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第13話・獅子身族の掟 その2

 思ったよりも風光明媚な場所ですねぇ…。


 ゴゥリンさんの出身地、獅子身族の集落という場所は、わたしにそんな感慨を抱かせるのに充分なところでした。

 ご自身は何も無い場所、なんて謙遜していましたけど、なかなかどうしてそんなことないじゃないですか。


 例えば、様々な岩石。

 草原と峻険な山脈を仲立ちするよーな、丘よりもちょっと高い岩山が折り重なる眺めは、晴れわたった空と草原の間にあってステキなコントラストを醸し出します。

 それに、まばらな木々。

 草原の真ん中には高い木などないのですけど、ここらは岩山にしっかと根を張ったものがあり、たくましい生命力の賛歌を高々に歌いあげているよーです。

 それからなんといっても、岩を掘って作られた住居は、この大地にしかと根付いた人々の暮らしを思わせるのです。


 「…アコ、別に無理に褒めなくてもいいってば。わたしだって初めて来た時は『うわ、なんもねー場所ー…』って思ったんだし」

 「アプロはもう少し気遣いってものを覚えた方がいいと思うんです。そんなんじゃそのうちゴゥリンさんたちに反乱を起こされますよ?」

 「アコの言い方の方が反感覚えるヤツ多いと思うぞ?皮肉にしか聞こえないし」

 「…うっ」


 なんとなく思い当たる節があって、口ごもるわたしでした。本人にそのつもりが無くたって、そうとる人はいるってことですかねー…。


 「…まあいいや。ゴゥリンが先に取り次いでくれてるはずだし、私たちも行こう」

 「ですね」


 集落の入り口は、それでも門…というか、いー具合に枯れた木で鳥居のようなものが据え付けられています。

 わたしとアプロはそこで待たされて、ゴゥリンさんが先に交渉に行ってくれてるはずです。

 ただ、ちょっとどうなのよ、ってくらいに待たされてはいたので、こらえ性の無いアプロは待ちきれなくてとっとと入ろうと言うのでした。


 馬の手綱を門の柱に…は流石に失礼だとも思いましたので、その脇にあった立ち枯れた木に繋ぎ、アプロと並んで集落に立ち入ります。

 この集落も一応はアプロが領有する土地に含まれる、ってことでしたが、領主としては放置もいーとこらしく、領主さまがやってきたー、なんて空気とは無縁の中、奥に進みます。

 人の気配こそしても、ゴゥリンさんのよーな立って歩くライオンさんの姿は見当たらず、なんとなく監視されてるような、居心地の悪さはどうしてもありました。


 「…あのー、アプロ?前に来たときもこんな感じだったんですか?」

 「そうだなー。歓迎されてる、って感じたことは一度も無いよ、確かに。まあでも、話してみれば気のいいやつらばかりだしさ、そんな怯えなくてもいいよ」

 「別に怯えてるわけではー」

 「だいじょうぶ。何かあっても、私がアコを守ってやるって」

 「………それはどーも」


 そりゃもう、満面の笑みでそんなことを言われるものですから、わたしの心臓もちょっとテンション上がります。ほんと、王子さま、ってアプロのためにあるよーな言葉ですね。女の子ですけど。


 そんなことをしながら、更に奥に向かうと、風にのって言い争うような声が聞こえてきました。

 ただ、まだ遠くであるためかわたしには何を言っているのか分かりません。アプロは?と思って様子をうかがいましたが、やっぱりわたしと同じように首をひねっています。


 「…行ってみた方がいいんですかね?」

 「さあ?ただ、ゴゥリンの声ではないようだけど」


 そりゃあ、あの無口なゴゥリンさんが声を荒げて言い争いをしている、なんて場面は想像もできませんけど。

 ただ、そうして二人立ちすくんでいたら、進行方向の岩壁にあった岩穴から、見慣れた顔が姿をあらわして、アプロは先に立って小走りに駆け寄っていきました。


 「ゴゥリン、何があった?」


 わたしもすぐあとをついて行きましたが、追いつく頃にはゴゥリンさんの顔は戸惑ったようになっています。


 「あのー、何か揉め事ですか?」

 「………(くいっ)」


 アプロと同じよーなことを聞くわたしでしたが、ゴゥリンさんは首を巡らせて今し方出てきた岩穴の方に、視線を向けます。そっちに何かあるのかと、二人一緒にそちらを見てみたのですが…。


