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13 地が揺らぐ

 目が覚めた。


 風景はまだ月が照らす夜の中。


 辺りは燃え尽きた木々の真ん中に広がっている広場。


『マスター、お目覚めですか』


 胸元を見下ろせばシエルが居て、オレの姿は戦っていた時と同じ星の王女(スターデレミー)の格好だった。


 あの部屋に行く前の状態と、寸分たがわない。


「なあ、ディアルクはどうなった?」


『消滅しました。彼がもう一度我々の前に立ちはだかることはないでしょう』


 となれば、もう一人、この場に欠けているものがある。


「じゃあ、ソレイユは?」


『先ほど、上空での待機を維持できなくなって落下したのは確認しました』


「落ちた? まさかあんな高いところからそのまま?」


 ソレイユは視界に入ることなんてないくらい、はるか高いところにいた。そんなところから落ちたのなら、結果は見えている。


『ご心配なく、浮遊状態からであれば落下によるダメージは最小限に抑えられるかと』


「それならいいけど。どこに落ちたんだ」


 きょろきょろと見まわして、特徴的なオレンジ色の髪の少女が気に寄りかかっているのを見つけた。


 さきほどイリスに言われた言葉が気になってしょうがない。


 全力で彼女の元へ駆ける。


「おい、ソレイユ! 無事か!」


 声をかけてみるが、返事はない。


 呼吸はあるみたいだし、脈もある。生きてはいる。


 だが、落下のダメージもない彼女が目を覚まさないのはどうしてだろう。


 イリスの言葉が頭をよぎる。


『マスター?』


 シエルの言葉を無視して、ソレイユの衣服をめくり体の傷を見た。


「――――」


 そのとき、イリスの言葉を理解した。




【王女様の傷を見てみな。オマエはそれで戦意を失う】




「――――」


 耐え切れなくて、吐いた。


「――――」


 背を向けられたのは、偶然だったかもしれない。


『マスター、落ち着いて。まずは好きなだけ吐き出してください』


 胸から聞こえるはずの声が、あまりにも遠い。


 たとえどれだけ失礼だとか、悪いとか思っても。目の前の血みどろには耐えられなかった。






 ソレイユの体はディアルクから受けた傷だけではなく。


 脇には打ち身の跡がまだ残っていた。


 焦げ付くようなやけどの傷がある。


 抉れたような、皮膚が削れた傷跡もある。


 あるいは、無理やり傷をふさいだような、肉塊が浮き出ている部分もあった。


 拷問でも受けたんじゃないか、と思えるほどの傷だった。






 彼女がこの夏場にも関わらず厚手の衣服を着ていたのは、この傷を隠しても不自然にならないためか。


「これは、どういうことだ」


『……彼女は、ここまでしないと戦えなかったのです。魔力を扱えても所詮は人間。強大な力を持つ魔族に追いすがるには、傷を負ってでも、力尽きてでも、戦い続ける、という方法しかなかったのです』


「――――どうして」


『黙っていて申し訳ありません』


「いいんだ、わかってるよ」


 どうして黙秘していたのか。きっと、ソレイユ自身が口止めしていたんだ。彼女なら、心配かけまいと秘密にしてもおかしくない。


 そして、これらの傷は間違いなくここまでの戦いで受けてきたもので、治りきらなかった傷が、彼女の腹に見えているモノだろう。






 オレはそんなことにも気づいていなかった。


 彼女のために剣を振るっていたつもりなのに。


 オレの行いは、彼女を苦しませるだけで。


 ただ、痛みを引き延ばしていただけだったんじゃないか。






 

