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第106話・アウロ・ペルニカの攻防 その4

 「何を考えているのですかアプロニアさまはっ!!」


 わたしを差し置いてマリスが喚いていました。それ今この世界でわたしに一番似合う台詞だと思うんですけど。


 「だってこーしとけばさ、アコが異世界から来たとかそんなことどーでもよくなるじゃん。この際面倒事になりそうなことは忘れさせとけばいーだろー、って」

 「それにしたってもっと穏便なやり方というものがあるではないですかぁ…もう、わたくしのところにまで問い合わせが来て困っているんですわよ…『あれ、どういうことだ?』と」


 それ多分野次馬とか物見高い何とかってヤツで、特段深刻な話じゃないと思いますけど。


 広場でのアプロの布告というかリア充宣言の後、わたしたちは場所をアプロのお屋敷に移して善後策を講じる会議の最中です。

 まあ街の中で基本的にやることはもう昨晩のうちにフェネルさんたちが決めておいてくれたので、こっからは外交というか街の外でどう振る舞うか、って話になるんですが、一向に話が進みません。


 「気にしなくてもいーだろ。それよりさ、マリス。これちょうどいい機会だと思わないか?」

 「いい機会ぃぃぃぃぃ?またろくでもないことを思いついたのではないでしょうね?」

 「ふっふっふ…おめーにとっても悪い話じゃないぞ?いいか、この騒ぎだ。少しの事くらいではみんな驚かない。つまり、だ…」

 「…つまり?」


 応接間のテーブルを挟んで、アプロとマリスが顔をつき合わせます。アプロはすんげー悪い顔をしていますが、純真なマリスはそのことに気付かないよーです。


 「おめーとマイネルの婚約を今発表しても、誰も不思議に思わねー、ってことだ。何せ人気者の領主の恋人が発覚したとかだもんなー。それに比べたら大した騒ぎになりっこないって」

 「…な、なるほど、確かに言われてみればその通りですわね」

 「その通り、じゃないよマリス…それとこれとは話が別なんだから、アプロに誑かされないで」


 そして当然のように慌てたマイネルが乗り気になったマリスを止めます。わたしがマイネルを止めておけば面白いことになったのに…と思っても、後の祭りなのでした。


 「で、冗談はともかくとしてだな」

 「…お兄さまとのこんやくはっぴょう…なんでしょう、このこころうたれるひびきは…」

 「教区長、お気を確かに……夢うつつ、ですな。どうしましょうか?」

 「ほっとけって。結論出てからでいーだろ」


 …最近マリスの扱いがぞんざいになってる気もしますが、ともあれアプロにわたし、マイネルとマリス、こーいう集まりに顔を出すのは割と珍しいゴゥリンさん、それからグレンスさんの六人で、当面の方針の話し合いが始まります。


 といいましても、上の方での方針なんか今さら変えようがないのでして。


 まず、徹底的にアウロ・ペルニカを堅城化して援軍が来るまで耐え抜く。

 それがどれくらいになるのかは分かりませんが、隣街であれば、運良く応援をもらえれば開戦前に。そうでなくても数日耐えればなんとか。

 王都からの援軍は数日は耐えないといけないでしょうけれど、妹可愛がりのヴルルスカ殿下のことですから、魔獣が来るまでに間に合うことはないにしても、戦力においてはこちらがドン引きする勢いで来てくれること請け合いです。


 「…ま、つまるとこ早い方の援軍については必ずしもアテにはせず、兄上の寄越してくれる援軍を待つ、ってのが基本になるんだけど…で、そのためにどーするのか、ってことだな」

 「籠城するのであれば、最初から打ってでない方がよろしいのでは?」

 「こっちが対応出来る程度に戦力差が無ければなー。ミアマ・ポルテで散々痛感したんだけどさ、戦力差が大きいと籠城しても攻め手側に取れる手が多すぎて、籠城する側は対応に追われるんだよ。だから今回みたいな場合は、ある程度こっちから戦場をかき回した方がいい。人間相手の戦争とはわけが違うんだ、そこんとこ見誤ると…ヤベーことになるぞ、グレンス」


 なるほど、と頷くグレンスさんです。

 この場って、個別の魔獣の対策みたいなのはしっかり講じられるひとは多いんですけど、戦争の専門家というかこういう大規模な魔獣との戦いを指揮官みたいな立場で経験したの、アプロしかいませんものね。

 グレンスさんがいかに老獪であっても、そーいうところはアプロの見識に従うしかないみたいです。


 「けどそうなると、実際にどういう役割分担をすればいいと思う?アプロと衛兵たちはまとめておくとしても、僕やゴゥリンはどうすればいいのかって…」

 「あー、そのことなんだけどな、マイネル」

 「うん?」


 割と現実的な話をしようとしてたマイネルを遮り、アプロは頭を掻きつつ続けました。


 「今回は私は一人で動く。マイネルたちは状況に応じてアコをよこしてくれればいい。ま、基本的にはアコの護衛ってとこだな」

 「…本気かい?」


 もちろん、などと決まり切ったことをアプロは言いません。


 「味方に犠牲を出したくないってのもあるけど、おっきな呪言使いにくいんだよ、敵味方が入り乱れてると。乱戦になる前になるべく数を減らして、近付かれたら皆にも参戦してもらうだろうけど、なるべくそうならないようにするし」

