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竜の頸の珠

 燕の子安貝を手に入れ、村に帰ってから十日過ぎてからのことだった。いつものようにかぐやは俺とマイ、カレンを集めた。

「また、どこかへ出かけるのか?」

 問うと、かぐやは頷いた。

「五色の珠を」

「取りに行くのか?」

「破壊します」

 いつもは宝を取り行くのをかぐやは提案するのだが、今回は違っていた。破壊しなければならないわけとは何だろう。

「破壊とは、今回は事情が違いそうですね。それで五色の珠とはどちらにあるのでしょう」

 マイが尋ねると、かぐやは一呼吸置いて答えた。

「竜の首です」

「ということは、いよいよですか」

 竜と言う言葉にカレンが反応する。

「ええ、巨竜を打倒する準備はできました」

「それなら最初から竜を倒すって言えばいいじゃないか。どうして回りくどい言い方をするんだ?」

「巨竜はもともとただの竜でした。ただの、と言ってもその存在は十分凶悪ですが。はるか昔、それは五色に輝く珠を飲み込みました。それは竜の喉元にとどまり、竜に不死の力を与えました。不死となった竜は長い年月をかけて成長し、山のような巨体を得ました。そしてもともとの凶暴さとその巨躯から生み出される力で人類を蹂躙してきたのです」

「ほう、と言うことは」

 ここまでの説明でかぐやの意図を察した。

「そう、竜の頸の珠を破壊しない限り、竜は死なないのです」

「なるほど、わかった。目標は竜の頸の珠だな」

 

 明朝、俺たちは巨竜のもとへと旅立った。

 巨竜の居所は俺も知っていた。この世界の真ん中にあるだだっ広い荒野だ。もともと荒野だったわけではない。竜が荒野にしたのだ。五十年前に竜が焼け野原にしてから、緑は戻っていない。

 その荒野のさらに真ん中、そこには山がそびえている。正確には山のような巨体が、だ。

 巨竜はそこでじっと半世紀の間動かずに五十年前の戦いの傷を癒しているのである。

「なるほど、岩山にしか見えんな」

 竜の体表には生物らしさと言うものがなかった。鱗が変化したものだろうか、ごつごつと岩のようなものが身体を覆っているらしかった。その信じられないほどの巨躯と合わせて、巨竜を単なる山のように見せていた。

「で、これが目覚めかけているんだよな?」

「ええ、ギルドの調査では、復活の兆候が表れているのだそうです」

「では、眠っている間に一発お見舞いしよう、かぐやのあれがいいだろう。ほら、この前の」

 かぐやは頷いて蓬莱の玉の枝を構えた。枝の七色の実の内、黄色の実が輝き、そこから稲妻がほとばしった。稲妻は一度天に昇り、空高くから巨竜に降り注いだ。かぐやの必殺技だ。開幕から全力である。

 雷が直撃した竜は土煙をあげている。しかし、山のように動かないままでいる。

 まだか? そう思いさらに攻撃を仕掛けようと思ったとき、山が揺れた。轟々と音を立てて、丸まっていた状態から竜にふさわしい形をとっていく。街から街へと届く長い尾が伸び、一踏みで城が落とせる四肢がそれぞれ姿を現し、家一軒が丸ごと通る鎌首がもたげられ、その先には凶悪な貌があった。

 竜は眠りを妨げられた怒りからだろうか、それとも傷が癒えたことによる喜びからだろうか、天を仰ぎ、咆哮した。その音は人間の本能に刻み付けられた恐怖心を刺激し、足をすくませる。しかし、かぐやの蓬莱の玉の枝の緑色の珠は、空気を操る力を持つ。そのおかげで竜の方向は俺たちには届かず。すぐさま、行動に移ることが出来た。

