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第22話・はたらく聖女さま その2

 何度か通ってますけど、教会…といってもあまり信者のひとを見かけないんですよね。経営とか大丈夫なんでしょうか?


 「そりゃあアコに信心が無いからだろー。ちゃんと教義を説く集会とか祈りを捧げる時間とかあるんだし、一度来てみたら?」


 なんだかアプロに大概なことを言われてますけど、アプロの方こそそーゆーことちゃんとやっているんでしょうか。


 「…本音のところは分からないけど、一応アプロも顔は出してるよ。領主なんだし」

 「あのなーマイネル。こっちも一応教会の守護者たる王城から派遣されてんだから、そんなの当然だろ」


 神さまにお祈り捧げてるアプロとかあんまり想像できませんけどね。

 まあ鎧姿でひざまずいて神に祈ってる姿…ジャンヌ・ダルクみたいではありますが、わたしオルレアンの乙女は感情移入しそーで、詳しいこと知りませんし。まあ一般的なイメージとか、その程度しか。

 むしろ聖女というならこれから会う人の方がよっぽど現実感ありますしね。


 「…あら、皆さんおそろいで。どうされたのですか?」


 おや。取り次ぎもなしに出てくるとは。教区長の立場を考えるとちょっと軽々しすぎません?


 「ああ、マリス。休みの日に済まないね。明日でもいいかと思ったけど、一応報告に」

 「…本当に明日でも構わなかったのですけど。でも大分遅いですし、今日はこちらでゆっくりしていってくださいな」


 なるほど、お休みだったんですか。それは済みませんね、マイネルを取り上げるよーな真似しまして。


 「アコ、考えてることが顔に出てる出てる」

 「あらら、これは失礼…」


 といってどーせアプロも似たようなこと考えてるでしょうに。かわいくふくれたマリスの顔が、わたしとアプロをまとめて睨んでますから。


 「…まあいいです。ここじゃなんですから、奥へどうぞ…といってもわたくしの仕事部屋ですけれどね」


 確かに聖堂でするお話じゃありませんよね。

 と、わたしたち三人は、マリス自らの案内で彼女の執務室、とやらに招き入れられていきました。




 部屋に入ると、夜も遅いので、とマリス手ずからにお茶を用意してくれました。

 手際がよいとは言えないものの、もてなそうという気持ちがこの際うれしいものなんですよねー。心配そうに見守っていたマイネルの気持ちが、聖女さまに何かあっては大変という敬虔けいけんな心に依るものか、妹が失敗したらどうしよう?というおにーちゃんのハラハラ的なものに根ざすのかは、また別の話として。


 「…マリス様、お休みじゃなかったんですか?」


 そしていただいたお茶は、まあ結構なお味でした。なんでもマリス秘蔵の、教会の関係者なんかには「ぜぇったい出してあげません!」レベルのものらしーです。この子も結構やんちゃですよね。


 「ええと、お恥ずかしい話ですが、ちょっといろいろ立て込んでしまいまして…寝る前に少し進めておこうと」

 「マリス…君はまだ体は子供なんだから、夜更かしはしないように、っていつも言ってるじゃないか」

 「そーそー。仕事なんか部下に放り投げてしまえばいいんだよ」

 「アプロはもう少し自分でやった方がいいんじゃないですか」


 さらっと言ってあげたらアプロがぶんむくれしてしまいました。

 休みの度に、どころか仕事を遠くにぶん投げてまで押しかけられてるわたしからすれば、当然の感想なんですけど。

 と、おっきな机の向こうにちょこんと腰掛けているマリスと見比べて思うのでした。


 マリスの体に比べてだいぶ大きな机は、殊更に権威を主張しよう、とかいう意図でおっきいのではなく単に大人サイズの机に比べてマリスの体がちっちゃいだけです。前任者からそのまま引き継いだのでしょうね。椅子にもクッションを足して、どうにかこうにかお仕事をしてます、という態のマリスなのでした。

 …ところでマリスって実際歳幾つなんでしょうね。こないだマイネルに聞いたらなんだかイヤそーな顔をされたので、知るのが怖いんですが。


 「人任せにしたいのはやまやまなのですけれど、こればかりはどうも…ですね。わたくしが臆病なせいもあるのでしょうけれど。アプロニアさまが羨ましくありますもの、最近は…」

