6 換装
「それは、無茶だ」
症状を見るまでもない。立ちあがるのが精いっぱいな彼女には出歩くのすら難しいだろう。
『ソレイユの体の状態を差し引けばよい提案ではあります』
しかし、シエルは無機質な肯定をした。
「どうして。ソレイユは見てるだけでもあんなに……」
苦しそうなのに、と言おうとしたが、本人の前でその言葉は口にできなかった。
誰よりも自分の体をわかっていながら、だれよりも強がっている彼女に向けては、そんな無情なことは言うわけにはいかない。
『ですが、ソレイユであれば魔法陣の構築は一時間ほどで終わります』
そんな時間効率の差があるのか。
けれど、どうしても傷だらけのソレイユを利用することには抵抗がある。
「私をあてにするのはそんなに不安かしら?」
ソレイユが潤んだ瞳で見つめてくるが、そんなことが不安なのではない。
『マスターはこれ以上ソレイユに無理をさせたくないのでしょう』
「その気持ちは分かるけどね」
シエルとリアにオレの気持ちを代弁されてしまった。全くその通りなので否定も何もできないが。
「そう、そんなに気遣ってくれるのね」
「別に、そういうわけではないけど」
「でも、今は歩いたりするくらいなら大丈夫なくらいに回復したし、明日になれば平気よ。ちゃんとうまく行くわ」
自分の事は自分がわかっている、と言いたげな自信満々な表情のソレイユ。
正直、作戦の事はオレよりも三人が詳しいだろうから心配はしていない。けれど、ひたすらに自分を捧げていく少女の姿が、不憫でならない。
「……なら、一つわがままを言って欲しい」
「私が魔法陣を引く、なんてわがままを言ってるのよ。ミタカは不思議なことを言うのね」
自分のことを犠牲にすることを、わがままとはいうべきではないと思う。
「そんなことじゃなくて、ソレイユ自身がやりたいこと。何が欲しいとか、何が見たいとか、そういった個人の願望を言って欲しい。それを叶えるためなら、オレも自分に嘘をつかずに戦えると思う」
これはこれで、オレのエゴかもしれないけど。それでも、彼女の望みくらいは叶えてやりたい。
オレの言いたい事は半分も伝わっただろうか。ソレイユはうーん、と悩んでいる。
そんなことを急に言われても思いつかないか。
「一つ、やりたかったことがあるわ」
「それは?」
「お買い物。この世界に来るまでは戦い続きだったし、ゆっくりお洋服を選ぶことだって難しかった。だから、そんなお買い物をお友達と一緒にできたらいいなって、前から思ってた」
お買い物。なんてありふれた願いで、平和な望み。
『作戦実行は明日の夜。それまでの時間であれば、二人で買い物をすることは可能でしょう』
時間があるなら、水地の森へ行く途中に商店街がある。観光代わりの買い物なら楽しめるだろうか。
ただ、シエルの提案は意外なものだった。この緊迫した状況で、そんなことをしていてもいいのか。
『後悔というのは少ない方がいい。気兼ねすることはありませんよ、マスター』
「ええ、それなら明日は早く起きて一緒に行きましょう、ミタカ!」
「う、うん」
ソレイユが余りにもうれしそうで、思わずオレは頷いてしまった。
『そうなると、今日やるべき作戦会議はここで終わりですね。どのような配置を取るのか、などは現地の情報を見てからのほうが正確ですから』
シエルの言葉を聞いたソレイユがすっと立ち上がった。
「それでは自由時間にしましょう。30分後に食堂に集合でいいかしら」
「意義なーし」
ソレイユの提案にリアが元気よく答えた。
時計を見ると、この屋敷に来てから1時間は経過していた。
「もちろん、ミタカもご一緒に」
ソレイユに手を引かれて椅子から立ち上がってしまった。別にご飯をご馳走になるのはいいどころかありがたい。ただ、大きな問題がある。
「この格好のままご飯って言うのはちょっと……」
できれば変身を解きたい。どう考えても服装がメシ向きではないのだ。袖とか過剰すぎる装飾が邪魔で仕方ない。
『ですが、変身を解けば体の痛みで食事どころではないことを保証いたします』
そんな保証は正直欲しくなかった。まあ、さっきも聞いたしそれは分かっている。
「魔法少女は食事をしなくてもいいとかないのか」
