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3 拠点へ

『マスター、一度私たちの本拠地に戻りましょう。ソレイユとリアをゆっくりと休ませたいですから』


「そうだな」


 少し休んで体力も回復した。シエルの言葉に従って、安全地帯で彼女たちを休ませたい。


「場所は案内してくれるか?」


『もちろん。マスターの視界に地図を表示しますから、そちらの通りに移動してください』


 シエルが言い終わった直後に、視界の端に辺り一帯の地図が表示された。南東に赤く光っているのがおそらく彼女たちのアジト、ということだろう。


「なんだ、ずいぶんと高性能じゃないか。地図なんてなくても案内できるんじゃないか」


『地図要らず、と言うことはありません。あくまでこちらの世界の衛星写真と地図を映し出してるだけにすぎませんから』


「映し出す、のは魔法なんだろうけど、どうやって衛星写真とかを持ってきてるんだ?」


『こちら側のネットワークに接続して、ダウンロードしています。現在位置もGPSを利用して解析しています』


「……便利だなぁ」


『ほかにも、ウェブにアクセスすることもできますから、ウェブに存在する情報のほとんどは把握することができますよ』


 多機能極まりない。スマホみたいだ。


「……ちなみに、アプリのダウンロードとかってできる?」


『もちろん。多少OSのセットアップに時間はかかりますが、ウェブ上に存在する『情報』ですから』


 もはや、スマートフォンと呼んでも差し支えあるまい。口には出さないけど。


『私の機能について何か疑問でも?』


「いや、何も。とにかく出発しよう」


 眠っている少女と妖精を抱え直して、夜空へと飛び出した。






 シエルの適切なガイドのおかげでなんとか彼女たちのアジトにたどり着いた。


 だが、そのアジトの外観は、ツタとひびで覆われた外壁、伸び放題の雑草、なんて感じで、ずいぶんと味のある雰囲気だ。


「なんていうかあれだ。歴史というか、滅びの美学を感じる」


『ボロいと直接おっしゃって構いませんよ、マスター』


 住居であろう屋敷本体の方は屋根も壁もしっかりとしているし、経年による古さは感じてもボロいと感じるような事はない。屋敷だけは手入れがしっかりしているのだろうか。


「それより、こんな広い屋敷がこの街にあったんだな」


 ギィ、とさびた金属がこすれあうような音がする門を開く。


 貴族の別荘だとか、そんなことを言われても驚かない洋館が目の前に見える。これだけ異様な洋館があれば、噂の一つくらいはあってもいいはずだが、見たことも聞いたこともない。