 「それでもアプロに直衛はいるんじゃないか?」

 「………(コクコク)」

 「頼むよ」


 自分が一番苦労するのが分かっていながら、それでも頭を下げるアプロです。

 そう言われてしまえばマイネルもゴゥリンさんも黙るしかないのでしょうけど…。


 「…アプロ、わたしだけは近くにいますからね」

 「だめ」

 「だめ、じゃないです。そっちの方が合理的です。だってわたしが近くにいないとアプロ無茶するじゃないですか」


 わたしまで、はいそうですか、と聞き分けの良いこと言えるわけがないのでして。


 「それのどこが合理的なんだよー。アコがそうしたいってだけじゃん」

 「そうですよ。でもアプロがやられたらこの戦いはお終いなんです。だったら、アプロの安全と街の安全どっちも守れるようにしないと。そういう意味での合理的、です」

 「むー……」

 「それに、穴が顕れたらわたしが赴くって言っても、そう簡単にいくわけないんじゃないですか?アプロの近くにいるのが一番確実ですよ」


 アプロがどんな絵図を描いているのかは分かりませんけれど、わたしだって今回はやるべきことをやってるとこを、皆に見せないといけないんですよ。遠ざけられてるうちにアプロひとりだけ派手に奮戦させておくわけにいきません。


 「…今は配置についてはいろいろな可能性を考えておくだけに留めませんか?わたくしだって衛兵の方たちが出張るのでしたらお役にたてますし、それならお兄さまに守って頂く必要もありますもの」

 「マリスまで前に出すつもりはねーってば」

 「ですけど、魔獣についての見識ならわたくしが一番ですわ。弱点をその場で指示出来れば助けになると思います」

 「…僕としてはそれは避けたいところなんだけどね…まあマリスの意志が固いなら、それを尊重はするよ」

 「………」


 …アプロ一人だけ危険な目に遭わせたくない、のは無論のこと、やっぱりみんな除け者にはされたくないんでしょうね。

 ミアマ・ポルテでどんな戦いをしたのか分かりませんけれど、もっとやれると思っていたのに、上手く出来なかったことで思うところがあるのかもしれません。


 「…分かった。どっちにしても魔獣の規模もどっちからやってくるのかも分からないんだし、いくつか考えてはおくよ。それと偵察だけど、うちの衛兵ではなくて商隊でやとってる傭兵の手を借りられると思う。矢面に立つ戦闘には関係させられないけど、その分街中の守備を連中には頼んでおく」


 商館の連中からの申し出ででな、と付け加えるアプロです。

 なるほど、協力が得られるのなら心強いことです。


 「ま、大まかな方針はこんなとこだけど。あとはフェネルたちの立てた計画に従って、街の防備を固めるくらいか。援軍の受け入れは教会に頼んでもいいか?」

 「お任せください」


 これは実務担当のグレンスさんです。


 さて、あとは自分の出来る事をやって、来るものを待ち構えることになるのでしょう。

 わたしは…あー、うん。ほんと、こーいう時ってわたし役立たずなんですよね…。



   ・・・・・



 予告された襲撃日の二日前です。

 問題が発生しました。


 「魔獣がどこからやってくるか分からない、かぁ…」


 お屋敷の執務室でフェネルさんから報告を受けたアプロが、天を仰いで慨嘆してました。


 「それって重要なんですか?」

 「重要に決まってるじゃん。何の予告も無く街のすぐ側に穴ごと現れるのか、群れを成して離れたとこからやってくるのか、遠くから来るにしてもどの方角から来るのかでこっちの対応も変わってくるし」


 なるほど。もっともな話です…って、あれ?でも魔獣って穴からそんなに離れられないのでは?


 「…ミアマ・ポルテの時は行軍一日分くらい離れたところにいくつも穴があったんだよ。その位置を見定めるのに時間かかって反撃の体制整えるのに時間かかった。だから、穴の位置は早めに掴んでおいたほうがいい。今度はアコもいるからさ、穴の近くで戦った方が効率良いと思う」


 まあ魔獣が出てくるところを叩いてわたしが穴塞いだ方が簡単でしょうしね。


 「魔獣は複数の種類出てきたけど、穴はどーいうわけか固まってたしな。まあそこんとこはさ、魔王の方にどんな事情があるのか知らないけど、前回の例に倣うしかないわけで。で、フェネル?援軍の到着はいつだったっけ?」

 「どちらも先触れは届いております。エススカレアとブレナ・ポルテ、いずれも明日中には到着する予定です。ただ、数の方が…」

 「この際まともに戦える人員を派遣してくれただけでも十分だよ。こっちの人数が百そこそこなんだから、ぜーたく言えないって。けど数が揃わない分、魔獣の動きは掴んでおきたいんだけどなー。穴の兆候だけでも」

