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9 陽は陰る

 クレープも食べ終わって、ソレイユに手を引かれながら駅前を回る。


 服屋でシエルと相談しながらソレイユに似合う服を選んだ。


 雑貨屋では、かわいらしいぬいぐるみを買った。


 お土産に小さなキーストラップを選びもした。


 本当に楽しい時間だった。






『もう時間です』


 いつの間にか、日が傾いてきた。


 休憩がてらに公園のベンチのんびりと話していたが、それもおしまいか。


『水を差す様で申し訳ありませんが、そろそろ水地の森に向かいましょう』


「気にしないで。むしろお礼を言わせてちょうだい。時間を気にせずに楽しい時間を過ごせたのはシエルがいてくれたおかげなんだから」


『私は時間まで黙っていただけですよ、ソレイユ』


 シエルのそっけない態度はこちらに気を遣わせないようにしている、というのは深読みが過ぎるだろうか。


 買ったものは全て空間魔法でどこかに放り込んだ。戦闘の邪魔になるものは無い。


「水地の森までは電車でいこうか?」


『いいえ、この場所からなら星の王女の脚力で跳ぶほうが早く着けるかと』


 水地の森まで一本でいける電車なんて通っていないし、ビル街を駆けたときの速度を考えるとそうかもしれない。


 辺りに人が居ないのを確認し、立ち上がる。


『換装します』


 着ていた衣装は光に消え、代わりにピンクのふわふわとしたドレスに身を包まれた。


 この戦闘服を着ると比喩でもなんでもなく体が軽くなる。体全体の性能が上がっている感じだ。


「じゃあ、ソレイユ、ちょっと失礼」


 座っていたソレイユを抱きかかえる。


「ひゃ! な、何をするの?」


「何、って水地まで運ぼうと思ったんだけど」


 ソレイユは変身できるわけでもないし、オレが担ぐ方が早い。そもそも、以前のケガはおそらく治りきっていないだろう。少しでも楽をさせたい。


「え、じゃあ、その……お願いしようかしら」


 控えめにではあるものの、ソレイユもうなずいた。


『では参りましょうか、マスター』


「ああ」


 公園を離れ、戦場たる水地の森を目指す。






 屋根を飛び回るうちに、すっかり日は暮れた。


「上から見下ろすと、街の中心から離れても光はたくさんあるのね」


 腕の中のソレイユがつぶやいた。


 今は駅前を離れて、少し離れた住宅街だ。眠るには早すぎる時間だし、家に居る人間はそのことごとくが明かりをつけている。


「まあ寝床はこっちだから、帰ってきた人間も多いんだろう」


「ええ。平和な人の営みを感じるわ」


 ソレイユは滅びた自分の国に想いを馳せているのか、あるいは平和だったころをこの住宅街に重ねているのか。


「だから、この平和を守りましょう。私の国のようにしてはいけないわ」


 そのどちらでもなく、新たな決意を固めていた。その目の輝きは本物で、出会った時と変わらない。


「そうだな」


 オレも、ちゃんと彼女に報いれるように頑張らないと。


『マスター、そろそろ水地の森です。侵入しやすい経路などはご存知ですか』


「全くない」


『……少しくらいは悩んでみてもいいのですよ』


「今まで近づく機会すらなかったんだよ。こう、おっかなくて」


 クスクスと、笑い声が聞こえてきた。


「あら、ルナも怖がったりするのね」


「……いいだろ、別に。触らぬ神にたたりなし、ともいうんだ、こっちの世界では」


「ふふ、じゃあそう言うことにしておきましょ」


 なんだか含みがある言い方だが、あえて触れはしない。


『……マスター。その「怖い」という感覚、今はありますか?』


「なんだよ、シエルまで」


『いえ、少々気になりまして』


 言われてみれば、今まで感じていた恐れとか、あるいは疎ましさ。そう言ったものは薄いかもしれない。


「今はあんまり感じないかな」


『であれば、もしかしたらミズチの森、というのは本当に異なる(ことわり)の力を有していたのかもしれません』


「魔力、ってことか?」


『ええ。おそらくは天然の人を忌む結界が存在したのでしょう。それは変身前のマスターにも効力があった、ということかもしれません。そして、今の魔力を有するマスターはその影響を無力化できているという可能性もあります』