『魔力でエネルギーの補給が可能である以上、通常の人間よりは小食でも構いません。しかし、緊急時の魔力の捻出や、人体の最低限の栄養を摂取することを考えると、全く食事を取らない、というのは非効率的です』
ようは少なくてもいいが、食えと。
正直、この姿で食事というのも恥ずかしいので都合のいい言い訳が欲しいのだが、そうはいかないらしい。
「ねぇ、星の王女の服じゃなければいいんでしょう」
パタパタと周りを飛び回るリアが尋ねてきた。
「まあ、そうだけどさ」
変身を解除して着替えたいのは事実。
もしかして、シエルの知らない方法をリアが知っていたりするのだろうか。
「なら、いい方法があるわよ。とりあえずアンナを呼ぶわね」
鈴のような音が鳴り響いた。リアの手元を見ると、見えない何かを振っているようにも見える。この音がアンナの元まで届いて、呼んでくれる、という仕組みだろうか。
「……アンナに関係あることなのか?」
「まあね」
パタパタと飛び妖精に返事は濁された。来てから話そう、ということか。
「それで、ミタカは今日泊まって行くのよね?」
アンナが来るまでの暇つぶしか、リアはそんな質問をしてきた。
「いや、帰ろうと思ってたけど」
なんなら食事も遠慮して帰るつもりではいたけど。
話を聞いていたソレイユの首が少し傾げた。
「……帰ってしまうの?」
そんな寂しそうな顔をされても、色々困る。
「ほら、学校の準備とかあるし」
言い訳にもほどがあるが、そんな言葉が口から出てきた。
「そうだったわね、ミタカって学生さんだったものね」
寂しそうなソレイユを見ると少し心が痛い。けれど、こんな(自分も含めて)女ばかりのところに居るとなんか疲れてきそうだし、一旦帰りたい。
ピ、ピピ、と胸の結晶が機械音を鳴らす。
「なんだその音」
『三鷹月光。年齢は17歳。生まれ育ちともに日本』
「待て」
なぜだか、シエルはオレのプライバシーを明かしていく。
『住所は際場市根戸和区38丁目2番2号』
「待ってくれ」
一切の間違いも無い。
『際場高校、学年は二年、所属する部活動、課外活動はなし。また、際場高校は明日より夏休みです』
「待て! なんでそんなにオレの個人情報を暴露し始めたんだ、お前!」
オレが明かした個人情報なんて名前くらいのものなのに、どうしてそこまで分かるんだ。そしてなんでそんなことを急に暴露し始めたんだ。
『マスターがいかに明日から暇であるか、そして緊急のお泊りができるかを知らしめるためです』
「まあ、ミタカってば嘘をついてでもここから帰りたかったのかしら」
ソレイユが露骨に悲しそうな顔をする。
腹芸をするような性格にも見えないし、それは本心からくる悲しみなのだろう。
心が痛い。
「そういうつもりは、そういうつもりは無かったんだけど!」
正直急に泊まれとか言われても困るし、つい口に出してしまっただけだ。
『そもそも戦略上離れて朝を迎える利点はゼロです』
「それならミタカのお家でもいいんじゃない? ワタシは思春期の少年の部屋とか興味あるんだけど」
リアが悪魔のように、ささやいた。ソレイユもその言葉を聞いて興味を惹かれように見える。だがそれは困る。
「やめてくださいこちらで泊まらせていただきます」
少なくともオレの家にそんな許容量はない。そしてオレの部屋なんかに興味を持たないで欲しい。
「でも、どうやって、そこまで情報を調べたのかしら。私、ミタカのことは名前しか聞いてないくらいよ」
リアに限らず、シエルにも名前しか言っていない。高校もここから見れば一番近いのは際場高校で間違いないのだが、断定するほどでもないと思う。
『私はこの状態でもネットワークと容易に接続、及びその情報を解析できます。なのでこの世界のように多くの情報がネットワークに転がっているなら、名前さえ分かれば一瞬でその人物の情報を洗い出せます』
ネット社会、怖いなあ。
「でも、そんな簡単に情報が割れちゃう世界じゃ本名を使うのも危険ね」
危険、というが、そんな危険な目にあった事はあっただろうか。SNSの炎上騒ぎとかならともかく、そんな脇が甘いつもりはない。
「日常生活で名前からそんな危険な目にあった事は無いけど」
