表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/206

第118話・アウロ・ペルニカの攻防 その16

 「………」


 机の上に両手の拳を握り、俯いたままのマリスの肩が震えてました。

 まー、わたしの言うこっちゃねーですけど、こーして一日終えた後でマリスに怒られてると、


 「ああ、今日も一日無事に終わったなあ」


 …って、思うんですよ。


 「冗談言える元気があるなら、話始めても大丈夫そうだね」

 「空元気に決まってるじゃないですかー…」


 二日前に比べると面子も大分減った執務室での会議に、流石にわたしも暗鬱とした気分にはなっています。


 援軍の部隊長だったお二方は言うに及ばず、ブラッガさんもケガの治療のため代理のフィングリィさんが出席し、フェネルさんは夜間の街の防備の指揮(といっても衛兵のひとたちをかり出すわけにいかないので、臨時の自警団を組織したそーですが)をとるために姿を見せていません。グレンスさんも同様に、教会が主に担っているけが人の治療を指揮しているのですけど、今はその手を休めて会議に顔を出せてはいる、という状況です。

 そして何よりも。


 「…それで、アプロニアさまの具合は、いかがなのです?」


 わたしたちの中心にあるべき姿を欠いていることが、一同の表情も内心も、暗くしているのでした。


 「表面的なケガそのものはひどくはないのですが、頭を強く打っていたため、しばらく安静が必要です。ご本人はいいから前線に戻らせろとしつこく仰ってはおりますが、その実お足元もいくらか覚束無かったもので…」

 「そうですか…」


 わたしも夕方になってから見舞いにいったんですけど、あれ本人が「大丈夫だって!」…って言うほど大丈夫じゃない気がするんですよね…。ヘンに興奮していましたし。

 明日のことはともかくとして、今晩は大人しくさせておくことに決めたグレンスさんの判断は的確だったとわたしも思うのです。聖精石を使った治療って、普通のケガには有効でも病気とか体の中の複雑な負傷には対応出来ないらしいですし。


 「しかし実際のところ、明日以降の戦いについてはアプロニア様が先陣に立たれないようだと、そもそも戦になるものかと…」


 と、これはフィングリィさんのもっともな発言。


 「被害は?…というより、もう明日戦える人数を数えた方が早そうですが」


 グレンスさんの指摘は病院の担当としては少し投げやりに思えます。それだけ疲れてるということなんでしょうけど。


 「ですわね。そろそろ教会にも収容しきれなくなっておりますし…」

 「はい。先ほどの点呼では…三十人を切っておりました」


 フィングリィさんの報告に、流石に一同絶句します。

 そして、明日の朝までに回復できる者を含めればもう少しなんとか…というとってつけた捕捉は、大して慰められるものでもありませんでした。


 暗い雰囲気の中、僅かに光明を見出せる話題があるとしたら、明日の夕方には王都からの援軍が到着する見込みだというフェネルさんからの言伝くらいのものでしょう。


 「…アプロニアさまの回復…は、あまり期待しない方が良さそうですわね、アコ?」

 「さあ。ケガの治療のことなんか専門家じゃないですから分からないですし。でも、どんな状況だってあのアプロが寝てるわけありませんから。朝が来たら止めるひとたちをぶん殴ってでも戦おうとするでしょうね」


 わたしの大好きなアプロは、そういう子ですから。


 そう付け加えたわたしの言葉に、なんとなく場の空気もなごんだのでした…と思ったんですけど、よくよく考えたらわたしの場を弁えない惚気に苦笑されてただけかも。


 「ま、最悪アコ殿を人質にしてでも、アプロニア様にはご静養頂くのがよろしいでしょうな。お二人抜きで戦線を維持する算段をした方がよさそうだ」

 「…グレンス、それが出来るなら最初からやってるよ。アプロとアコが元気でいるのが今回の戦いの最低限の、条件だ。アプロが戦えないのなら、アウロ・ペルニカは終わりだよ」

 「…やれやれ、朝が来て欲しくないものだと心の底から思いますな。ありがたいことに生まれて初めてのことです」


 苦り切ったマイネルの口調は、まだ年長者らしい余裕を見せるグレンスさんと比較すると、ひどく若さを感じさせます。悪い方に、ですけど。


 「………」

 「……」

 「……ズズッ」


 静まりかえった部屋の中、水を飲む音だけがやけに大きく響きました。それが誰のたてた音かに思いを致す間も無く、マリスが厳しい声で告げます。


 「…それで、アコ?あなたが何をやったのか、説明して頂けるのでしょうね」

 「………」


 …まーそりゃー質問は来るとは思ってましたけど、それがマリスから、とはちょっと予想外なのでした。やっぱり疲れてるんでしょうね…わたしに気を遣う余裕すら無くなってるんですから。


