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第146話・ベルの翻心 その5

 始まる前に、アプロは言ってました。


 「シャキュヤがどんな石使うかって?んー、ブラッガにも聞いたんだけどさ、教えてくれなくて『見たらおったまげますぞ』ってだけ。だからまあ、実際何やらかすか心配っちゃー心配なんだよなー」


 …って。


 で、わたしはおったまげていました。


 「なんですか、アレ…」

 「私が知るか。…ったく、ブラッガのばかやろー、コレを何も言わずに見せるとか悪戯にも程があるだろーがー…」


 アプロの文句はシャキュヤではなく、ブラッガさんに向かってます。

 そりゃそーでしょうねえ、この有様を見せられてはいかにアプロといえど文句を先に言うわけにもいかないことでしょうね…。


 あれは、とんでもねーものでした。

 魔獣が出現するや否や、フィングリィさんの指示でぶっ放されたものは、いわば極太のれぇざぁ光線。

 電柱ミミズの大群を殲滅したアプロの全力にはまだまだ及ばないとしても、眩い光と爆音の後に出現したものといったら。


 「おねえさまっ、見ていただけましたか?!」


 そして眼下に広がる、五十メートルプールサイズのでっけぇクレーターをこさえた張本人は、無邪気にわたしのもとに駆け寄ってきて喜色満面で自身の技の冴えを誇ります。

 まー、かわいいっちゃあかわいい真似だとは思いますが、問題はそーいうことじゃなくてですね。


 「…見て頂けましたか、じゃねーだろこの考え無しっ!一発で全滅させたんじゃ訓練にならねーだろーがっ!!」

 「え?いたぁいっ?!」


 流石にその力の威力には呆れかえるばかりのアプロでも、こーいうシャキュヤの前後を顧みない言動にはガマンならなかったよーで、わたししか見ていなかったシャキュヤの頭を一発、それも割と強めにどついておりました。


 「アプロニア様ぁ、なんでぶつんですかっ!」

 「なんでも何も今言った通りだバカ!てめー加減ってものを考えろ!これで終わったんじゃ意味ねーだろうが!」

 「なんでですっ?!魔獣を全滅させるのがお仕事じゃないですか!あたしまず一発デカいのかませ、って言われたから全力で…」

 「なお悪いわこのドアホ!初撃に全力つぎ込んだら次が続かねーわっ!……おめー、今と同じのをあと何発撃てる?」

 「え?あ、あのー…今ので、お終いです…」

 「だろ?情勢が変わったらまたおめーの力が必要になる場面だってあるかもしれねーんだ。継戦能力ってものを考えろ……フィン、おめーもだ」

 「は、はい…」


 先頭に立って観戦してたアプロとわたし、マイネルにゴゥリンさんとゆーいつもの面子の後ろにやってきた他の衛兵さんたちと、フィングリィさんを見やってアプロは講評の顔つきになって言います。


 「部下の力量はきちんと把握しとけ。シャキュヤの石は戦力になるが、使いどころを見誤ったら却って危機になるかもしれねーぞ……だけどまあ、最初の一撃が重要って判断は間違ってなかった。シャキュヤが常識外だっただけでな。次からは計算して指示出せるだろ」

 「…はい。心します」

 「常識外って、ひとのこと化け物みたいに言わないでくださいよぅ」

 「うるせー。おめーもアコの前だからって無駄に張り切りすぎだ。少しは自重しろ、このアホ」

 「ひどーい!」


 …まあこんな感じで、訓練にもなんにもならなかった一瞬の出来事でもアプロは何やら講評を加えてます。

 指揮をするのは得意じゃないとか言ってた割には様になってますよね。さすがわたしのアプロです…なんて悦に入ってたわたしは、鼻をひくひくさせてるゴゥリンさんと、衛兵隊の更に後ろからシャキュヤのことをじっと見つめてるフィルクァベロさんの姿に気がつきます。

