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蓬莱の玉の枝

 一か月ほどの旅の末、俺はサクロの地に立った。そこはじめじめとした湿地だった。道中に寄った村で聞いた話によると、十七年前に隕石が落ちてからというもの、巨大な蛇どもが湧くようになったそうだ。そのため、今では人間がほとんど近づかないという。ところが、最近になってそれはそれは美しいという宝があるという噂が立ち、ちらほらと冒険者が訪れるようになったという。もっとも、彼らが帰ってくるのを見たものはなぜかいないそうだが。

 蛇と聞いてあまりいい気分はしなかったが、巨竜を打倒するために蓬莱の玉の枝が要るのだから、我慢して湿地に踏み込んだ。

 岩場を選んで進んでいく。羽虫が顔にたかってくるのがうっとうしい。湿度が高いため汗がだらだらと流れた。

 どれだけ歩いても景色が変わり映えしないので、退屈な気分だった。

「蛇は……出ないな」

 日本の、人が住む場所では見かけることのない蛇でも見れば少し気が紛れるんじゃないかと思い始めていた。

 やがて、大きな灌木にたどり着いた。

「ちょうどいい、ここで休もう」

 俺は木の根元に腰を下ろした。竹の水筒からちびちび水を飲んでいると、視界の上方、灌木の枝にうごめくものが見えた。俺はそちらを睨んだ。

 蛇だ。巨大な。2メートルはある。暗く茶色い体色に黒い斑点が浮かんでる。蛇は俺をじっと睨みつけていた。よく見ると蛇が巻き付いている枝は重みでしなっていた。

「マジかよ、アナコンダじゃないか」

 よく衛星放送で観る、探検チームが大蛇から逃げ惑うパニック映画に登場するアナコンダとよく似ていた。

 俺は腰に差した竹槍を抜こうとした。その瞬間奴は飛び掛かってきた。4,5メートルは離れていたのに一瞬のうちに息がかかるぐらい間近に蛇の顔が見えていた。

「うわっ!」

 俺は槍を突き出した、槍は蛇の口内、上あごを貫き、脳天まで貫通し、槍先は蛇の頭から露出した。槍を抜くと蛇は崩れ落ちた。

「なんてバネだ」

 冷汗が流れ落ちた。あんなものに死角から飛び掛かられたらひとたまりもない。

「気を付けないとな」

 俺は一層足元や頭上にも注意して先を進んだ。度々大蛇を見かけたが、もれなく竹槍の餌食になった。

 一時間ほどさまよったが、めぼしいものは見つからない。

「ずいぶんデカいんだなここは」

 額の汗をぬぐう。その時、槍がぶるっと震えた。

「なんだ?」

 槍が何かに引っ張られるようだった。俺は槍に従い進んでいく。

 しばらく行くと。向こうから人の声が聞こえた。何やら切迫しているようだった。様子を窺っていると、そちらから走ってくる者がいた。近づいてきたその者の顔は見覚えがあるものだった。

「あっ、お前は」

 なぜか二人の声は重なった。走り寄ってきたのは俺が最初にパーティを組んだ狩人だった。

「どうした」

 嫌な記憶がよみがえり、自分でも驚くぐらい冷たい声が出た。

 狩人も気付いたか、か細い声で答えた。

「向こうで蛇に襲われて、やられちまった。畜生、あんなの倒せねえ」

 俺は狩人が来た方向に向かった。

 そこで見たものは女に巻き付いた大蛇だった。先ほどまで俺が倒していたのよりも一回りデカかった。女はやはりあの時の女盗賊だった。蛇に締め上げられ、苦しそうに泡を吹いている。