 「…わたしだって説明に困りますって。それが出来ることだ、って分かってはいても、どうして出来るのか、なんか理解してませんし」

 「ではなぜ…!」

 「大事なことは」


 泣きそうな顔で立ち上がり、強い言葉で言い募ろうとしたマリスをわたしは、言葉だけで押し止めます。

 だって、わたしよりもずっと重い責任を背負わされてる年下の女の子の顔なんか見たら、誰だってはったりの一つや二つ、かましたくなるでしょーよ。


 「今できることを確認して、どうすればそれを最大限活かせるか、じゃないですか。そのためにみんな疲れた体と頭を使って、こんな話してるんじゃないですか」

 「…なにか、妙案でもあるのですか?」

 「正直に言えば、街のひとたちを安心させられるような考えなんかありません」


 幸いにも今日はバギスカリとあの忌々しい一本角の牛の群れを退けた後、新しい魔獣の出現は起こりませんでした。

 街への侵入もなかったことで、住人の間にもほんの少し、安堵した空気がありました。

 けど、それが明日も続くかどうかなんて分かりませんし、ここからでも見える魔獣の穴は、その存在感だけでわたしたちを苛むのです。


 でも、です。


 「アプロを欠いて明日一日戦えるのかどうかを考えたとき、わたしは出来ることを全部やるしかない、って思ってます。わたしが出来ること、それは魔獣を斃さなくても穴を塞ぐことが出来る、第三魔獣に対しては近づきさえすればなんとかすることも不可能じゃない、ってことです。ね、みなさん。わたしはアプロのように力強く街を守ることは出来ないかもしれませんけど、街を守りたい、そのためにやれることを示すことは出来るんです。それを活かすために、どうか力を合わせてもらえませんか?」


 「……ふむ」

 「是非もありませんね」

 「僕が反対する理由はないよ」


 大人三人は、こう請け負ってくれました。

 あとは、マリス。あなたの決断次第なんですよ。


 「………」


 唇を噛み、縋るようにわたしを睨んだままのマリスは、散々考えたあとで。


 「…分かりました。わたくしの知識ではアコの力になれるかは分かりませんが、全てを注いで、街を守りましょう」


 ごめんなさい、と聞こえないように呟いてから、固い声でそう言ったのでした。




 それから後は、話はスムースに進みました。

 方針さえ決まれば簡単なことです。


 決まったのは、残った衛兵さんたちはわたしを守ることに全力を尽くすこと。

 そして、街に侵入を許してしまった場合、アプロを働かせてしまうことになること。

 街の有志による自警団のひとたちにも合力を求めはしますけど…あんまり力を借りたくはないなあ、と全員が唸ったものです。だってねー…戦意旺盛なのはいいことなんですけど、結局ケガをするだけ、ってことになりそーなんですから。

 あとは、アプロをどう抑えつけとくか、って話になりましたが、


 「どーせ剣をもってなければ呪言だって使えないんですから、剣をとりあげて縛っておけばいーんじゃないですか?」


 というわたしの一言で全部解決しました。

 後が怖い、とマイネルが怯えていたのを除けば、ですけど。


 さて、話はまとまりました。

 あとわたしのやることなんて、ご飯食べて寝るだけです。おやすみなさい…。



   ・・・・・



 「…なーんて、おとなしくしてるわきゃねーんですよね、わたしが」

 「誰に言ってんだぁ?」


 うしろに付いてきていたグランデアが、眠そうな声でツッコんできました。この状況であくびをかみ殺しながら、とか神経の太い男ですね。


 「いや、昼間あんだけ動き回っといてよ、寝入りばなに叩き起こされりゃ誰だってそうなるだろうがよ。結局何しに行くんだアコ」


 なにって。

 わたしたちは誰にも知れぬよう街を出て、遠近感の狂うサイズのために意外と近くに思える(そして歩きだと困るくらいには遠い)、残る魔獣の穴に向かっているんです。

 この状況でやることなんか、ひとつしかないでしょうに。


 「あの魔獣の穴を塞ぎに行くんですよ。当たり前じゃないですか」

 「…………………………………はあ?」


 えらい長考してましたね。わたし、そんなにむつかしいこと言ったわけじゃないんですけど。


 「そういう意味じゃねえおめえの頭の具合を心配したんだよ!…おい、この人数で魔獣退治とか冗談じゃねえぞ?!死にに行くだけだろうがよ!」

 「死にに行くみたいなもん、ですらないんですか。あなたわたしを何だと思ってるんですか」

 「あー、性格は悪ぃけど頭までは悪くなく、けど性格以上に口の悪い、まあ美人には入ると思うが可愛げはねぇ女。あと、もう少し出るトコ出てれば言うこたねえんだが」

 「失礼極まりますね。あとでぶっ殺しますよ?」

 「…笑いながら『殺す』と言われるとこんなに怖ェとは思わなかった。次から気をつける」

 「そーしてください」


 立ち止まってグランデアにわたし最高の笑顔を向けると、えらく神妙な顔つきでコクコク頷いていたので、今回は勘弁してあげることにします。ていうかそこまで怖がられると逆におちょくられてるような気になるんですが、気のせいでしょうね、と「最大級に褒めたつもりだったんだが」とかなんとかブツブツ言ってるバカヤロ様を従えて、わたしは歩みを再開しつつ、考えます。

