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7 つかの間


 居間への道を歩いていると、妖精が一人でパタパタと飛んでいるのを見つけた。隣にソレイユの姿は見えない。


 こちらの姿を認めると、方向をくるりと変えて近づいてきた。


「……なんだよ」


 リアはじぃっとこちらを見ている。


「ふうん、なんか同じ顔で同じ服を着ても雰囲気違うもんだねぇ」


 そんな感想を言われても分からぬ、としか言いようが無い。


「で、お着替えどうだった」


「どうだった、と言われても何もなかったよ」


 悲しい記憶のことは封印しておく。


 今の姿は結局動きやすい服にして欲しい、というオレの最低限の要望だけはかなったものになった。スカートは免れなかったけど。


「お着替えそのものの話じゃなくてさ、服の話を聞きたいんだけど」


「何の感想も無いけど」


「そういうもの?」


「そういうもの!」


 こう、なんの感想も抱いていないというか、抱きたくないというか。


 自分が女の子の服を着ているという現実を未だに直視できていないのかもしれない。


 まあ街を歩いていても不思議はない服装かな、とは思う。


「そんなことより、なんでリアは一人でこっちに来たんだ」


「ソレイユがお花畑に水をあげるっていうから、暇になってあなたの着替えを見に来たのよ」


「見世物じゃないんだけど」


 見世物だったかもしれないけど。


「まあ間に合わなかったけどね」


 オレの憤慨と悲哀は軽く流された。


 しかし、花か。なんとなくソレイユが水やりをしているのは絵になりそうだ。ちょっと気になる。


 それとなく行けないだろうか。


「ねぇ、その花畑ってどこにあるんだ? さっきシエルに案内されたときは見なかったような」


『庭にありますので、少々遠回りになります。興味があるのであれば夕食前に一度寄りますか?』


「じゃあ、時間もあるし行こう」


『了解。リアに誘導していただいてもよろしいですか?』


 シエルのほうは乗り気になってくれたらしい。


「リアはどう?」


 そもそもリアは花畑が暇だからこっちに来たんだし、興味はないだろうか。


「ふーん、そういうこと?」


 妖精は訳知り顔でにやにやとしている。


「……なにさ」


「べっつにー。ソレイユにルナちゃんの新しいお洋服見せに行きましょうねー」


「そういうのじゃないけど」


「じゃあどういうことかきっちり教えてくれていいのよ?」


 ……からかわれているような気がする。


 オレが黙ったのを見て、リアは口元を押さえてくすくすと笑い始めた。


「ま、その真っ赤な顔が見られただけで十分かな。そうと決まればお花畑にいっきましょー!」


 リアは体を翻して先の方へと飛んで行ってしまった。よくわからない。


『そういうことでしたらマスター、早く見せに行きましょう』


「なんでシエルも元気なんだよ」


『より多くのかわいらしい星の王女(スターデレミー)を生み出すのが私の使命の一つなのです』


 こいつもこいつでよくわからない。






 リアのあとを着いて行くと屋根のついた広い庭園に着いた。


 その中心に鼻歌を歌いながら水をやるソレイユの姿があった。


「あら、ルナの着替えは終わったのね」


「ええ。ルナちゃんのおめかし姿を見せに来たの」


 違うといってもこの二人は聞く耳持たないんだろうな、と何となく思った。


『それで、ソレイユから見て今のマスターはどうでしょうか』


 自分自身なんだしどうもこうもあるまい、と思うのだが当のソレイユはじっくりと見定めてくる。


「……」


 何も言われないのに見られているのが、なんとも恥ずかしくなってくる。


「な、なんか言ってくれよ」


「自分自身に言うようで気が引けていたのだけど、私が着るよりもかわいらしく感じるわ」


「ソレイユの方が着こなせると思うけど」


 そもそも顔が同じというのだからそんな差は無いと思う。


「いいえ、着慣れていない恥じらいというのかしら。私に出せないであろう愛しさをかんじるの」


『そんなことありませんよ、ソレイユ。あなたとマスターのかわいらしさは、並び立つものであることを私が宣言します』