「よし、行くぞ」

 俺は三人に声をかけた。本格的な戦闘の開始である。


 事前に簡単に作戦を考えていた。巨竜はあれだけの巨体だから、動き回られるだけで災害級である。よって、俺たちは巨竜の四本の足を順に潰していくことに決めた。

 巨竜は今俺たちに背中を向けている。俺は一目散に竜の左の後ろ脚に走った。

 近くで見ると、巨木のような脚にはもの凄い迫力があった。

 俺は光り輝く竹槍を竜の脚に突き立てた。今まで貫けなかったものは無かった竹槍は今度もやすやすと竜の肉を貫通した。

 しかし、竜ひるむことは無かった。これだけの巨体に細い竹槍の一撃は無いに等しいものらしかった。

 こちらが逆にひるんでいる間に、竜が歩き始めた。俺の眼の前の左後脚と右前脚が同時に前に出た。巨大な物体は移動するだけで乱気流を作り、強風を吹かせる。そして着地すると地面をぐらぐらと揺らした。風と地震のせいでまともには戦えない。早急に脚を潰さねばならない。

 竜はぐんぐんと前に進んでいく。恐らく、人間がたくさんいる場所、街に向かうものと考えられる。

 俺は竹槍を巨大化させた。太く、長く、鋭く。ミサイルそのものの大きさと形になった竹槍は俺が掲げた手に乗っかっている。重さはみじんも感じない。

「行けっ!」

 俺は歩いている巨竜の左後脚めがけて槍を投げた。ごうと言う音を立てて竹槍は飛んでいき、竜の脚に命中した。衝撃で土煙が舞った。しばらくしてそれが晴れると竜の脚はちぎれて落ちていた。

「よしっ」

 喜んだのもつかの間、竜は再び歩き始めた。速さはだいぶ落ちるが、三本の脚でバランスをとって歩いていく。


 右後脚にはかぐやが向かっていた。竜に追いつくと、手に持っている蓬莱の玉の枝の赤色の実から炎を出した。続いて青色の実から水の刃、黄色の実から雷、緑色の実から風の刃と様々な攻撃を繰り出したが、竜の身体はそれらをことごとく跳ね返した。

 かぐやの攻撃の手が止んだ。何かを迷っているふうにも見える。しばらくの後、枝の紫色の実が光った。かぐやは蓬莱の玉の枝の力のうち、紫色の実と藍色の実の力を使いたがらない。しかし、今回はそういう訳にもいかないだろう。

 紫色の実は毒の霧を吐いた。毒霧は竜の脚にまとわりつき、岩のような体表を侵した。わずかに効果があった。ぽろぽろと竜の鱗の一部が剥がれ落ちていく。しかしこれが決定打とはならない。

 かぐやは藍色の実を光らせた。

 藍色の輝きは冥界とつながっているとかぐやは以前話してくれた。その光はすべての生あるものを冥界へと引きずり込むのだそうだ。そして、あまりに凶悪な力だからなるべくは使いたくないということも言っていた。

 藍色の輝きが竜の脚を包み込む。竜そのものをあの世へ送ってくれるなら楽で助かるのだが、あれだけの巨体を消すだけの力はない。

 藍色の光はやがて消えていった。竜の脚を道連れに。

 竜は両の後ろ脚を失った。それでも前に進んでいく。人々を襲うために、二本の前足で街に向かって這いずっていく。


 そんな巨竜の前に燕の子安貝を得て空を翔ることが出来るようになったマイが飛んでいた。両手に持つ刃を仕込んだ扇で竜の左前脚を切りつける。まるで舞っているかのように美しくも、激しく。マイの一撃一撃は俺の槍や、カレンの拳に比べると威力に劣るかもしれないが、その手数だけは圧倒的だ。嵐のような斬撃で竜の脚は滅多切りになった。とどめにマイは空高く飛び上がった後、落下の威力を乗せた一撃をお見舞いし、竜の脚を縦に切り裂いた。ついに竜の左前脚は完全に動かなくなった。


