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第162話・魔王、出来 その5

 本日一件目。

 筋肉カンガルー。

 呪言で聖精石の力を身に帯びたアプロが、一人でおおむね片付けてました。


 本日二件目。

 デカいことはデカいものの、数が一匹なのでさして抵抗にもならなかった、ブラキオザウルスみたいな、象。

 「あちょっ」…とゆー気合いの全く感じられないかけ声と共にアプロの放った、丸太サイズの槍が貫通した象は、これまたいつぞやと同じく爆発四散して、お終い。もーちょいグロくないやり方しなさい、って前に言ったじゃないですか。


 本日三件目。

 電柱ミミズ。

 ……気がついたら全部終わってました。これまでで最大級の長さの穴を、死んだ目をしたわたしがだま~~~って片付けたらしいのですが、よく覚えてません。




 「…あのー、なんか今日はわたしの精神的にキッツいのばかり続いてません?」


 四件目で、初見になる巨大ムカデと遭遇してわたしが回れ右して逃げ出したため、衛兵隊諸共安全な場所まで待避して少し早めのお昼ごはんの最中です。

 今日は、わたしたち四人だけでなく王都の衛兵隊…といーますか、貴族の私兵の集団まで引き連れての穴塞ぎでした。

 その、アプロとわたしがいれば危険は少ないからお飾りの兵の箔付けに最適なんだろうね、てマイネルがかつて見たことの無いくらい冷たい表情と声で言ってましたもので、はい。大人の世界はきたねーですね。


 「アコだって年齢だけなら大人に入るだろー」

 「うるさいですね。お酒なんか好き好んで嗜むんならあなただって大人に入るでしょーが」

 「一緒に大人の階段登った恋人に言うにはちょっと無責任過ぎる台詞じゃないかなー、それは」

 「………むー」


 黙り込んだのは、これ以上わたしとアプロの際どい会話をどこで聞き耳立てるか分からない、わたしたちに好意的でない貴族の手先に聞かせるわけにはいかなかったからです。決して言い負かされたからじゃないのです。


 「………そうなのか?」


 そうですってば。なんかゴゥリンさん、王都に来てからわたしによーしゃないですね。気のせいか。


 さて、周辺を国軍の衛兵隊に囲まれ、わたしたちはレジャーシートではないですが敷物を用意して、場所も日の射す林の中の、木が倒れて自然に出来たちょっとした広場におります。おべんと食べるには最適なロケーションですよね。周りをごっついおじさんおにいさんに囲まれてなければ、ですけど。


 まー結局、穴塞ぎの魔獣退治、とゆーても実働してるのはわたしたちだけです。

 これがアウロ・ペルニカだったら衛兵隊の訓練も兼ねて、相手にもよるでしょうがわたしたちは後ろに引っ込んでるところでしょうけど、むしろ衛兵隊も私兵団も後方に下がらせて、ほとんどわたしたちだけで仕事してたものです。

 アプロが言うには、


 「ここで精々働いて後でサボっても文句言えねーようにしておきゃいーだろ」


 とのこと。まー、それを聞いてたマイネルにゴゥリンさんも含めて、納得してなのか飄々としてたのが救いっちゃー救いなのですけど。実際、お飾りの私兵団ではとても相手出来ない魔獣ばっかでしたしね。

 そして、その難敵ばかりの午前中の最後。わたしが見るなり卒倒しかけた魔獣の大群は、一匹一匹のムカデの体の節の一つがおっきな座布団ほどもあり、そして色も形も「あの」百足もままのやけにリアルな形で、節足をキチキチ鳴らす音だけがサイズ相応の大きさで今も耳の奥で……やめましょう、ごはんが食べられなくなります。


 「その割にはよく食べるよね、アコも…一番体動かしてないくせにさ」

 「うっさいですね。吐き気がこみ上げる前に呑み込んでしまえばなんでもないんです。これどんなキツイ状況でも食事だけはとれる方法です。覚えておくといいです」


 またなんともアコらしい雑なやり方だよね、と呆れてるマイネルは無視して、わたしは五個目のおにぎりを囓りました。

 ええ、おにぎりです。おむすびころりんです。ニッポンが世界に誇る偉大な文化、白米のお弁当です。しかも中身しかも中身は、味濃いめに煮付けてもらったお肉やお魚です。完璧な仕事でした。

 なんでそんなものがあるのかといいますと、昨夜、教会が備蓄している穀物の中にお米を発見したからです。もちろん日本の米と全く同じもの、って全く同じもの、ってわけにはいきませんが、わたしが精米も含めてこーいうやり方で調理して下さい、と念入りに指示して出来上がったものが、コレです。遅くまで聖王堂教会の料理番のひとをこき使った…もとい、共に研究を重ねた甲斐あって、わたしの中の神梛吾子の記憶がむせび泣くくらいの出来栄えです。我ながら何言ってんのかよく分かりませんが。


