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台風の魔力  作者: 冬木香
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久しぶりの挑戦

 意気込んで飛び出しはしたものの、市民運動場についた僕たちの体力はすでに半分くらい減ってしまっている気がした。普段なら歩いても15分で着く距離なのに、今日は色々とあったせいで、30分以上もかかってしまったのだ。

 僕たちが家を出る頃には、台風は段々と強さを増していて、もう自転車に乗るのもままならないほどの風が吹いていた。取りに来るのが面倒だからと最初は自転車を引いて歩いていたナオトだけれど、それすらも大変で自転車はクラスの友達の家にこっそりと置いてくることになった。

 そしてもっと大変だったのは商店街のアーケードだ。屋根がついてはいるものの、風が強いので雨が吹き込んでしまって石タイルの床には大きな水たまりがいくつもできていた。その水たまりを避けるように歩いた結果、僕たちはマンホールに気付かずに足を滑らせて転んでしまったのだ。

 肘や膝を打ち付けた僕たちは、その後もゆっくりと水たまりを避けて歩いた。気を付けて歩いたので次のマンホールにはちゃんと気付く事ができた。なので僕たちは足を滑らせないようにゆっくりと歩いたのだけれど、注意していたにもかかわらずアーケード特有の突風に押されて早足になってしまい、僕たちは結局また転んでしまったのだった。


 そんなこんなあって、僕たちはいつもの倍以上の時間をかけて市民運動場にたどり着いたのである。

 市民運動場には色々なスポーツの競技場がある。併設されているスポーツセンターには、プールやジムまで備わっているほどだ。普段なら平日でも人で賑わっているこの場所に、僕とナオトしかいないというのはとても不思議な感じがした。


「見ろよ! 貸し切りだぜ!」


 ナオトが陸上競技場の方に走り出したので、僕もそれを追いかけて走り出す。さっきまでは体のあちこちが痛かったしとても疲れていたはずなのに、今の僕たちは絶好調といってもいいほど力がみなぎっていた。

 僕は先に走り出したナオトに追いついて、2人で同時にフェンスをよじ登る。登りきったところで強い風にあおられたけれど、僕たちは慌てて飛び降りて、何とか無事に着地することが出来た。

 目の前には無人の400mトラックが広がっている。僕とナオトは顔を見合わせてから走り出した。

 


 トラックにたどり着いた僕は、ていねいに体をほぐしてからウォーミングアップを始める。どんなに心が燃えていても、雨によって熱を奪われた体は冷え切って固くなってしまっているのだ。

 ナオトはスターティングブロックというスタート台を取りに用具倉庫に行っている。僕はいまだに強さを増し続けている雨と風の中をゆっくりと走り始めた。

 2周走ったところでナオトがスターティングブロックを持って戻ってくるのが見えた。ナオトは100mのスタートにそれを置くと僕に合流する。


「よっ! そろそろあたたまってきたか?」


 並んで走り始めたナオトが、台風の音にかき消されないように大声で話しかけてくる。


「もう少しかな。倉庫のカギ開いてたの?」


「閉まってたよ。でもシュンタが朝練するのに隠してたやつがあったからさ」


「あれかあ、まだ置いてあったんだね」


 去年の夏、大会で出したタイ記録というのが余計に悔しかったようで、シュンタは毎朝学校に行く前にここで練習をするようになった。早朝だとまだ倉庫のカギが開いていないからと、シュンタは倉庫の裏にスターティングブロックを隠していたのだ。

 結局その記録を超えることはできないまま夏休みになってその朝練は終わることになった。けれど僕は今日そのスターティングブロックを使って、その記録を超えてみせるのだ。

「あと2周!」と言って僕は少しスピードを上げる。ナオトは辛そうだったけど、それでもぴったりとついてきた。

 走り終えて横を見ると、肩で息をするナオトが自慢げな顔で僕を見ていた。


 ウォーミングアップを終えた僕は、ランニングシューズを脱いでスパイクに履き替える。勝利の女神の名を冠するブランドのそのスパイクは、黒にオレンジのロゴマークが入っていてとてもカッコいい。家でオリンピックの中継を見ていた時にアメリカの選手が履いていて、このスパイクが欲しいと父さんに頼んで買ってもらったのだ。けれど最近は部屋に飾っているばかりで長いこと履いていない。

 久しぶりに履いたスパイクは、羽のように軽く感じた。そのうえスパイクの裏についた金属のピンが、弾力のあるトラックの地面に突き刺さり跳ね返ることで、1歩1歩がいつもより力強くなる。