「あら、ありがとう、シエル」


 シエルの気遣いもソレイユの笑顔も微笑ましいんだけど、そろそろ解放してほしい。羞恥のムシロもいいところだ。


 いつまでもオレの服装に関する話をされても困る。話を転換させねば。


「ところで、なんでソレイユは水やりなんてしてたんだ? メイドさんに任せる家事の一つだと思うけど」


 というか水やりといいながらジョウロの一つも無い。さっきの衣裳部屋と同様魔法で水やりしてるのだろうか。


「アンナたちは土属性のゴーレムだからあまり水の魔法が得意ではないの。私がやった方が効率もいいのよ。それに、お花の様子が毎日変わるのを見守るのも楽しいもの」


 そういうものかな。その辺を飛び回っている妖精は退屈だとか言ってたけど。


「せっかくならお花の紹介もしたいけど、もう時間みたいだし夕食にしましょうか」


 ちらりと背けられたソレイユの目線の先にはアンナがいた。さっき別れたばかりのはずだけど、もう夕食を知らせに来てくれたのか。


 もう少しこうしていたかったけど、仕方ない。


「行かないの?」


「もちろん行くよ」


 ソレイユの後をついて、庭園を後にした。






 食堂は白いテーブルクロスがかけられた、長い机が一つ置かれていた。


 その上には彩り豊かな料理が立ち並んでいる。ナイフとフォークが置いてあるし、洋風の料理なのは分かる。


「……なんというか、独特だな」


 自分で料理をするわけでもなし、詳しい自信はないけど少なくともメジャーな料理にこんなの無かったと思う。


「ワタシたちの世界の料理だからねー。食材はこの世界のだから食べにくいって事は無いんじゃないかな」


 ジロジロと料理を眺めていたのが気になったのか、奥からリアの声が聞こえてきた。


 そちらを見ると特等席のようなところでおとなしく座っている。彼女の前の食器も妖精用に小さめなものになっている。


 しかし、食材がこちらのものと言われても見た目ではちょっと見当もつかない。


「さあさあ、早く座って座って」


 ソレイユもすでに席についている。あまり立ってウロウロしているのも失礼だろうし、開いている席に座る。


 あまり背の高い椅子でもないのに、脚が床につくかどうか、というのが大変心もとない。


「じゃあみんな席に着いたし、食事の口上を……」


「ちょっと、ソレイユ。ルナがいるからって張り切らなくていいわ」


 リアが面倒くさそうに止めるが、なぜだろう。


「シエル、食事の口上ってなんだ?」


『食事前に述べる大地への感謝を長々とする形式的な作法です。ソレイユがはりきると大体二十分ほどかかりますね』


「なるほど、校長先生の話みたいな」


 長ったらしいからやめろ、ということか。


「そうね、せっかくのお料理も冷めてしまうし、今回はこちらの流儀に従いましょう」


 ソレイユが両手をあわせるのを見て、オレもリアも自然に手を合わせる。


「いただきます」


 ソレイユにあわせて合唱が食堂に響いた。




「それで、お味はどうかしら、ルナちゃん」


 リアはニヤニヤ聞いてくるが、食べてみて返す感想は一つしかない。


「……おいしいよ」


「そうでしょう、そうでしょう」


 なんでリアがうれしそうなんだろう。自分で作ったわけでもないのに。


 実際、甘く煮込まれた肉は食べやすいし、野菜にもスープがよく染みこんでいて、とてもおいしい。食べたことの無い興味深い、かつ心地よい食感もあいまってどんどん口に入る。


「ルナはよくたべるのね」


 ソレイユに言われて自分とソレイユの皿と見比べてみる。皿の上の料理の消費量はこちらが二倍くらいで、明らかに早い。がっつきすぎたか。


『マスターは魔力回復機構が少々弱いですから、そのためにも大目の食事を取られるのは良いことですよ』


 シエルからフォローしてるのかどうかよくわからない注釈が入った。


「魔力回復機構って、それが食欲に影響するのか?」


『原則、魔力もエネルギーの一種ですから、食事などで摂取した栄養を魔力などに変換することも可能です。つまり、魔力を消費した状態でかつ魔力を補給する手段がないと人体は食事を欲するのです』


