第173話・魔王と勇者と英雄と その6
注目を集めてました。
いえそれはまあ、ベルの姿では無理もないんでしょうけど。
何せ異形の第三魔獣にして今は魔王を名乗る、黒金の少女ですからねえ…まったく、冷静に考えればわたしもとんでもねー友だちを持ったものです。
「あの、たぶんそうじゃないとおぼいばず…」
む、神梛吾子が鼻の詰まったような声。よく見れば顔にハンカチあててますが、鼻を塞いでるよーに見えます。つーかなにしてるんですかあなた。乙女の前でその仕草は失礼過ぎませんか。
「…多分、アコがクサいんだと思う」
「くっ、ぐざい?わだじがですがっ?!」
「そうじゃなくて、こっちの…ええと、シンセキコさん?が。ぶふっ…」
おい。やむにやまれず名乗った偽名を笑うのはまだしも、あーた今わたしのことをクサいとか言いましたか。
全く。クサいとかそんなことこの針の英雄たるわたしが……くんくん。一応二の腕のとこのニオイを嗅いでみるわたし。
…うーん、言われてみれば結構そんな感じがしなくもない。ていうかしょーがないでしょうが。体洗うくらいなら出来ますけど下着や着るものは洗濯間に合わなくて着回してるんですからっ!あ、そーいえば昨晩アプロとヤることやったあとそのまま寝てしまったんでしたっけ…ううっ、不覚。
「あの、おきゃくさま」
「はい?」
と、誰にともなく言い訳をしていたら、お店のひとらしきお若い女性が。しかめつらして。
「他のお客さまのご迷惑になりますので…申し訳ありませんがご遠慮願えませんかぁ?」
意訳:てめぇらクセェんだからとっとと出てけ営業の邪魔だ
「………はぁい、すみませんでした」
しょんぼり肩を落として立ち上がるわたしです。
ベルは何食わぬ顔してますけど、あなただってわたしと大して違い無いんですからねっ!…たぶん。
そして、神梛吾子も後をついて…あ、ここの支払いとかどーましょうか、ってまだ注文したものも来てなかったんでしたっけと、入り口を出て振り返り、追い出されたお店のつつましやかな看板を見上げます。うう、折角本場地球の味を楽しめると思ったのにっ。
「…私が言う義理じゃないけど、それは呑気過ぎると思う」
「ほっといてください。郷に入っては郷に従えとここのことわざにもあります」
「それ意味違います。あの、これよかったらどうぞ」
「はい?」
神梛吾子から何かを手渡されました。なんかお店の名前の入ったキャンディーのようです。
「これは?」
「なんかお詫びみたいでした。すみません、って謝ってましたし」
「……そですか」
謝るくらいなら最初から追い出さなければいーと思うんですが。あと謝る相手間違ってませんか、とわたしぶんむくれです。
「…おいしい」
「………」
もらったのは、ビニールの包みが手に新鮮なコーヒーキャンディで、あまくて良い香りを堪能出来ました。
…ま、いっか。
「あの、それよりお二人は…あ、そちらのお名前うかがってませんでしたけど」
「ベル、でいい」
「はあ…ベル、さんですね?」
「ん、んくっ……はぁはぁ、それでいい」
ベルがなんか引きつけたよーに伸び上がって赤い顔をしてました。何やってんだか、ってきっとわたしの顔と声で「ベルさん」とか言われて新鮮な感覚…とか考えてるんでしょーけど、こーいうとこホントどこ行っても変わらないコですね。
「…とりあえず歩きながら話しましょう。あまり長居出来るわけでもないですし」
「え、ええ」
「……おなかすいた」
ええい、それはわたしだって一緒ですけど、ベルに東京の食べ物与えたりしたらえらいことになるでしょうがっ。
「…そうなんですか、そんな遠いところから」
仕方なく、風通しのいい公園みたいなところでベンチに腰掛け、お話することにしました。別に彼女には悪気はないんでしょうけど、ベンチの端の方に距離おかれて座られると流石に少し考え込む…。