「そのスパイク、格好いいよな」


「うん、自慢のスパイクだからね」


「でもシュンタには見せたことないんだろ?」


 ナオトがそういうのと同時にとても強い風が吹いた。僕は聞こえなかった振りをしてスターティングブロックの調整を始める。

 シュンタと同じセッティングをしてから、右をさらに2目盛り後ろにずらす。シュンタは左右の足の幅を狭くして、とても綺麗なバンチスタートをするけれど、僕には難しくて真似が出来なかった。それでもあきらめきれなかった僕は、出来る限りでシュンタに似せた今のスタートをするようになったのだ。

 そこで僕は思い出す。スパイクを買ってもらった時に1番見せたかった相手はシュンタだったはずだ。それなのにいつしかシュンタと走ることの無くなっていた僕は、結局1度もスパイクを見せたことがない。


「もしいいタイムが出たらさ、このスパイクも一緒にシュンタに自慢することにするよ」


 僕がそう言うと、ナオトは「それはいいな!」と大きくうなずいた。


 僕はセットし終わったスターティングブロックを使ってスタート練習をする。これはテレビの中のスターたちも、もちろんシュンタも、100mを走る前には必ずやっていることだ。こうしていると、本当に陸上選手になったような気持ちになる。


「陸上でシュンタに挑戦するの、すごく久しぶりな気がするよ」


「昔はよく3人で走りに来てたのにな。俺はいつも審判だったけどさ」


 僕がいつもシュンタに勝負を挑んで、ゴールに立つナオトが僕を応援した。僕は1度だってシュンタに勝ったことはないけれど、その背中を追いかけるのはとても楽しかった。


「あの頃の僕は本当に諦めが悪かったよね。何回負けてももう1回ってシュンタに頼んでさ」


「でもそんなところを俺もシュンタも格好いいと思ってたんだぜ。絶対諦めないヒーローみたいだって」


 2人がそんなことを思っていたなんて、僕は全く思いもしなかった。だって僕にとっては2人がヒーローだったのだから。頭が良くて、足が速くて、僕にない才能を持っている2人にずっと憧れていたのだ。


「それなのに僕は諦めちゃったんだね。カッコ悪いな」


「そんなことないだろ。今またシュンタに挑戦しようとしてるんだから。やっぱり最高に格好いいぜ!」


 そんな恥ずかしいことをいいながらも、ナオトは真っすぐに僕を見ていた。けれど僕が「ナオトのおかげだよ」と言うと、照れたように目をそらしてゴールの方に走っていってしまった。



 スターティングブロックに足を乗せて、手を地面についてから顔を上げる。100m先のゴールには、手を挙げたナオトが立っている。僕にとっては見慣れた光景だ。シュンタと走るときも、1人で走るときも、いつだってナオトがゴールでストップウォッチを片手に応援してくれた。

 僕がスタートの姿勢になれば、いつものタイミングでナオトがスタートの合図をしてくれる。いつもと違うのは雨と風だけだ。降りしきる雨は浴びているだけで僕の体力を奪っていくし、トラックには何本もの川のような水の流れができてしまっている。

 風は僕の味方をするように後ろから吹いてくれているけれど、その性格は気まぐれみたいで短く吹いたり長く吹いたり様々だ。走るときにどのような風が吹くかは台風の機嫌しだい、ということになるだろう。いわゆる運任せというやつだ。

 とりあえず1本走ってみよう。緊張は全くしていなかった。


 僕は膝を地面から離してスタートの姿勢になる。そしてナオトを見つめて心の中でタイミングをはかる。1...2...、ナオトが手を振り下ろす。いつも通りのタイミングだ。僕はスターティングブロックを蹴ってスタートをした。1歩、2歩、3歩。地面を見つめて走り出す。