 「試練を解かぬ限り貴様の話など聞くことはない、ゴゥリン!」

 「ひゃっ?!」


 そこから出てきた、ライオンというよりは豹のようなお頭の方に、どやしつけられてしまいました。

 その方は、身の丈といえばゴゥリンさんと同じほど、つまりわたしやアプロにしてみれば見上げる高さで、着ているものもゴゥリンさんと同じように、麻と革を組み合わせた質素ながらも実用的なお召し物。

 お顔こそ違ってはいますけど、なるほど獅子身族、とはよくいったものだと思うのでした。獅子というよりか、豹頭ですけど、まあどちらもネコ科ですし。


 「全く、何年も姿を見せずにいて顔を出したと思ったら励精石の取引だと?!貴様自分の立場というものを少しは考えたらどうなのだ!」


 がおー、って感じに吼えてました。


 「ああ、悪い。励精石の件はこっちの都合だ。ゴゥリンは悪くない」

 「ああ?なんだ、アプロニアか…何しに来た、というか励精石の取引は別に構わんが、そこの粗忽者を介して行おうというのが気に食わん。今日のところは帰れ」

 「そうもいかないんだ。こちらも急ぎだからな、今から話をしていいか?」

 「だからいいわけが……なんだ、そこのひょろっとしたのは」


 え、わたしのことでしょうか。

 豹の眼光に射竦められて、ちょっとギョッとするわたしです。


 「…こっちはカナギ・アコ。針の使い手だ。存在くらいは噂に聞くだろ?」


 そう紹介されて、豹頭のひとはわたしを値踏みするよーにジロジロ見つめます。不躾な人だなー、とは思いましたがそれ以上に、わたし噂になってるの?とか妙なことが気になりました。


 「あのー、アプロ?わたしそんな有名なんですか?」

 「一部でなー。街道の安全に関わることだから、商人やこーいう街の外に住む連中には有名になりつつあるところ」


 うげー。

 でも、うんざりした気分を隠さないわたしの表情に、豹頭の人は何故か諧謔を覚えたようで、気色ばんだ様子を解いてこう言うのでした。


 「ははは、なかなか面白そうな娘だ。いいだろう、話くらいは聞いてやる。入れ」

 「ああ。…はは、アコありがとうな。なんかお前、気に入られたみたいだぞ」


 …まあ嫌われるよりはいいですけどね。

 アプロはもちろんのこと、ゴゥリンさんも続いて、招き入れられるままに岩屋に入っていきました。




 穴の住居、といっても結構快適そうではあります。

 ゴツゴツした壁に囲まれているだけかと思ったら存外整っていて、家具や寝具の類も少なくありません。

 そんな中、客を招き入れる間と思しき一角で、わたし達は車座になってました。


 「自己紹介が要るな。この集落の長の代理を務めている、グラセバだ。よろしく、針の娘」

 「はあ、どうも。神梛吾子と申します。吾子、でいーですよ」


 針の娘てなんですか。拷問道具みたいですね、わたし。


 「まーだ代理とか言ってんのか。いい加減諦めたと思ったのに」

 「おいアプロニア。貴様がゴゥリンを抱え込んでいるおかげでいつまで経ってもこの肩書きから別れられんのだ。お前からも言ってやれ」

 「知らないっての。ゴゥリンの意志を尊重するくらいしてやれよ」


 そんな文句を呑み込んでるわたしを他所に、アプロとグラゼバ…さんはなんとも遠慮の無い言い争いをしています。なるほど確かに、アプロの言う通り馴染んでしまえば気のいい人なのかもしれませんね。

 まあでもほっといたら話が進まなそうでしたので、わたしが介入するのですけど。


 「ええっと、ゴゥリンさんと何やら揉めてたみたいなんですけど。何ごとです?」

 「ああ、そのことか。何せ二十年ぶりに帰ってきてようやく長を継ぐ気になったのかと思ったら、全く関係の無い話をし始めるのだ。文句の十や二十、告げても当たり前のことだろうが」

 「え…二十……」

 「ん?少なかったか?細かく数え上げれば百では利かんぞ」


 思わず絶句したわたしに、グラセバさんも勘違いしたことを言います。いえね、そっちじゃなくて…。


 「ああ、アコ。こいつらは私たちに比べるとえらく長命なんだ。二十年くらいじゃあ、子供がちょっと長めに家出してきたくらいのものさ」

 「勝手なことを言うな、アプロニア。待たされる身にしてみれば二十年とて長く感じるものだぞ」


 察してくれたアプロの口添えでわたしの疑問も氷解したのですけど、それにしても、となると、ゴゥリンさんて結構なお歳なのでは…?