 言われてみても、正直分からない。シエルも断定しない辺り、確証はないのだろう。


「でも、シエルの言う通り天然の結界ができるほどなら、やっぱりミズチには『居る』のよね」


『おそらくは。ただ、助力を願うのは難しいでしょう。彼らも命を賭けてまで人間には与さないでしょうから』


「残念ね」


 はあ、とソレイユがため息をついた。


「『居る』って、何が居るんだ?」


『神、あるいはそれに属するものです』


「……じゃあ、本当にミズチはいたのか」


 子供のころより伝えられていた伝承。それの実在を聞いて、少しだけ思うところもある。


『とはいえ、人を忌む、つまりは人除けの結界を張るほどですから、そのミズチは人の社会に興味がない、とも見受けられます』


「あるいは、それだけの力がないのかも。この世界の魔力はあまりにも少ないし、力を振るうのが難しいのかもしれないわ」


 シエル、あるいはソレイユのどちらの推測が正しくとも、力を借りるのは難しいだろう。


「……ま、もともとそっちはあてにしてないんだ。シエル、目的地はこのまままっすぐでいいのか?」


『ええ。そのまま突っ切ってください。上空からの写真の上ではその先にやや開けた地点があります。そちらに陣を敷きましょう』


「了解」


 目の前に見えてきた立ち入り禁止の看板と柵を飛び越え、水地の森へと侵入した。











 木々の間を走り抜けると、シエルの言う通り木々が生えていない広場があった。


「もう着いたし、下ろしてくれる?」


「ああ、ごめん」


 抱きかかえていたソレイユを足のほうから下ろす。身体を伸ばしながら、ソレイユは辺りを見回す。


「ここにフェンリルをおびき出す、ってわけね」


『そうですね。ソレイユ、陣の構築はあなたに任せても構いませんか?』


「うん。任せてちょうだい」


 シエルの問いにソレイユは大きく頷いた。


「何か手伝える事はないか?」


「そうね、すこしだけ待ってね」


 ソレイユがポケットからいくつかのきらきらと光る石を取り出した。


「……宝石?」


「宝石、というよりも魔石と呼ぶべきかな。これは魔力を込めるのに適しているの」


 魔石と呼ばれた石たちが、ソレイユによって宙へ投げられた。


「【浮遊(タオールフ)】」


 ソレイユが唱えると、宙へ浮かんだ石は意思を持つように、広場の隅へと配置された。


「……聞いたこともない言語だったけど、今のも魔法に必要な詠唱なのか?」


「あの子たちの魔力を使うときは向こうの言語じゃないと詠唱できないの」


 あの子たち、というのは魔石のことか。


「でも、今までは日本語で詠唱してなかったか?」


「うーん、今も向こうの言語で話してるのよ? 意味と音を魔法でうまくつなぎ合わせてるだけでね」


 その説明さえ、真っ当な日本語を話しているように聞こえる。


『翻訳魔法、というのが近しいでしょうか。フェンリルのように一切こちらに合わせる気のない無法者を除けば、大概は扱える魔法です』


 魔法について聞くたびに便利だな、という感想が浮かぶが、シエルの説明を聞くと一つ気になることがある。


「……なら、翻訳魔法とやらを使えないオレも無法者なの?」


『そうですね』


「…………」


 シエルにはオブラートに包む、という芸当はできないらしい。


「……えっとね、ルナ。石のおいてある四点を通るようにこの広場を覆うような大きな円を描いてくれるかしら」


 話題をそらすように、ソレイユがオレに指示をくれた。


 しかし、円か。完全に丸い円を描くのは難しいんじゃないか。


「ソレイユ、魔法陣の円ってどのくらいの精度で描けばいい?」


「精度、っていっても適当でいいわよ? あくまで外界と区切りをつけれればいいから」


『極端な話、円どころか四角形でも構いませんし、なんなら頂点となるべき点さえあれば魔法陣として機能します』


 そんなものか。


「じゃあ円を書く必要はないんじゃないか?」


『ありませんね。内部の紋様に比べればただの気休めです』


 ソレイユも困ったように笑っている。本当に気休め程度のものなんだろう。


「それでも、気休めでもないよりましかな」


 そうは思ったが、辺りに線を引くのにちょうどよさそうな枝はどうも落ちていない。木々の枝でも折ればちょうどいいが、少し忍びない。


「これでいいか」


 燃える剣を取り出して、大地を引きずりながら線を描く。


『……マスター』


「どうした?」


『土いじりに武装である剣を使うのはどうかと』


「……薄々そう思ってたけどさ」


 とはいえ、便利な枝がそう落ちているわけでもない。ソレイユはどうやって引いているのか、と視線をやる。


 彼女は身の丈ほどの杖を手に、この巨大な平原をキャンパスにして紋様を描いていた。


