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16 闇に潜む風刃

 金属が重なり合う音がした。飛来物は目標物を失い、地へと落ちていく。


「避けた、避けたな」


 それを見て、ひとりの男が小高いビルの頂点で笑っていた。


 細長い帽子をかぶり、黒いマントを風にたなびかせる、奇術師風の男だった。


 そして、奇術師の遠方のビルに、下から飛びだしてきた少女が降り立ち、彼に剣を向けた。


「オマエは何者だ」


 少女は人間には不可能な動きをしていながらも、ただの少しも息を切らしていない。


 奇術師は確信する。自らの闇からの一撃を回避し、このビルを駆けあがってきた人間は間違いなく「星の王女」に違いない。


 装備は違う。倒れたという情報を受け取りもした。けれど、奇術師にとって目の前の人間は「星の王女」以上に求めていた人間だ。


「キミなら何も言わなくたってわかるだろう?」


 奇術師の挑発的問いに、少女も確信を得る。


 幹部は四人。一人は氷の獣。一人はすでに塵となった。一人は己の鏡。


 そして、少女の前にいるのはその誰でもなく、しかし少女の敵として対峙している。


 ならば、答えは一人。


「最後のDD幹部ってわけだ」


 少女が奇術師に剣を向けながらそう言い放つと、奇術師は両手を大きく広げ、その細身を闇にさらした。


「その通り、その通り! ボクこそがDD最後の幹部、グァスト! 星の王女をとっておきのショーに招待すべく現れたマジシャンさ!」


 奇術師の名乗りはビル街の上層によく響いた。


「魔術師、とは名乗らないんだな」


「当然。ボクはディアルクに魔術において一歩劣る。けれど、ボクのはあんな陰気な魔術とは違う」


 パチン、と奇術師が指を鳴らす。


 突如として奇術師の背後から、いくつもの銀の凶器が現れた。


 それらは、剣であり、銃であり、槍である。


 合わせて二十は下らず。たった一人で持つ武器には多すぎて、重すぎる。


「陽気で楽しいポップな奇術。それでいてジェノサイドでスプラッタ! さあさ、赤い花火をあげまショウ!」


 ゆえに奇術師が武器を持つのではなく、武器自身が自らに意思を宿すように動きを持った。


彼らは少女に向かって、切りかかり、砲撃し、突き刺しにかかった。


 数の上では、二十と一。少女に一切の有利はない。


 少女の前からは弾丸が飛来し、その隙間を縫うように槍が襲い、そのすべてをまとめるように剣が振り払われる。


 しかし、少女は襲い来るその凶器の群れを見ても一度息をつく余裕があった。


「数は多いが、遅すぎる」


 少女は飛来する先行してきた弾丸を一薙ぎで振り払う。戻す一振りで槍をへし折り、飛び込むようにして剣閃をするりとぬけた。


「おみごと、おみごと!」


 流れるような剣舞を見て、奇術師は惜しみない賛辞の拍手を送る。


「フェンリルが舌を巻くだけはある! 彼に仕留めきれない獲物は実力が劣るボク程度の即席ショーじゃあ満足しないらしい!」


 その敵対しているにもかかわらず陽気極まりない奇術師を見て。先ほどの魔術の腕を見て。少女は敵との実力差を理解した。


「別に何でもいいけど、この程度なら通してほしい。降伏するなら、いやオレを見過ごしてくれるだけでいい。それでこの戦いは終わりにできる」


 少女にとって相手は格下である。


 先ほどから、自らが頼りにする魔導結晶が何も口出しせずとも、圧倒している。


 仮に闇に紛れた武具がいくつあろうと、その速度も重さも少女に反応できないものには至らない。


 ゆえに。少女に敗走はない。すでに戦いの焦点はどれだけ傷を負わずに戦いを終わらせられるか、というところに移っている。


「ずいぶんと思いあがったな、星の王女! 確かにボクにはフェンリルほどの力はないし、イリスほどの先見の明もなければ、策を用意するディアルクのような周到さもない! けれど、幹部の中で誰よりもまおうさまを敬愛している! そして、だれよりも、だれよりも、オマエの傷を知っている!」


 パチン、パチン、と二度指を鳴らすと、奇術師の後ろには先ほどの二倍ほどの武具が浮かぶ。

 少女はその敵対行動をもって、奇術師の排除を決定した。


「――――オマエ、自分の意思でなんか戦ってないんだろう?」


 はずなのに。奇術師の言葉に、その足を止めてしまった。


「どうやら図星みたいだねぇ!」


 立ち止まった少女を見て、奇術師の口角が吊り上がる。


「……何を根拠にそんなこと言っているんだ」


「うん? そんなの簡単さ、ボクとオマエ、そっくりなんだよ」


「そっくり?」


「そうとも! まおうさまの素晴らしい意志に敬服したボクと、『星の王女』の気高い意思を継ぐオマエ! まおうさまの力を借りないと魔術師以前のボクと『アルカンシエル』を使わないと戦えないオマエ!」


「まるで違うじゃないか」


「同じだろう? だって他人の意思がないと剣すら握れない。他人の力がないと、戦う力も、意思もない。何から何まで、そのすべてを他人に依存している弱い人間だ!」


 声高に謳う奇術師の姿を見て、少女の表情に苛々としたものが混じる。


「――それで、オマエはどうしたいってんだ」


「なに、弱い人間同士、手を取り合おうじゃないか。まおうさまと魔法少女の決戦でもって、ボクらの戦いを代える、ってのはどうだい? 戦わない間は平和、っていうのだっけ。ニンゲンは嫌いじゃないだろう?」


