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19 燃え尽きようとも

 ゆらり、と剣がわずかに持ち上がる。


 少女の心を表すように、炎の剣はさらに赤く染めあがった。


「ほう――!」


 男の驚愕をよそに、少女は力任せに剣を振り上げる。


 男もとっさに大剣を合わせ、その一撃をしのぐ。


 その威力を殺しきれずに男はわずかに後退する。


 その後退で、この戦いの好守は入れ替わる。


「逃がすか――!」


 追撃すべく、少女は後退する男へと横薙ぎに剣を振るう。


「――逃げるものか!」


 男は口角をあげ、その一撃を躱すことなく、その大剣で強引にはじく。


 だが、無理な体勢で受け止めたために、男の体が少しふらついた。


「隙あり!」


 その間隙を縫って、少女の剣が振り下ろされる。


「我が、隙など作るものか――!」


 男は笑いながら、自らの体を強引に振りぬいて、大剣を合わせる。


 少女が攻め抜き、男がそれをしのぐ。


 少女と男の間に、この瞬間だけは実力差が消失していた。











『……ばかな、ありえない』


 しかし、結晶にはその剣戟はあまりにも歪に映る。


 なぜなら、少女の体はすでに三分の一ほど、結晶の魔力による保護がない。


 結晶の変身能力がなければ、少女は立ち上がることすらできないはずなのに。


「ハァ――!」


 だが、少女の手は緩まない。それどころか苛烈さを増していく。


「フ、フ、フハハハハ! おもしろい、おもしろいぞ、小僧!」


 男は獣のごとき激しさで、少女の剣を受け続ける。


 すでに、攻守の概念はない。


 ただひたすらに、二人は自らの力を誇示するべく、剣をたたきつけあっている。


「グ、あ――」


 だが、その表情はあまりにも対照的。


 少女は痛みに、苦しみに、先の見えない絶望に顔がゆがみ。


「ハ、ハハハ――――!」


 男は喜びに、猛りに、先が見えない希望に顔がゆがんでいる。


「あ、ガァ――、シエ、ル!」


 消えゆくような、呻くような声が少女の口から漏れ出す。


 その呼びかけだけで、結晶は少女が何を望むか理解する。


『――制限解除(リリースアウト)!』


 限界ぎりぎりの魔力が、少女の中に奔流する。


炎天開放(フルバースト)!」


 少女の声とともに、炎の柱が爆発するように射出された。


「いいぞ、それでいい――破断せよ、我が氷晶!」


 熱の奔流を、男は大剣から生み出された氷の壁でしのぐ。


「―――――く、そ」


 熱と氷の衝突は氷の壁に軍配が上がった。


 氷の壁は一切の傷を男につけさせることなく、守護しきったからだ。


 炎の剣が減衰すると同時に、辺りは白く包まれていく。






 凍り付くような霧が、互いの所在を遮っている。


「――――」


 これにより、少女はつかの間の休憩時間を手に入れる。


 乱れた呼吸を少しだけでも整えようと体が休息を求める。


「ふん、目くらましによる一時しのぎとは。何から何まであの黒騎士にそっくりではないか」


 霧の向こうから、少女に向かって声がする。だが、少女には返答する気力など残っていない。


『黒騎士? まさか、あの黒騎士のことですか?』


 代わりに、少女の胸元の結晶が返答する。


 少女には二人の会話は伝わらず、理解できない。ただ、自らが勝利へ至らんと、体を少しでも休めようとする。


「そうとも。アルカンシエル、貴様も気が付いているであろう。そいつの体の異変に」


『まさか。ありえない。一部分だけとはいえ、自力で――?』


 自分の体のことを二人は話しているらしい、と少女は推測するには至った。


 言われてから、自分の体を見下ろして、違和感に気づく。


 いつもの変身と違い、右腕を黒い手甲が覆い、左足は黒い足鎧によって守られていた。


 しかし、特に体の操作に影響はなく、少女の肉体であることに変化はない。ならば、戦う力は残っているはずだ。ゆえに、少女はそれについて考えることをやめた。無駄な思考の余地はない。ありとあらゆるものを、前に向けなければ、勝ち目を見出すことすらない。


「その漆黒の手甲、間違いなく黒騎士のものであろうよ」


『……まさか、私の記録から戦うための記録を引き出した、とでも』


「ク、ククク。目つきも言葉も戦術もその装備も。我らが世界の勇者殿とそっくりとはな。本当に愉快で奇妙で、それでいて興味深い。ああ、ここで死ぬしかないのは本当に惜しい」


