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第182話・そしてわたしの旅路の果てに その1

 殿下に連れられてアレニア・ポルトマに帰還したわたしたちを待っていたのは、山のよーなお説教でした。

 フィルクァベロさんにしこたま怒られ、マクロットさんにドヤされ(特にアプロが)、マイネルには愚痴られ、ゴゥリンさんには小突かれ、そしてマリスには…。


 「…もう、もうこんな心配させないでくださいねっ!!」


 散々泣かれたあと、目をつり上げた顔で最後にこう言われたたのでした。

 それには三人とも「…はぁい」と応じることしか出来なかったのですけど、実のところわたしとアプロが内心にやにやしてたのは、ここだけの秘密です。マリスがとってもかぁいくてですね、もー。


 ところでベルの立場はどーなるのか、ということですけど、魔王として活動していたのが目撃されていた、ということで王都では存在を秘匿されることになりました。

 もちろん、フィルクァベロさんを始めとした一部には周知されてはいます。だから、今のところは…。


 「私たちと一緒に行動する分には問題ないだろ」

 「またそんな適当なこと言うし…」


 と、マイネルがまた苦労性全開な口振りでぼやいてましたけど、そうする他ないのも事実なのでして。

 そのマイネル。ベルが何やら隔意を持ってた教会関係者、ってことで、ちゃんと落ち着いて話をするのは始めてなのでしたけど、互いにぎこちないところはあっても会話にはなってたみたいです。ただし何を話してたのか、というと、二人とも気まずそうに顔を背けてただけで、教えてはもらえませんでした。いつか口を割らせてやります。特にベル相手には褥とゆーわたしたちだけの戦場がありますからねっ。


 「………あまりバカなことを口にするな」


 なんてことをゴゥリンさんに相談したら呆れられましたけれど。

 ちなみにゴゥリンさんとベルは、相性は決して悪くはないよーで、気がついたらベルがゴゥリンさんの手を握って肉球をぐにぐにしてる、なんて場面にも遭遇してしまったりしてます。

 ふふふ、獅子身族の肉球の魅力について語れる友が出来てわたしも嬉しいです。




 そして、活動を再開したわたしたちのやることと言えば。


 「顕現せよ────ッ!!」


 …あんまりやること変わりませんね。

 王都の周辺で魔獣の穴を塞ぎ、少しでも被害を少なくするために出張ってるだけなのです。


 「…アコ、どうかした?」

 「いえ、いつまでこんなことやってればいーのかなー、と思いまして」

 「でもガルベルグが姿を見せるまで続けなければいけない。魔王と討滅する勇者と針の英雄、という筋書きが崩れた以上、異世界からの軍隊を迎え入れる穴を開くためにこれは続くのだから」


 そうなんです。

 わたしたち三人が飛び込んだ、異世界と通じる大きな穴は、いまだ二つの世界を繋ぐというほどの規模ではありません。

 大規模な魔獣の跋扈によって人々が救世を願い、それを吸い上げたガルベルグによって穴は拡げられ、やがて多くのひとや物が往き来出来る規模になる。そういうことのようです。

 なので、わたしたちがこうしてきっちり魔獣の大群を押し返している限り、人々の救世の願いはガルベルグには向かわず、それに業を煮やしたガルベルグが姿を見せるのを待つ、ということになって、それがためにこーして毎日同じ事を続けてるわけなんですが…。


 「でもさ、時間との戦い、という意味でならガルベルグの方が圧倒的に有利なんじゃないかな、その理屈だと。僕らは奴に比べて圧倒的に残された時間は少ない。極端なことを言えば僕らが寿命で死んでから目的を果たしたって構わないんだろ?」

