第151話・ここで見つけたもの その3
雨期に入り、でもファルルスおばさんのお話によると今年は各段に雨が少ないようで、それはそれで助かると言えば助かるのですけれど、農作物とか放牧とかそっちの心配は無いんですかね、と聞いたら、水を顕す聖精石の力でなんとでもなるわよ、と笑ってました。
正直なところ、その聖精石の力に依る人々の暮らしの在り方には不安と不信を抱かざるを得ない身の上なので、一緒に笑うことも出来ないのでしたけど。
ところで最近わたしの身の回りで起きた変わったことというと、まずお裁縫教室は、師範代を置きました。とある大店の娘さんだったひとで、貴族に嫁入りしたはいいけどその後嫁入り先は没落して実家に戻ってきたそうで。とっても大らかな初老の女性です。
仕事の丁寧さはわたしよりも上なので、技術だけきっちり伝えればひとに教えることにかけてはすごく信頼が出来そうです。ぶっちゃけ、わたしよりもよっぽど先生向きです。
なのでわたしには、自分の新しい作品に没頭する時間も増えました。出来上がったものを教材にして教室に渡し、この際パクリだろーがなんだろーがこの街から新しい流行を生み出すのです。
まー、わたしはデザインの方はセンスはともかく才能は無いっぽいので、デザイン学校はそのうち教室の生徒さんからそっち向きの人をより抜いて育成したいなー、とは思ってますが。
カンクーロ商会とは布などの材料について取り引きありますが、最近は仕立ての商売についても助言なんかさせてもらってます。
この世界ではまだアレが無いので、大量生産よりテイラーメイドの方が儲かる仕事としては主流です。
そんな中でも効率の良い製法なんかは、現代日本人の知識を持つ(とゆーても高校生レベルですが)わたしに指摘出来ることは無くも無く、しかしあれが出来ればとかこれが出来れば、とか考えてるとどーしても思ってしまうんですよね……そう、聖精石を動力として使った、産業革命。
熱源として使って蒸気機関を作るのは、実際この街の鍛冶屋さんの技倆を見る限り、案外難しくはなさそうです。
またそれ以外の使い方も、例えば強い光を当てると振動する聖精石なんてものを見せてもらったこともあり、アプロの剣じゃないですが使い方次第でいろんな効能を持たせられる聖精石は、使いようによっては石油なんかの比じゃ無さそうなんですよね。
…つまり、こーいう使い方で金儲けが出来ると分かったら最後、際限なくその力は使い尽くされ、ガルベルグの危惧した通りに世界は滅びに向かって加速していく、と。
ま、そーいうわけなので、聖精石無くしてこの世界をどう導くのかって問題は、出会った石の子たちに誓った通りにこれからも考えていかないといけないので、あんまり便利使いする方向には持ってけないんです。
それはともかく。
カンクーロ商会とはかくのごとく良いお付き合いをさせて頂いてまして、綿花の方も繊維にする手法の研究は順調に進んでる、という報告も頂いてます。
で、教室の場所をお借りしてるサルダーレ商会とは……わたしの立場もあるのであんまりカンクーロ商会とは扱いは被らないようにしてくださいねー、と言ったにも関わらず、フィルスリエナから布を持ち込んでわたしを困らせてくれてます。いえ、フィルスリエナと顔繋いだのわたしなんで、じごーじとくといえばその通りなんですけど。
まあペンネットさんも今のところは大目に見てくれてますので、本業の裁縫道具に精出してるうちはなんとかなるんじゃないのかなー……こっちもわたしが助言して、いくつか新商品の開発もしてますし。
特にですねー、ミシンの開発の目処が立ちそうなのがおっきくて。
いえほら、いくらなんでもミシンの構造なんか細かく知ってるわけはないんですが、家庭科の教科書に載ってた動作の仕組みなんかが頭の隅にこう、ぼやぁっと残ってまして、こんなんじゃないかなー、とサルダーレ商会の時計扱ってる技師さんに説明したら。
…やっぱプロの技術者ってすごいですね。わたしの方の発想をすぐさま構造的に「こんな感じじゃないか」って組み立てて、試作機を作っちゃいました。
もちろん、地球で使ってる電子ミシンみたいな小型軽量のものでもないですし、工場のもののような効率よくてデッカいものでもないですが、ゆっくりとではあってもちゃんとした縫い目が出来る、この世界初のミシンです。
あとは動作スピード上げたり、動力は今のところ別の人がハンドルでグリグリ回してますけど足踏み式にした方がいいでしょうし、機械としてはもーちょい頑丈にかつ製造しやすくしないといけないでしょうし……うーん、まだまだ先は長い。
それから、お裁縫だけじゃなくて最近は食べることの方にもあれこれ首突っこんでます。
身近なところではフルザンテさんのお店に請われて、なんか顧問とゆーか新料理の研究をするような真似を始めたことでしょうか。