『この屋敷は次元のはざまにありますから、町の人々からは知覚することすらできないのです』


「次元のはざま?」


『世界の隙間に隠された空間です。まあ誰にも見つからない秘密基地と思えばよいでしょう』


「フェンリルにも?」


『ええ。感知できたところで、侵入は不可能である、と言ってもいいでしょう。それくらいの備えはあります』


 ずいぶんと凝った仕掛けがしてあるらしい。そこまで言うのなら、ここは安全地帯ということでいいのだろう。


「この大きな屋敷に三人で住んでいたのか」


『私はこの姿ですから、実質ソレイユとリアの二人だけでもありますが』


 姿かたちは気にすることはないと思うのだが、どちらにしてもずいぶんと寂しい話だ。


『そう悲しい顔をなさらずとも、ゴーレムとはいえメイドもいます。マスターが思うほど寂しい生活ではありませんよ』


 顔にでも出てしまっていたか、シエルが補足してきた。


「それはいらない同情をした。すまない」


『謝るのであればもう少しかわいらしく謝罪する練習でもしてみませんか?』


「却下」


 時折、この思考能力付きスマートフォンの考えてることがよくわからない。


「それより鍵はある?」


『魔力で開閉できます。私が調整しますから、マスターが手を触れれば自動で開きますよ』


 いわれた通り、館の扉に手をかける。


 さほど力を要れずとも、勝手に扉が開いていく。


 扉の向こうには、メイド服を着た長髪の女性が居た。


「ああ、良くぞお帰りになりました、ソレイユさ……ま?」


 メイドは大変心配そうに出てきたが、オレと眠っている少女を見比べて固まってしまった。


 おかえり、と言われても初めて入る家なのでなんと言えばいいのか分からない。


 ただ、オレ以上にメイドのほうが困惑しているようにも見える。


「ソレイユ様が二人……? それにリア様もこんなに疲れ果ててしまって、これは一体?」


 オレも眠っている少女も今は瓜二つの姿だ。


 心配そうにメイドが迫ってくるとずいぶんと大きな女性だと感じた。いや、少女の姿になったオレのほうがずいぶんと小さくなったのか。


『アンナ、眠っているほうのソレイユとリアの手当てをお願いします』


 困惑しているメイドに、オレの胸部のシエルが指示を出す。


「かしこまりましたシエル様。もう一人のソレイユ様はどうなされますか?」


「……どうするって言われても別に怪我はしてないし」


 作戦会議でもするべきだろうか。シエルのほうを見ると、瞬いて反応してくれた。


『私としてはソレイユ、リアの両名が目覚めてから今後の行動を考えても遅くないと進言します。彼女たちの昏睡は魔力喪失が原因ですから、そう遠くないうちに目覚めますし、二度手間の会議というのも面倒でしょう』


 急ぐ事はない、と。それなら二人の治療を優先してもらおうか。


「じゃあアンナさん、二人を寝かせられるところまで案内して欲しい」


 オレの言葉を聞いて、メイドの眼が見定めるように細まった。


「……あなた様は本物のソレイユさまではありませんね?」


 言葉遣い一つで確信を持つに至るほどメイドとソレイユの仲は深いものだったのか。


 偽者が傷ついた主人たちを連れてきた、と知ったらそれは疑念も抱く。できるだけ誠実に、自分らしく対応するべきだ。


「ええ。オレはただの一般人です」


「では、その姿は?」


「…………ええと」


 なんと答えたらよいのだろうか。どう言葉にすればいいかわからない。


『理由は分かりませんが、【変身】するときにこの姿になってしまったのです』


 どうしようもないでいると、シエルの方から助け舟が来た。


「……なるほど」


 シエルの説明にアンナは納得したのか軽くうなずいた。


 変身、というのは彼女たちにとって身近な文化なのだろうか。


「その、あなたを騙すつもりもなかったし、オレはソレイユたちを傷つけたこともありません」


 オレの弁明を聞いて、アンナの顔が和らいだものになった。


「分かっています。怪我をされたソレイユ様、リア様を助けてくださったのでしょう。シエル様の信頼振りからも察しはつきます」


『あくまで事務的な契約関係です』


 この口ぶりだと信頼されていないように思えるのだけれど。どうもシエルの調子がつかめない。


「疑り深い性分で申し訳ありません。もう一人のソレイユ様、リビングの方へ案内します」


 アンナに誘導されて、オレは館の中へと足を踏み入れた。






 広い廊下をアンナの先導で歩く。


「もう一人のソレイユ様は怪我などありませんか?」


「ありませんけど、アンナさんにソレイユ様と言われるのはなんか居場所が無いというか。オ……私には三鷹という名前がありますから、そちらで呼んでください」


 彼女からすると、この姿はもう一人のソレイユなのだ。その皮をかぶっているようなものなので、少し申し訳ない気分になる。


 アンナはくすくすと笑った。


「私も、ソレイユ様の姿で敬語を使われるのは違和感があります。どうか気楽に接してください、ミタカ様」


「わかり……分かった。善処しま……する」


 またも、くすくすと笑われてしまった。


 見た目の問題かもしれないが、アンナは年上のように見えてどうも接しづらい。


『マスターはアンナのような人間が好みでしたか』


 オレの戸惑いをまちがった方に受け取ったのか、シエルがそんな的外れな質問をしてきた。


「まあ喋る結晶よりは」


『……』


 軽口で返してやると、シエルは拗ねたように押し黙り、アンナはまたもくすくすと笑い始めた。


「こちらがリビングです」


 大きな木製の扉がアンナによって開かれる。


「おお、きれいだ」


 中はシャンデリアによってキラキラと照らされていた。家具のひとつひとつは格調高いものに見える。光が強いわけでもないのに、豪勢な部屋がまぶしくて目をつむりそうになる。