 「マイネルは浅慮」

 「ぐっ…」


 一言で切って捨てられて、マイネルは悔しそうに顔をしかめます。

 なんとゆーか、相性がよろしくないのは直ってないよーで、マイネルもベルにはガキっぽくつっかかっていったり、ベルも必要も無いのにわざと冷たくあしらったり。


 「だ、だったら合理的な説明ってものをしてみなよ!どう考えたって僕の言い分の方が理に適ってると思うんだけどなっ?!」

 「どっちの味方か分からないようなことを言う。マイネルはバカ」

 「なんだって?!」


 …傍から見てる分には笑えて面白いんですけどね。


 「おーいベルぅ、マイネルからかうのもほどほどにしておけって。こいつすぐカッとなるから、そのうち禿げるぞ?」

 「なっ…ア、アプロまで言うに事欠いてなんてこと言うかなっ?!」


 呪言をぶっ放して魔獣を一掃してきたアプロが更に煽ります。涼しげな顔してるとこを見ると今回はそれほど苦労せずに済みそうですね。

 …それより、アプロも気付いていましたか。

 アレニア・ポルトマで再会したとき、わたしマイネルに「髪短くしましたか?」って聞いたんですよね。マイネルの方は不思議そうな顔で「してないよ。なんで?」と言っていたので、もしかして…と思っていたんですよ。

 マイネルも苦労が多いですからねー…無理も無いと思います。それにしたってこの若さで徴候が見られるというのも……ううっ、あなたのことは永遠に忘れませんからね…抜け始めて初めて分かる。髪はなが~い友だち…って神梛吾子のお父さんが虚ろな声で呟いてましたね、そういえば。


 「………あまり髪のことで男をからかうな」


 などとブツブツもーしておりましたら、アプロと一緒に前衛務めてたゴゥリンさんが寄ってきて、苦言を呈してくださいました。

 いえ別にわたしもからかうつもりはなく、真摯にその不憫と不幸を嘆いていただけで。マイネルの、じゃなくてマリスのですが。


 「流石にマイネル本人に言うつもりはありませんってば。本気で悩まれたら笑えませんし。それよりゴゥリンさんは御髪の悩み無さそうでいいですよね」

 「………そうでもないぞ。お前も知っているだろう」


 え?…って、ああ、獅子身族の族長の立場のことですか。でもあれは無いことの悩みとゆーより、あるが故の苦悩だったような。


 「………それよりそろそろ出番だろう」

 「あ、そうですね。アプロー?布出たー?」

 「ちっこいのがなー。降ってきたから早いとこ片付けてー」


 ちっこいの、って言うんですかね、あれ。バスケットボールのコートサイズに見えますけど。

 あれを「ちっこいの」と言ってのけるアプロと、「まあそんなもんかなー」で済ませるわたし。このお仕事始めた頃からすると想像も出来ないくらいに図太くなりました。


 「アコ、がんばって」

 「おまかせ、ですっ」


 ベルの激励を背に目標に向かいます。

 ゴゥリンさんに叱られないよう気を抜かず、でも決して気負わず。

 わたしたちはひとびとの希望となり、ガルベルグに願いを掬わせず、今は彼の力が拡大することのないよう、務めるのみです。



   ・・・・・



 「…などとゆっくりしてる暇は無くなってきましたよ」


 両手で湯飲みを持つようにして白湯をすするフィルクァベロさんの口調は、危機を告げるというにはやや呑気なものでした。

 今日は都合五件の穴埋めをこなし、王都に戻ってくるとベルをアプロの別荘に押し込んで留守番を任せ、ゴゥリンさんはどこへ行ったのやら…という次第で、わたしとアプロとマイネルは聖王堂教会に戻ってきてフィルクァベロさんやマリスに今日の報告です。

 その初っぱなにフィルクァベロさんが述べた言葉が以上なのですけど、さてわたしたちもいい加減クソ度胸…失礼、下品でした。多少のことでは動じなくなってきたので、いかなフィルクァベロさんがこう仰っても、「フーン。で?」くらいに応じ…。


 「テラリア・アムソニア以外の国での被害が急増しています」

 「えらいことじゃないですかっ!!」


 …てる場合じゃないのでした。


 「落ち着きなさい、アコ。予想はされていたことなのですから」

 「だな。といって私たちの身も一つしかねーんだから、焦ったってやれることに違いはねーんだってば」


 そんなこと言いましてもね。


 「アコ、教会の権威に関してはテラリア・アムソニアにおいて最も高く見られているのです。ガルベルグが民の願いを汲み力を増すということであっても、他国において同じようにいくわけではありませんから…」


 マリスがそう付け加えてくれましたが…やっぱり、そんなこと言いましてもね。勇者さまご一行が放置するわけにはいかないんじゃないですか。こう、こっちから出向いて魔獣を千切っては投げー、千切っては投げーしてガルベルグの狙いを絶つ必要もあるんじゃないかと…。