『……マスター、――――?』


 結晶がこちらに呼びかけているらしい。


 少し呆けていたかもしれない。


『マスター、まずはソレイユを』


「ああ。まずはこの子を治療しないと」


 輝かしい勝利だと思っていたのに、その裏の少女の努力なんて全く知らず。


 自分自身の力不足以上に、愚かさを実感した。






 少女を抱きかかえて屋敷の前に戻ってきた。


 夜空を駆ければ少しは気分も晴れるかと思ったけど、そんなことは全くなかった。


「よくぞおかえりになりました、ソレイユ様、ルナ様。……ソレイユ様の方は重体ですか」


 出迎えてくれたメイドが一瞬で察してくれたのはありがたい。余計な声を発しなくて済む。


「ああ。手早く準備してくれ」


「かしこまりました。居間の方へお願いします」




 居間のソファにソレイユを寝かせて、その隣でメイドが治療を開始した。


 彼女は本拠地に帰ってきたのに、ちっとも安らかなんかではなかった。


「全力で治療に手を尽くすため、私と結界維持の個体以外を停止します。申しわけありませんが、ミタカ様の身の回りのお世話などはできません」


「そんなのはいい。とにかくソレイユを治療してやってくれ」


 メイドが少女の治療を開始したのをみても落ち着かない。


 なにか、少しでも少女を安心させられないだろうか。


「なあ、オマエは確か魔導兵器……なんだっけ。なら、この子に体の治療のための魔力を少しでも供給できるんじゃないか」


 詳しくはわかってないが、オレの使えない魔法をこの結晶は使える。なら、魔力を扱えるのだから、治療に応用することもできるのではないだろうか。


『ですが、マスター。それはあなたの変身を解除することにもなります。そうすれば戦闘時に溜まったダメージがあなたの元の体に戻ってきます。せめてあと一時間程度は変身を維持し自動回復に専念すべきかと』


