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燕の子安貝

 エンセイジでの激闘の疲れが癒えたころ。例によって俺とマイ、それにカレンはかぐやに集められた。

「燕の子安貝を探しに行きます」

「何だい? それは」

「燕が産み落とすというタカラガイのことです」

「燕が貝殻を産むのか?」

「タカラガイと燕の卵がよく似ていることからそう言われますが、実際は異なります。それを手に入れた者は燕のように自在に宙を舞うことのできる力を手に入れます」

「ふうん」

 俺は空中からモンスターに攻撃する姿を思い描いた。それだけの機動力が手に入ったら大幅に戦闘の幅が広がるはずだ。

「よし、じゃあそいつを取りに行こう」

 黙って聞いていたマイとカレンも頷いた。


 一週間後、俺たちは東の海に来ていた。燕の子安貝は岸壁に開いた天然の洞窟の中に眠っているとのことだったので、そこへ入るためのボートが必要だった。

 俺たちは漁村に寄り、舟の操縦をしてくれる者を探した。

「しかし、男衆は皆出払っているぞ」

 村人に声をかけて合わせてもらった村長は俺たちにそう告げた。

「ちょうどこの村の特産であるアンギラの漁期でな、暇なものはおらんよ」

「そこを何とかなりませんか」

「いやはや、協力したいのもやまやまだが」

 村長は困ったようにかぶりを振る。

「おじーちゃん」

 村長のことだろう、を呼ぶ声があった。

「カイ、どうした」

 村長がカイと呼んだのは少女だった。十二、三歳くらいの、よく日焼けした活発そうな娘だった。

「あたしが行こうか」

 少女は自分のことを指さし、申し出た。

「ダメだろ、お前みたいな子供、しかも女の舟に他人様を乗せられるか」

「むー」

 一蹴されて、娘は頬を膨らませてむくれている。

 くすっと笑ってマイが尋ねる。

「村長さん、こちらは?」

「ああ、失礼した。これはわしの孫娘のカイだ。やんちゃ娘でな、姿が見えないと思ったら勝手に船を出して釣りに出ていたということもしょっちゅうで」

「ということは舟の運転もできるということですね」

「む、どこにそんな力があるのかというくらい、大人の男にも負けぬ速さで舟を走らせよる」

「では、お孫さんを貸していたただけませんか? 絶対に危険な目には合わせませんので」

 そこまで言うとカイの表情がぱあっと輝いた。

「おじーちゃん、お姉さんたちもこう言ってるしさ、行かせてよ」

 ねーねーとわめきたてる孫娘に村長は折れ、カイの同行を許した。


 カイは俺たちを舟に案内した。それは港の隅にひっそりと浮かんでいた。

「これがあたしの自慢の翠洋丸だよ」

 ご自慢の、と言うがそれは何の変哲もないボートにしか見えなかった。

「とても立派ですね」

 カレンが本心からなのか不明な感想を述べると、カイはふふんと胸を張った。

「さあ、乗って乗って」

 俺たちはカイに従い舟に乗り込んだ。杭に括りつけてある縄をほどき、カイが後から飛び乗った。オールを手に取り漕ぎ出す。ぐんぐんと加速していき、舟は水面を飛ぶように走った。

「その洞窟ならあたしも知っているよ」

 かぐやが場所を説明すると、激しい運動をしているはずなのに、涼しい顔で答えた。

「父さんたちには行くなって釘を刺されてる。怪物が出るから、大人でも近寄っちゃいけないんだってさ。けどさ、中はどうなってるのか気になるじゃない。お兄さんたちにあえてラッキーだったよ」


