火鼠の皮衣
狩人と女盗賊は蛇で痛い目を見て以来冒険者を廃業し、なぜか竹売りの爺さん婆さんの家に住み着いていた。俺はあまりいい気分はしなかったが、狩人、冒険者でなくなったから名前で呼ぼう、元狩人のタカはそのスキルを活かして野山で兎だのうずらだのを獲ってくるし、元女盗賊のマリは言葉巧みに竹細工を高値で売ってくるものだから爺さんたちが喜ぶので黙っていた。
「タケト、火鼠の皮衣を取りに行きましょう」
蓬莱の玉の枝を見つけてから三週間ぐらいたったころ。かぐやから提案された。
「巨竜は火を吐くと聞いたでしょう? 火鼠の毛で織った衣は燃えることがありません。巨竜との戦いに役に立つでしょう。
火鼠は南の火山に生える燃えつきぬ木に住んでいます。さあ、向かいましょう」
タカとマリに留守を頼み、俺とかぐやは南へ向かった。
火山は貴重な鉱石を産出することからふもとには鉱夫の街が栄えていた。そこで聞いた話によると、巨竜復活の噂が出てからというもの、山が騒がしくなったという。狂暴な鼠どもが湧くようになり、採掘作業が満足にいかないとのことだった。
「火鼠です。タケト」
かぐやが言うので頷いた。
「間違いなくここにいるな」
俺とかぐやは街で一泊し、山に入った。火山だからと言ってテレビゲームの火山マップのようにそこらを溶岩が流れているわけではないのだが、やけに暑い気がした。湿地の時とは違って、シンプルに暑さで汗が噴き出した。そんな俺をかぐやが見かねたらしい。蓬莱の玉の枝の青い実が輝き、霧が噴き出した。
「へえ、こりゃいいや、ミストシャワーか」
霧のおかげでだいぶ快適になった。
道中、興味本位でそこらの岩を砕いてみると、黄銅鉱だろうか、キラキラと光る石がゴロゴロと出てきた。
「なるほど、資源が豊富な火山みたいだな」
「この国の金属類はほとんどこの火山で生産されているみたいですよ」
「へえ、かぐやは物知りだよなあ」
素直なかぐやは褒められてうれしそうに笑う。つられて俺も笑った時、光り輝く竹槍がぶるっと震える。
「来たか」
俺たちは槍が示すほうに向かった。
やがて立ち枯れた木が見えてきた。よく見るとその木にはあちこち煤がついていた。
「これが例の木か」
俺は槍で木をつついた。すると、木のうろから鼠が這い出てきた。それも何匹も、うじゃうじゃとだ。そしてそいつらの毛並みは燃えるような赤色をしていた。俺は槍でそれらを払う。かぐやの持つ枝の青い実からは高圧の水鉄砲が噴き出し、鼠どもを薙ぎ倒す。
ものの数十秒ですべての鼠は動かなくなっていた。
「こいつらの毛皮をはぎ取ればいいのか?」
俺はかぐやに尋ねた。かぐやはふるふると首を横に振る。
「こんなハツカネズミを何匹狩ろうと皮衣は作れません。ネズミさんたちの親玉がいるはずです」
「この木はハズレってことか」
最強の竹槍も案外いい加減なものである。
それから火鼠の巣を5,6ヶ所はつぶしたが、どれも小物しかいない巣だった。
「鼠だけあって馬鹿みたいに多いな。貴重な幻獣だとばかり思っていた」
そう呟くと、
「それも巨竜が影響しているのでしょう。みすみす滅ぼされてはたまりませんから、今のうちに数を増やしているのです」
かぐやがもっともらしい説明をする。
「なるほどねえ、けど俺たちがこんなに狩って良いのか?」
「そこは幻獣ですから。人の手では狩り尽くせませんよ。姿を消したと思っても、また現れます」
ふーんと相槌を打ったところに槍の震えが来た。ここまでで最も大きな反応だった。
「アタリだ」
俺は確信していた。
槍が指すほうへ走る。
そこには巨木が生えていた。これまでの木と同じく、葉は無く、所々煤けていた。ただ、日本のテレビで見た、樹齢何百年という大木のように背は高く、幹は太かった。そして幹には洞窟の入口のように大きなうろが口を開けていた。恐らくそれが巣穴だった。