 ゴゥリンさんが気配を嗅ぎ取ってる、ということは、とわたしも石の気配を探りましたが、今全滅させた…結局人型じゃなくて小型のクマみたいな形でしたが…魔獣の穴が残ってる感じはしません。シャキュヤの一撃がどれほど凄いものだとしても、一発で終わりってことはあまり無いと思うので、やっぱりそれほど規模の大きな穴ではなかったんでしょうね。


 「………油断するな」


 わたしの視線に気がついてか、ゴゥリンさんが隣にやってきてわたしにしか聞こえない声でそう告げます。


 「今の魔獣については終わったんじゃないですか?布も降ってきませんし」


 わたしはいつものポーチに手を当て出番の無かった相棒の存在を確かめながら、警戒の色を解かないゴゥリンさんにそう言いました。


 「………次が来そうだ」


 ですが、ゴゥリンさんの懸念はそちらの方では無く、新たな脅威の存在を感じ取ってのものだったようです。


 「……ま、これくらいにしておく。フィン、次の指示を」


 にわかに起こったわたしの緊張感を感じ取ってか、こちらをちらりと見たアプロが講評を切り上げてフィングリィさんに指揮を促しました。

 わたしとアプロの間にあった空気を察したのか、そうでもないのか。後者だとしたらフィングリィさんの指揮官としての資質なんだろうと思いますが、ともかくフィングリィさんは、アプロの話が終わって気が抜けかけた衛兵隊を厳しい声で一喝し、周囲の警戒をするよう細かく指示を出していました。もちろんシャキュヤもその中の一人ですから、まーたわたしの側に来ようとしたところをひっ捕まえられて衛兵隊の一員として連れていかれましたけど。


 「…何があった?」


 そんな様子を納得したように見てたアプロは、フィングリィさんの指示で皆が動き始めたのを待って、わたしとゴゥリンさんのところにやって来ます。ついでにマイネルも。フィルクァベロさんは何も言わずに、やっぱりシャキュヤのことを目で追ってましたけど。


 「ゴゥリンさん、次が来るって」

 「…ありえる話だなー。マリスの警告じゃあヒト型の魔獣ってぇ話だったしな。こうなるとシャキュヤの一発でお終いってのはやっぱ問題あるな」

 「…僕らも備えた方が良いかな?」

 「だな。ばばぁも…なにやってんだ?」


 アプロがフィルクァベロさんに目を向けると、ちょうどこちらの方に歩を向けたところでした。


 「なんでもありませんよ。それよりメイルン、多少は人の上に立つ者としての心構えは出来てきたようですね」


 そしてアプロの目の前まで来ると、穏やかに笑いながらそうアプロを褒めました。


 「な、なんだよ気持ちわりーな…ばばぁが私を素直に褒めるとか珍しいを通り越して天変地異でも起こるんじゃねーのか?」


 天変地異はこないだのでもう十分です、と縁起でも無いことを言ったアプロをわたしが窘めると、フィルクァベロさんも可笑しそうにころころと笑い、場はなんとも和やかな空気になるのですけれど。


