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第202話・そしてわたしの旅路の果てに その21

 案内人も無しに未世の間をうろつくのは初めてでしたね、そういえば。


 【そうぞうしてたとおりとはいえ、アコもむちゃする】


 「そうですか?いい加減、わたしたちの旅で無茶が無かった時なんか、一度も無かったよーに思いますけど」


 【ひらきなおりはよくない】


 「前も同じようなこと言われた気がしますが…いいんです、こう見えてもわたしは開き直って失敗しないことでも定評があるのです」


 【アコのはひらきなおりというよりも、なにもかんがえてないだけってきがしてきた】


 失礼な。否定はしませんがせめてもー少し人聞きのいい言い回しをして欲しいものです。何をやっても上手くいく祝福された存在、とか。


 【ばかいってないで。ほら】


 指があったらきっと指し示しているだろう方角に、それはありました。

 未世の間では歩いたり走ったりという感覚はなく、かといって空を飛んだり増してや泳いだり、なんてこともなく、なんとなく動いているなー、って感覚だけしか移動の実感はないので、見つけたものに接近するのも、なんかそうしたらそうなった、みたいな感じです。

 ですが、一応現世というか未世の間の外ではコレに連なってまだアプロやベルがどったんばったんしてるんですから、わたしとしても真剣に、マジメに。


 「……こうして見ると、割と頼りないものなんですね」


 【ぼくもここにいたときは、こんなものだった】


 口が利けると利けないでは大違いですね、って言ってやったら流石に思い至るところはあったよーです。静かになってしまいました。


 「まあまあ。あなたの口の悪さはわたしのせいだと思って開き直ればいーじゃないですか。それより、これ…どうすればいいんです?」


 【どうもこうも、すきにすればいいとおもうよ。りょうてではたいてつぶしてもいいし、はたきおとしてふんでもいいし】


 とは言いましてもね。


 わたしたちは未世の間にいて、外で大暴れしてる鎧の魔獣の根源を目の前にしています。

 これが消えてしまうことで、あの鎧は世界で形を成すこと能わなくなってしまうのですから、言うなれば最後の障害の生殺与奪が、この手にあるとゆーものです。


 【やらないの?】


 「……いえ、いざ実物を目の前にすると、あの鎧って一体何だったのかな、って。そりゃアプロやベルが今必死になってくれていることを思えば、さっさと片を付けないといけないのは分かりますけど、わたしと同じような存在だと思うと流石に憐憫の情ってやつがですね…」


 【ちがうよ】


 ほい?

 隣でふよふよ浮いてる根源の石を見ると、そこにはけっこーかわいい感じの男の子がいました。わたしに弟がいたら、こんな感じであって欲しいなあ、って感じの、十歳以下くらいの。


 【アコは、確かに異世界の妄想として未世の間に迷い込み、ガルベルグに囚われた存在だったかもしれない。けれど、ここを出て世界に相対し、ひとを知って恋を知って、終わるべきだった世界を続けてゆきたい、って思ったんでしょ?】


 「……まあ、そうですね」


 【じゃあ、違うよ。あの、負の妄想をもって世界に臨み、縛り付けるものが消えたと知れば狂喜しただけのもの。だから、世界の厳しさと優しさと、それからそれが自分の前にある意味を知ることもない。アコは違うでしょ?】


 「………まあ、そうですね」


 二度目は、めっちゃ照れながら応じました。

 だってねえ…この子がこんなにわたしを持ち上げたの初めてじゃないですか。そりゃあ恥ずかしくもなろーってものです。


 【アコがこれにどう対するのかは、ぼくが決めることじゃないよ。だから、アコの思う通りにすればいい】


 そりゃあ、ね。わたしの思う通りというのであれば。


 「…えい」


 握って、潰しました。

 まあそこそこ憐憫の情はありましたから、無情にってことは無いと思います。

 ですけど、こいつを潰したことで生じる呵責の念があるとすればまあ、わたしはそれを背負って、ここを出ようと思います。

 だって、まだわたしにはやらないといけない、やりたいことが山積みなんですから。


 「いいですよ。いきましょう」


 【うん】


 繋がれました。手を。

 年下の男の子にこんなことを許してしまうわたしを、アプロやベルは浮気者とののしってくれるのでしょうか?