 10m...20m...重心を意識しながら、少しずつ上半身を起こしていく。シュンタの走り方を思い浮かべるけれど、うまく走れなくて体はすぐに起き上がってしまう。風はまだ吹いていない。30m...40m...段々とスピードに乗ってきた。顔に大粒の雨が当たるので少し目を細める。雨で濡れたTシャツが体に張り付いて、肩が重く感じる。とても腕が振りづらい。50m...ビュン! という音が聞こえて背中に強い衝撃を感じる。強く吹いた風は、そのままの勢いで僕を押すように吹き続ける。60m...風の力で僕は今まで感じたことのない速さで走っている。あまりの速さに僕の足は悲鳴を上げ始めた。そしてトップスピードに達した僕の足は、意識したように回らなくなってくる。70m...押され続ける上半身に足がついていけなくて、段々と前のめりになっていく。遅れ始めた足に必死で力を入れようとするけれど、意識とは反対にどんどん足の力が抜けていってしまう。80m...前のめりになった僕の目の前には、弾力のあるトラックの地面が迫っていた。けれど、どうすることも出来ない。頭では転ばないようにと色々と考えていたけれど、それもむなしく僕はそのまま転んでしまった。なんとか手をついて受け身をとったのに、止まるまでに横に3回転もしてやっと止まることが出来た。こうして一回目の挑戦は失敗に終わることになったのだった。

 地面に座り込む僕のところへナオトが走ってくる。心配そうな顔で「大丈夫か?」と聞くナオトに、僕は「もう1回!」と言って笑った。ナオトも「昔に戻ったみたいだな」と言って笑う。

 挑戦するのが楽しくて仕方がない。忘れていたけれど昔もそうだったのだ。僕は心を躍らせながら、次の挑戦をするためにスタートへ向かって歩き出した。




 意気込んで挑みはしたものの、2回目の挑戦も失敗に終わった。スタートしてすぐに吹き始めた風が、そのままずっと吹き続けてしまったのだ。あまりにも早くトップスピードに到達してしまった僕は、60mの手前でまたしても転んでしまうことになった。

 そして3回目の挑戦は走りきることはできたものの、全くと言っていいほど風が吹かなかった。風もなくこの大雨の中を走った結果は、普段のタイムよりも遅いものだった。

 走り切ったのはたったの1回だけだけれど、そろそろ僕の体力は限界が近かった。


「まだ走れそうか?」


 スパイクを脱いで座り込む僕にナオトが話しかけて来るけれど、それまでのようにすぐ「もう一回」とは答えられなかった。

 僕は足の筋肉を揉みほぐしながら呼吸を整える。


「次でラストかなあ」


 まだまだ気力はあったけれど、体力の方はあまり残っていない。特に足に関しては次の100mを走りきる自信も本当はなかった。陸上のスパイクというのは足にとても負担がかかるのだ。

 陸上のスパイクはスピードを落とさないためにクッション性を取り払ってしまっているので、全ての衝撃を自分の足で受け止めなければいけない。そのうえ靴底についたプレートと金属のピンがさらに筋肉に負担をかける。すでに僕の足は太ももも、すねも、ふくらはぎも、つちふまずも、全てが痛くて仕方がない。