「たすけて……」

 蚊の鳴くような声で聞こえた。

 俺は槍を蛇の頭に突き立てた。蛇は動かなくなり、女盗賊を解放した。

 彼らがダメージを与えたのか、周りにいた動きの鈍い蛇にもとどめを刺した。

 げほげほと咳き込んでいる女盗賊の顔を覗き込む。

「おい、なんでお前らもここにいるんだ」

「宝を探しに来たんだ」

 答えたのは狩人のほうだった。いつの間にかそばまで来ていた。

「宝?」

「うん、なんか貴重な宝があるって噂でさ。ギルドに調査依頼があって報酬がもの凄かったから受けたんだ」

「で、恐ろしい蛇に襲われたと」

「……ああ」

「戦士と魔術師がいただろう。奴らは?」

 狩人は俺が後に倒したほうの蛇を指した。見ると、腹が膨らんでいるのが分かった。

「産卵期か? まさかな」

 おれはナイフで蛇の腹を割いた。小さいナイフだから苦労した。大きすぎるナイフだと武器になって俺には装備できない。

 汗だくになって腹の中身を取り出すと、それは俺と入れ替わりにパーティに入った戦士だった。もう一匹の蛇の中からは魔術師が出てきた。二人ともすでに事切れていた。

「最初に戦士が水の中に引きずり込まれて、総崩れよ」

 動けるようになったのか女盗賊が近くまで来ていた。

「逃げなかったのか? ここから生きて帰った冒険者もいないって話だろう」

「ただのデカい蛇だと思ったの。それが全然歯が立たなくて、むきになった魔術師もやられるし」

「自分たちの実力もわきまえずにフィールドに出るのは無謀ってものだろう」

「……」

 パーティーを追い出されたときに言われた言葉をそのまま言ってやった。口の達者な女盗賊もこの時ばかりは言い返せないみたいだった。


 置いていくわけにもいかないから二人を連れて槍が示すほうに向かう。何度も蛇に襲われ、そのたびに竹槍で撃退した。連れている二人はというと、とっくに戦意を失っているのか何もできないで固まっていた。俺は馬鹿デカいカエルを二匹連れている気分になった。

 

 そうしているうちに、大きな池が見えた。不自然な程真円に近い形をした池だった。池の真ん中から枯れ木が突き出しいる。その木の根元のあたり、水中で何かが光っているのが見えた。

「あれだ」

 かぐやの言う蓬莱の玉の枝だと俺は直感した。

 不意に槍が強く輝きだした。嫌な直感も働いていた。池から距離をとる。

「どうしたの?」

 女盗賊が不思議そうに尋ねた。

「あの中にバケモンがいるかもしれない。やばい奴だ」

 女盗賊の顔から血の気が引いた。

「おい、池の中に矢を撃ってくれないか」

 狩人に頼んだ。

「分かった」

 狩人は頷き、池の中に矢を数発放った。

 次の瞬間、池の水が盛り上がり、どす黒い、巨大な影が姿を現した。

 それは大蛇だった。今まで出会ってきたものも大蛇と呼んでいたが、それらよりもはるかに大きかった。日本の電車を一飲みにできてしまいそうなくらい、巨大だった。

 俺は茫然とした。女盗賊は腰を抜かし、狩人ももはや目の焦点が定まっていなかった。

 さらに驚くようなことも起きた。大蛇の周りをちょろちょろしていた蛇が大蛇の視界に入った途端石に変わり、池の底に沈んでいった。

「マジかよ。やばすぎる。バジリスクだ」

「おい、あれじゃ近づけないぞ。逃げよう。調査依頼は達成したんだ」

 狩人がまともな提案をする。

「お前らはそうかもな。けど、俺のは宝の回収依頼なんだ」

「そんなこと言ってらんないだろ。あんなのと戦ったら死んじまうぞ」

「大丈夫、一撃で終わる」

「一撃ったって、近寄れなかったら当たらないだろう」

「大丈夫、この槍は伸びる」

「え?」

「槍よ、伸びろ」

 本当は言わなくてもいいのだが、化け物を前にしたテンションでついそう唱えていた。

 槍は大蛇に向かい一直線に伸びていった。手元に確かな手ごたえを感じ、槍先が大蛇に突き刺さったのが分かった。槍を戻す。大蛇は倒れ、池に沈んだ。

 狩人は唖然としていた。女盗賊も言葉を失っている。そんな彼らの横を蛇が逃げるように抜けていった。

「さて」

 俺は池のほうに向かった。鎧を脱ぎ、水に入る。

「おい、大丈夫なのか?」

「見てたろ? 蛇はもう出ない」

 歩き出したが、すぐに足がつかない深さになった。泳いで枯れ木のもとまで行き、十分に深呼吸して足元に見える光に向かって潜った。深さは5,6メートルほどだった。俺は光をがっちりと掴んだ。が、重くて持ち上がらなかった。

(しまった)

 これも武器なのだ。竹槍しか持てない俺では持ち帰れない。たまらず一度浮上した。どうしたものかと頭を抱えていると、こちらに向かって泳いでくる者がいた。近くまで来て見えた顔はかぐやのものだった。

「かぐや? どうして」

「うっかりしてました。蓬莱の玉の枝はタケトには持てないから、私が来ないといけないのに気付いて追いかけてきたのです。やっと追いつきました」

 そう言ってかぐやは潜っていき七色に光る実をつけた枝を持ってきた。

「さあタケト、帰りましょう」

 かぐやは蓬莱の玉の枝を点検し、満足そうに頷き言った。

 俺たちは池の岸に戻った。狩人と女盗賊は枝を見て感嘆したふうだった。

「しかし、帰るにしても迷いながら来たからな」

 途中から道を示していた槍も反応しなくなっていた。

「大丈夫です、この枝が道を示してくれます」

 かぐやが言うや否や、蓬莱の玉の枝の橙色の実が輝き一方向に光を発した。

 俺たちはその光に従い、湿地を抜け出すことが出来た。

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