 ぶっちゃけ、二人と手を繋ぐのとまたちょっと違って新感覚ぅ…。


 【つまんないこといってないで】


 あい。



   ・・・・・



 「カナギ・アコただいま帰還っ!」

 「っ?!…お、おかえり…」


 未世の間に入れ込んでいる間、わたしの体を守ってくれていたベルがなんだかビクッとして固まっていました。わたしの顔の、すぐ上で。

 とゆーか、横たわっていたわたしに覆い被さって、一体あなたはなにをしよーとしてたんですか。


 「……な、なかなか戻ってこないから、介抱しようと…」

 「……ま、いーです。ほら、起きますからどいてください」

 「………アコ?」


 むくりと起き上がって辺りを見回すと、少なくともこちらに危害を与えられそーな範囲内に動いている幻想種はいませんでした。ベルが全部倒してしまったみたいです。加減とゆーものを知らないんですか、この子は。


 「アコ…?」

 「はい、アコです。それよりアプロの方は…あ、いたいた」

 「アコ。ちょっと」

 「おーいアプロー?無事ですかぁー?!!」

 「アコ」


 無視される形だったベルが、こっちを向けとばかりにわたしの顔を両手で挟んで、自分に向けます。


 「……なぜ目を逸らす?」

 「めめめ目なんか逸らしてませんよ?」

 「……アコ、おかしい。未世の間でなにかあった?」

 「なにもねーです」


 うう、まさか自分の根源に手を握られてちょっとときめいてましたー、とか言えるわけが…。


 「くぉらクソ猫!」

 「みぎゃっ?!」


 …と思って胆を冷やしていたら救いの手が。アプロー、愛してますぅ。


 「あんの野郎が消えたからアコがどーなったかと思えば…てめぇ、本妻の私を差し置いて何をしてやがる!」

 「一号二号を決めた覚えはない。でも必要なら今から決めても構わないけど?」


 ちょっと待ちなさいあなたたち。なんかこう、わたしが旦那みたいな空気になってますけど、どちらかといえばわたしの方が妻みたいなもんでしょーが、ってそれはどうでもよくって。


 「それよりアプロ、アレは大丈夫なんですか?」


 立ち上がって服についた埃を落としながら尋ねると、アプロは「あー、消えた」と事も無げに言っただけで、あとはこれからのことだ、みたいな顔つきになってます。


 「…なにをしたの?」


 代わりにベルが聞いてきますけど、アプロがそういう顔でいるのなら、わたしもあまり説明に言葉を費やす必要を感じなくて、ただ、「未世の間にいたアレの根源を叩いただけですよ」と述べるに留めました。

 ベルも、そう、とだけ言って納得した風ですから、わたしたちの間ではもうあれはその程度のものなんでしょう。


 「アプロニア様!…アコ殿もご無事でよかった!」


 そして、聞き慣れた懐かしい声。

 まだ幻想種は遠くにはいますし、きっと虹の柱からは出現を続けているでしょうけれど、決定的な脅威とはもうなり得ないと見てか、対応をアウロ・ペルニカの衛兵のひとたちに任せてやってきたのが、ブラッガさんです。


 「おー、まさかおめーらが来てくれるとは思わなかったよ。一体どうしてだ?」

 「いえ、そこの…魔王殿が知らせてくれましてな」

 「へえ…」


 一座の視線が集中して、ベルは気まずそうに目を逸らします。


 「幻想種には大した力が無いということと、お二方がきっと危機に陥っているということを我らに伝え、とるものもとりあえず応援に駆けつけたという次第で。ともかく無事で良かった…」

