12 枯葉が揺れる
砂塵が晴れるころには、炎の檻も消えるように鎮火していた。
切り払ったディアルクの姿を見れば、腹部は大きく切り裂かれている。
「……いくら二人がかりとはいえ、森の中の私を打倒するとは」
ディアルクの体はすでに致命傷だ。その傷でまだ立ち尽くしているのは気力故だろうか。その余命もごくわずかだろうに。
「最後の一刺しは布石から寄せに至るまで完璧だった。発射の瞬間も見抜かれていない自信があった。よく致命傷を避けたものだ」
それに関しては、どこに攻撃が来るのかは推測がついていた。
「アンタ、どんな攻撃の時も心臓を狙いすぎてるんだ」
三度放たれた土の槍はすべて心臓を狙っていた。なら、四度目に来るかもしれない一撃も心臓を狙うだろう。たとえ見えなくてもそらすくらいは可能だった。
「……心臓はよく動く。狙いやすくていいのだが、そんな手癖があだになったか。完敗だよ」
ディアルクはそんなことを言いながら、わずかにも悔しそうなそぶりなど見せず、ただにやりと笑った。
「結局、オレはおいしいところを持って行っただけだけどな」
この魔術師に力を与えている森とオレ達の戦場を切り離したのはソレイユだ。この広場に迫るまで、そして入ってからの魔術に対抗しえたのはシエルのおかげだった。
「いやあ、謙虚なのも悪くない。そうか、フェンリルのやつがやけに期待をかけるのも納得だ」
何を納得したのか知らないが、ディアルクは傷の痛みなどよりも、そちらの方が感情を大きく支配しているらしい。顔は苦悶などに覆われず、ただ笑っていた。
「今更持ち上げても何も出せないけどな」
「なに、敗者が勝者を讃えているに過ぎない」
敗者のくせに上から目線だが、その穏やかな顔に、何か罠の気配はない。シエルも反応しないのだから、本当にただの善意での言葉か。
その真意を探れないか、と思ったとき。背中を何かがはい回る感覚がした。
同時に、五体の感覚が少しずつなくなっていく。
「ああ、アイツも本体が来るのか。君はずいぶんと人気者だな」
皮肉気にディアルクは笑みを深める。
しかし、聞き返そうとする声が出ない。すでにのどまで乗っ取られているように、自由がない。
「――――そうだな、もしも、アイツと出会って戦意を失わないのなら。月見の丘へ向かうといい。我らが魔王はそこで勇者を待つだろう」
どういう意味だ、と問う言葉は出なかった。
塵のように消えていく魔術師の姿を見ると同時に、オレの意識も薄れていった。
『よお。目覚めたか』
白と黒のチェックのタイルで覆われた空間に、声をかけてきた男とオレはいた。
自分の体は先ほどまでの少女のものではない。男である、オレ自身の体だ。けれど現実の体にしては実感がない。
五感の全てがおぼつかない。
まるで夢の中にでもいるみたいだ。
『なんだ、精神体ってのは違和感があるのか? ちょいと実体よりも現実への干渉具合は減っちまうが、楽にしとけばそのうち慣れる』
肉体へ感じている違和感は少なからずある。地に足がつかず、大地を歩かずとも移動できる感覚。足のない幽霊というのはこんな感じかもしれない。
『それとも警戒してるのか? この精神体しかない空間で何ができるわけでも、何をするわけでもない。安心してどんと構えてろよ』
それ以上に、目の前のヤツが不可解な人間だ。
アレの正体を知ろうとして、胸にいるはずのシエルに声をかけようとする。
『そう誰かを頼ろうとするなよ。この世界には敵も味方もいないんだ』
こちらの一動作にさえ、その意図を読み取られる。
それは目の前の人間の顔を見れば理由に見当はつく。
「オマエは何者なんだ」
だが聞かねば気が済まない。
『何者? 見てわかるだろう?』
わかっている。この世界の中で最もなじみのある顔だ。
「なら、オマエは何者なんだ。オレの顔をしたオマエは!」
目の前にいる人間は、オレとそっくりだった。
髪の色も、長さも。服だって、靴だって今のオレと全く同じ。
唯一瞳の色が真っ赤になっていることと、わずかに声が反響していること以外、オレと全く違いはない。
そして、オレの質問に、目の前のオレはにやりとした。
『オレはオマエで、オマエはオレさ』
「そんな禅問答みたいなことがききたいわけじゃあない」
『なんだ、つれないな』
「当たり前だ。そもそも自分自身に化けてくる奴にむける愛想はない」
鏡が勝手にしゃべりだすようで、気味が悪い。
『ふうん、人間の感覚はわからないもんだな。ま、ドッペルゲンガーみたいなもんでね。モトがいないと形がないんだ。その辺は勘弁してくれ』
オレはこんなしゃべり方をする人間だっただろうか。
まじめに相手をしていると自分自身が分からなくなりそうだ。
「いや、本題に入ろう。お前は何をしにオレを呼んだんだ」
『無駄話が好きなのも人間の特徴だと思ってたんだがそれも違うらしい』
そんなのも人によりけり、場合によりけり、だろう。
『ま、用件に入ろう。自己紹介と警告をしに来た』
「なに?」
よくわからない空間に呼び出しておいて、やることが自己紹介と警告、というのも意図がつかめない。
