第12話・獅子身族の掟 その1
実験とやらは成功しました。
あれからすぐに街に帰り、アプロん家にあった励精石を使ってギルドに持ち込むと、その場で針を一本作ってもらいました。
それに呪言を徹せるようにしてもらうのはマイネルの伝手ですぐにやってもらえましたが、あれって結構面倒なんですね。聖精石にするところって初めて見たんですが、まち針の役目を果たせるよーにするだけなのに、まー聖職者だかなんだかの手を何人も煩わせる羽目になりまして。
時間そのものはそれほどかからなかったので、すぐ翌日にテキトーな穴を見繕って(普段は街の衛兵の人が出向いて片付く程度のものらしく)、わたしが穴を縫い合わせる代わりにまち針でとめて、どうなるかを見守りました。
結果、ちゃんと穴は閉じた状態で留まっていました。実験は成功したと言えるのでしょう。
ただどーにも解せなかったのは、まち針でまとめただけでは魔獣の出てくる穴は塞がって消えなかったことです。いちいち縫わなくてもいいんじゃない?と内心期していたわたしは拍子抜けです。
アプロにそのことを聞いたら、
「縫いやすいようにまとめるまでが聖精石としての機能なんだから、当たり前」
とあっさり言われてしまいました。
それならアプロの剣はどーなの、って話ですけど、そこは複雑な機能をややこしい手続きを踏んで力を発揮出来る高級品、ってことなんですかね。
なんだかファンタジーというよりメルヘンに片足突っこんでいるみたいで、なんとももにょもにょしたわたしなのでした。
そして方針がハッキリとしたので、まち針の材料を手に入れるべく、いつもと違う目的で出発します。
聖精石に加工するには大量の励精石が必要です。まち針といえども大量に必要になりますから、それなりに量は必要なのです。
それの都合をつけるために、ゴゥリンさんの出身地へ向かうわけなのですが。
「…別にアプロも一緒に行く必要無いんじゃ?」
「街にいたって会いたくもない客に引き合わされるだけだもんなー。それともアコは、私がいない方がいいのか…?」
そんなしょんぼりした顔で見ないで欲しいです。悪いことをしてる気になるじゃないですか。
それと、今回いつもと違うのは。
「………」
「あ、ゴゥリンの馬ちょうど良かったな。おまえ体おっきいから乗れる馬探すのが大変だったんだぞ」
徒歩じゃなくて、馬に乗っての行程になる、というところでした。
ちなみにわたしは馬には乗れないので、アプロのうしろに乗せてもらいます。
「マイネル、結局来られないんですね」
「もともとあいつは穴塞ぎのためにいるからな。今回は別にいいよ」
マリス様が離してくれなかったんじゃないですかねー、というわたしの感想は呑み込んでおきます。わたしは野暮を嫌う女なのです。
「じゃあ、出発しようか。アコ、乗って」
「はい」
街の門にさしかかった時になって、わたしたちは馬に乗りました。基本、街の中では緊急時以外は騎乗が禁止されているのです。危ないですからね。
差し出された手をとって、よいしょと馬に乗りました。女の子が乗るということで、アプロの馬はどちらかといえば小柄ですから、それほど苦労することもなく二人乗り用のおっきめな鞍に腰掛けることができました。
「アコ、馬は乗ったことあるか?」
「無いですけど、お父さんのバイクの後ろに乗せてもらったことはあるから、大丈夫だと思いますよ」
「ばいく?」
「…えーと、鉄で出来た馬みたいなものです」
「へえー…一度見てみたいなあ」
「聖精石を動力にすればなんだか作れそうな気もしますけどね」
ビバ産業革命。今は直接光ったり攻撃したりする使い方が多いですけど、なんでも出来そうですからねえ、聖精石。日本に帰れる時が来たら、お土産に欲しいものです。
「よし、アコ。振り落とされないようにちゃんとしがみついていろよ。ゴゥリン、いいかー?出発するぞ」
「…(コクリ)」
「え。あのアプロ?振り落とされそうなくらいスピード出されたりするとわたしこまひゃぁぁぁぁぁっ?!」
「あははは!馬の遠出は久しぶりだから、楽しむぞーっ!!」
「待って待って待ってちょっ、ちょっと…じゃなくてもっとゆっくりゆっくりーっ?!」
「あはははははは!!」
「……(ふぅ)」
必死にアプロの背中にしがみつくわたしを乗せて、上機嫌のアプロはいきなりフルスロットルで駆け出すのでした。うう、酔いそう……。
・・・・・
「アコ、大丈夫かー?」
「………大丈夫なわけ…ないじゃないですかぁ…」
ばっちり酔いました。わたし乗り物には強いはずなんですが。
なんだかもう、馬から下りても内臓が上下左右にシェイクされる感覚が続いているみたいです。おのれアプロ、今度泊まりに来たときは覚えておくといいです!
「野営にはまだ早いけど、今日はここまでにしておくか。なんかアコがへばってるし。ゴゥリン、荷物下ろしておいてくれー」
散々とばしましたものねー…いつもなら一日で歩く距離をとっくに超えてます。お昼過ぎに出発したはずなんですが。
わたしはまだ体中が揺れてる感覚をどーにかなだめながら、野営の準備を始めたアプロとゴゥリンさんをぼけーっと眺めます。
それにしても、これだけさっさと移動出来るんならいつも馬を使えばいいと思うんですけど。何か理由があるんでしょうかね?
その馬は荷物と鞍を外され、軽くなった体を楽しむようにそこらで小走りしてます。時々止まって草をもしゃもしゃ食べてたりもします。
馬とか牛を見てていつも思うんですが、草だけでよくあんな筋肉維持出来るものですね。
「………」
そして一人膝を抱えてたわたしのところに、ゴゥリンさんがやってきました。
水の入った革袋を寄越してくれたので、わたしは礼を言って一口飲みます。うん、おいしい。
そんなわたしを見て、フッと笑ったように見えたゴゥリンさん、よっこいしょ…とは言いませんが明らかにそんな感じでわたしの隣に腰を下ろすのでした。
「…あのー、ゴゥリンさん。これから行く場所って、ゴゥリンさんが住んでた場所なんですよね?どんなところです?」
まあ返事は…期待出来ませんけど、このまま黙ってるのもわたしとしては愛想ないじゃないですか。
だからそこそこ元気も出てきたので、一人であれこれ喋ってても構わない、くらいのつもりでいたんですけど。
「………山間の、暮らしの厳しい集落だ。何も無い」
…と、ゴゥリンさんの、イメージに違わない渋い声が聞こえた時はビックリして固まってしまいました。
「………どうした」
「…あ、いえー……そういえばゴゥリンさんとちゃんとお話するのって初めてかも、って」
冷静に考えればけっこー失礼なことを言ってるような気もしたんですが、ゴゥリンさん、穏やかに笑って(少なくともライオンのお顔がそう見えたのです)、何を言ってやがる、みたいにわたしの頭を荒っぽく撫でたのでした。
手は人間のものより指は短く毛むくじゃらなのですが、手の平にあたるところにはごわごわした肉球のようなものがあって、ちょっと気持ちいいかも、と思うわたしです。
「おーいアコー、天幕張るから手伝ってくれー!」
そんなゴゥリンさんの仕草にしばし和むわたしを、アプロが呼びます。
なんとなく名残惜しくはありましたが、まだ休憩を続けるゴゥリンさんをちらっと見てから、風に煽られて慌てて天幕を抑えているアプロを手伝うために立ち上がったのでした。