 「お、いいこというじゃないか。よーし今日は私が仕事をひとに押しつけるコツというものをだなー…」

 「純真無垢な聖女さまによけーなこと教えて汚さないでください。この街の指導者が二人とも部下に仕事おしつける遊び人になったらどーするんですか」

 「こればかりは僕もアコに同感…」


 その要領の良さは見習うべきところでしょうけど、アプロの場合自分が楽したくて要領よくなった節がありますからねー。あんまり妙なところが似たりしたら、教会のえらいひとに恨まれるんじゃないでしょうか。


 「わたくしももう少し時間が出来るように生きられれば、もっとお兄さまと睦まじく過ごすことが出来るのですけれどね…それで、今立て込んでいる件のことなのですが」


 なんかさらっとおっかないことを言ってたよーな気もしますが、話が脱線し通しなのも本意ではないので、聞き流しておきます。


 「…アコ、ひとつ確認したいのですけれど」


 え、わたし?


 「はい」

 「魔獣の穴ですが、二つ同時に…は予言通りでしたでしょうか?」

 「予言通り…という状態がどーいうものかは分かりませんけれど、概ね指定された場所に、ほぼ同時に、二つの穴が開かれた、という意味でしたら予言通りですけど」


 あらかじめ分かっていたからこそ、アプロたちも二種類の魔獣の入り乱れる現場で対処出来たんですからね。そうでなかったら「これは一体どういうことだ!」だけでまた前のよーに一時退却な憂き目を見てたかもしれません。


 「あの、マリス?それがどうかしたのかい?二つの穴が同時に出現すること自体は前からあったことだけど」

 「ええ、お兄さまの仰る通りです。ですが、どうして穴が二つ同時に出現するのか、ということに関して少々妙な報告がありまして」

 「妙?妙っていうんならさ、そもそも魔獣なんてものが出現する穴がまず奇妙ってもんだろー?」


 アプロのその単純な感想は、マイネルやマリスだけでなくわたしまでハッとさせられます。

 …いえね、よく考えてみればわたしが一番、「それおかしくね?」って声を上げないといけない立場なんですよ。この世界の常識だとか、そういうものに馴染みが全く無いんですから。

 けど最初の出会いからして突拍子も無かったものですから、最近何があっても「そーいうものか」で済ませてしまうという悪いクセがついってしまったようでして。


 だからまあ、アプロのこの指摘はわたしの悪い方に凝り固まった常識を粉砕してくれる効果はあったようです。


 「…それもそうですね。わたしも異なる世界からアプロに引きずり込まれてしまった身として、いろいろ疑問を抱くべきだったんでしょーけど、いつの間にかそれが当たり前になってしまってたみたいです」

 「アコ…さりげなくイヤミ言うのやめて欲しいんだけどー」


 そんなつもりはなかったんですけどね。そー聞こえたというのならわたしの本音が洩れ出てたのかもしれません。失敬失敬。


 「でもアプロにそう言われてみると確かに…そもそも、いえそもそもにしては戻りすぎなのかもしれませんけど、魔獣って何なんです?いえ、穴から出てくる、この世界にはありえない生き物のようなもの、っていうことは分かるので、穴ってのが何なのか、ってことまで含めて」

 「穴は穴。教会の権奥けんおうによって伝えられる予言で示された、人の手にあまるもの。…すくなくとも教義ではそう説かれていますね」

 「あれ、じゃあずっと昔からあったものなんですか?」

 「そうですね。少なくとも、教会の教義が成立する頃には既にあった、とは聞きますが」


 うーむ、これは…教会が自分たちの権威とか権利を拡大するために穴と魔獣を都合良く利用していた、っていう、よくあるパターンなんじゃないですかね。まあ現実にそんなことがあるのかどーかは分かりませんけど。