『ですが、リアの意見にも一理あります。これからはDDと戦うわけですから、万が一マスターのご家族を人質にとられるようなことがあれば、マスターは戦えなくなるでしょう』
思い返せば、あのフェンリルも容赦の欠片なんて無かった。卑劣な手段をとるかはわからないが、想像できないことではない。
もしかして、シエルがマスター呼びに固執するのはそういう事情もあるのだろうか。でも本名を一番に聞きだしたのもコイツだった。オレの情報をバラ撒きたいのか隠してくれてるのか、どっちなんだろう。
「なら、星の王女でいるときは偽名の一つも使ってみたらどうかしら。私も遊びに行くときはよく使っていたし」
ソレイユはそういうが、なんとなくその偽名はすぐ看破されてたんじゃないかなあ、と思った。なんか素直そうだし。
「でも偽名か。悪くないかもしれない」
ちょっとかっこいいかな。自分で勝手に名乗るのはどうかと思うけど、必要に駆られてならしょうがないし、仕方ない。
『ふむ。鮮血の四葉、残酷な鉄拳、なんてのはいかがでしょう』
「却下」
『なんと』
シエルは心底驚いたような声を出すがオレの反応は当然だと思う。あまりにもネーミングセンスが野蛮だ。一度だってそんな呼ばれ方したくない。
「名前がゲッコーなんだしゲッツンとかでどう?」
「なんかやだ」
「ええー」
リアの提案も即座に否定する。一発屋の芸みたいだし。もしかして、向こうではそういうセンスが一般的なのだろうか。
「じゃあ、私の名前とおそろいでどうかしら」
「おそろい?」
「私が太陽のソレイユ、あなたが月光のルナ。どうかしら」
「……まあ、悪くないかな」
二つ名っぽいし、自分の名前からとってきてくれたのはちょっとうれしいし。
「まあシンプルでいいんじゃない?」
『マスターがいいのであればそれで行きましょう』
二人も納得してくれたのであればなおいい。あのふざけた名前をつけられてたら困ったし。
「ルナちゃんってかわいいし」
『ルナちゃんとはかわいらしい響きですから』
なんか、ルナだけ切り出したら完全に女の子だ。
「月光のルナ! 月光まで入れることにしよう!」
別に月光のルナまで言っても女の子っぽい気がしてきた。
「そんなの言いにくいしルナちゃんでいいでしょ」
『そもそも月光と言ってしまっては偽名の意義が薄くなるでしょう』
なんてこった。向こうの方が正論な気がする。
こうなったら命名者に変えてもらおう、とソレイユのほうを向く。
「よろしくね、ルナ!」
味方などいなかったのだ。
コンコン、と扉がノックされた。
「アンナです」
アンナの声だ。そういえばアンナが来るのを待ってたんだっけ。
「ええ、入ってちょうだい」
ソレイユの声に応じて扉が開かれた。
「何か御用でしょうか」
「ちょっとミタ、じゃなかった、ルナちゃんのお洋服を用意してあげてほしいの」
早速ルナちゃんで馴染もうとするのをやめて欲しい。
「というか、洋服?」
「そう。その服が嫌なら着替えればいいと思って。身体的にはソレイユと同じなんだからそのお古でも借りればいいし。ソレイユも構わないでしょう?」
「もちろん! 明日のお買い物に星の王女の服は派手すぎるし、そのための服を選んでもいいのよ?」
……なんだろう、ソレイユはオレに言葉を発してくれているはずなのに、なんかついていけない。
「ルナちゃんは初心者だからアンナが強引にでも洋服は選んであげて」
「かしこまりました」
「シエルは無駄な抵抗をさせないようにお願い」
『了解』
ソレイユのてきぱきとした指示は、さすが王女様だなあ、みたいなことを考えてしまうくらいには様になっていた。だから、ちょっと物騒な言い回しも聞かなかったことにしよう。
しかし、オレの介入できない範囲で話が進んでしまった。
というか着替えるのか、この体で。
困惑するオレを見て、リアが不思議そうにしている。
「なに? もしかしてその戦闘服気に入ってたの?」
こんなふわふわしたナリで戦闘服なのか。まあ動きやすいのは事実だったけど。
「着替えられる方が居心地はいいけど」
戦闘服、というだけあって動きが制限される感覚はない。ただ、過剰なぐらいのピンクのフリルが目に入るのは気になるし、落ち着かない。
