第129話・言語道断のトライアングル その7
「………あまり騒ぎを起こすな」
「あはは…すみません」
後で街のひとに散々からかわれることになった仲直り劇を終え、調子にのったアプロにお姫さま抱っこされたまま演台を降りると、下にいたゴゥリンさんに叱られました。
バギスカリとその眷属の一本角の牛の群れに跳ね飛ばされてケガを負っていたゴゥリンさんでしたけど、聖精石の治療のおかげか今はなんともないようで、一喝したあとは優しくわたしの頭を撫でて、「………よくやってくれた。ありがとう」とわたしに嬉しい言葉をかけてくれたのです。
「…結局アコは何がしたかったのですか?」
「えーと。まあ、アプロに褒めてもらえればそれでよかったかな、と」
そう言うとマリスには呆れたように肩をすくめられてしまいましたけど、わたしは知っていますからね?わたしの巻き添えで、マリスに黙って街を出て行ってしまったマイネルに、その詫びとして婚約を公表することを約束させてしまったことを。
ふふふ、また近いうちに、街に大騒ぎが起こりそうです。
「で、オレの扱いはどうなるんだよ」
「うるせー。元はと言えばおめーがアコに懸想したりするから話がややこしくなったんだろーが。反省しろ、反省」
「恋愛は自由だろうがよ。くっそう、見せつけやがって」
わたしにいいように利用された態のグランデアはそうぼやいてましたけど、アプロに叩っ斬られなかっただけマシというものですからね?
「ところで二人ともさ、いつまでそうしてくっついているつもりだい?」
「んー?私の腕が保たなくなるまで」
考えてみればマイネルが一番貧乏くじ引いたみたいなものですよね。
わたしの暴走に巻き込まれてなんだか大変な目に遭って。
そしてきっと、マリスのファンみたいな街のひとたちに、やっかまれてしばらくは落ち着かないことでしょう。
「…その、ごめんなさい」
「いいよ、別に。僕もいい加減覚悟決めないといけないみたいだし」
わたしの謝罪でどこまで察したのか、そんな悟ったことを言うマイネルは、まあそこそこカッコ良かったよーに思います。
演台の上では国からの代表として、ヴルルスカ殿下が挨拶をしています。
なんでもこの街に来るのは初めてということで、街の住民には何か珍しがられてるよーですけど、こういう場にはやっぱり慣れているのでしょう、アプロに「お兄ちゃん」と呼ばれた時からは想像もつかない、堂々とした態度でした。
「よし、じゃあフェネル。宴会の準備、任せたぞ」
「畏まりました。備蓄の食料を全て放出して、街を挙げての盛大な催しにしてみせます」
この集いのあとはそういうことに、なってます。
まだ疎開して戻ってきてないひともいますけど、今は助かった喜びを一刻でも早く爆発させたい、我らが街の、アウロ・ペルニカなのです。
そして、わたしとアプロは、というと。
「…アコ、宴会を途中で抜け出してさ」
「…はい、分かってます。楽しみに、してますからね」
堪えきれないという表情で、お姫さま抱っこしてるわたしの耳元に口を寄せたアプロに囁かれ、わたしは彼女の首のうしろに回した両腕に、キュッと力を込めたのでした。
・・・・・
「でも本当に抜け出してきてよかったんですかね」
「今さら過ぎるだろー。けどさ、ようやくアコと二人きりになれた」
「ふふ、なんだかとても久しぶりに思えますね」
逢い引き、っていうとなんだか艶めかしく秘め事じみてますけれど、結局いつものアプロの部屋に向かう、わたしたちなのです。
ここなら邪魔も入らない、っていうのはいつものことなので分かってますし、けどこんな時だと流石にラルベルリヤさんとかが探しにきたりしないんでしょうかね?