 やがて洞窟が見えてきた。波浪の浸食によって作られたそれは、獲物を飲み込もうと大口を開ける怪物のようにも見えた。

「入るよ」

 カイは洞窟の中に舟を進めた。

 すぐに明かりが届かなくなり、かぐやの持つ蓬莱の玉の枝の橙色の実が輝きを放ち、辺りを照らした。

 徐々に水深は浅くなっていき、地面が見えた。

 俺たちはボートを下りた。カイは適当な岩に縄でボートを固定した。

 かぐやが洞窟の奥側を照らした。横幅は人が楽にすれ違えるくらい、高さも二メートルくらいはあった。

 明かりをむつかぐやを先頭に、その隣にマイ、二人の後ろにカレンとカイ、敵の接近を知らせてくれる光り輝く竹槍を持つ俺をしんがりに洞窟の奥へと歩き始めた。

 地面はごつごつとした岩場で、思った以上に足場が悪い。頭上からは水滴が落ち、足元を濡らしている。俺は慣れない足場に苦戦し、しょっちゅう躓き、滑った。

「お兄さん大丈夫?」

 すいすいと歩くカイが俺の顔を覗き込んで言った。

「ああ、へーきへーき」

 その時だった、前方からカサカサと音が聞こえてきた。俺たちはいっせいに立ち止まる。前に注目すると、暗闇の中から虫が現れた。そいつは海辺の嫌われ者、フナムシだった。十匹はいた。そして、そいつらはバカでかかった。一匹一匹が大型犬ぐらいのサイズだった。鞭のような触角をひくひくさせて何かを感知しているかのようだった。そしてその黒々とした無機質の不気味な眼ばっちり目が合った気がした。

「うわっ、気持ち悪」

 カイがつぶやいた。

 その瞬間奴らは一斉に飛び掛かってきた。

 マイが即座に反応し、刃を仕込んだ扇を開き、踊るようにフナムシどもを切り捨てていった。あっという間に決着はついた。

「すごーい、お姉ちゃんかっこいい」

 カイは目をキラキラさせてマイに賞賛を贈った。

 しばらく行くと道が二叉していた。

「参ったな、分かれ道か」

「二手に分かれますか?」

 カレンが提案した。

「いや、その先でも無数に分かれているだろうな」

 俺は竹槍に道を尋ねた。こいつは今までも俺が行くべき道を教えてくれた。さあ、教えてくれ。俺はどちらに向かえばいい? 槍先がひとりでに右側の道を指した。

「槍が教えてくれた。右に行こう」

 再び先と同じ陣形で洞窟を進んだ。

 その先で何度となく巨大フナムシに襲われた。数えきれない量のフナムシを倒したが、奴らはいくらでも湧いてきた。しまいにはフナムシどもとの戦闘を避け、ひたすら槍の指すほうへ走った。

 やがて広い空間に出た。その瞬間にかぐやは走ってきたほうを振り返り蓬莱の玉の枝を構えた。七つの実のうち黄色の実が輝き、穴の中に閃光が飛んだ。次の瞬間にはあたりが真っ暗になり、少ししてかぐやが明かりをつけた。穴を覗くとかろうじてフナムシの形を残している死骸が転がっていた。

「今のは?」

「雷です。追ってくるフナムシを一網打尽にしようと狭い穴から出る機会を待っていました。

 さて、ここが目的の場所のようです」

 言われて、見渡すと。天井は高く、かぐやの明かりでも照らし切れていない。地面は円形で、直径は百メートルくらいだろうか。その中心にテーブル上の岩があった。近寄って見ると、テーブルの上には貝殻があった。いわゆるタカラガイのものだった。ただ、芸術的ともいえるきれいな卵型で、大理石のような光沢を放っていた。

「これがそうだな」

 俺はなぜか乱暴にすると割れてしまうんじゃないかという気がして恐る恐るそれをつまんで、持ち上げようとした。だが、びくともしなかった。まるで台になっている岩と一体となっているかのような手ごたえだった。