「ソレイユも武器を使って引いているじゃないか」


『あれは魔杖ですから。魔法陣そのものに魔力を注ぐ時間を省略できる、という明確な理由があります。マスターのものぐさとはまるで意味が違います』


 どうも、シエルが少し怒っているような気がする。別にシエルのモノではないのだし怒る必要もないと思うのだけど、彼女なりに武器に思い入れがあるのだろうか。


「そんなに怒るのならやめとくけどさ」


 剣を収納しながら、シエルに語り掛けてみる。


『別に怒ってなどいません。少々、その悪癖を持つ人間を思い浮かべてしまっただけですから』


「ソレイユのさらに前のマスター、とか?」


『……ええ、まあ。遠い昔の話です』


 濁すような回答に、これ以上は話したくないのかもしれない、と感じた。無理に聞き出すほど気になったことでもない。


 少し時間はかかるが、シエルの意をくんで踵を引きずることで線を引くことにした。


 一度、二度、三度。足を動かすだけで、何も変わらない。


「……なあ、シエル」


 暇だから、というのもあるけど、さっきの話で気になったことがある。


『なんでしょうか、マスター』


「さっきの魔石の話なんだけど、シエルは魔石とは違うのか?」


 形状の大小はあるが、ソレイユの取り出した魔石の中にシエルの姿があっても違和感はなかったと思う。


『大まかに言えば似たようなものです。魔石、というのは鉱石の中に魔力を封じ込めたものを言います。私は魔力ではなく、魔力を扱う人格を封じ込めている、魔導兵器という分類になりますが』


「……その、人格を封じ込めている、っていうのは?」


『こちらの世界ではAIというものがあるでしょう。それと似たようなものだと思えばよろしいかと』


「じゃあ、誰かに作られた、ってことか」


『作られた、というよりは発生した、というのが正しいかもしれません』


「発生?」


『助けを求める声がして、それに応えたらいつの間にか生まれていたのです。そういった意味ではリア達のような妖精にも近しいところはありますね』


 その成り立ちは気になるところだけど、それはシエルの過去を話すことになる。以前のマスターについても語りたがらないし、多分話してくれないだろうし、気を悪くするかもしれない。


 どう話を変えたものか、と悩んでいるうちに広場を一周してしまった。四点の宝石を囲むように、土に引かれた円ができた。


「他に魔法陣について手伝える事はないのか?」


『ありません』


 本当に愛想も何もあったものではない。


『ソレイユは並み以上に魔法に精通していますから、彼女を手伝うというなら複雑な魔法の知識が必要になります。マスターではかえって邪魔になるでしょう』


 そんな知識は一切無い。


「じゃああとは見張りくらいしかやることはないか」


 それも敵の目的を考えると今は要らないかもしれないが。なんせ、次元の鍵がここにはない。オレたちを狙っても意味がない。


『もしくは戦闘まで休憩でも構わないでしょう。休息も戦闘の準備です』


「それなら、少しだけ休ませてもらおうかな」


 大木の一つにもたれて、座り込んだ。


 オレの先にはなにやら光る塗料を撒いて模様を作っていくソレイユの姿がある。


『地べたには座り込まないでください。汚れますよ、マスター』


「どうせ戦闘になったら汚れるんだし、関係ないって」


『せっかくあちらの方には切り株があるのですし、そちらを利用すればいいものを』


 見回すと、少し遠くに確かに大きな年輪の切り株がある。


「切り株なんてあると思わなかった。だってここは誰も入らな……」


 ……どうして。


 誰も立ち入らないはずのミズチの森に。切りそろえられている切り株があるのだろう。


 近づいて切り株を見る。その痕は朽ちても居らず、つい先日切ったばかりのように思える。


 不自然さに違和感を覚えて辺りを見回して気がついた。


 木々の中に隠れてはいるが、四つの切り株が正方形を描くように存在している。


 まるで、この平地を囲むように。


 それは、この平地を『魔法陣』として囲んでいるのではないだろうか。


「まさか」


 考えすぎ、というのは楽観が過ぎる。


 ここはシエルがフェンリル相手の対策として、この辺りでは最も戦場としてふさわしいだろう、と考えた場所だ。


 裏を返せば、オレ達が戦場として選ぶには最も相手に予測されやすい場所だ。


「――くそ!」


 ここにいてはいけない。


 立ち上がってソレイユの元に駆け出す。


『どうされました、マスター?』


「どうしたも、こうしたもない! こっちがすでに罠にはめられていたんだ!」






 その瞬間、目の前にいたソレイユが土の槍に貫かれていた。


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