 斬って飛んで跳ねてここまで来たし、エネルギー的には色々使ったと思う。


『マスターはまだあまり魔法の扱いに慣れていないために、魔力の消費が大きいという面もあるかもしれませんね』


「それならどんどんたべなさい! お代わりも欲しかったらそこにいるアンナに言いつけなさい」


 なんでリアは人の料理を自分の手柄のように言えるのか。


 と思ったが、そもそもアンナ、というのはゴーレムの一種らしい。誰かが作らないと、アンナと言う存在は生まれない。


「もしかして、アンナを作ったのってリアだったりする?」


 オレの推測は正しかったらしく、リアは小さな体で大きく胸を張った。


「すごいでしょ? 正確にはこの家のゴーレムはみんなワタシが作ったの。ワタシくらいの魔法の腕がないとアンナみたいな精密なゴーレムは作れないのよ」


「そりゃすごい」


「もっと驚きなさいよ」


 おざなりな返事だったかもしれないが、実際驚いている。精巧どころの話ではない。見た目も反応も能力も人間そのものにしか見えない。


 現代科学で成し得ない技術の塊と考えると少し興味も湧いてきた。


「その精密なゴーレムであるアンナはどうやって動いてるんだ?」


「基本的にはソレイユが作った魔法陣で溜め込んだ魔力かな。ご飯を食べたりもするけど、元が土だから生物ほどの栄養効率は出せないのよねー」


「じゃあ大掛かりな設備が無くても維持できる、ってことか?」


「ええ。作り上げる技術と魔力を集める最低限の知識があればどんなご家庭でも、って感じね」


 なんかずいぶんと魅力的だ。家事もできるようだし、話し相手としても普通に楽しいだろう。


「……そのゴーレム、買えたりしない?」


「うーん、人格の構成とか人体の材料とか結構高くつくから、まとめて作れないなら売り物にはならないかな」


 まあ人間そのものではないらしいし。軽々と持ち上げられたときも感じたが、生身の人間とは中身がまるで違うのかもしれない。


「ま、魔術の知識がないとメンテナンスもできないし、一般人には難しい話よ」


 メイドロボ、なんてちょっとあこがれたが、諦めるしかないらしい。






 楽しく歓談しつつも、目の前の料理がみな空になってきた頃。


「失礼します。デザートの方をお持ちしました」


 食堂の外から、ガラガラとワゴンを持ってアンナが入ってきた。少しそのワゴンから冷気がこぼれているが、ドライアイスでも使っているんだろうか。


「おおー待ってました!」


 リアは手を合わせて喜んでいる。


 アンナが食卓の片づけをする一方で、アンナがワゴンから料理を取り出していく。


「……あれ?」


 何だろう、何かがおかしい。


「アンナ、今日のデザートは手が込んでいるのね」


「本日は新鮮な果実が仕入れられましたので、そちらをふんだんに盛り合わせました」


「ふふ、見てるだけでもおいしそうだわ」


「ありがたいお言葉です」


 アンナが食卓にデザートを並べる間、アンナがソレイユと話をして、アンナがワゴンを持って出て行った。


「……いや、おかしいだろ」


「顔色が優れませんが、どうされましたか、ルナ様」


 こちらに話しかけてくる女性も、またアンナだ。


 目がおかしくなっている、なんてことはないのは自信がある。


 ならば、これはどういうことだろう。


 アンナがオレの話し相手になっていて、ソレイユと業務連絡をしていて、デザートを配膳しているのが目視できる。そしてワゴンで食器を運んで行ったアンナもいるんだから、それを洗ってもいるのではないか。