 「空飛んで探せばいーんじゃないですか」

 「それもそーだな。フェネル、ちょっと行ってくるから後を頼む」


 はやっ。


 「…いえあの、自分で提案しといてなんですけど、さすがに軽率過ぎません?」

 「だから提案者には責任とってもらおーかと思う」

 「はい?」

 「アコ、一緒に行こ?」

 「…はい?」




 だからどーしてこーなった。


 わたしはアプロに抱えられながら街の上空を飛んでます。

 アプロのお休みの時にこーしてお空の散歩、としゃれ込むことはたまーにありますけれど、今度は遊覧飛行ってわけにもいかない状況だってのに、アプロはどこか呑気な口調で言います。


 「天気よくて良かったなー、アコ」

 「そりゃ大雨の中空飛ぶよりはマシですけど…もー少し真面目にやったらどうなんですか…」

 「真面目にやってるって。今の所近くには見あたらないし、少し街を離れてみよーか?」


 高度何メートルかは分かりませんけど、結構冷たい風にわたしは首をすくめながら答えます。


 「それはいいんですけど、どの方角に?まるで関係ない方に向かって空ぶったらとんだ時間の無駄ですよ」

 「いなけりゃいないで偵察の意味はあるよ。今時点でそっちにはいないってことは分かるし。まあアコの言うことももっともだから、王都と反対側…大体普通の行軍で一日分の距離までは探しにいってみよ?」

 「そうですね…って、ひゃぁぁぁぁぁっ?!」


 わたしが身構える間もなく加速するアプロでした。

 真面目にやってるといいつつ結構楽しんでるんじゃないでしょうね、この子はもー。


 「アコが一緒だと楽しーんだよ」

 「嬉しいこと言ってくれちゃってまあ…まあそれはわたしも一緒ですけどね。ただ、やるべきことはちゃんとやりましょう?」

 「分かってる」


 アプロもそこは真面目に答えてくれます。基本、真面目なアプロですからそこは心配してませんし、気負い過ぎてわたしが抑えにまわる必要も今の所は無さそうですね。


 そのままわたしたちは上昇し、王都と反対側…そうですね、方角で言えばフィルスリエナに向けて比較的ゆっくりと飛んでいます。ゆっくりなのは、わたしとアプロ手分けして左右を見張ってたからなんですが…。


 「アプロー、なんか水牛の群れがいますけど…あれ魔獣ですかね?」

 「この辺りでは割とよく見るよ。普通に野生の動物だなー」


 とか。


 「アプロ!あそこに風の柱みたいなものが…もしかして魔獣の穴…」

 「ただの竜巻だって。こないだも見たじゃんか」


 …といった具合に、わたしが役に立たないどころかアプロの邪魔をするだけのポンコツっぷりを発揮してしまい、なんかもー黙ってた方がいいんじゃないかといい加減落ち込んでしまったというわけで…。


 「……アコ、別に怒ってないって」

 「…でもあんまり役に立ってませんし」


 静かになってしまったわたしを気遣ってか、アプロは更に速度を落としてそんなことを言ってくれます。


 「ほら、しっかり見て。アコが役に立ってないなんてことないから。前も言ったけど、私はアコが一緒にいてくれるのが一番いーんだからさ」

 「…うー」


 周囲の探索もそこそこに、半ば駄々っ子をあやすようなアプロの口振りに、なんだか甘えてしまいたくなる気持ちが抑えられません。

 考えてみたら、魔獣の来襲が明らかになってからアプロに可愛がってもらってませんしね…っていやいや、もーあんな激しいのはこりごり…でもときどきならいーかも?……いやいやいや無いわーさすがに無いわー……でもでもちょっとよかったのは否定しないこともないというかー……。


 「アコー、どした?顔赤くして」

 「うひっ?!」

 「…寒い?一度降りよか?」

 「…あー、いえいえ。大丈夫です。気にしないでくださいー」

 「そっか」


 妄想にふけるわたしを、それでも具合が悪いのかとでも思ってか、速度を緩めてくれました。うう、困った。アプロが優しすぎてわたしダメになりそーです。


 「…もう一回りしたら一度街に戻ろ?何も異常ないみたいだし」

 「そうですね。出来ればもう少しこーしてたいですけど」

 「あははは、アコもなかなか言うよーになったじゃん」

 「ふふふ、恋人の影響ですかね?」

 「空でいちゃいちゃするのも悪くないなー。何せ邪魔が入らない」

 「まったくもって同感で……?」


 …気のせいですかね?なんか視界の隅の方で、すごく強い光が灯ったような気が…いえ、まさかね。やっぱりわたしの気のせいでしょう。


 「…アコ?」

 「え、いえなんでも…」


 ない、と言いかけたその時でした。

 地面に見えた光点が、そのまま面積を増したように…いえ、それがこちらに向かってくる()()だと気付いた時には。


 「アプロっ?!」

 「えっ?」


 …既に手遅れ、だったのです。

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