わたしのことについては、そのー、某外国からやって来て、近くに自分そっくりの親戚がいると聞いて会えたらいいなとおもって来ましたー、とかそんな感じで。
えーと、適当ぶっこいた自覚はありますけど、別に騙したわけじゃないです。ええ。ただ、固有名詞をぼかしただけで。
あとベルについては「途中ヒッチハイクとか野宿してる時に意気投合した」とか話盛った。
…しかし、我がオリジナルながらこんな信じやすいことでいーんでしょうか。
「あ、でも遠井さん?って日本のお名前なのに今は日本にお住まいじゃないんですね。ご両親もそちらの方なんですか?」
「ええと、まあ。そんな感じです。あのー、ちょっと聞きたいんですけど」
「は、はい…?」
神梛吾子の顔を、斜め正面から見つつ聞きます。
なんかもー、この子さっきから…うーん。
「いま、幸せで楽しくやってますか?」
「えっ?」
「実はですね。あなたはご存じないでしょうけど、わたし昔のあなたのことを、少しばかり知ってるんですよ。なんだかその頃よりも、ちょっと自信なさそーですし。心配、と言えば心配ですね」
「……あの、ごめんなさい」
謝られてましても。なまじっか同じ顔してるおかげで、わたし自身のちょいとアレな部分を見せられてるよーで、なんだか、ですねー。
「まー、こんなナリなんでこぎたねー女に言われて楽しくはないでしょうけど、心配してる人間がいることを覚えておいてくらえると、心配した甲斐はあって嬉しいな、と思います。それくらいですね、言いたいことは」
もう一回、口幅ったいことを言ってゴメンなさい、とペコリするわたし。
頭を上げて彼女の方を見てみましたけど。
「………」
相変わらずわたしと目を合わせようともしないのでした。
…なんでしょうねー。わたしとこのコ、アプロに出会った時点では同じような性格だったハズなんですが。どうして二年近く経ってこうも性格が離れてしまったんでしょうか。離れたというか、違う方向に行ってしまってるというか。
…まあいっか。
わたしだって今の自分をどうすればいいのか見定められているわけじゃないですし、いくら自分のオリジナルだからって…いえ、オリジナルだからこそ、口出しする筋合いじゃないですものね。
「ベル、そろそろ行きましょう?」
「…いいの?」
「ええ。あまりわたしが差し出がましい口利くわけにもいきませんし。神梛吾子さん。初対面でいろいろ愉快じゃないことを言ったとは思いますので、犬にでも噛まれたと思って忘れてしまってください。それじゃ、これで」
「あ……」
もう一度頭を下げて、そそくさと立ち上がるわたしです。正直もう、あまり彼女の顔を見ていたくありませんでした。
親戚だの何だの言ってしまったせいで、神梛吾子の方にはいろいろ面倒があるかもしれませんが、知ったこっちゃねーですね。
「あのっ!」
「…アコ」
…だから、知ったこっちゃないんですよ。
ベル、あなたが何を気にしてるのかは分かりませんけど、わたしは一つ分かっただけで充分なんです。
わたしは神梛吾子とは違う存在なんだって。それでわたしのこれからには、充分なんです。
「…あの、遠井、さんっ!」
だからそんな縋るような声かけられたって……。
「アコ。聞いてあげて」
「…なんであなたが彼女に肩入れするんですか?」
ベルが、わたしの手を引いていました。
我ながらイラッとした顔でベルのことを見ます。そんな風にわたしに見られることには慣れてないせいか、ベルはそこそこ動じたように気まずい顔をしてます。
「あの、ベルさん。ありがとうございます…遠井さん、ええと……」
ベルに捕まって歩み去るのが失敗したわたしに、何か言いたそうにしている神梛吾子。だから、そういう、言いたいことも自分で分からない様子に、わたしはどうしようもなくイラつくんです。呼び止めといて相手の方から何か言い出すのを待つとかどういうことなんですか。
「………」
なので、わたしの方から何か言うこともなく、なんともシラケた目で神梛吾子のことを…。