 「アコ!」


 そしてもうひとり、聞き慣れた声が。


 「グランデア…っ?!」


 わたしには、一別の経緯を思うとその顔を見るのが少し辛いひとも、いたのです。

 もう二度と会うことはないだろうって覚悟していたのに。


 「……ったくよ、相変わらず通った道に無茶が残るヤツだよ、おめぇは。無事なようだな」

 「…その、ありがとう……ございます、ね」

 「アホ。今更遠慮なんかする間柄じゃねえだあいででででっ?!」

 「おい、アホはおめーだ。私の嫁に馴れ馴れしくすんじゃねー」

 「くそ、なんだよアプロニア様よお、嫉妬深いダンナは嫁に嫌われっぞ?」

 「いらねーお世話だ。それよりこれで終わったわけじゃねー。最後の山場ってのがあるから、それまでここを守っててくれ」


 グランデアの耳をつねり上げといて、アプロは領主の顔に戻り命じます。


 「んだよ、気の置けない友人と旧交を温めるヒマもねーってか?」

 「そういうことだよ。それが許されるようになったら…ま、ゆっくりやれや。ブラッガ、後を頼む」

 「承知。それとアプロニア様」

 「うん?」


 再び、勇者の顔に戻ったアプロに、ブラッガさんはグランデアを先に隊の方に追いやって言います。


 「程なく殿下と一隊が駆けつけます。くれぐれもご自重の程を。アコ殿も、魔王殿も」

 「…だな。兄上やじじい達の前で無様は晒せねーよ。アコ、ベル。行こう」

 「はい」

 「…私は魔王じゃない。けど気遣いには感謝」


 満足そうに頷いたブラッガさんを見送り、アプロはわたしの腰を抱いてまた空に舞い上がります。ベルも同じく、武器の大鎌を担いで続きます。


 「アコ。どーすりゃいい?」


 地上を離れ、しばし空の住人となってから、アプロはしがみつくわたしに声をかけてきました。


 「まずは柱の最上部へ。上から縫いとめます!」

 「りょうかいっ!ベル、付いてこいよ!!」

 「私がアコを抱いてた方がよくない?」


 不満顔のベルがぼやく声を背にして、わたしたちは上昇を続けます。

 虹の柱はもう手も届きそうな距離にあり、それに沿って昇ってはいますがまだ天辺らしきものは見えません。

 空には雲ひとつないですから高さの標しになるようなものもなく、まさかこのまま宇宙まで行っちゃうんじゃないでしょーね、とか呑気なことを考え始めた時でした。


 「……っ?!二人とも離れて!」

 「え?」

 「くっ?!」


 ベルの鋭い警句。

 疑問を持ちながらもそれを疑わなかったアプロの行動は正しく報われます。


 虹の柱の、わたしたちからは「前方」に見えたところからにょきりと何か、金属製の筒が姿を覗かせ、そして穴の空いた方をこちらに向けていて、そして…。


 ドォン!!


 …悪い意味で聞き覚えのある爆音と共に、何かを撃ちだし、放たれたそれは一直線にこちらに向かってきたのです。

 ですが斯くあるを予想したアプロとベルは難なくそれを避け、飛び出た筒をすれ違い様にベルの大鎌が斬り捨てると、それは地上で見た幻想種と同じように、真っ二つにされた姿のまま段々と姿を薄めてゆき、視界から消えてゆきました。


 「何だよあれアコっ!」

 「多分ですけど…」


 一度だけ振り返って、ベルが斬り捨てたものの正体を確認しようとしたアプロでしたが、すぐにそれを諦めてわたしに向かって怒鳴ります。


 「あれも、幻想種の一種なんじゃないかと…」

 「あれがかっ?!」


 ごくごく短い時間で、間近で見たのもすれ違う一瞬のことでしたので明言は出来ませんけれど。


 「軍隊で使う大砲、です、きっと…」


 大砲とかいったって、戦国時代に使われてたようなものから、現代の軍隊が使う精密に目標を狙えるものまでたくさんの種類があるでしょうけど、かなり太くて短いものに見えましたから、きっとまだ古い時代のものなのでしょう。

 でも、人間の想像した架空の動物だけでなく、ひとが作ったものが、妄想として流れ込んできている……その先にあるものは?


 ぞくり。


 不審と不安がわたしを苛み、思わずした身震いにアプロは気付き、こちらに顔を向けます。


 「アコ?だいじょう…」

 「!…アプロまえみてぇっ!!」

 「なっ…?!」


 ベルが飛び出しこちらに迫りつつあった、太い筒状の物体。

 空の色に混ざりそうな黒に近い紺色に塗られたそれは、神梛吾子の記憶によれば…テレビのニュースとかで見た……ミサイ…


 「うわぁっ?!」

 「きゃあ!!」


 ベルがそれを切り刻むと同時に起こった爆発。

 その熱と風に煽られて、わたしはアプロと離ればなれになり、何が起こったのかきっと分かっていないだろう二人がわたしより先に墜落していくのを見て………そして、わたしは、自分の今為べきことを、悟ります。

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