俺はそろそろと巨木に近寄った。あと少しで巣穴がのぞけるというところで、巣穴から炎が噴き出してきた。
「熱っちぃ!」
俺は慌てて飛び退く。
巣穴を見ると炎は引っ込み、同時に巨大な獣が躍り出てきた。地響きを伴い着地したそれは、確かに鼠の姿をしていた。ここまで蹴散らしてきたものと同じく真っ赤な毛並みの鼠だった。だが、けた違いに巨大だった。牛を一回り大きくしたようなサイズだった。奴が探し求めた火鼠に間違いなかった。
俺は竹槍をしごき火鼠に突進した。火鼠は口から火を吐き、俺の行く手を阻む。ならばと竹槍を伸ばして離れた位置からの攻撃を狙う。しかし竹槍は火鼠の吐く炎の熱風にあおられ、その巨躯には届かない。
かぐやは蓬莱の玉の枝をふるい、青色の実から霧を出して炎の勢いを止めようと試みた。しかし、気持ち火勢は弱まった気がするが依然俺たちが近寄れる気配は無かった。水鉄砲で直接の攻撃もしてみるが、今までの鼠よりも数段素早いそれをとらえることが出来ずにいた。
俺とかぐや、火鼠の動きは止まり、にらみ合いの状態になった。
にらみ合いは2,3分は続いた気がした。
「お困りですか?」
後ろから誰かに声を掛けられ、飛び上がりそうになるほど驚いた。
「お困りで?」
もう一度問いかけられた。若い、女の声だった。
「ああ、正直言って参ってる。誰かなんとかしてくれると助かるんだが」
「では、お手伝い申し上げましょう」
女は俺たちの横を抜けてすたすたと火鼠に詰め寄って言った。首元で黒髪を切りそろえた日本風の着物を着た後ろ姿には微塵の迷いも感じられなかった。俺は思わずその姿に見とれていた。
火鼠が大きく息を吸い込む動作をした。火を吐く準備だ。
「危ない!」
俺は叫んで、走り出した。しかし、鼠の喉の奥から炎が上ってくるのが見えた。間に合わない。そう思ったとき。女は両手に持っていた何かを振るった。それは扇だった。扇が勢いよく開いた。次の瞬間鼠の口から炎が吐き出された。まさに女を飲み込もうと炎が迫る。女は扇を振るう。扇が巻き起こした風が炎を消した。
「マジかよ、すげえ!」
女は止まらず目にもとまらぬ速さで鼠の足元に飛び込む。扇を振ると鼠の二本の前足から血が噴き出した。
女がこちらを振り返る。思ってたよりも若い、日本だったら制服を着て高校に通っていそうな少女だった。
「止めを!」
少女が叫んだ。
俺は頷き、前足を負傷し動けなくなっている鼠に飛び掛かった。目の前で鼠が炎を吐くが、少女がこれを無効化し、俺は鼠の脳天に槍を突き刺した。確かな手ごたえを感じ、火鼠は完全に地面に倒れた。これを確認し、さっそく火鼠の毛皮を剥ぎ取りにかかった。ちっぽけなナイフで苦戦する俺を見て、その少女も手伝ってくれた。
「ありがとう、助かったよ」
剥ぎ取りも含めて 少女に礼を言った。
「いえ、私こそ一人ではあれを絶命させるのにはてこずったでしょうから」
話を聞くと少女は火鼠の討伐依頼を受けてやってきたらしい。火鼠の毛皮をわけようとしたのだが、尻尾があれば証明になるからいいと言って断った。
そんなやり取りをしているとかぐやが俺の脇腹をつついた。
「どうした?」
「彼女を仲間にしましょう。巨竜討伐に力を発揮することでしょう」
「え、でもなあ」
巨竜との戦いにはできるだけ人を巻き込みたくなかった。装備を整えた俺と、戦うと言って聞かないかぐや、二人で戦うものだと思っていた。
「いいから」
かぐやの剣幕に押され、結局少女を誘った。
「よろしいのですか? 私、お強い方と一緒に戦いたいと思っていたのです」
少女は乗り気だった。
「いいのか? 巨竜と戦うことになるぞ」
「構いません。どこまでもお供します」
「……そっか、じゃあよろしく。まだ名前を言ってなかったね、俺は健人、こっちはかぐや」
「私、マイと申します。よろしくお願いします」
年相応のかわいらしい笑顔を浮かべて、お辞儀をした。どこまでも日本風だ。