「なら問題ないわね。着替えはアンナがやってくれるからルナちゃんは立ってるだけでいいわよ。さあ行ってらっしゃい」
「ではミタカ様改めルナ様、失礼します」
いつの間にか背後に迫っていたアンナに脇の下から腕を通された。
「わ、わ、わ」
そのままがっしりとロックされると、その体勢のままドアの方まで引きずられていく。体格差ゆえか、すいすいと引きずられていく。
「ま、ちょっとまって!」
強引な話の進め方に抵抗を示そうとしたが、アンナの力が強すぎる。ゴーレムがメイドをやってるとか言ってたけど、もしかしてアンナもそのゴーレムの一人だったのか。
そして、ソレイユもリアも止める気はないし、シエルも瞬いているだけ。
となると、協力者になりうる人物は頭上のアンナだけなのだけど。
「ちなみに、アンナは止めてくれない?」
「私はソレイユ様とリア様には逆らえませんので」
聞くまでも無いことだった。なら、提案の方向性を変えよう。
「無理して引きずらなくてもいい。重いだろう?」
アンナは首を振った。
「女の子が重いなんて事はございませんよ」
軽いのだ、と主張するようにすいと持ち上げられ、宙ぶらりんの格好になった。
そんな気遣いは要らないんだけど、オレの言葉なんてどうせ聞いてくれないと思う。
「いってらっしゃい。好きな服を選んでもいいからね」
ソレイユの笑顔に見送られて居間を後にした。
居間が遠ざかってもなお、ずるずるとどこかへと持ち運ばれていく。もう降参して立って歩いてもいいかな、と思ってるのだが、体は動かない。シエルの妨害のせいだろうか。
ただぶら下がっているのも寂しいので、気になったことを聞いてみる。
「そういえばさ、服を選ぶ時間が無いとか言ってたのにソレイユの着る服はあるのか?」
「ええ。空間魔法の応用で持ち運びを可能にしていますから、元の世界から持ち込んだものがいくつかありますよ」
「空間魔法?」
「モノを小さくしたり大きくしたりする魔法です。魔力の篭っているものは難しいですが、物理的なものなら理論上は何でも際限なく小さくして持ち運びが可能です。実際には使用者の魔力という限界はありますが」
実に便利な魔法だ。収納スペースの拡大とかにも使えそうだし、聞く限りでは魔法とは万能ではないだろうか。
勝手に流れていく景色を眺めながら、ふと思う。
「この屋敷丸ごとその魔法で持ってきてたりとかしてる?」
「個人の荷物は空間魔法で収納し、屋敷の建築は大地の魔法で行いました」
「どれくらいかかった?」
「半日もあれば」
本当に便利だなあ、魔法。
長いこと持ち運ばれた先は衣装部屋と教えられた部屋だった。
しかし、両手がふさがった状態でどうやってドアを開けるんだろうか。
「別に逃げはしないから手を離してもらって構わないんだけど」
「ああ、ドアなら自動で開きますからご心配なく」
アンナがドアの前に立つと、一人でに扉が開いた。電気で動く自動ドアにしてはセンサーもないし、これも魔力で開くドアだろうか。
しかし、その奥はよく見えない。広い空間であることは分かるのだが、光が無くて何がどうなっているのか。
「それでは、この中からルナ様に合う物をお選びいたします」
アンナが手をかざすと、部屋の上部の明かりが勝手に光り、部屋を照らし出した。その空間には壁一面に模様のごとく、女性ものと思しきお洋服が飾られていた。100や200では利かないだろう。
「数だけでも壮観だなあ」
現実から逃れていると、部屋の中央に仁王立ちにさせられた。アンナのロックが外されても力は入らないが、直立はできる。不思議な感覚だ。
「ではルナ様、簡単なご要望などあればお願いします」
「まあ動きやすいのが最低限いいかな」
「かしこまりました」
「あとスカートはいや」
「ご要望は締め切っております」
「……今どき二つくらいの同時検索はできるだろ」
「旧式ですので」
融通というものはないらしい。あるいは都合のいい言葉しか聞く気がないのかもしれない。
アンナは慣れた手つきで飾られた洋服を選別していく。見ているだけでも色とりどりで、飽きる事は無いかもしれない。自分が身につけることを考えるとちょっと恥ずかしいけど。
