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第137話・確たる絆 その2

 「まだ名乗っておりませんでしたね。フィルクァベロ・バルバネラ。権奥で小言の多い婆をやっている者ですよ」

 「あ、ども。カナギ・アコ、です。えーと、アウロ・ペルニカでお裁縫の先生とかやってます…あれ?」


 そのー、お名前に疑義を呈するのもえらく失礼な話だとは思うのですけど、権奥でどのこの、となると教会関係の方ですよね?その割にお名前が短いよーな…。


 「…長い方が良ければそう名乗るけれど?ただ私ももう歳なので、最後まで覚えているかどうか怪しいのでね」


 くすくすと悪戯っぽく笑うフィルクァベロさんには、無礼が服着て歩いてると誰かさんが評したわたしでも、好意を抱かずにはおれませんでした。そんなところも、神梛吾子のおばあちゃんによく似ているなあ、って。


 「さて、私が来たのは他でもありません。カナギ・アコ?あなたの話を聞くためです。会えて嬉しいわね」

 「え?あのもしかして…」

 「アコ、最初はブルーク卿ではなくバルバネラ師…フィルカおばあちゃんが来る予定だったのです」


 マリスの説明でブルークさんが居心地悪そうに身動ぎします。まあ無理もありませんよね。


 「ミネタの連中は脳無し揃いのくせに、こういうことにばかり手が早いものでね。いつの間にか私が外されてそこの坊やが派遣されることになった、というわけ」

 「なるほどー…」

 「………」


 ここで何か文句でも言うかなー、と思ったブルークさんでしたが、フィルクァベロさんがよっぽど怖いのか、押し黙ったままです。


 「…いっそそのままだったらよかったのになー……」

 「メイルン?聞こえてますよ。大体あなたは何なんですか。王都に来ておきながら私に顔も見せずに」

 「だーってさー……」


 きっとわたしにだけ聞かせるつもりだったろうアプロの独り言はきっちり聞き取られ、テーブルを挟んで小言ともお説教ともつかないやり取りが繰り広げられます。

 でもアプロも、最近の姿がうそのように幼い物言いになり、そんな様子も久しぶりに見たようでひとりほっこりするわたしでした。


 (あ、でも…)


 そんな中、わたしは気付いたことがひとつあって、ヒートアップしていく二人をハラハラして見ていたマイネルをちょいちょい、と手招きして尋ねます。


 「…なんだい」

 「フィルクァベロさんてもしかしてマクロットさんの関係者?アプロのことメイルンって呼ぶの、あのひとだけでしたし」

 「関係者もなにも、クローネル伯の奥方だよ。元、が付くけど」


 なんと。

 耳元のマイネルの顔を、思わず丸い目をして見てしまうわたしでした。


 「別れたのはわたくしがおばあちゃんと出会う前と聞きましたけれど、今でも仲は睦まじいそうですわ。ふふふ、離縁してもおしどり夫婦のようでいられるのは王都の七不思議の一つに数えられるほどです」

 「マリス、根も葉もないことを言うものではありません。あの宿六にどんな目に遭わされたか、事細かに以前教えたではありませんか」

 「あの、わたくしには惚気話のようにしか聞こえなかったのですけど…」

 「あはは、じじいとばばぁはお似合いだったもんなー。割れ鍋に綴じ蓋ってのはこのことだと思ったもんだよー」

 「アプロ、それ全然ほめ言葉じゃないですよ」


 というか、この世界でも割れ鍋に綴じ蓋って言うんですね、とどーでもいいことが気になったわたしを余所に、マリスとアプロは反撃だとばかりにフィルクァベロさんをいじり回し、そして二人が小さかった頃の話で再反撃されて真っ赤な顔になるのでした。



   ・・・・・



 「…あー、疲れた」


 二人の来客を自ら見送ると、屋敷の主は肩こりでもほぐそうとするかのように片手を肩に乗せ、左の腕をぶんぶん回しながらそう嘆息しました。

 わたし以外の来客はとうに帰り、今はアプロの私室でお茶してるところです。

 ブルークさんはこの街で宿代わりにしてる懇意の商会に戻り、明日は夜明け前に商隊の一つに同行して出立するそうです。

 フィルクァベロさんは、まあ当然ながら教会に寝泊まりするそーなので、マリスとマイネルにお小言を言いながら帰っていきました。あの調子だと二人とも明日はうんざりした顔が拝めそうですね。ふふふ。


 「で、アコはどーだったんだ?ばばぁに会ってさ。何かうるせーこと言われなかったか?」

 「むしろアプロやマリスがどうして煙たがるか分かんないですよ。とても感じのいい方じゃないですか」

 「別に嫌ってるわけじゃねーんだけどな。じじいに連れてこられた王都で一番世話になって、でもさあ、あれすんなこれすんな、もっと行儀良くしろだのととにかくうるせーんだもん」