 「…まーいいけどな。それよりばばぁ?シャキュヤをずっと見てたけど、どうかしたか?」


 続くアプロの一言にフィルクァベロさんは表情を引き締め、けれど口にして言うのは、


 「それは後で。それより今ので終わりでないのだとしたら、油断は出来ないようですね」


 という、現状に即した特に驚きのない言葉です。

 マイネルもそうでしたけど、教会のひとって割とこーいうところ、そつが無いんですね。


 「まーな。さて、出てくるとしていつになるか、どんなやつがあらわれるのか…」


 と、アプロが独り言のように言った時でした。


 「………来るぞ」

 「来たね」


 シャキュヤのこさえたクレーターの方を見ていたゴゥリンさんとマイネルが同時に呟きました。

 今度はわたしにも分かります。けれどわたしの嗅ぎ取ったものは、溜まった澱が象られた魔獣の、どこか忌むべき臭いではなく。


 「…なんだか、見たことがないかい?」

 「………うむ」


 慣れ親しんだ、そして最近ご無沙汰だった彼女をどこか思わせる香りに似たものを伴って。


 「…おい、なんであいつがこんなところに……」

 「何事ですか」


 アプロが見上げ、フィルクァベロさんが奇態なものを忌むように睨んだのは、虹を思わせる彩りを帯びた、高く高く上まで伸びた、柱状のもので。


 「………」


 わたしはコトの唐突さに口を開くことも出来ず、その柱が太くなってそして開いた穴から顕れた人影をぼーっと見てることしか出来ずに、いました。


 初めて会ったときのように黒ずくめのローブをまとい、肩には見るからに重そうな金細工の肩当てをはめて、ロングの金髪はいつも通りに。けど特徴的な金銀妖瞳ではなく、いつかわたしをさらってアプロと追いかけっこをした時のような、真っ赤な双眸。


 そんな出で立ちの黒金の少女は、確かに魔獣の穴をくぐって、わたしの、わたしたちの前に、姿を顕したのでした。



   ・・・・・



 少し時を遡ります。


 街を出発して三日目の朝、わたしたちは目指していた、予言された第二魔獣の穴が出現するという場所にほど近いところまで来ていました。

 ちなみに二日目の行軍はすこぶる静かなものでした。シャキュヤがフィングリィさんに目をつけられて、丸一日監視下に置かれてたからです。ごしゅうしょうさま~…フィングリィさん、厳しいひとですけど理不尽じゃないので(グランデアみたいな跳ねっ返りには別として)、そんなひどい目には遭ってないはずですけど。


 「おねえさま、どうして昨日は会いに来てくれなかったんですかぁ…」


 で、その分肝心の魔獣の穴と接触する本日、ヨコシマな言動に奔る余裕はあるみたいで、出現予想地点すぐ側の丘の上に陣取った隊列を離れて、ひとり平原を見下ろしていたわたしのもとにとてとてとやって来たシャキュヤです。

 というかですね、あなた今回の旅の目的分かってます?あなた方の訓練なんですけど。

 大体、行軍訓練中の衛兵さんたちにちょっかいなんかかけたら、アプロとフィングリィさんにつまみ出されますってば。


 「そんなことありません。愛しあう二人を引き裂くなんて、そんな真似が許されるはずがないんですからっ!」

 「むしろ愛しあってるわたしとアプロを引き裂く側ですよね、あなた」

 「うっ……」


 自覚があるのかそーでもないのか、どっちにしても静かにさせることには成功しました。しゅんとした様子は多少かわいそうに…あーいえいえ、同情は禁物です。この子の圧に負けてたらそのうちえらいことになります。アプロに刺されるとか………。