 グランデアが乗り気じゃないのは分かります。お腹もくちて翌日に備えてさあ寝よう、って時に連れ出されれば文句の一つも言いたくなるってもんでしょう。そのはけ口にされるのは許しませんけど。

 でもですねー、これはチャンスだと思うんですよ。

 いろいろ損なうものもないわけじゃないにしても、魔獣の現れる前に穴を塞ぐことが出来れば、街を危険に晒すリスクなしに全部解決出来るじゃないですか。

 穴から出現していた魔獣を一度全滅させる、という、わたしの手で穴を塞ぐために必要だった手続きが一つ省略出来るのが分かったんですから、これはもう最大限利用しませんと。


 「…アコの言いたいことは分かるんだけどさ、それで少人数で、しかも他の皆に黙って出てくる必要は無かったんじゃないかな」


 と、もう一人の同行者がぼやくよーに言いました。


 「だって相談したら止められるの分かってますし。それに失敗した時にはやっぱり今までのやり方に立ち戻らないといけないんですから、衛兵さんたち消耗させるわけにもいかないでしょう?」

 「それにアプロが絶対止めるだろうしね」

 「そういうことです」


 分かってるじゃないですか。黙って出てきた理由の大半はアプロのことがあるからですしね。


 「それにしたって僕を連れ出す理由は無いんじゃないのかな…」

 「なんです、さっきから文句ばっかりじゃないですか。今回さっぱり活躍してないから見せ場作ってあげようというわたしの親切をなんと心得ますか、この男はもー」

 「ありがた迷惑っていうんだよ、そういうのは。ああもう、帰ったあとでマリスに何て言われるか考えると、帰るのが怖くなるよ…」

 「といってわたしとグランデアだけで行かせたら、アプロに何をされるか分かったものじゃないですよ?」

 「なんで僕がアプロに怒られるのか理不尽すぎて理解に苦しむけど…残念ながらその通りだよね。だから付いてきたんだよ。僕の役割としては、アコが無茶しないように抑える、ってとこだと心得ておくからね。頼むから無茶だけはしないでよ」


 分かってます。わたしだって命は惜しいですからね。

 …というつもりでにっこり笑ったら、マイネルはゲンナリした顔になったのでした。なんでだ。


 「おう、どうでもいいけどよ、どこまで歩けばいいんだ?あまり近付くと魔獣どもが起き出したりするんじゃねえのか?」


 なんて感じの話をしていたら大分ゆっくりした足取りになっていたみたいで、わたしを追い越して先に進んでいたグランデアが引き返してきてました。


 「起き出したりって…そんな馬鹿な話あるわけがないだろ。大規模出現の時は夜間の活動は記録されていないんだから、心配はないよ」

 「今まではそうだった、ってだけだろ。今回もそうなるって保証はねえじゃねえか。ったく、これだから頭でっかちの導師サマはよう、現場ってものを知らねえからな。足元を掬われたって知らねえぞ」

 「魔獣相手の場数なら君より遥かに踏んでいるんだけどね。自分の思い込みだけでものは言わない方がいいよ。知性の足りなさを露呈するだけだ」

 「おう、言ってくれるじゃねえか。教会を悪く言う気はねえけどな、オレたちを見くびってたらタダじゃ済まねえからな。覚えとけや」

 「衛兵の皆はそれぞれに相応しい場で力を発揮しているものだと思っていたけどね。どうやら何ごとにも例外はあるみたいだ」

 「そういうおめえはオレたちの想像通りの振る舞いで結構なこった。そうそう、教会のお偉方なんざそれでいいんだよ、ケケケ」

 「はいそこまでー。別に仲良くしてください、なんて言うつもりはないですけど、ケンカするくらいならお互い口も利かない方がまだマシですよ」


 呆れたわたしの仲裁に、二人は「ふんっ!!」とつむじ風でも起きそうな勢いで互いにそっぽを向くのでした。

 わたしとしては、アプロとベルのけんかを見てるみたいで微笑ましいくらいのものですけど、それにしたってこの二人、グランデアの方が年上にしたってマイネルも年齢不相応に落ち着きのある方のはずなんですが、どーしてこうも子供っぽいんだか。


 「…どれくらい近付いたらいいかは針でアタリをつけないと判断つきませんし、一度やってみます。とはいえ、グランデアじゃないですけど、何かの間違いで魔獣が出てきたら逃げ出さないといけないので、慎重に行きますから」

 「…分かったよ」

 「…異論はねえよ」


 今のところわたしの言うことなら素直に聞いてくれるのが救いと言えば、救いなのです。頼みますから、仲違いしてとんでもないことになるのだけは、勘弁ですからね?


 一応釘を刺しておいて、わたしは針を取り出します。

 いつもの、針からの糸ではなく、わたしの生み出した糸を繰り出し、前方に掲げます。穴を穴としてこの世界に留めている石の存在を測るためです。


 「……聞こえますか?」


 わたしは心を静かに、けれど強い願いを込めて話しかけました。

 聞こえていたなら、どうかあなたの存在の意味を確かめて。


 そしてこの夜が、どうか長いものでないことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