 マイが巨竜を足止めしている間にカレンが右前脚への攻撃を開始した。カレンの打撃は重い。しかし、竜の分厚い鎧の鱗には損傷を与えられる様子は無かった。右拳、左拳、また右拳と攻撃を繰り返すが、効いている様子はない。

 以前口数の少ないカレンが話してくれたことがあった。自分の攻撃は怪物の表面を破壊することしかできない。普通の怪物ならそれで殺めるに足るが、相手が巨竜となると、強固な鱗に阻まれて、痛打を与えるのは難しいだろうと。また、こちらの世界に仏教を広めたという最初の僧侶は、打撃の威力を怪物の身体の内部に伝わらせ、体内から破壊することが出来た、とも言っていた。

 おそらくカレンは闇雲に竜の脚を殴っているわけではない、ここでその技を完成させようとしているのだと思う。

 カレンの何度目かの突きは明らかに音が違った。クリティカルヒットした音なんだと思う。もう一発突きが叩き込まれた。竜の脚がぐらりと揺れる。さらにもう一発、カレンの気合の入った渾身の突きが入った。

 一拍の後、竜の脚はあり得ないほうに曲がっていた。カレンは最初の僧侶と同じ技を完成させ、竜の右の前足の骨を砕いたのだ。


竜は全ての脚を失った。これでもう街を襲い、人々を蹂躙する心配は無くなった。竜は今初めて目の前の四人の小さき存在を睨んだ。先までの竜の目的はより多くの人類を地獄に堕とすことだったが、今では目の前の邪魔者たちを蹴散らし、再び眠りにつき、足の回復を待つことだろう。異次元な生命力を持つ竜だ、牛なった脚だってそのうち生えてくるだろう。そうすればまた街を襲おうとする。何度誰かが竜を退けても同じことの繰り返しだろう。この世界から竜の脅威を取り除くためにも今俺たちが竜を仕留めなければならない。

 竜が咆哮した。大気が震える。大地が震える。ただ、かぐやが蓬莱の玉の枝によって空気を操り、俺たちにその衝撃は届かなかった。

 燕の子安貝によって宙を舞うことのできるマイが飛び出した。一直線に竜の頸に飛び、手に持った仕込み刃の扇で斬撃を浴びせる。狙いは竜に不死の力を与えた頸の珠だ。

 竜は尾を振ってマイを叩き落そうとする。あんな巨大なのに衝突したらとぞっとした。しかしマイはひらりと身をひるがえしてそれを避けた。二度三度と竜の尾が襲い掛かるが、マイは華麗にかわし続ける。マイはこれまでも舞うようにモンスターと戦ってきたが、今回のはこれまでで一番美しかった。

 竜の攻撃をかわしながらもマイは竜の頸を切りつける。何度目かの斬撃で、竜が叫びながら大きくのけぞった。マイが竜の弱点を見つけたらしい。竜が珠を隠している場所だ。マイがつけた傷口から五色の光が見えていた。赤、黄、緑、青、紫だ。かぐやの蓬莱の玉の枝の出す光と一緒だ。つまりかぐやと竜は同じような力を使う。

 竜の傷からひときわ強い黄の光が漏れた。次の瞬間、光は全身におよび、竜は体から放電した。空気を引き裂く音を轟かせて稲妻が俺たちに襲い掛かった。

「お任せを」

 カレンが短く言い放ち、懐から仏の御石の鉢を取り出した。まあまあデカいはずなのだが、そんなところに入れて邪魔にならないのだろうか。そんなことを思っているうちに、稲妻は鉢の中に吸い込まれていしまった。竜は続けざまに水、風、毒を吐いたが、すべて鉢が飲み込んでしまった。

 竜は狼狽えたように吠えた。先ほどの咆哮とは違い、まるで力が感じられなかった。

「よし、俺が決める。カレン、かぐや、援護してくれ」

 仏の御石の鉢は攻撃を飲み込むだけでなく、吐き出すこともできる。カレンが竜に向けて鉢を構えるとそこから先ほど飲み込んだ竜の力が四色の光線となって飛び出た。光線は竜の尾に当たり、動きを止める。