「……これも装備できねえってことか」

「どうしたのおにーさん、ふざけてるの?」

 そう言ってカイがむんずと貝殻を掴んだ。

「あれれ? 動かない。変なの」

 俺はかぐやを見た。かぐやはふるふると首を横に振った。自分のものではないとわかっているかのようだった。次いでカレンを見た。しかしカレンも同じく首を振る。

「燕のように宙を舞うなんて、マイ殿に最もよく適していると思いますが」

 言われて、マイが進み出た。そっと両手で包み込むよな形で貝殻を持ち上げた。それに合わせて貝殻の光沢が一層増したように見えた。

「よし、じゃあ帰るか。かぐや、あれを頼む」

 俺はかぐやに帰り道を教えてくれる蓬莱の玉の枝の橙色の実の力を所望した。かぐやもうなずいた。

 その時、竹槍がぶるっと震えた。敵の接近を知らせる合図だ。

「なんだ? フナムシか」

「上です」「上にいます」

 マイとカレンが同時に言った。

 俺は上を仰ぎ見た。暗くて生き物の姿は見えなかった。じっと目をこらすとわずかに何者かがうごめくのを感じた。

 何だ? そう思ったとき、その何かが天井から離れたのが分かった。まさか落ちてくるのか? と身構えた。だが、それは翼のあるものだった。バサバサと言うはばたく音が聞こえた。ちょっとしてそれはかぐやの明かりが届く範囲まで降りてきた。その翼は鳥のものとは違い、翼膜によって翼として機能していた。鉤爪の生えた脚に、頭の大きさに対して巨大な耳。黒々とした目玉で巨大コウモリは俺たちを睨みつけていた。実際には視力などほとんどないのだから。反響定位によって感知した異物のあるほうを警戒しているのだろう。

「ひっ」

 カイが悲鳴をあげかけ、咄嗟にカレンがその口を塞いだ。しかし、コウモリはその瞬間俺たちに襲い掛かってきた。かろうじて鋭利な牙の餌食となる前に、竹槍でコウモリの身体を打った。コウモリは上空に逃れる。今度はこちらからと自在に伸びる竹槍で攻撃した。コウモリは素早く、竹槍を難なくかわす。何度か試したが、すべて避けられた。

 かぐやが蓬莱の玉の枝から雷を放つが、一瞬の暗闇のうちにまたコウモリが襲い掛かってきたので、危険を回避しかぐやは明かりに専念する。

 カレンはカイを背中に守っていて、動ける状況ではない。

 マイはなぜか棒立ちになっていて、虚空を見つめている。

「マイ、どうしたんだ?」

 聞いてみたが、返事がない。

「タケト殿、奴が次に襲い掛かってきたとき、私が鉢で受けます。そうすれば隙ができるのではないかと」

 カレンが俺にささやいた。俺は黙って頷いた。その時ちょうどコウモリが再び襲い掛かってきた。カレンはコウモリの突進を仏の御石の鉢で受け止めた。すべての攻撃を反射するそれにまんまとかぶりついたコウモリの牙は折れ、たまらず上空に飛びのいた。俺は槍の一撃を繰り出そうとしたが、それよりも早くマイが飛び出した。飛び出したというが本当に飛んでいた、両手に扇を持ち、風を切り裂いていた。その姿はまさに燕だった。燕は真っすぐに大コウモリに飛んでいきその翼、扇でコウモリの胴体を切り裂いた。大コウモリは力を失い真っ逆さまに墜落した。

 マイは軽やかに宙を舞い、俺たちのそばに降りてきた。

「ごめんなさい。飛び方がわかるのに時間がかかっちゃって」

「いいえ、とんでもない早さですよ。かつて燕の子安貝を手に入れた冒険者は宙に浮くまでに二月かかったそうですから」

 かぐやがそんな説明をするとマイはふふっと笑った。

「二月も飛べないと偽物だと思って捨てちゃいそうなものですけどね。その方も辛抱強い方ですね」

「確かに」


 俺たちは蓬莱の玉の枝の力を借りて来た道を辿り、舟を止めた場所に戻った。

「あ、燕の子安貝の力でこの舟も飛ばせると思いますよ」

 全員が船に乗り込むとマイが意識を集中させた。すると舟はふわっと浮き上がり、洞窟の出口に向かって飛んだ。洞窟を出るとより高く上昇し漁村の方向にもの凄い速さで飛び、あっという間についてしまった。

 着水し、俺たちは陸に上がった。カイは縄で船を杭につなぎながら舟は海の上を走るものなのにとむくれている。空飛ぶ船はあまりお気に召さなかったらしい。それだけ舟へのこだわりが強いということだろう。少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 俺たちは村長に挨拶をし、カイとも別れた。

「すっごい楽しかった。また遊びに来てね」

 

 俺たちは村への帰途についた。タカラガイの力のせいかマイの足取りがいつもよりも軽やかな気がした。

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