 とか言いつつ、その頃を懐かしむような穏やかな笑みを浮かべるアプロを、わたしはとてもいい顔だなって思うのです。


 「ばばぁはアコに何か話あったみてーだけど。明日会ってどーすんの?」


 そんなわたしの視線に気がついてか、アプロは少し照れたような顔になってわたしに聞いてきました。もーちょっといい顔見せて欲しかったですけどね。

 で、明日またフィルクァベロさんの方からこちらにやってきて、ちょっと話を聞かせて欲しいってことでしたので、まあアプロとは打ち合わせといういか口裏合わせも必要なのでして。マリスにだって言ってないことありますしね。


 「…さあ。でも聞かれたことには全部答えようと思ってますよ。こないだアプロに話したことも全部含めて」

 「ベルのこともか?」

 「今のわたしの在り方を説くのでしたらベルのことは無視出来ませんから。ただ、ベルが何考えてるのかがよく分かんないんですよねー…」

 「魔王の娘、ってことだけじゃ分かんない?」

 「というかですねー…」


 わたしは考えをまとめようと、持ち込んだカップの縁を指でそっとなぞり、口を閉ざします。

 この間ベルと話した時にも思ったことですけど、やっぱりそんな話はベルとしたくないんですよ。ベルはわたしと、今ではアプロにとってもいい友だち。それでいーじゃないですか。いろいろややこしい背景があるのは認めますけど、そんなことわたしたちが友だち関係でいることには何の問題もないんですし。


 「ベルがベルでいるだけで充分なんじゃないのかな、って。それにわたし自身のことならなんとでも出来ても、ベルをそれに巻き込むようなこと、したくありませんし」

 「うーん……」


 素直に思ったことを言ったのですけど、アプロはなんだか難しい顔をしています。

 そしてアプロの方も思うところがあるのか、腕組みなんかして考え込む姿勢でした。


 「…アコだから言うんだけどさ」

 「はい」


 でもそんな格好も長くは続かず、割とすぐに腕組みを解いてわたしに向き直り言いました。


 「私はもっとベルのことを知りたいとは思うよ。一番大事なのがアコなのは大前提としてだから、魔王がアコに危害を加えようとして、で、ベルが魔王の味方をするってんなら…まー、敵に回ることだってためらわない。そりゃ友だちとして止めさせようとくらいはするけどさ。で、きっとあいつもアコの敵になることがあるとしたら、それくらいの覚悟は決めると思う。アコはそういうこと、考えられるのか?」

 「………」


 なんだか、だいぶ前にも同じようなこと聞かれた気がします。だとしたらわたしって、その頃から全然進歩してないんでしょーかね。

 自分自身が変われたとは思っても、なかなかそれに追いつかないことって少なくないのかもしれません。全然成長してない、ってことじゃないんでしょうけど…。


 「ごめん、なんか難しいこと言ったかも。どっちにしてもさ、明日ばばぁに会って話は聞いてきてくれよ。権奥のことなんかは私もあんま知らないしさ」

 「ですねー。アプロが自分で話したがらないんじゃ、わたしが話聞くしかないですもんねー」


 まーたアコはそーいうこと言うー、と口を尖らせるアプロが、なんだかとても可愛く思えるわたしでした。


 そうしてしばらくは街中のことなんかを雑談に紛らせて話した後、わたしは帰ることにしました。


 「あれ?泊まってかないのかー?」

 「出来ればそーしたいとこですけどね。多少は身を清める必要もあるかと思いまして」

 「そんなのどーでもいいじゃんかー。アコが私の匂いさせたままばばぁに会って、どんな顔するのか見てみたい」

 「あのですね、少しは慎みってものを持ちなさいっての。あなた一応お姫さまでしょーが。あと、ラルベルリヤさんにさっき言われたこと、忘れてやいないでしょうね?」

 「ルリヤに?何か言われたっけ」

 「『カナギさまがお泊まりになられるとアプロニア様が元気になられるので大歓迎ではあるんですが、翌日の寝具のお掃除が大変でして…』って苦笑してたでしょーが」

 「う……」


 珍しく顔を赤くして照れるアプロでした。基本、このお屋敷のひとたちはわたしたちの関係に明け透けに言及するようなことはないんですが、アプロにとっては家族みたいなものですしね。身内に恋のことであーだこーだ言われた時の気まずさってのはあるんでしょう。


 まだ日も沈んではいませんでした。わたしは歩いて帰るのにはちょうどいいかな、と、なんだかベッドの上で身悶えてゴロゴロしてるアプロに「じゃあまた明日。今日はちゃんと寝るんですよー」と告げて、ひとり屋敷を後にしたのでした。


 明日、フィルクァベロさんに言うことになるだろうこと。

 それから、アプロに諭されたベルとの間のこと。

 歩きながら考えることは、いくらでもありました。

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