 問題ない、と少女は自分に言い聞かせる。


 まだ、戦う分には問題ない。


 魔力の開放も、もう一度だけなら無茶が効くはずだ。


 浅い霧は、少女が戦う力を取り戻したころにはすでに晴れていた。


 少女の目線の先には、男が一人。


「どうだ、ミタカゲッコウ。実に興が乗った。もしもここで引き返すのであれば、我らに歯向かわぬ限り、貴様には手出しをしないと約束しよう」


 男の提案に、少女はその相貌をにらみつけた。


「…………アンタ一人と約束しても他のヤツは守らないだろう」


「なに、今の幹部は二人。私と外に出られぬ哀れな囚人だ。ゆえに、実際の魔王軍の実権は我が握れる。問題なく統制して見せようではないか」


 だが、少女にとって、その喧伝だけでは足りない。


 無言を持って、否定する。


「なんだ、不服か。何が足りないか言ってみるがいい」


「手を出さない対象だ」


「ク、クク、そうだな、そうだったな。その強欲ぶりは悪くない。ならばソレイユ・デレミー・エトワール、そして譲歩に譲歩を重ねて次元の鍵にも手を出さない。これでもまだ足りないか?」


「足りない、実に足りない」


 少女は剣を構えなおす。その体は傷だらけでも、瞳と剣に迷いはない。


「この世界のだれにも手を出さない。そのくらいは言ってもらわないと」


 そうでなくては、見知らぬ誰かのために戦う彼女の涙は止まらないのだから。


 少女の答えなど、決まりきっていた。


 男は笑う。その返答をこそ、待っていたと。


「なるほど、交渉の余地なし、というわけだ」


 二人の剣士は自らの武器を構え、敵に向き合う。


「ならば、その傲慢をその命で償ってもらう」


 男の言葉を皮切りに、互いの剣が交わった。






 すでに、少女の体は限界を超えて、朽ち果てる未来しかない。


 いかに欠けた部位を他の力で補強しようとも、それは少女の魔力の範疇が限度。


 そして、それは関節を補強する程度。大部分は魔導兵器の援護があってようやく立ち上がっているようなもの。


 綱渡りもいいところで、ほんの少しでも集中力を落とせば少女の命は落ちる。


 魔力も、体力も、集中力も長くは保てない。


 だというのに、目の前の男はこの無茶な戦いを繰り広げながらも、息一つ乱していない。


 少女には持久戦での勝ち目はない。


 けれど、布石はすでに打ってある。


 活路を引き込むために、相手の動きも理解した。


 あとは、命を捨てるだけ。






 氷の大剣と打ち合うために少女はのこりわずかな魔力を消費する。


「愚かな。実に、愚かなことだ! その調子では十合ともつまい!」


 その発言は相手を過信しすぎている。


 実のところ、少女はあと数度剣を合わせるのが限度だろう。


 それほどまでに、無視しきれない傷が漏れ出して、体から悲鳴を上げている。


 だが、少女にとってそれはどうだっていい。


「――逃げるなよ」


 少女にとって、この戦いにおいてはその数度の剣戟が、勝敗を決める。


 だからこそ、どれだけわかりやすくても挑発する。


 かならず、仕留めるために。


「――いいだろう、その秘策、見せてみろ」


 大きく振り下ろされる大剣。


 その一撃を、跳ね返すように、炎の剣で少女は払う。


 互いの威力はほぼ互角。けれど、つばぜり合いになどならず、魔力によって生じた衝撃ではじきあう。


「遅い、遅いぞ、小僧!」


 男の方が先に剣を構えなおす。弾かれた少女の剣は高く打ち上げられている。


 ならば、と男はその対角となる真下から、振り上げるように切りつける。


 少女は強引に剣を切り下ろし、それをしのぐ。


 だが、そのしのぐような受け方では、男の大剣は受け止めきれず、大きくその胴を敵にさらすことになった。


 そして、その胴を射止めんと氷の大剣はすでに照準を定めていた。


 炎の剣は、間に合わない。


 無慈悲にその一撃は少女へと突き出された。


「――」


 大剣は、少女の体へと突き刺さった。その剣は少女の口から吐き出された血によって赤く染まっていった。











 ――それは、足りない。


 少女の体を絶命に至らしめるほどこの大剣が貫いたのであれば。この剣のみならず、大地もまた血にあふれる必要があるはずだ。


「――――シエル」


制限解除(リリースアウト)


 魔導兵器が少女の力を開放する。


 ゆらりと持ち上げられた炎熱の剣は、その刀身を直角に折れ曲がりながら伸びあがる巨大な剣へと姿を変えていた。


 対応するべく、男は氷の剣を引き戻そうとするが、固定されてびくとも動かない。


 なぜなら、少女の手甲と足鎧で、万力のように挟まれているからだ。


「貴様そこまで――!」


 この瞬間、男は無防備を晒し、少女はただ一度だけ剣を振るう機会を得る。


 朦朧とした意識の中、少女は力を開放する。


「――炎天開放(フルバースト)!」


 少女の剣は力のままに、たたきつけるように振り下ろされた。



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