 「…んー、アコの料理なんだけど、なんだか…」

 「あれ、お口に合いませんか?」

 「合わないわけじゃないんだけどさー…その、なんてか、やっぱこお…うーん…」


 アプロにしては煮え切りませんね。基本、わたしの作ったものなら何でもおーよろこびでパクつくし、まれにですけど美味しくないと思った時はハッキリそう言うんですが。


 「アコ、味が悪いわけじゃないくてさ、非常備蓄用の穀物ってとこが引っかかってるんだよ。僕もだけど」

 「はて?……あー、もしかして」


 と、精米したときのことを思い出して二人に説明しました。

 まあ栄養はありますけど、古くなった糠のにおいって慣れてないと鼻につきますものね。

 そういえば料理人さんも、精米の手順を説明してやってみせたら、なんでこんなことをするのかと訝ってましたし。瓶に玄米入れて棒を突っ込み抜き差しするだけ、でしたけど実際やってみると面倒っちゃー面倒には違いないですから。


 「ふふん、美味しくないと思ってたものが手間かけるだけでこぉんなに味が良くなるとは、驚きましたか?」

 「…くそー、得意げな顔してアコはもー……」


 わたし、さぞかしドヤ顔してたんでしょう。アプロが少し悔しげにしてました。




 さてまあそんなこんなでお昼休みも終わり、畳のよーなサイズのムカデにリベンジするための、作戦会議がわたしたち四人で始まりました。

 え?衛兵隊とか私兵団の指揮官はいないのかって?

 んー、衛兵隊はともかく私兵団なんか、なーんの役にも立たないから…ってマイネルが言ってました。


 「いや作戦会議もなにも、アコが逃げ出したりしてなけりゃその場で全部済んだんだけどなー。無駄な時間だったと思わない?」

 「アプロうるさい。苦手なものの一つや二つ、誰しもあるってもんじゃないですか…はいだからそこ、指折り数えないっ!…しつれーな男ですねほんとにもー」


 白々しく、今日の朝からのわたしの行状を数え上げる不躾なマイネルの後頭部を張り飛ばすわたしなのでした。たまったま、わたしの苦手なものが続いただけだってのに、こーも悪し様に言われる筋合いなんかねーってもんじゃないですか。ねえ、ゴゥリンさん?


 「………今日は割と足を引っ張っていると思うがな」


 あの、ちょ…ゴゥリンさん?いつもわたしにニコニコ朗らか優しくフォローしてくれるゴゥリンさんはどこいったんです?これじゃとんだ裏切りってものじゃないですっ。


 「別にゴゥリンはアコに無制限に優しいわけじゃないと思うんだけど。まあそれよりさっきのヤツ、アコがアテにならないとなると少し考えものだよね…」


 あのー、あてにならないは流石に言い過ぎじゃありません?いえまあ確かに今日に限れば、どーいうわけかわたしに対する嫌がらせかっ、としか思えない組み合わせばっかりですし、そういえば魔獣って基本的には動物を模したような形態のものしか見たこと無いのですけど、昆虫型の、それも選りに選ってムカデとかあり得なくないですか?あれが今後も出てくるよーなら、わたし針の英雄とかいうの返上して引きこもりになってもいーくらいですよ、ってもともと英雄呼ばわりも歓迎してたわけじゃないんですけど。


 「だなー。見たこと無い類だったしどの呪言が効果的なのかも考えないといけねーし」

 「………一度引いてよかったのではあるまいか?」

 「かもしれないね。アコが腰引けたのもこの際好都合だったかもね」

 「ふふん、私のアコはやっぱすげーだろ」

 「アプロ、そこ惚気るところじゃないから……って、アコ、話聞いてるかい?」

 「へ?……え、あー……聞いてます聞いてます。ムカデ対策ですよね。確か熱湯かけると効果的とか聞いたことがありますけど」

 「熱湯…?」


 あ…なんか適当なこと言ったら三人とも考え込む様子。

 特にアプロなんかは、「地形考えたら効果的かもしんないなー…隘路に引き込んで熱湯で押し流すとか出来そうだし」とか腕を組んでブツブツ言ってます。なるほど、ムカデの通り道に熱湯をドバーッと流したりするといいんでしょうか。

 とは言ったものの、


 「………熱湯を生み出す呪言などあるのか?」

 「そこが問題なんだよなー…使い道考えないで呪言編み出すなんていつものことだけど、熱湯ってのは思いつきもしなかったし。やっぱアコはすごいなー、私じゃ考えもしないこと言い出すもんな」