 「あ、こんなところにいやがった」

 「あひぇっ?!」


 そんな場面を想像して背筋が寒くなったところに本人の声。

 タイミングの悪さに悲鳴を上げてしまうわたしなのでした。


 「?なんでアコが驚くの。フィンが集合かけてたからシャキュヤを探しに来ただけだって」

 「あ、ああ、そうですよね、ええ。そんなことあり得ませんものねっ」

 「?」


 むー…ここでわたしとシャキュヤが逢い引きしてたー、なんて被害妄想まくしたてて怒ったりしない辺り流石我が愛しの君、なんですけど、それだけになんか無駄に罪悪感が…。


 「まー、アコが意味不明なのはさておいて。シャキュヤ、油売ってねーでフィンのとこ早く行け。始まる前に訓示あるから」

 「…はぁい」


 どう見ても渋々、という顔でシャキュヤが去って行きます。


 「ちゃんと話聞いとけよー」


 その背中に向け、アプロがかけた声にシャキュヤはもう一度返事をして、見えなくなっていきました。


 「…ったく、ちょっと目を離したらこの有様だ。ところでアコは何してたの?」

 「あー、出がけにマリスに不穏なこと言われましたからね。どんなことになるのか、って思って」

 「そんなの出てくるまで分かんないって。でもさ、アコ」

 「はい?」


 並んだわたしの腕をとり、アプロは真剣な顔で言います。


 「第二が出てきても、アレはやらないこと。いい?」

 「…分かってますって。訓練になりませんもの」

 「そーじゃなくって」


 場を和ませようとしたわたしのすっとぼけはアプロのお気に召さなかったようで、苛立ちも顕わに、わたしの腕を掴んだ手に力を込めます。


 「…痛いですってば」

 「アコが分かんないこと言ってるからだろ。体、消耗してやることじゃないんだから。仮に第三魔獣が出てきたってやるんじゃないぞ」

 「でもどうにもならないなら、やらざるを得ないですよ」

 「分かってる。だからその判断は私がする。どうにもならないことになったら、アコの力を使ってもらう。私の判断で、アコは力を使って。そうでないと…」

 「はい。一緒にやるって決めましたからね。アプロにもちゃんと背負ってもらいますから。判断した責任ってやつを、です」

 「うん」


 そういうことです。

 わたしの独断でやってしまえば、またわたしはアプロを置いていくことになります。だから、アプロがそう選んで、わたしがやった。これはわたしたちに必要なことなんです。

 でも…。


 「でも、一つだけは、わたしの判断でやりますからね…アプロの危機のとき。その時だけは、わたしは自分で選んで、わたしだけの意志でやりますから」

 「……うん」


 ぎゅっと、またわたしの腕をアプロは力を込めて握りました。

 でも今度はわたしの間違いを正すような意図ではなく、誓いの重みを確かめるような、そんな仕草でした。


 「…なー、アコ」

 「はい?」


 そして一転してなんだか長閑な口調になるアプロでした。これから始まることを考えるとちょっと場違いにも思えましたが、この際頼もしいと言えなくもないので、わたしとしては乗っかっておくことにします。


 「なんです?新作の衣装のことならアプロのは後回しですからね。あれ仕事着なんですから」

 「恋人をほったらかしにして他の女の衣装作るのってひどい裏切りだと思う」

 「だから違うって言ってるじゃないですか。自分の分が欲しいならアプロもわたしのお店の売り子やってください。ベルと揃って二枚看板娘となったらわたしの優勝は堅いですからねー」

 「まーたアコはアホなことを言う。私が接客とか出来るわけねーじゃん」

 「そこがいいんじゃないですか。普段凜々しく公務を取りしきってる美少女領主さまが、こお、すんげーかわいい衣装に身を包んで恥ずかしそうに呼び込みをする。そんなことに大衆の心はがっちり掴まれるんです」

 「ウチの住民がそんなバカなことで喜ぶかぁ?…と言いたいとこだけど否定しきれないのがなんともなぁ……しっかし、あいつも今どこで何をやってんだか」

 「ですねえ」


 わたし手製のエプロンドレスを着て恥じらうアプロの姿を想像して、なんだかゆるゆるになってるわたしでしたが、アプロはツッコミもせず、そしてやっぱりどこかのんびりした口振りで続けます。


 「なんか去年の雨期前の祭りはさ、あいつと顔合わせるのもイヤで引きこもってたけど、今年は……その、一緒に遊べたらいいな、って思うんだよ。アコの店で売り子すんのはちょっと勘弁して欲しいけど、でも三人でさ、屋台まわって、いっぱい食べて騒いで…きっと楽しいと思うんだよな」

 「…ですねえ」


 屋敷の屋根裏部屋でひとり、お酒呑んで眩しそうに街を見下ろしていたアプロの横顔を思い出します。

 昨日のことのようでもあり、遠い昔のようでもあり、そんなアプロのことをわたしは…きっとその時から気にかけていたんだと思います。

 ベルにはちょっと、悪いとは思いますけれど、でもわたしとアプロが並んでベルに懺悔したあの時の顔が、わたしはとっても大好きなんです。そしてアプロもそうなのだと思います。だから、三人で、って言葉を強く言ったんです。


 …わたしは、そう願ったんです。



   ・・・・・



 「ベル…?あの、どうしてこんなところに…いえ、最近顔も見なかったですけど、わたし、ベルにお願いしたいことがあって。次の雨期前の祭りに」


 「アコ」


 いつも、無表情に見えてその向こうに彼女の豊かな感情が見てとれたその顔は、今は本当に、何も感じられない冷たいものに、なっていました。

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