 そんなことは理解している。


「構わない」


 彼女の苦痛を肩代わりできるのであれば、そのくらいは安い代償だ。


『……わかりました。では気を失わないように』


 結晶の言葉とともに、体は一瞬で鉛のようになった。


 声にならない悲鳴が漏れた。


 関節が、曲がることも伸びることも拒否するような痛みを発した。


 骨という骨が、軋みをあげている。


 けれど、一瞬で慣れる痛みだ。彼女のように、消えない傷なんかじゃない。


『マスター?』


 しいて言うなら体中が痛むせいか、どこもかしこも熱い。どこかで体を冷やしたい。


「……後はよろしく頼む」


 熱を覚ます場所を求めて、居間を後にした。











 壁に手をつきながら、やっとの思いで玄関から外に出られた。


 床に尻をついて、柱に体を預け、体を休める。


 空に輝く月は、雲に隠れることも無く、白く満ちて、輝いていた。


 夜風は体を冷やしてくれるが、頭の中までは冷やしてくれそうにない。


 ソレイユのケガを見て、オレはどうするべきだったんだろうか。


 何もわからないし、考えたくもない。


 イリスは言っていた。手を引け、と。


 そうだ、このままオレが居なくなれば彼女たちは戦えない。


 逃げ出せばいいのかもしれない。そうすれば傷ついた彼女は戦場から降りるしかない。


「…………」


 そう思っても、足に力が入らない。まだ、さきほどの魔術師との戦いのダメージが残ってるのか。


「ハロー。元気なさげだけど、会話する余裕はあるかな?」


 どうしたものか、と考えていると、小さな妖精が目の前を漂ってきた。











「……オマエ、ソレイユのそばにいなくていいのかよ」


「アンナが一人いれば十分よ。シエルまで使えば必ず回復するし、変な気を遣う必要なんてないわ」


 それもそうか。あの子はいらない気を遣わなくてもいい、というようなタイプだっけ。


 他人にはそう言うくせに、自分は人一倍気を遣う。


 例えば、オレのような戦力も、不要だったかもしれないけど、気を遣って何も言わなかったのかもしれない。


「それに、見方によってはソレイユなんかよりもよほどの重病人がいたもの。見てらんなくて飛んできちゃった」


 重病人、というのはオレのことだろうか。


「ちょっと変身のダメージはあるけど、問題ないよ。あの子のおかげでオレは全然傷つかずに戦えた」


「……まるでわかってない。ちょっと勝手に治すわよ」


 妖精はオレの体をペタペタと触ると、そこから何か暖かいものを流し込んできた。


「少しくらい痛みは和らいだんじゃない?」


「……わからない」


「ほんと、やりがいないわね」


 言われて見れば少しだけ腕が軽くなったかもしれない。


 メイドが少女を治療していた時と同じように、魔術での治療をしてくれているのだろうか。


 体のあちこちを触り終えると、妖精はぱんぱん、と手をたたいた。


「よし、これで体の方はいくらか回復したでしょう。ミタカが元気だっていうなら立ち上がってみなさい」


 言われて足に力を入れてみようとするが、痛みがなくなっただけで立ち上がることなんてできそうにない。


「麻酔でも効いてるみたいだ。どうにもならない」


「治療の腕が悪い、なんて言ってくれればこっちも調子が出るんだけど」


 そんな皮肉を言うほどひねくれてはいない。それに、リアの治癒が痛みを癒してくれたのは理解している。


 だから、立ち上がれないのは肉体のダメージなんかじゃない。


「それで、どうしてアンタはそんなになっちゃったのよ」


 そんなになった、というのも散々な言い草だが、現状の無気力を考えると返す言葉もない。


「どうして。どうしてだろうな」


 自分でもわからない。


「それならさ、少しくらいアンタのことを話してみてよ」


「オレのこと?」


「そう。どうしてアンタがあの路地裏に駆けつけてきたのか、それすらもワタシは知らないし。話してみれば少しは自分のことがわかるかもよ」


 どうしてか、と言われれば大した理由じゃない。


「ソレイユが助けを呼んでたから」


 リアは首をかしげた。


「ソレイユどころか、誰も助けなんて呼んでなかったと思うけど」


「でも確かにあの子の声だったと思う」


 幻聴なんかではなかった。


【誰か、助けて】


 今もその声は思い出せる。


「それはそれで不思議なんだけど、ワタシが知りたいのは理由の方。アンタがどうしてワタシたちを助けようなんて思ったのか、それが知りたかったのよ」


「……声が聞こえたから、っていうのは理由にならないのか」


「でも、普通の人間は悲鳴なんて聞いても無視するでしょう?」


「たまたま、気が向いただけだったんだと思う」


 気のせいならそれでいい、と思ってとりあえず走っただけだった。


「正義感で駆けつけてきてもフェンリルの姿を見たらびっくりして逃げちゃうでしょう?」


「非現実的な空間にあてられて、頭がおかしくなってたんだろう」


 魔法が介在する空間を見て、倒れ伏してる少女を見て、そして、懸命にあがいている妖精を見て、脚を踏み入れてしまったのだろう。


「そして、アンタは結果としてソレイユまで連れて逃げようとした」


 そりゃあ、当然だろう。


「助けを求めている人間くらいは助けないと、と思って――」


 言いながら顔を上げて、気がついた。


「――ごめん」


 あのとき、オレは、目の前の妖精を見捨てようとした。


 助けを求めてない奴まで助ける力は無い、なんて言い訳をして。


 妖精は困ったように笑った。


「気にしなくていいのに。あのときのことなんて終わったことよ」


「それでもソレイユなら何とかしようとしただろう」


 太陽のように輝く瞳の彼女なら。あの土壇場でもオレに力を渡してでも抗おうとした彼女なら。


 きっと、違う選択をしたんだろう。


「……そっか」


 妖精は月を眺めながら、オレの隣に座り込んだ。


「あなたはソレイユと自分を比べてしまって、その差に耐え切れなかったのね」


 その言葉で、自覚した。


 オレから立つ力を奪っているのは、自分では認められないほどの、ただの劣等感だった。




 力は借り物だった。


 勇気も欠けていた。


 慈愛なんて上っ面。


 覚悟に至っては一つもできてない。


 彼女のようなヒーローには、程遠い。

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