「ミタカ様、こちらのソファに二人を寝かせてください」


 アンナの誘導に従って抱いたままのソレイユとリアをそっと寝かせる。


 二人の顔は、眠りについたまま、目覚める雰囲気は無い。


「ここにくるまでずっと眠っていたけど、二人とも相当重症なんじゃないか? 病院とか行かなくてもいいのか?」


 オレの疑問に、胸部のシエルがチカチカと瞬いた。


『もちろん、見た目の外傷も大きなダメージにはなっています。しかし、先ほども少し触れましたが、彼女たちが目覚めないのはひとえに魔力の喪失が大きいのです』


「魔力の喪失? そもそも魔力のことがよくわかんないけど」


 念じたら力になる、くらいしか理解できていない。


『簡単に言えば願望をかなえる資源です。一部の人間のみに扱える人体の内部と空気中に漂う変わったエネルギーの一つと考えればいいでしょう』


 シンプルな説明だが、あまりに突拍子もない。


 もしも、実際にそんな魔法を目の当たりにしていなかったなら、信じることはなかったと思う。


『彼女たちは生まれつき魔力を使って戦闘を行い、また自身や近くに居る人間の体を魔力を用いて癒す力があります。ただ、魔力というものは使いすぎると立っていることすら困難になり、使い果たせば今の彼女たちのように眠ってしまうのです』


 そういえば、ソレイユは出会った時から傷だらけで、リアもソレイユを守るために魔法を懸命に行使していた。


『ただ、命があるのであれば眠っているだけでも快方に向かいます』


「なんだ、それは良かった」


『それに今回はアンナの治療魔法がありますから、数十分もすれば目が覚めるでしょう』


 本当に安心した。目覚めないんじゃないかと、一瞬だけそんな想像が脳裏を掠めていたからだ。


 アンナの方を見ると、ソレイユの衣服を脱がせようとしていた。


「な……!」


 一瞬驚いたけど、これは傷を見るための医療行為だ。


「ミタカ様、どうされましたか」


「いや、ちょっと夜風に当たってきます!」


 適当なことを言ってリビングから逃げ出した。






 あわてて飛び出したあと、音をたてないようにそっと扉を閉じる。


『今は女性同士なのですから、別に見ていても構わないでしょうに』


 自分の体であるならともかく、他人の体を勝手に覗くほどの勇気はない。


「見られたと知ったらソレイユとリアのほうが構うんじゃないか」


『ソレイユは寛容ですから、多少の狼藉は看過してくれるかと。リアの方は分かりませんが』


「さっきはビルから突き落とそうとしたじゃないか」


 オレは忘れてない。本当に容赦なく、突き落とそうとしていた。


『……まあ、見るくらいなら、と思いまして。触ろうと言うなら容赦せず罰を与えます』


 どうやってやるんだ、などとは聞かない。実演されても困る。


 自然に慣れてしまっていたけど、そんな良くない提案を生むのもこの魔法少女の格好がいけないのではないか。


「なあシエル。さっきはよくない、とかいってたけどさ。男の姿に元に戻れないのか?」


『構いませんが、ドバっときますよ』


「何が」


『痛みです。戦闘中に筋肉を少々無理に運動させていますから、変身を解除して魔力によるコントロールができなくなると痛みがぶり返すと思います』


 先ほどビルの上で言っていたことか。さっきめまいを感じたのもそのせいだろうか。


『筋肉痛のようなものですし、しばらくその姿で居れば収まる類のものではありますが』


「具体的にはどれくらいこの姿でいるべき?」


『様子を見て半日ほど』


 まあ一日もかからないなら短いものか。入院沙汰というわけでもないし。


星の王女(スターデレミー)の姿で居る理由ができましたから、合法的にソレイユたちの体を覗けますよ』


 何でこいつはそんなに彼女たちの裸を見せたがるのか。


「さすがに状況くらいは考えるよ。怪我人の裸なんて見るわけにもいかない」


『仕方ありませんね。二人が目覚めるまで時間はあるでしょうから、屋敷の案内でもしましょう』


「ああ、頼むよ」


 柔らかい明かりが照らす廊下を、シエルの案内で歩いていった。


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