ちなみに新しい料理一点採用につき、十日間食事の面倒みてもらうという条件です。
わたしからの申し出による内容でしたけど、今のところ「アプロに十日間お酒出さない」の方がよかったかもなー、と後悔してます。採用件数が多いものだから、毎日タダ飯食べるのに罪悪感覚えてしまいまして。まあ余った報酬分は、他のお店にパクられても文句言わないでくださいねー、ってことにしときましたけど。だってどうせ既に街にある材料だけで作ってるんですから、そのうち真似はされてしまいますって。その時になって揉めるくらいなら、パクられるの前提にしてた方がいいかなー、って。
あー、そういえば食べ物関係といえば、特に発酵調味料系の知識をそっち関係の商会に教え始めたところでして。
といっても発酵食品は既にあります(というかお酒自体発酵食品ですしね)ので、発酵という概念、ものが腐るのと発酵は同じことですよー、人間の役に立つかどうかの違いしかないですよー、ってとこから始めて、いろんな実験、経験をすることで発展していくものです、って感じのことをこれからやっていってもらおう、ってことで。
醤油系のものはもうこの世界にあってわたしも街で愛用してますので、特にコイツを代表例として。世界に広まれミソショーユ、大豆バンザイ。
医療に関しては…まーこれだけは、地球の常識が全く通用しない技術で進歩してしまってて口出し出来ませんです。
少なくともケガに関しては、絶命さえしてなければほぼ助かりますしね。毒でも食らえば別ですけど。
だからまあ、衛生的な行動が習慣として根付いてくれればな、って程度のことを。手洗い、うがいの励行とかそんな感じで。異世界の知識ってことにしておくと、割と素直に聞いてくれますから、わたしとしても大変助かります。
で、わたしの身の回りで忙しくあれやこれやが回り始め、でも自分自身は案外そんな流れに取り残されたような時間もあって。
わたしは部屋の中に取り残されたようにぶら下がってたそれにようやく気がついて、一つ決心をしたのでした。
・・・・・
「ていうかさ、アコ働き過ぎなんじゃない?」
「そうでもないと思いますけど…マリスやマイネルにゴゥリンさんまで王都に行っちゃいましたし、この街のお友だちが大分減って仕事しかすることないんですよ」
マリスたちに少し遅れてゴゥリンさんもその後を追った、というのはわたしには少し意外にも思えたのですけど、どうもヴルルスカ殿下との関係のようだ、とアプロには聞きましたので、そういうことなんでしょうね。子離れ出来ていーんじゃないですか?と言ったらアプロもケラケラ笑ってましたけど。
「で、数少ない友だちとしては陣中見舞いに来たワケなんだけど…この有様はなんだっての」
「あなた友だちじゃなくて恋人でしょーが。そのくせここ何日も顔見せに来ないとか薄情にもほどがありませんか?」
「街からの報告聞いてるとアコが二人も三人もいるよーに思えるんだもん。そのアコがホンモノなのか判断つかなくてさー」
「だったら今日みたいに部屋まで来ればいーじゃないですか。いくらわたしだって寝る時くらいは自分の部屋に戻りますよ」
「寝具のある場所でアコの顔みたらその場で押し倒したくなるから遠慮してた」
「……そのまんまじゃないですか、それ」
顔に貼りついた髪を除けながら、わたしは一戦交えた後の火照った顔でアプロに呆れた視線を向けました。はい、アプロの言う通り、部屋に入ってきたアプロは有無を言わさずわたしをすっぽんぽんにし、自分も素っ裸になってそのままベッドに吶喊したのでした。
部屋の中の声が洩れるからー、とアプロはこの部屋に泊まることはあまりしませんけれど、今日は外も雨でそんな心配はあまりないですしね。
まあ久しぶりでしたので、わたしもけっこー堪能しました。ごちそうさまです。
「…アコが下世話過ぎるー」
「今さら気取ってもしょーがないですよ。それによくぼーの赴くまま、ってのもたまには悪くないですよ」
さっきのアプロ、とってもいじめがいがありましたからね、とにっこり笑って言うと、真っ赤な顔して「きゅぅ」って鳴いて、布団の中に潜り込んでいきました。くっっっそかわええなぁおいっ。…って冗談はこれくらいにしまして。
「まあ、お互い少しは気が晴れたと思いますし。アプロ、ちょっとマジメな話しませんか?」
「ん」
切り替えの早いところはアプロのいいとこです。
再び浮上してきた時に見せる顔は、わたしのステキな恋人の顔でありながら勇猛果敢な勇者さまの顔でもありました。
でも。
「…そゆ顔のアプロもたいへん好きではあるんですけど、あんまり今の話向きの顔じゃないですね」
「意味分かんないんだけど」