 いえその、そこまで持ち上げられると流石に罪悪感とゆーか自分勝手な考えしてた時に不意に話しかけられてまごついたのを誤魔化すために言った適当な発言をそうマジメにとられても困るんですが、とさすがに正直に自白しよーかと思った時でした。


 「お食事も済んだようなので、そろそろ構いませんか?」


 と、なんとも控え目な声。

 食事が済んだと言いましてもまだ敷物の上に四人ともいましたし、後片付けもそこそこに先に話し込んでしまってたのですけど。

 それにしてもこんな時にこんな場所で来客?はてな、と思ったわたしは声のした方を振り返ります。

 実は、どっかで聞いたような声だなー、とか思ったので、その顔を見ても見知った顔があらわれた、くらいにしか思わなかったんですよね。


 「…ご無沙汰ですね、針の英雄」

 「………」


 えーと。

 そこにいたのは。

 こんな状況でさえなければきっと見惚れるばかりの美しく白い毛並みに前進を覆われて、革の鎧っぽい胴衣を身にまとい、そしてその顔は凜々しい狼のソレ。

 その態でわたしに「ご無沙汰」とか言う心当たりとかいいますと。


 「みんな敵だッ!!」

 「…へ?……っと!」

 「………む?……おう!」


 わたしよりも先に反応したマイネルの声で、ぼけぼけしてたアプロとゴゥリンさんも瞬時に戦闘態勢へ。

 アプロは抜剣と同時にわたしの腕を取って引きずり倒し、というか自分の背中の向こうに放り投げます。もーちょい優しく扱ってほしーんですが、贅沢言ってる場合じゃありません。

 そして、マイネルの反応が早かったのも当然のことです。わたしに馴れ馴れしく声をかけたのは、わたしとマイネルと、それからグランデアが、アウロ・ペルニカでの戦いの最後の夜に遭遇した、狼を象ったヒト型の魔獣…………ファーさんだったからなのです。


 「アコ、僕も覚えてない身で大きなことは言えないけどさ、少なくとも『ファーさん』ではないだろうし、全く間違えてないにしてももう少し緊張感ある呼称使ってもらえないかな」


 うるさいですね。そんなことは分かってますよあなたを試しただけですよンなもん本人に名乗らせりゃいーんですよっ!

 と、わたしが言い返している間、衛兵隊や私兵団は何をしたたかといーますと。


 「………アテにならんのは分かってたがな…」


 ゴゥリンさんがため息ついて首を振ったように、よーやく第三魔獣の出現だと理解して動き始めたとこでした。言うても「右往左往」って表現がいーとこでしたけど。


 それはともかくとして。


 「夙に威名の轟く針の英雄。二度目、らしき出会いにまずは感謝を。それから石の剣の勇者。こちらは本当に始めまして、ですね。石の傀儡たる少女に滅ぼされもせず息災とは生き汚いことで……おうっ?!」


 アプロ、容赦ありませんでした。

 あ、これ触れたなー、と思った一瞬前に抜剣し、豪速の踏み込みと旋風でも起きたかとしか思えない一閃により、白狼の魔獣こと『ファーさん』は真っ二つにされて、あっさり姿を消してしまいました。断末魔を残す間も無く、ええ。


 「…テメエが何モンかは知らねーけどな。私たちの家族を汚すような口利いた以上、タダで済むと思うんじゃねえ」

 「……アプロ」


 それはシャキュヤのことを偲んでの一言だったのでしょう。


 「…あ、思い出した。確か『ファウンビイリットーマ』とかいったっけ」

 「どうでもいいだろ、名前なんざ」


 基本的に記録魔だから(というか仕事で記録してるんでしょうけど)のマイネルが思い出した名前を、アプロはどうでもいいとばかりに切って捨ててました。

 わたしたちの周囲では何やらアプロの一撃に感心したような、あるいはファーさんを舐めまくったような、そんなはやし立てる声が聞こえてきます。

 最初に出現したに慌てまくってたことなど忘れたかのような騒ぎにわたしはため息しか出ないのですけど……第三魔獣だって穴を塞がない限り何度も出てくるものですよ、って教わってないんですかね?


 「………来たぞ」


 ほら。

 一瞬たりとも警戒を解いていなかったゴゥリンさんの呟きに応じるように、林の中の、少し離れた木々の間に魔獣の穴が見えました。ただそれは…。


 「…ベル?アコ、これってベルの…」


 です。ベルが出てくる時の、虹色の柱です。それが天まで届くかのように伸びて、やがて地上の喧噪をあざ笑うようにゆっくりと開いた穴からは。


 「…魔王ベルニーザが、出来しゅつらいする。ひれ伏せよ、人間ども」


 …ガルベルグではなく、ベルが。魔王を名乗り愚かな人類を睥睨へいげいすべく、姿を現したのでした。

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