 「確か二百歳を越えたとこだったっけ?ゴゥリン」

 「………(コクリ)」

 「えええええっ?!」


 …さすがにびっくりです。にひゃくさいて。てことはこのグラセバさんも?


 「オレはまだ百も超えてない若造さ」


 りかいをあきらめました。



   ・・・・・



 「で、なんでこーなるんですか」

 「私が知るわけないだろ」


 まー、話してみればグラセバさんも悪い人ではなかったんですけど…。


 あそこで起きた出来事をまとめてしまえば、ですね。


 ゴゥリンさんは獅子身族の集落をまとめあげる次代の長とされていて、実際ご本人もそうあるべく努めていたそうなのです。

 ですが集落を正しく導けるよう、世界の知識を得るために集落を出て、そのまま帰るのを止めてしまったとかなんとか。

 その旅行?自体は長の座を継ぐ前に必ずやらなければならないことのようで、ただそのまんま帰ってこなくなる人ってのもそうそういるものじゃなく(そりゃそうでしょうねえ…)、まあグラセバさんはご本人曰く若造の身ながらもどーにかこーにか集落をまとめてゴゥリンさんの帰りを待っていたと。


 で、久しぶりに帰ってきたゴゥリンさん、やっぱり長を継ぐのは辞退したいとのこと。

 といって二十年も待っていたグラセバさんが、はいそうですか、と承諾するはずもありません。一度は長と定められた身を簡単に移せるほど獅子身族の掟は軽くない、とはグラセバさんの言です。


 けどゴゥリンさんの意志も固い。アプロはさっさと励精石を手に入れて帰りたい。わたしは…あー、まあ割とどーでもよかったんですけど、なんだかゴゥリンさんとこのままさよーなら、っていうのも味気ないなあ、と思いましたので、グラセバさんの出した、定められた試練を解けば自由な身の振り方を認める、という話に協力することにしたのでした。

 ただ、試練の内容、というものを教えてもらえなかったのには、少し不安が残りますけど。


 ともあれ、そこに行けば分かる、とだけ言われて、教えられた場所に向かっている私たちです。


 「でも、ゴゥリンさんの二百歳って、人間にすると何歳くらいのものなんでしょうね?」

 「さーなあ、ってアコも妙なこと気にするんだな。まあ成人とされるのが百前後らしいから、大体人間の六倍くらいなんじゃないか?」


 てことはゴゥリンさん人間にすると三十台後半くらいでしょうか。イメージ通りではありますね。

 わたしは先頭を歩くゴゥリンさんの後ろ頭を見つめます。ライオンさんのたてがみによく似た、毛の豊富な後ろ頭です。何を考えてるのかは分かりませんけれど、ともかく自分のやるべきことを貫き通そうとする、大人の背中でした。

 ただ、ゴゥリンさんて、獅子身族の長の座をやらないで何をしたいんでしょうかね。


 狭隘な岩山の谷底みたいな道を、アプロは警戒しながら歩いています。わたしはゴゥリンさんとアプロに挟まれる位置でしたから、とてとてと歩を早めて、ゴゥリンさんの背中に追いつきます。


 「ゴゥリンさんゴゥリンさん、あのー、ちょっといいです?」

 「………(?)」


 こちらを向いてはいませんが、質問を許可した気配はします。背中だけでゴゥリンさんの言いたいことが分かるとか、わたしも随分進歩したものですよね。


 「えーと、失礼でなければ教えてください。ゴゥリンさんて、集落の長をやらないで、何かやりたいことが他にあると思うんですけど、何をやりたいんです?あ、これ興味本位なので、答えたくなければ無視してくださって構いませんよ」


 わー、もうちょっと失礼のない言い回し出来ないんでしょーか。

 …って、後でアプロに怒られました。そりゃそうですよね、って叱られてからなら言えるんですけど、その時のわたしの気分としては、やっぱりなんだか、ゴゥリンさんが長の座から退こうとしていることにちょっと腹を立てていたみたいです。


 「………」


 だから、何も話してくれない、話せることが無さそうな背中であったのは、事情を知らないわたしの身勝手さに、ちょっと戸惑っていたのかもしれません。


 「…えっと」


 そして、そんなゴゥリンさんの態度になんとなーく後悔が芽生えた時でした。


 「…ゴゥリン、これからくるアレも、試練とやらの一部なのか?」


 アプロの、どこか呆れたような声が指し示したもの。


 …もしかしてグラセバさんて、バカなんですか?


 それがわたしの、素直な感想でした。

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