困惑と苦笑が相半ばしたような表情のアプロをとりあえずそのままにし、わたしは裸のままベッドを降りて散らかったままの部屋を踏み越えて、部屋の隅に置いてあった包みを携えてアプロの枕元に戻りました。今からのやりとりを裸でするのもどーかと思って、椅子の背もたれにひっかけてあった部屋着の上を羽織って。
それにしても…なんかアプロが呆れたとーり、足の踏み場も無いえらい有様の部屋です。いくら忙しいからってこれは、ない。我ながら。
「…部屋の片付け手伝お-か?」
「さすがにアプロにそんな真似させたら叱られちゃいますって。それより、これ」
「ん?」
なんだろ、とアプロも体を起こして毛布を肩からかけ、わたしの向き直り布団の上に置いた包みを持ち上げます。
体裁としては贈り物、というそれを、アプロは少し不審な顔つきで持ち上げます。
わたしの手渡したものなのですから物騒なシロモノなわけはないんですけど、不審…というよりはどこか不穏なものを嗅ぎ取ったのかもしれませんね。わたしの表情を見て。
「…なにこれ?」
「衣装ですよ。こないだ作った。アプロに着て欲しいな、って思って」
屋台祭りでベルに着せるつもりでいた衣装ですけどね、と続いて告げるとアプロは流石に絶句して、わたしと手の中の包みの間で視線を往復させて言います。
「……それはないんじゃない?」
そうは言いましても。
いえもちろん、アプロの気持ちは分かります。納得ずくの付き合いだったとはいっても、ある意味恋敵でもあったベルのために作ったものを譲られて、はいそうですかわーいわーいうれしいな、ってなるわけがないのです。
「…アコ、いくらなんでもさ、ベルに合わせて作ったものを私に着せるってのはどうかと思うんだけど…」
「でもでも、丈はちゃんとアプロに合わせて仕立て直したんです。細かいところもアプロが着て似合うように直し入れました。自分で言うのもなんですけど、すっごく出来はいいと思うんですよ」
「そりゃ作ったものは無駄にしたくはないだろうけど…」
雨期前のお祭りに向けて、ベルに着せるつもりだったエプロンドレス。
お祭りが中止になっただけでなく、ベルがわたしたちの前から姿を消したことでわたしの部屋の壁に飾られるだけになっていた一着でした。
それをアプロに着せたいというわたしの願いは、そんなつまらないことで説明出来るものじゃないはずなのです……いえ、普段の言動からしてそう思われても仕方ないとは反省しますけど。多少は。
「アプロ、そういうことじゃないんですよ。アプロへの嫌がらせでしたらあなたに合うように直したりなんかしません。黙って着せてそのまま、実はそれ…って話せば済むじゃないですか」
「…じゃあベルへのあてつけ?」
「んー、むしろそっちの方が近いかもですね。よくもベルを着せ替え人形にする機会をすっぽかしてくれたなっ、って」
「あのなー、アコ…」
いじけたよーなことを言っていたアプロは一転して笑い顔です。少し困った風ではありますけど。
「…冗談はともかくとして、ですね。でもベルだって祭りを楽しみにしていたはずなんです。アプロが祭りを中止にした理由、わたしは聞いてませんでしたけどベルが原因なんですよね?」
「……うん」
「だと思いました。この衣装だってアプロがそうした理由と同じですよ。一緒に楽しめなかったウップン晴らしです。要するに」
「そうなの?なんか流石に強引な理屈な気がするけど」
「説明のつかない行動をする場面なんか、人間にはいくらでもあるんです」
わたしは人間とはちょっと違いますけどねー、と軽く言ったら叱られました。いい感じのアプロです。
「…でも、アコがベルに怒ってるってことは分かったよ…ん、そーだな。怒ってる、っていうのが一番しっくる来るよな。ああそーだ、私だって怒ってる。よくも遊ぶ約束破ったな、って。それでいいよな、アコ。そんくらいで。アイツが私たちの前から姿消したことなんか、それくらいの意味なんだよな…?」
「です。なにか勝手なこと言ってたような気はしますけど、そんなの知ったこっちゃねーんです。わたしたちの友だちなんです。次会ったら…ええと、心配させんじゃねー、って叱ってやればいーんです」
「だよな。うん、そうしよアコ。あのばかやろーはさ、なんか勘違いしてるんだ。ヘンなもの背負い込んで、負わなくてもいいもの抱えて、どーしたらいいのか分かんなくなってんだよ」
「はい。だからアプロ。一緒に探しましょう?ベルがわたしたちに顔を見せられない理由を除くものを、二人で探してベルに突き付けてやりましょう?」
「うん、そうだよな……アコは、今度はわたしと一緒にやってくれるって、間違い無いよなっ?!」
「はい。わたしは同じ間違いをしないことでも定評があるんです」
にっこり笑って言ったわたし定番の常套句は、アプロの「なんだよそれー」という大笑いによって正しく報われたのでした。
…二回戦おっぱじめる空気にならなかったのだけは、残念な点でしたけどね。