 「アコにしては珍しいことを言うよね。普段目立つのがイヤとか言う割にはさ」

 「うるさいですね。目立つのは確かにイヤですけどもうこの際そんなこと言ってる場合じゃないんですよ。それくらいのことマイネルだって分かってるでしょうに」


 まあね、と肩をすくめるマイネルを、わたしは普段にない角度で睨み付けました。

 …って、いけませんねー。わたしなんだかイラついてます。やれることはなんだってやってやる、と意気込んではみても事に臨めば意外とやれることの少ない身が歯がゆくてもー…。


 「アコのその気持ちは嬉しいと同時に助かりもしますがね。だからこそ、あなたはもう少し身を大事にしなさい。殿下にも陛下にもそのように言われたのでしょうに」

 「…そうですね」


 わたしは、ガルベルグに対してはさておき、第三魔獣については切り札たり得る存在なのだから、軽々しく身を処すものではない、と陛下に釘刺されてますからねー…。


 「ま、焦ってもしょーがないって。とりあえずベルとも相談だな。も少し突っ込んだ話をしねーと善後策も立てられやしねー」

 「ですわね。アプロニアさま、そろそろわたくしもベルニーザと話をさせていただくわけには…」

 「…ま、その辺も含めて尋ねておくよ。立場が微妙なのはあいつもおめーも同じこったしな」


 初対面の時以降、何故かベルはマリスに会おうとはしないのでした。まあ聖王堂教会に何度もベルが出入りするわけにもいきませんし、マリスも今はほいほい出歩ける身でもないですしね…。


 「んじゃまた明日。マイネル、ちゃんと休んでおけよー」

 「僕じゃなくてアプロとアコの方にこそ休息は必要だろ。僕は今回後ろで見てただけだし、これから情報の精査をしておくよ」


 なかなか男気に溢れることを言うマイネルを教会に置き、わたしとアプロは宿舎にむかいました。ベルが先に戻ってるはずです。


 「アコ、メシどーする?」

 「しょーじき言って彩りだけでなく量も心許なくなってきましたからねえ…」


 今は周辺が物騒であるために物資の搬入が難しく、アレニア・ポルトマはちょっとした兵糧攻めに遭ってるような状況なのです。それでもわたしたちのような外で戦ってるひとには質量共に十分な食事が供給されてきましたけど、昨日あたりから少し賞味期限的に難のありそうな食材が届くよーになってまして。


 「私らンとこであれだと、街の連中にはそろそろキツいだろーな。そのうちメシの確保のために駆り出されることになりかねねーって」

 「それは本末転倒ですからねー…」

 「補給無しで戦争は続けられないとしても、補給の維持が目的になったら意味ねーもんな。私たち主力がそれやらなければならなくなったら、もう負けだろ」

 「…案外ガルベルグの狙いってそれなのかもしれませんね」

 「え?」


 昼間ベルが言ってたことを思い出します。

 その時はマイネルと言い合いになりかけて先を聞けませんでしたけど、マイネルの言ったような、わたしたちが寿命で命尽きるのを待つまでもない、ってこういうことなのかもしれません。今はまだ、アレニア・ポルトマに運び込まれる物資の心配だけで済んでいますが、運び込める物資さえも尽きる状況にすらなりつつあるんですから。


 「…なるほどなー。畑も牧畜も今の状態じゃあ落ち着いてやってられねーもんな」

 「アウロ・ペルニカの方はどうなんでしょう…?」

 「ヘタすりゃこっちよりずっと悪いな。物の巡りはここよりもずっと外頼みだし、雨期が明けるまでの食料は備蓄してある、っつっても来年を乗り越えるのは到底無理だ。やっぱこっちから攻め込まないと事態は打開出来ない、ってことか」

 「その辺もベルと相談しないといけませんね」

 「だな。ったく、戦うことだけ考えていればいい立場の方がずうっと楽だよ、もー…」


 そこはもう、そういう立場になってしまった身では避けて通れないところなんです。アプロと一心同体のわたしも含めて。

 そんなことだけでなく、わたしとアプロはアプロは聖王堂教会からもらってきた食材をどう調理しようかと話し合いつつ、ベルの待つ宿舎へ向かいました。

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