『まずはオレの自己紹介。名前はイリス。魔王の手下で、ディアルク、グァスト、フェンリルと同じくDD幹部なんてやってる。この世界には魔王を合わせてもオレたちは五人。いや一人減ったから四人しかいないけどな』
本当にただの自己紹介なんて始めやがった。
聞きなれない名前も混じっているが、イリスの語るこの世界に居るDDのメンバーは、五名だった。それは以前シエルから聞いた人数と変わらない。本当に、彼らはそのわずかな人員で世界を滅ぼす足がかりを作ろう、というのだろうか。
『……なんだよ、オマエは自己紹介してくれないのか』
少しの間思考に沈んでいると、オレの顔をしたイリスが眉をひそめていた。
オレの顔でそんな顔をされるのは非常に違和感がある。無性に気味が悪い。
「名前は三鷹月光。以上だ」
そっけない返事だと自分でも思うが、イリスは罪人を見下ろすような剣呑とした顔になった。自分がこんな邪悪な顔をしたことはないはずだが、見るだけで気分が悪い。
『へぇ、三鷹月光。いいのか、名前を教えちまっても? 誰かに警告なんてされなかったか? この世界じゃあ、名前一つでオマエの正体は丸裸になる、ってな』
そんな警告は一度されている。だが、この場に至っては特に意味はない。
「そもそも、オレの本来の体を知ってるオマエに隠す意味なんてないだろう。その格好でその辺うろつけばすぐに正体なんてわかる」
『……つまらないなあ、オマエは』
イリスはわざとらしく、首を横に振る。
自分は人間と程遠い生き物だ、と言っておきながら、イリスはあたかも人間の様な感情があるかのような言動をする。ただし、その大げさすぎる振る舞いは、少し違和感があるものでもある。演劇だとか、あるいは嘘をついているとか、何がしかの虚構でその真実を隠匿しているような。
だが、そんな内側に意味は無い。今の本題は、どうしてコイツがオレの前に現れたか、だ。
「それで、警告ってのは何だ」
『大したことじゃない。この件から手を引け』
そんな言葉を言ったイリスの顔は、オレ自身の顔にもかかわらずその感情が読み取れなかった。
「手を引け、っていうのは次元の鍵を置いて行け、ってことか」
彼らの目的を果たすには次元の鍵が一番早い。
だが、そうではない、とイリスは手を横に振った。
『次元の鍵自体はあれば便利だが、必要なものじゃあない』
「それは聞いてた話だ。でも、そうすればオマエたちはこの世界を次元の鍵なしで征服するんだろう」
『なあに、ちょっと犠牲が出るだけだ。お前にはかかわりのない人間が少しだけな』
「20万人、だったか。それを見過ごせるわけもないし、そのあとにこの世界に手を出すのを見過ごすわけにもいかない」
どちらに転んでも、多くの犠牲が出る。だから、ソレイユはそれを止めるために今も戦っている。それを、無駄にはできない。
『くだらない正義感だ』
「…………」
吐き捨てるようなイリスの言葉は、先ほどまでのわざとらしさはなく、彼の感情が漏れ出したように感じた。
だが、その表情は一瞬で消えて、その正体を探れそうにはなかった。
『そして、手を引かなければオマエは死ぬ』
唐突な死刑宣告だった。突拍子もないし、普段なら信じもしない。けれど、目の前のイリスの顔は、疑うにはあまりにも誠実だった。
「どうして、オレが死ぬんだ」
『一つ目。ずいぶんとグァストの奴がオマエにご執心でね。アイツは弱っちいし、力もない。でも魔王への狂信、そして【偽物】への妄執。アイツの異常さを理解できないオマエはそこで立ち上がる力を失うだろうよ。ま、そのくらいで済めばハッピーかもな』
グァスト。未だ名前しか知らない最後の幹部。
まるで、イリスはそいつを脅威とは思っていないのに、危険物でも語るかのようにそいつを紹介してきた。
『二つ目。神話の化け物であるフェンリルにお前は実力で劣っている。だから、あいつと対峙すれば死ぬ。これはお前も実感しているだろう』
フェンリル。初めに会った氷を纏う獣。
一度目の戦いで圧倒的な物量におされ、そしてまだあの獣の底が知れていないのはよく理解している。そのための対策も入念に行おうとしていたくらいだ。
『三つ目。何よりも、星の王女を使うオマエは、オレには絶対に勝てない。絶対にな』
ほかの二つは、いくらかは想像がつく。
けれど、三つ目だけが、いやに不自然な物言いで、どうも気になった。
「オレがオマエに勝てない理由、ってのはなんだ」
『オレがオマエで、オマエがオレであるからさ』
答えになってないが、イリスはそれで十分な答えのつもりらしい。
『そして、オマエが手を引くべき最大の理由はオマエの仲間にある』
「……なに?」
世界がゆがんでいく。こちらに来る直前とは逆で、自分の体の自由ではなく世界を歩く自由が奪われていくようだ。
『王女様の傷を見てみな。オマエはそれで戦意を失う』
いやに、その言葉は頭に残る。
『それでもお前が戦う意思を見せて、万が一にもオレの元までたどり着いたのなら』
世界が原型をとどめなくなり、闇に沈んでいく中、イリスの声だけはよく届いた。
『その時は、完膚なきまでに叩きのめしてやる』