 かぐやも蓬莱の玉の枝から七色の光線を放った。それは竜の頸の傷に命中した。

「タケト、行ってください」

 俺は、かぐやが放つ七色の光の内の橙色の光に飛び込んだ。橙色の光は攻撃の光ではなく道標になる光だ。今また竜の頸の珠まで俺を導いてくれる。俺はオレンジ色の光に包まれて真っすぐに竜の頸に飛んだ。

 竜が炎を吐いた。今までいくつもの街を焼き払ってきた地獄の業火だ。俺は炎にまかれた。微塵も暑さを感じなかった。初めて会った時のマイが倒すのを手助けしてくれた火鼠の毛皮から作った皮衣をまとっているおかげだ。

 炎から抜け出すと、そこには弱弱しい五色の光があった。俺は渾身の力を込めて輝く竹槍でそれを突いた。確かな手応えの後、それは粉々に砕け、やがて消えていった。

 竜は生のよりどころとしていた頸の珠を失い、残り火のような力を振り絞り弱弱しく吠えながら地面に崩れ落ち、動かなくなった。

「終わったか」

 竜の頭にもたれて座り込み俺は呟いた。竹槍しか装備できないで馬鹿にされたこともあったが、ついに巨竜討伐を成し遂げたのだった。

 仲間の三人が駆け寄ってきた。

「やりましたね、タケト」

 かぐやが言う。

「お前のおかげだよ」

 かぐやが現れなければ、俺はただの竹売りだった。かぐやはそれに何を言うでもなくにっこりと微笑んだ。

「さあ、帰りましょう。竜がいなくなったのでゆっくりできますよ」

 かぐやが手を差し伸べた。俺はそれを掴んで立ち上がった。

「私の燕の子安貝、壊れてしまいました」

 ふと、マイが呟いた。

「え?」

 見るとマイの掌の上に粉々になったタカラガイの残骸があった。

「仏の御石の鉢も」

 カレンは真っ二つに割れた鉢を持っていた。

「玉の枝は?」

 かぐやに訊くと、色を失い真っ白になった七つの実をつけた蓬莱の玉の枝を見せた。

 まさかと思い自分のを見ると、燃えるような赤色だった火鼠の皮衣は鼠色に変色していた。さらに光り輝く竹槍はくすんだ色のただの竹になっていた。

「役目を終えたのか」

 俺は小さな声で呟いた。宝だけでなく、俺も。


 村に帰った俺はかぐやが現れる前のもとの竹売りに戻った。以前と違い、家には爺さん婆さんのほかにかぐや、冒険者を辞めたタカ、マリが増えているが。マイは故郷に帰った。舞踊の仕事があるとか言っていた。カレンは四人で解放したあの西の寺に向かった。そこで修行に励むことだろう。

 巨竜の討伐で莫大な報酬が入ったから実は働かなくてもよいのだが、体を動かしていたかった。もしかしたらこの世界に俺が生きる意味は無くなってしまったのではないかと言う不安があった。俺は一生懸命働いてそれを考えまいとしていた。

 ある日、暇そうなマリが俺の竹狩りについてきた。鉈を使って竹を切る俺を見てマリは不思議そうに尋ねた。

「あんた、鉈が使えるんなら鉈でモンスターと戦えばいいんじゃないの?」

 実をいうと鉈をモンスター討伐に持ち込んだことがあった。だが、モンスターがいる領域に踏み込んだ瞬間に、鉈はずしっと重くなり、俺の手を離れた。道具としては使えるが、武器としては使えないということらしかった。

 ただ、竹槍以外の一切の武器を装備できないということは、俺の最大のコンプレックスなので、マリにはごまかしておいた。

「馬鹿。商売道具が汚れたら困るだろ」

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