第17話・黒金の少女 その2
「………」
「………」
無言。
「………」
「……………」
だから、無言なんですってば。
「……………」
「…………………………………………」
「どこまでついてくるんですか、あなたはー」
たまらず突っ込んでしまうわたしでした。
いえね、何が気に入ったのか気に食わなかったのか知りませんけど、屋台を離れてからというもの、さっきの女の子がずぅっとわたしの後を着いてきてまして。例の、骨付き肉が入ったバケツを抱えたまま。ときどき後ろからもきゅもきゅと頬張る音をたてながら。
「もう誰も困ってないんですから、あなたもお家に帰りなさいってば。お金のことなら気にしなくいーです。路頭に迷ったかわいそうな女の子に喜捨したとでも思っておきますし」
わたしに支払わせたことで気遣い出来るよーな子だったら、あの場であんな面白迷惑な台詞言わないだろーなー、と結果的に心にもないことを言うわたしでした。
ですが、わたしよりも僅かに高い背の彼女は、立ち止まったわたしにてくてくと近づいてきて、こんなことを言うのです。
「食うか?」
…バケツを突き出しながら。
「…要りませんて。それはあなたのものですから、責任とって全部食べて下さい」
「飽きた。味が濃すぎる」
自由か!
…もー、本当に誰かなんとかしてくれません?と、周囲を歩く人たちに助けを求めるよーに見回しますが、そろって目をそらしてくれやがります。こーも関わり合いになりたくない、って態度をとられるほどわたし悪いことしたんでしょうか。
改めてわたしから離れようとしない女の子を見つめます。
背丈こそわたしより上になりますが、わたしだって決して背が高い方じゃありません。なので飛び抜けて背が高いわけでもないのでしょう。
すこしくすんだ感じの金髪は、ちゃんと手入れされているようなので、貧しい感じはしませんし、そういえば左右の瞳の色が異なっていましたから、ミステリアスな感じを余計に醸し出しているのでしょう。金銀妖瞳ってやつですかね。聞いたことはありますが、実際に見るのは初めてです。
で、お召し物となるとー…多分これが他の人を寄せ付けない理由なのだと思いますが、闇夜のよーに真っ黒なローブなのです。
そのくせ肩から首元でローブを押さえている飾りは、とにかく豪奢な金細工…のように見えます。わたしには。
それに加えてなんとも傲岸不遜な口の利き方。そりゃー敬遠されて当然でしょーよ…あ、でも飽きたからといって食べ物を投げ捨てない辺りは、どことなくちゃんと育てられたという感じはして、隔意は抱いても嫌悪は覚えない、って感じなのです。
まあだからといってつきまとわれて困ることに違いはないのですけど。
ともかく、なんとか引き離さないと部屋にも戻れません。このままついてこられて上がり込まれでもしたら、めっちゃ面倒くさいことになるのは必定です。何かとやってきてわたしのベッドを占領する居候は一人で十分なのです(その居候本人が部屋の持ち主であることはこの際置いておきます)。
「えっとですね、わたしはこれから家に帰るところなんです」
「うむ」
「なのであなたもお家に帰った方がいいですよ。別にこの辺は物騒なことないですけど、あなたみたいにキレイでかわいい子が一人で歩いてたら、下心満載のおにーさんたちに絡まれますよ?」
ふむ、と何やら考え込む風。
そりゃーまあ、商売のひとでもない限り、そんな絡まれ方して嬉しい女の子なんかいないでしょうけど。それに身なりも悪くないんですから、いくら治安は良いといっても、と考えていたわたしに、答える声。
「かわいい、というのは私のことか?」
「?…そーですけど。その容姿で自覚無いとかいったら大半の世の女性の反感買いますよ?」
「そうか」
…あら、意外な反応。ビックリした後にもじもじと落ち着きがなくなり、なんだか照れている様子です。実際のお歳がいくつかは分かりませんけど、なんとも年齢相応に見えて、お世辞とか抜きでかわいく見えるのでした。
「私にそんなことを言った人間はお前が初めてだ。名を聞かせろ」
「………えーと、吾子です。神梛、吾子。皆はアコって呼びます」
「アコ。分かった、覚えておこう」
「それはどーも」
ま、ここで貴方の名前も、って聞くのが会話の基本、ってやつなんでしょうけどね。でもわたしは早いとこ離れたいなあ、って思っていたので、それを折に、じゃあわたしはこれで…と踵を返したところ。
「どこへ行く?」
「どこって…家に帰ろうとしてるんですけど」
袖を掴まれ、逃がしてもらえませんでした。どーしましょ。
「あのー」
「お前、面白いな」
やばいです。なんか個人的な興味を持たれたよーです。
別に悪意とか害意とかは感じませんけれど、面倒の気配しかしません。わたし変わり者を引きつけるオーラでも発してるんでしょうか。本人はこんなにも常識人だというのに。
「…どうした?家に帰るのではなかったか?」
表情というものが欠けていた女の子の顔に、なんともイタズラっぽい笑みがうっすらと浮かんでいました。
うーん…仕方ないですね。あんまりこの手は使いたくなかったんですが。
「一緒に来ますか?」
「行こう」
話が早くて結構。でもわたしの手を握って横に並ぶのはやめて欲しかったです。周囲の奇異な視線が痛くてたまりませんて。
まあそれも少しの我慢、と気を取り直して歩き始めたわたしと女の子は、目指す場所に向けて歩を運びます。もう少しの我慢ですからね、わたしの羞恥心さん。
そして、到着。
「…ここは?」
「わたしのお家…の次くらいになじみ深い場所です。ちょっとここで待っててもらえますか?」
「?」
歩いているうちに情でも移ったのか、手を振り解く時にほんーの少し覚えた胸の痛みを無視して、わたしは教会の扉を叩きます。
「マイネルー、ちょっと出てきてー!」
…そうです。もうこうなったらマイネルとマリスに押しつけるのが最善手だ!…とばかりに、帰り道の途中にある教会に女の子を連れて来たのでした。
まあ最悪保護くらいはしてくれるでしょーし。
「マイネルー、いるー?!」
「いるよ、アコ。そんな叫ばなくたって…ってどうしたんだい?」
取り次ぎのおじいさんじゃなくて、マイネル本人が出てきてくれました。で、わたしの顔があからさまにホッとしてでもいたのか、ちょっと訝しげです。
「あ、えっと迷子の女の子に捕まって。出来たらここで保護して欲しいな、って」
「迷子?女の子?それはまた穏やかじゃ無いけど…どこにいるんだい?」
「どこって…ほら、そこに………いませんね」
目を離した時間なんて、一瞬というほどではなくてもごく短い間だったはず。
なのに、女の子の姿は、そこにいた記憶ごと失せたように、キレイさっぱり掻き消えていました。
「……どういうこと?」
「僕に聞かれても…」
その含む意味は異なるのでしょうけど、わたしたちは声を聞きつけたマリスがやってくるまでずぅっと、その場で首をひねっているのでした。