 「アコ。手紙にお前がよく書いてたアレと同じようなものだよ。何て言ったっけ…その、地面とか家が揺れるヤツ」

 「地震ですか?」

 「そうそれ。人間の手ではどうにもならない、自然に起こる現象っての」


 ふむん。そーいうことならまあ分からないでもないですが。


 「で、マリス様に夜更かしさせるよーな深刻な事態というのは?」

 「わたくしが夜更かしすると世界が危機に瀕する、みたいな言い方はやめて欲しいのですけど…ともかくですね、アコ。今まであった、『魔獣の出現する穴』というものは、アプロニアさまの仰ったように人間にはどうすることもできないものの、代表格のようなものです」

 「んー、でもその割に予言だとかなんとかは出来ているじゃないですか。教会からその予言が出てくるというのなら、完全に人の手にあまるもの、ってわけじゃないように思いますけど」


 そーですねー…と、マリスはカップをあおります。よく考えたらこんな遅くにちっさな子がお茶とか飲んだら眠れなくなるのとちがうでしょーか。


 「…現象としての、魔獣の出てくる穴、というものは先の話の通り教義の成立の時期には既に存在していたようです。ですので、それ以前よりひとの生活に関わりのあるものだったのかもしれません。歴史書などを見てもあまり記述がないので、なんとも言えないのですけれど」


 まあそりゃー、史記だとか日本書紀みたいな書物に、ある日もふもふのわんこがいっっっぱい出てくる穴が現れました!ふしぎ!…なんてこと書かれてたらおったまげるでしょーし。平安時代の物好きな貴族の日記ならともかく。


 「ただ、予言という形で、穴の出現が記録に残されるようになったのはそれほど昔でもないのです」

 「ん?そりゃまたどういうことです?」


 この場でマリスの言葉を不審に思ったのはわたしだけのよーです。ということは教会関係者、あるいは現地人には自明のこと、とってことですか。


 「魔獣の穴に関する、様々な変化というものは概ね、同じ時期に端を発しています。二つ同時に現れて、異なる魔獣が出没する。新たなる穴の出現が、予言されるようになる。これまでと違う、ひとに危害を加えることが目的のような、凶暴な魔獣が現れる。大体、同時期に記録に残り始めています」

 「はあ。何年くらい前の話なんですか?」

 「およそ千二百年くらい前、でしょうか」

 「…なるほどー」


 わたしは納得顔でうなずきます。が、マリスは妙な顔をしてました。


 「…あのー、なにか?」

 「いえ、千二百年前と聞いて驚かれないものですから。意外に思いまして」


 ああそーいう。

 けど地球にしてみりゃあ千二百年前の記録なんて、珍しいこたー珍しいでしょうけど無いわけじゃ無いですからね。

 個人的に昔の権力者をあげつら…こほん、論評した宦官のおじさんとか、自分の上司が誰それと不倫してましたー、なんてことを日記に書いてた貴族とか、枚挙に暇がないですもの。


 「この世界では千二百年前の記録とかって珍しいんですか?」

 「人類に残された最古の記録、とは聞きますけれどね」


 ああー、そりゃそうか。わたしの生きてた日本からしてみれば千年前でも、中世の日本にしてみればいいとこ百年とかそれくらい前ですものね。千二百、って数字の比較にそれほど意味はないのでした。反省、反省。


 「それ以外のお話でしたら、教会の記録というより各地の伝承などをの口伝を聞き集めて記録した通俗史はあります。ただ、その中でも魔獣の穴について事細かく記された内容はありませんね。無いわけではないのですが、ひとの生活にとってあまりにも近すぎるものであったのかもしれません」


 緊迫感ない存在だったからかもしれませんよ。ひとに仇なすよーな魔獣の出現が、一定の時期以降のことであるなら、それ以前はさぞかしほのぼのした魔獣が出てきていたんでしょうねえ、と呑気にもわたしは思います。


 ただですねー…例の筋肉カンガルーの件を除けば、ただ面倒なだけでそれほど危なっかしい目には遭ってないわたしだからこその、感想なのだとも思います。アプロたち、という心強ーい味方もいますしね。

 なので、そこのところは流石に口にしませんでした。

 話にしか聞いていませんけど、わたしが出向いていない穴塞ぎの現場というのは、死人こそ大量に出るようなものでもないそうですが、ピクニックとは到底言えそうにない雰囲気だとも聞きましたし、ね。 

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