「こちらはどうでしょう」
アンナが提示したのは街にいて違和感がないかな、と思わせる一着。王女が着る雰囲気はしないし、遊びに行くときに使っていたのだろうか。まあかわいらしい見た目なのでソレイユに似合うだろうし、現代の若者が来ていてもそこまで違和感も無い。
けれども。
「スカート、短くない?」
「動きやすい服装にはなっています」
アンナはオレの意見を聞く気はあるのだろうか。
『二人の意見が合致したようなので』
「してないけど」
『その衣装を複製します』
複製って何、という間もなくオレの着ていた魔法少女の服が光に包まれた。
「ん……?」
しまわれていた服特有のひんやりする感覚が少し気持ちいい。
その光が消えると、魔法少女の服はどこかへと消えて、アンナの持っていたラフな格好に変化していた。
『ご感想は?』
そう尋ねるシエルは、服に縫い付けられていた状態から、ネックレスにぶら下がる様に変化していた。魔法少女の服装以外では、装飾品としての形をとるのかもしれない。
「まあ、着心地自体は悪くない、かな?」
一瞬で着替えが終わったのに驚いた。フリフリの服から、ラフな格好になったのはいい。しかし、しかしだ。
「……でも、やっぱり、スカート短いんですけど」
すごく気になる。無防備にもほどがある。
『問題ありません(ノープロブレム)。魔導光学迷彩をフル活用しますから中身は見えません』
そういう問題ではない。
「というか、戦闘服は消えちゃったけど大丈夫なのか?」
『武装の一種ですから、好きなときに取り出せますよ』
上書きでもされたのかと思ったが、そんなミスは犯さないらしい。
「これで着替えの方は終わりです。他にも服を選びましょうか?」
「それはいらない」
『いえ、せっかくなのでいくらか洋服をストックしておきましょう。アンナ、いくつかの衣装と、パジャマを持ってきてください』
「かしこまりました」
アンナは返事をすると、またもたくさんの服の中からどれがいいかな、と選び出した。本当にオレのことは聞いてくれない。
しかし、一度きりの外出に何個も衣服はいらないと思う。
「なあ、なんでそんな服を欲しがるんだよ」
『実は、衣服の複製には一度使用者がその衣装を着る必要があります』
「えっ」
『つまり、マスターのかわいらしい反応が合法的に何度も見られるわけです』
「は?」
こいつ、そんなことのためにオレを辱めようとしてるのか?
『それに、一度ソレイユと同質であるその体にやましい真似をしようとしたでしょう。その天罰とでも思ってください』
目の前からは、アンナがひたり、ひたりと近づいてくるように見える。
「実は、衣服を複製させるときにはいちいち素手での採寸が必要なんです」
「さっきやんなかったじゃないか!」
「ルナ様とシエル様のお話を聞くと興が乗りまして」
わきわきと。あくまのてが。ちかづいてくる。
「けがされた」
すみずみまで、けがされた。
『ご心配なく。肉体的に一切のダメージはありません』
体感時間にして1時間くらい、ずっとなぶられていたのだ。精神的なダメージがないはずない。
「どうです、もう少し選んでいきませんか?」
『さすがにこれ以上はやめておきましょう。限度というのもあります』
「ううむ、そうですか。仕方ありません、この倉庫を閉じますね」
なぜそんな口惜しそうなのか。このメイドもオレをもてあそびやがって。くそう。
オレとアンナが外に出ると自動で明かりは消え、扉は閉じた。
「そろそろ食事の時間も近いですから、食堂までお送りしましょうか?」
「いや、大丈夫。場所もわかってるし」
シエルに案内されたばかりだし、間違える事はないと思う。
というか、アンナとちょっと距離を取りたい。まださっきの出来事が頭から離れない。
「では、私は食事の手伝いをしてまいります。時間になればお呼びしますから、ルナ様はどうぞご自由になさってください」
「了解」
アンナは一度ぺこりと礼をすると、キッチンの方へ歩いていった。
『どうしますかマスター』
「とりあえずソレイユとリアのところに戻ろう」
とにかく、早くほかの人と話して記憶を風化させたい。
明かりのついた廊下をたどり、食堂へと歩いていく。