 つまり、アンナが4人は居る、ということだ。


「何でアンナが何人も居るんだ? というかもしかしてここにいるメイドってみんなアンナなのか?」


「そうよ」


 リアはさっぱりと言うが、認識が追いつかない。よく見れば同じ顔のアンナが今はここに三人居る。


「さっきまで、アンナは一人しか居なかったと思ってたんだけど」


「言ってなかったっけ?」


 言ってない。


「というかなんでそんなことに」


 少なくとも今のオレはすごくびっくりしたし、今も同じ顔の人間がてきぱきと動いているのは不思議な感覚がしている。


「全員の顔と体が同じ方が作るの楽じゃない」


 リアはしれっと言うが、マッドサイエンティストみたいな言い分だ。


「そんなにアンナがいるならどうやって区別するんだ。髪型も服装も何もかも同じじゃ区別がつかない」


「全員がアンナだから区別なんてつけないわ。みんな同じだもの」


「どういうこと?」


 リアは顎に指を当てて考えるそぶりを見せる。


「んー、みんなアンナとしての記憶と人格を共有しているのよ。何で例えるのがいいのかしらね」


『こちらの世界で例えるならクラウドネットワークなどによる、ネットワーク上の記録の共有などが近しいものといえるでしょう』


 簡単に言うが、人間の記憶でそんなことができるのか。


「違和感とか無いのか?」


「最初は私も戸惑ったけど、慣れると便利よ?」


 ソレイユがそういうならこのアンナの一色体制は前から続いていたのだろうか。まあ四つ子みたいなものと思えばそのうち違和感なくなるのか。


「ちなみに、他にも結界の維持を行うアンナが二人、街の情報収集や、食材の買出しなんかの外部のお仕事をしてくれるアンナが二人いるのよ」


 じゃあ八つ子か。


 まあ全員が記憶を共有しているならいちいち連絡とかしなくていいわけだし、都合はいいのかもしれない。


「そんなことより、さっさとデザートにも口をつけなさい。おいしいわよ?」


 目前のフルーツポンチみたいなものをぱくり。


「……これはこれでなかなか」


「ふふん」


 リアがえらそうに威張るのも分かるくらい、美味なものだった。






「ごちそうさまでした」


 全員の食事が終わり、時刻はすでに11時。


「もう遅い時間だし、お風呂に入ったらすぐに眠りましょうか」


 ソレイユの言葉を聞いて、自分の体を見る。


 これだけ大きいお屋敷であれば、大浴場もあるかもしれない。


 そして、この少女の体であれば、入れ――。


『マスター、星の王女の戦闘服の機能で衛生管理が可能なので、マスターの入浴は不要です』


 シエルに横槍を差された。何となく知っていた。そもそもあの戦闘服とやらを着ているときも汗をかく感覚は一切しなかったし。


「残念だったね、ルナちゃん」


「何も残念じゃないけど」


「そう? ソレイユに頼めば一緒に入れるかもよ?」


 リアがソレイユのほうを見ると、彼女はにっこりと微笑んだ。


「ルナが一緒に入りたいなら入りましょう?」


 穢れなき笑顔だった。


 果たして、この笑顔を利用してまで自分の邪念を叶えても良いのだろうか。


「……………………やめとく。明日のために早く寝る」


 これ以上の誘惑を退けるために、食堂を飛び出した。






 飛び出したはいいが、どこに行けばいいだろうか。


 少しうろつくと、窓を拭いているアンナが目に入った。彼女もこちらの足音に気づいたのか、窓拭きを中断してこちらに向き直ってきた。


「おや、ルナ様。突然飛び出したのでソレイユ様が心配していましたよ」


 リビングに居た彼女とは違う個体のはずなのに、さも自分がそこにいたかのような話し方をされるのは慣れない。


 しかし、どう言ったものか。邪念を浄化されそうになった、なんていいかたはどうかと思うし、別の理由をでっちあげよう。


「いや、明日のことを優先すべきだと思って。オレの泊まる部屋ってどこかな」


「それでしたら二階の端の客室を一つ使っていただきます」


「そこならわかる、かな」


 この広い屋敷だから端というと遠いけど、それにしても大した距離じゃあない。


「ルナ様、お顔が赤いですがお疲れでしょうか? そうでしたら客室の方までお送りしますが」


 先ほどの邪念が顔にまだ残ってたのだろうか。


「いや、大丈夫。場所もわかってるから心配無用。それじゃ、お仕事頑張って!」


「はあ」


 呆れ顔のアンナから逃げるように客室へと駆け出すことにした。






 客室の中は六畳間なんて貧相を許さない、とでもいいそうなほどの広さだった。二十人くらいなら雑魚寝だってできそうなくらい。その中央に一つだけ豪華なベッドが置かれていた。


「ずいぶんと贅沢な部屋なんだけど、他の二人もこんな感じ?」


『寝室の豪華さで言うとリアの物が一番かもしれませんね。もちろん妖精サイズではありますが』


 リアの体が小さいから相対的に豪華に見えるということだろうか。


「まあいいか。今日はこのまま寝よう」


 色々ありすぎて正直疲れた。明日は作戦がうまく行くならあの獣との戦いだ。


『ところでマスター、この格好のまま眠るおつもりですか』


 言われて自分の服を見ると、外行きの服装である。このまま寝るものではないかもしれない。


「もしかして、寝巻きか何かに着替えないとダメか」


 そうなるとまた衣装部屋に行くのか。アンナから逃げてきた自覚はあるので今日のところは顔を合わせたくない。


『休息用の換装も用意していますからご安心を』


 シエルの言葉に反応して、来ている衣服が光に包まれる。


 光の中からは、水玉模様のゆったりとした衣服が出てきた。


「そうか、こんなのも着たか」


 感想一つ言うだけで、なぜかとても億劫だった。


『今日はお疲れさまでした。眠くなってきたでしょう?』


 もう眠る一歩手前だ。


 ゆらり、と脚がふらつきながらも大きなベッドにたどり着く。


 深く沈みこむ感触が心地いい。


「……おやすみ」


『おやすみなさい、マスター。良い眠りを』


 シエルの言葉に、ゆっくりと意識を手放した。


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