…と、思うわたしなのですが。
「んー、ルリヤには誰か来たら足止めしといて、って言ってあるし」
アプロにぬかりは無いのでした。
「それより、ほら。備蓄の中から一番いー酒抜いてきたから、アコも呑も?」
「いくらなんでも抜かりなさ過ぎませんか、あなた」
「それはなんていうか、愛ゆえに?」
「意味が分かりません」
愛、ってつければいいってもんじゃないでしょうに。
「意味は分かんなくても、ほらアコ、顔がにやけてる。うふふ」
「…それは否定しませんけどね」
「アコはつんでれー」
「それはわたしじゃなくてあなたでしょーが」
「そんなことはない。アコにはずっとデレっぱなしだし」
「…そういえばそうでした」
とか、おバカな会話してるうちにアプロの部屋の前に着きます。
中央広場の宴会会場をそっと抜けだし、アプロのお屋敷まで誰にも見つからないように来るのには苦労したものですけど、その甲斐あってお留守番してたラルベルリヤさん以外には、誰にも会うことはなかったのでした。
「よし、と。入っていいよ、アコ」
「はい、お邪魔しますね…うん、なんだかとても……懐かしい、ですね」
「懐かしい、ってほど前じゃないだろー。何日か前にこの部屋で一緒に食事したし」
そうじゃなくって。
何の心配もなく、この部屋でアプロと過ごせるということが、ずいぶんと久しぶりに思えたんです。
そんなわたしの感慨に、アプロは同意はしつつも呑み込まれることもないようで、そんなもんかな、とでも言うようにあっけらかんとした足取りで先に部屋に入っていきました。
「アコー、灯りつけてー」
「はいはい、と。あ、食べ物先においていいですか?」
「少し散らかってるかもだから、預かるよ」
「お願いします…と、なにか足に当たったんですけど…よいしょっと」
手探りでアプロに荷物を渡し、同じく手探りでテーブルの中央にあるランプを探り当てて、灯りを点けました。
アプロの部屋の聖精石のランプは、夜でもお裁縫が出来るように立派なものをおねだししてつけてもらった、わたしの部屋にあるものよりも一回り小さいものです。
アプロの部屋は二人でいると多少狭く思えるくらいなので割と充分なのですけど、実のところアプロの部屋が狭く感じるのはですねー。
「ん?アコどした?もしかしてもう始める?」
…二人が並んで寝ても充分な広さのあるベッドが、部屋を占領してるからでして。
そして、そんなことを思ってチラリとそちらを見たわたしをアプロが目ざとくみつけて、ちょっと期待に満ちた目でわたしを見てました。
「…あー、まー、楽しみにはしてましたけど、とりあえずお腹も空いたノデ。はい、乾杯しましょう?」
「だなー。はい、アコの分」
「多すぎですってば」
もうアプロの部屋に常駐してる、わたしの分のカップに琥珀色のお酒をなみなみ注いで差し出してきます。
「これ香りほど強くないから大丈夫。じゃあアコ、おつかれ。かんぱーい」
「はい。かんぱい。アプロも、本当にお疲れさまでした」
本当に大変なのはこれからだけどなー、と事も無げに言いながら、アプロはカップいっぱいのお酒を一息で飲み干しました。相変わらずの酒豪っぷり…って、あら。確かに飲み口よくて呑みやすいですね、とわたしもお付き合いして半分ほどをひと息で。
「もぐもぐ…アコ、食べるもの足りるか?足りなかったらルリヤに何か作ってもらうけど」
「いえ、大丈夫ですよ、って今日はえらい食欲ありますね」
「だってさー、アコと会わなかった間ろくに食事とれなかったもんな。アコのせいだ」
お酒で喉を潤し、早速持ち込んだ食べ物をひょいぱくしてるアプロが、もごもごと口を動かしながらそんな文句をわたしに言います。
いえまあ、それに関しては悪いことしたなー、とは思いますけどご飯食べないことまでわたしのせいにされましても。
「…やっぱり忙しかったんですか?」
だから、きっとそっちの理由が主なんじゃないかと思って、そんな風に水を向けます。
会えなかった間アプロが何をしていたのか、気になることもありましたし。
「……そうだな。十五人の遺族に会いに行って。みんな複雑な顔をしてたよ。命を落としたことは無念だっただろうけど、でも街を守れたことを誇りに思って欲しいとは伝えて、それでもさ」
食事の手を休めて椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぎ見ながらアプロは続けました。
「…私を詰ろうとして家族に止められてたひともいた。別に泣いて怒って責めたって構わなかった。でもさ、それを堪えてむしろ私に礼を言ってくる遺族もいて。むしろそっちの方が辛かったよ。そんなとき無性にアコに会いたくなったから、街の前で出迎えた時にアコを叩いたこと、すんごく後悔した。ああ、どうして少しガマンして、アコに『おかえり』って言えなかったんだろう、って」
「………」
「アコがグランデアとどうにかなってる、って噂を聞きつけた時なんかもう、すごく取り乱したもん。もちろんアコが私のこと嫌いになってあいつとどうにかなるなんてことは無いって思ってはいたけどさ、それでもなんか…寂しいじゃんか」
と、本当に寂しげな顔で、アプロはわたしを見つめました。
その視線を正面から受け止めてわたしは、今さらながらヒドいことしたなあ、わたし、と思わずにはいられません。アプロにも、結果的に当て馬にしてしまったグランデアにも。
アプロが本当にわたしに側に居て欲しい時にいられなかった。
二人で考えていこう、って誓いを守れなかった。
罪、と呼ぶには結果的にはそこまで許せないことじゃないのかもしれませんけれど、それだけにわたしに何かを促す衝動たり得る後悔となって、胸のうちにトゲとなって深く刺さるものなのです。
「……アコ?」
立ち上がったわたしをアプロは見上げて、どうかしたのかと首を傾げます。
それには応えず、わたしはそのままアプロの背中にまわり、肩から前に腕をまわして背中を抱きしめる形になりました。
「アプロ」
そうして、耳元に真摯な願いを込めて告げます。
「今晩はずぅっと一緒にいましょう?そして、朝になったらアプロに伝えないといけないことがあるので、聞いてください。アプロとわたしにとって、とても大事なことなんです」
「………うん、分かった」
わたしの腕に手を重ねたアプロの返事は、とても静かな、けれど芯の強いものだったのです。
翌朝。
いっぱい愛しあってぐっすり眠ったわたしたちは一緒に目覚め、そしてしばし見つめ合ったあとに交わした啄むような口づけのあと、わたしはアプロに告白をしました。
「わたしは、異世界の…日本で生まれ育った『神梛吾子』とは違う存在なんです」
って。




