃなくて、こっち」
「……」
完全に方向を間違えてたよーです。ほらありますよね、映画館から出たら、帰る方向が分からなくなる現象。アレです、アレ。
「分かってます。あ、お腹空いたので何か買っていきません?途中に屋台がいくつかありましたし……あ…」
…アプロが何故か屋台を苦手にしていたことを思い出し、口ごもります。
そして思わずアプロの顔から目を逸らしてしまって、それもアプロに失礼かなって思って様子をうかがってみたら…苦笑していました。わたしが気まずい思いをしたことまで嗅ぎ取ってしまったのでしょう。
「…別にそんな顔しなくてもいいよ。構わない、私もお腹空いたし、付き合う」
それでほっとしてしまうわたしも大概なのですけど。
でもアプロが気を悪くした風でもないことにちょっと安心したりもして。
「……あの、アプロ?どうして屋台を…っていうか、お祭りもそうなんですけど、あれだけ一生懸命になって、でもあなたはその中に入ろうとはしないんですか?」
いつもなら聞かないことを、聞いてしまうのです。
「んー…そーだなー、アコになら言ってもいい…んや、そーじゃなくて、聞いてもらいたいかもなー。いいよ、教えてあげる。今日は良い気分だからさ、買い食いしながら、話そ?」
どことなく儚げに笑いながら、アプロはそう言うのです。
…やだなあ、アプロのこんな笑顔。
・・・・・
「…私がずっと離れた街の、貧民街で生まれたって話はさっきしたよな?」
「ええ」
帰り道、もう日暮れも近い大通りを、人の流れにのりながらわたしとアプロは屋台で買ったホットドッグ…のようなものを食べながら話します。
「その街はさ、とにかくお金もってえらぶる奴が私たちみたいな貧民を見下す、ひっでー街でさ。特に貧民街のガキなんか人間扱いされなかったんだよ」
…まあ、地球でもよくある話ですよね。
「で、あるとき…もう親も死んでしばらくした頃でさ、とにかくメシにも事欠いて腹減って腹減ってしかたねー、って時に、街の賑やかな方からすんげーいい匂いがしてきたんだ。もちろん何も考えずにそっちに行ったんだよな。そしたら、いっぱい屋台の店があって、メシをいっぱい売ってて、それですげーいい匂いがして。私はさ、そりゃ腹減ってたから、ふらふらーっと吸い寄せられるように屋台の一つに近寄ってったらさ。『なんだこのクソきたねえガキは!おめーらに食わせるもんなんかねえーっ!!』…って怒鳴られて。それだけならともかく、まあ周りにいた連中に殴られるわ蹴られるわ。んで、きったねーゴミ溜めみたいなとこに放り出されて、もう情けなさ過ぎて涙も出ない状態で、とぼとぼ歩いてねぐらにもどってったってわけ」
………。
「んでその夜、自分がされたことを思い出して、悔しくて悔しくてずっと泣き通しさ。あんときゃー、もう街中の人間ぜんぶぶっころしてやろーかー、って思ったもんな。ガキだったから出来やしなかったけど」
アプロ、いつか言ってましたね。屋台にはいい思い出がない、って。
「じじいに拾われたのはそれからすぐのことだよ。だからじじいには感謝してる。あのまんまだったらきっと、ガキの身で体売って、すぐになんかの病気にでもなって死んでしまってただろーなー、ってさ。じじいは別に私に剣の才能があるとか、そーいうつもりで拾ってくれたんじゃなかったけど、じじいの役に立ちたくって、とにかく必死になって剣の練習をした。で、聖精石の剣を扱えるって分かって、城に連れてかれて、なんか兄師に気に入られて、鍛えられた」
それは…。
「アウロ・ペルニカは…まあ、城にずっといるわけにもいかないし、穴塞ぎも忙しいからお前いってなんとかしてこい、みたいな感じで遣わされた。いい街だと思ったし、私みてーなガキを増やしたくなかったからさ、いっぱい頑張ってもっといい街にしようと思って。で、大体今に至る、って感じ。分かった?」
………分かりました。
まあ、なんていうか、その、ですね。
「アコ?」
「はい?」
「………んー、失敗したかな?」
「何がです?」
見せたくないなー、と思うんです。
「いや、アコのことだから、この話聞いたら泣いてくれるかなー、って」
「バカいわないでください。泣いたりなんかしませんよ。そりゃあ小さな頃のアプロは可哀想だー、って思いましたけどね。でも今のアプロは立派に領主さまやって、間違い無く街のひとたちをしあわせにしてるんです。そんな今のアプロのこと、可哀想だなんて思えやしませんよ。思ったら負けです」
「なんだよそりゃー」
少なくともアプロの前でなんか、泣いたりはしません。そんなことしたら、アプロのしてきたことを、わたしは認められなくなるじゃないですか。アプロのことを好きだって、受け入れるしかなくなるじゃないですか。
だから、今は泣きません。アプロのいないところで思い切り泣くんです。
メイルンっていう女の子が頑張ってアプロニアになって、わたしは今のアプロのことが大好きだよ、ってわたしだけが認めて、それでまた楽しく暮らすんです。
「…さ、話は終わり。暗くなってきたからさ、さっさと帰ろーぜ、アコ」
わたしより小さなアプロが、わたしに手を差し出します。
その手をとって、歩いて帰ります。今のアプロを形作った場所へ、です。そう思うと、あのどっかいけ好かない場所も、それほど悪いところではない気もしましたけど。
…ひとつ、困るんです。
アウロ・ペルニカに帰るまで、わたしとアプロは同じ場所で寝起きするんですよね。
わたし、自分の部屋に戻るまで泣けないんですよ。泣いたらいけないんですよ。
がまん、出来るかなー…。