「平和、平和ね」


 もしかしたら。もう少しだけ前に、もっと彼が受け入れやすい形でその話を聞いていたのなら。三鷹月光がその提案を受け入れることはあったのかもしれない。


 でも、とある少女の涙を見てからは、薄っぺらい言葉に惑わされるわけにはいかなくなった。


 少女は剣を構えなおす。


「それは、ただの先送りだ」


「そうとも。でも、オマエとボクはその間、いやその後も『平和』ってやつを享受できるじゃないか」


「オレはあの子が泣いたまま、ってのが耐えられなかった。あの子のために戦いたい。だから、そんなふざけた提案は受け取れない」


 奇術師は少女の言葉を聞いて、嘲るような笑みを浮かべた。


「そうかい。残念だよ、ただのニンゲン。オマエ、名乗るべき名前もないのに戦うなんて、哀れでさえあったけど。ボクの慈悲を受け取る気がないなら、ここで殺す」


 宙に浮く武具の全てが、少女へと向きを変える。


「いや、あるさ。名乗る名前くらい」


 夜の闇を照らすように、少女の剣の切っ先から炎が漏れる。


 少女にとって、この体を使うなら名乗らなければならない名前がある。


 そして、戦うための想いがある。


「オレの名前は星の王女。涙を笑顔に変えるために、剣を取る」


「――へぇ、ならボクも戦士の流儀に乗っ取ろう」


 奇術師の両腕が夜の闇へと大きく広げられた。


「我が意思はまおうさまの元に。ただ、世界の全てをあなたに捧げるために。我が名は風の凶刃、グァスト=テンペスタ! 目の前の仇敵を刻みつくす!」


 奇術師と少女の隙間は50メートル。


 銃を構える音と、一歩駆けだす音が同時に空を満たす。






少女は銃弾の雨の中、屋上を走破する。


 ビルの間を跳びながら到達した弾丸を振り払い、15メートルを突破した。


「速い、実に速い! でも、剣しかないキミはボクのショーには足を止めずにはいられない!」


 さらに少女が20メートルまで詰めたところで、その周囲から槍がまばらに降り注ぐ。


「は――!」


 少女は一度剣を構えなおし、層が薄いところを切り開きながら横に飛び込んだ。


「……ちっ」


 転がり込むように避けた少女の衣服が、泥に汚れる。それを見て、奇術師は指をさして笑う。


「もしも本物の星の王女なら、今の槍は焼き払えただろうにねぇ! 剣しか扱えない君じゃあ無様に転がり散らさないと、避けることすらままならない!」


 だが、少女にとって奇術師の声はすでに負け犬の遠吠えだ。


 なぜなら、駆け抜けて相手を切り裂くそのビジョンが少女には見えている。


そして、その光景を揺るがす手を相手は打てていない。


 この足が止まった一瞬で浮かんでいる剣をたたきつければ、足止めくらいの効果はあるのに、奇術師はそんな手すら打たない。


「オマエ、センスがないよ」


「――チ、しぶといなァ、ニセモノ!」


 少女が飛びあがった瞬間に、ようやく剣が向かってきたが、勢いのままに一薙ぎで振り払われた。


 奇術師の余命は10メートル。


 どこまでも余裕で奇術師の仕掛けは打ち破られるのに、その余裕は一切衰えない。


「キヒヒヒ! まだまだショーは終わらない! 終わらせない!」


 奇術師は高く笑い、上空に白い魔法陣が描き出され、幾重にも武具が装填される。


 あと一度飛び立てば少女は奇術師の元へたどり着く、というところでその周囲を不可視の武装が取り囲んだ。


 ただし、それはあくまで光を吸い込み、闇に紛れているだけ。


 少女にとっては、他に邪魔するものがなければ、風の音で感知できる程度だ。


『自動発動の罠ですが、魔術的反応はこれっきりです。ディアルクのような四重どころか、二重の仕掛けすらありません。魔術師としては三流、と言ったところでしょう』


 ようやく開かれた魔導結晶の言葉は奇術師の仕掛けをこき下ろすものだった。


 しかし、奇術師はその声を聞いて、子供が宝石を見つけたかのような笑顔になった。


「ああ、そうかい、そうかい! いやあ、やっぱりボクは及ばない!フェンリルにも、ディアルクにも、そして――オマエにも!」


 だがその顔の綻びは奇術師の死を決定づけた。


「これで、終わりだ」


 奇術師の最後の仕掛けを破壊されたにもかかわらず、延命の策を打てなかったからだ。


 残された白銀の武具はそのすべてを少女の一振りで粉砕され、奇術師を守る物はすべてが消えた。


 しかし、死が確定してなお。奇術師は笑う。


 まるで、この結末はわかっていたかのように。


「でも、キミもボクの一手には及ばないだろうさ!」


 奇術師は少女が眼前に迫る直前、裾から黒いスイッチを取り出した。


「我が忠誠を、まおうさまに捧げよう!」


 少女に体が裂かれると同時、奇術師はそのボタンを押し込んだ。


「な――」


 二つに分かれた奇術師の胴体の内部には、すでに火のついた導火線が見えていた。


『――マスター!』


 少女を守るように薄い膜がわずかに発生した直後、奇術師の死体が巨大な爆発に包まれた。


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