「大人げない」
「あいたっ…なんでぶつんですか」
「大人げないって言った。ひとにはそれを待たないといけない時間だってある。誰もがそれを経ずに変われるわけじゃない。…しんせき子だってそうだった。違う?…ぷふっ」
…マジメなことをマジメな口調で言ったあとに吹き出さないで欲しいんですけど。いえまあ、言わんとすることは分かりますけど。
でもですね、当面の目的的に時間のあるベルと、早いとこアプロのところに帰らないといけないわたしでは事情が違うんですよ。だから言いたいことがあるならはよいーなさい、ってなつもりで神梛吾子のことを見たら。あら。
「……ごめんなさい。わたし、いつもハッキリしないやつだって怒られてばかりで。それで…」
ようやく、わたしと目が合いました。そうしたら、目を瞬かせてじーっとわたしの顔を眺め回します。不躾じゃないんですか、と思わないでもないですけど。
「………」
くいっとわたしの袖を引いて何事かを訴えようとするベルに免じて、黙ってやらせておきます。
日が暮れるまで待つつもりはないですけど、仕方ないですね。ここで一分一秒を争わないといけないわけでもないですし。
公園には、お昼休みの時間なのかそこかしこで弁当を広げてるひとがいます。
わたしの袖を掴んだままベルが物欲しげにそっち見てますけど、あのですね、いくらお腹空いたとしてもひとさまの弁当奪ったりしたらダメですよ。
というかわたしたちお金とか持ってないのに、こんなところに放り出されて生きていけるんですかね?
などと、どーでもいいことを考えていましたら。
「また会えませんか?」
今までを思うとえらいしっかりした声で、神梛吾子に話しかけられました。
そりゃもう、これから嫁さんになるひとの父親に結婚の報告をするおにーさんのように、ってそれ「しっかりしてる」の例えとしては随分心許ない気がする…じゃなくてですね。
「あなたはどこか他人のようには思えないんです」
そりゃ親戚を名乗ったんですから当然でしょーが。というかある意味本人そのものですし。
「その、よく見れば顔も似てますし、でもそれだけじゃなくて、あなたの言葉はなんだか無視できない、したらいけないように思います。だから、また会ってお話出来ませんか?」
むぅ…。
難しいことを言うものです。立場というかわたしのなすべきことを思うと、あなたとわたしがまた顔を合わせるというのは、決して良くないことなんですけれど。
この世界の文物と、わたしが生まれ育った世界は交わってはいけない。
だから、それはきっぱりと拒まないといけないのですけれどね。
でも、もう一人のわたしがそう言ってくれたことは、何故か無下にしたらいけないような気がして、わたしはこう言います。
「約束はできないです。でも、いつか、わたしが何事かを成したあと、あなたに残したいものがあるのなら、どうにかして伝えたいと思います。約束にはなりませんけど…あーいえ、約束でもいいです。わたしの都合でしかないので、あなたの願い通りにではないでしょうけど、それでもいいのなら…」
「構いません」
今度はしっかりした、自分の意志を示すような声でした。
「構いません。ここでなんとなく別れて後悔するくらいなら、曖昧な形でもいいですから、約束してください」
「……うん、分かりました」
していまいました。約束。かなったら拙いなあ、と思いつつ、わたしの決めたことなら聞かないといけないな、って。しゃーないですね。
「ふふ」
傍らのベルが笑ってました。
あなただって他人事じゃないはずなんですけどね。
まあ、でも。
ベルのこともあるし、空手形ってわけにもいかないかな。
「分かりました。ただ、ちょっとお願いしたことがあるんです」
「はい?」
時間はないけど、これくらいならいいんじゃないかな、と我ながらいいわけがましく、わたしはおねだりをしてしまいます。