 でもまだあきらめがつかなかった。せめてあと1回、100mだけでも走りたい。

 僕は少しでも疲労を取るために両足を伸ばしてストレッチをする。その背中をナオトが押してくれた。


「次は風、吹くといいな」


「さっきのタイムはひどかったからね」


「その前の風もひどかったけどな」


 僕たちはそれまでの失敗を思い出して笑った。


「どうしてこんなに気まぐれなんだろうね」


 僕がそう言ってため息をつくと、ナオトが強めに背中を押した。息を吐くのと同時に押されたので、足の筋が良く伸びて気持ちが良かった。


「アメリカでは台風みたいな大嵐をハリケーンって呼ぶんだけどさ、それに女の人の名前をつけるらしいんだ。まあ、そういうことだろ」


「どういうこと?」


 意味の分からなかった僕は振り返ってナオトにたずねる。


「女の子って気まぐれなもんだろ」


 ナオトはとても大人びた顔をしてそう答えた。


「なに、彼女でもできたの?」


「まさか、サチのことだよ」


そう言われて思い当たる。サチというのはナオトの3つ年下の妹で、怒ったり、泣いたり、拗ねたり、笑ったり、それこそ台風のように気まぐれな女の子だ。


「じゃあ、この台風のことはさっちゃんって呼ぼうか」


「やめとけよ、台風がもっと気まぐれになっちゃいそうだろ。それに日本の名前じゃ雰囲気が出ないぜ」


 それなら、と僕は考える。だけど僕の知っている外国の名前はそれほど多くない。


「オードリーとかマリーとか? 全然思い浮かばないや、ナオトが決めてよ」


 僕がそう言うとナオトは地面に転がっていたスパイクを拾い上げる。


「だったらやっぱりアリソンだろ!」


 それは僕が憧れたこのスパイクを履いていた陸上選手の名前だった。


「それ名案だね! アリソンが一緒なら負ける気がしないよ」


 僕はそう言って立ち上がると、ナオトからスパイクを受け取る。そのとき、僕とナオトの間を風が吹き抜けた。


「今の風、アリソンって感じじゃなかった?」


「確かに、アリソンって感じだったね!」


 その会話に意味なんてなかったけれど、僕たちにとってはそれで良かった。最後の挑戦に向けて熱くなった心が伝わった気がしたのだ。


「次はいい風が吹くといいな」


「そうだね。じゃあラストもう1回だけ、シュンタに挑戦してみようか」


「頑張れよ」とナオトが手をあげたので、僕は「任せて」と言ってその手を叩いた。


 僕はスタートに向けて歩き出す。疲れ切っているはずなのに、向かい風の中を歩く僕の足取りはさっきまでより軽く感じた。

 最後の挑戦をするために、僕はスターティングブロックの横に座ってスパイクを履いた。




 スパイクを履くと、やっぱり限界が近いみたいで締め付けられた足がひどく痛かった。けれどその痛みすらも僕の心を熱くさせる。なんといっても僕は反抗期なのだ。

 そして僕は足に痛みを感じながらも立ち上がる。これが最後の「もう一回」だ。

 

 袖を捲り上げていたTシャツを脱ぎ捨てて肩を回す。水を吸ったTシャツは思った以上に重かったようでとても体が軽くなった。

 準備ができた僕はスターティングブロックに足を乗せる。さっきまでと違って直接肌を打つ雨が気持ちがいい。地面に手をついてスタートの準備をすると、雨も背中を押してくれているような気がした。


 僕はスタートの姿勢でナオトの合図を待つ。1...2...、相変わらず正確なタイミングでナオトが手を振り下ろす。そして僕がスターティングブロックを蹴って走り出すと、同時に台風アリソンも走り出したようで強い風が吹き始めた。まだスピードに乗っていない僕の横を風が通り過ぎていく。

 10m...地面を見つめる僕の背中を風は飛び越えて行ってしまう。けれど急いで上半身を起こしてはいけない。シュンタの走る姿を思い浮かべて焦らずに走る。20m...上半身が少しずつ起き上がってくると、段々と背中に風を感じるようになってきた。視界の端にゴールに立つナオトが見えてくる。今までで1番いいスタートが出来ていると思う。30m...完全に上半身が起き上がった。しかし、その途端に風がピタリと止んでしまう。1番背中を押してほしいタイミングだったけれど仕方がない。次の風を待ちながら走り続ける。40m...50m...スピードに乗ってくるけれど、急ぎ過ぎてはいけない。無理をすれば風が吹いたときに足が回らなくなってしまうからだ。僕は「アリソン、お願いだ」と心の中で風を呼ぶ。60m...僕の呼びかけに答えるように、ビュン! という音が聞こえた。僕はその音を第2のスタートの合図にして、それまで以上に力強く地面を蹴る。全身に風を受けて、力を込めた1歩目からスピードが上がっていく。70m...風に身を任せてスピードを上げていく。ていねいに走ってきたおかげでトップスピードは今までで一番速い。風すらも、もう僕を追い越せない気がした。あとはどれだけスピードを落とさずに走れるかが重要になってくる。僕は歯を食いしばって腕を振る。80m...スピードを落とさないように僕は必死に足を回そうとする。だけど僕の足は限界が近かった。トラックにできたわずか数センチの水の流れすらも、ねっとりと僕の足に絡みついてくるように感じる。それでも風は僕の背中を押し続ける。90m...足は僕の命令を拒否するかのようにいうことを聞かない。意識が段々と白くなってきて、ナオトが必死に何か叫んでいたけれど何を言っているのかわからなかった。もう足の痛みも、蹴り上げる地面も、肌を打ち付ける雨すらも感じない。それでもゴールラインはもう目の前だった。100m...どうやってゴールしたのか、走りきれたのかどうかすらも覚えていない。僕は今、空を見上げるように地面に寝転んでいる。それでも走ってきた方向からナオトの叫ぶ声が聞こえるので、ゴールラインを駆け抜けたのは間違いないだろう。まだ結果も聞いてないのに、僕は達成感に満たされて目を閉じた。


 目を閉じると全身で雨を感じる。雨は僕を癒すように痛む筋肉の熱を冷ましていく。限界まで力を使い果たして脱力する僕を、やさしい眠気が包み込む。そのやさしさに身を任せてしまおうと思ったけれど、駆け寄ってきたナオトの声が僕を引き戻した。


「何寝てんだよ! これ見ろよ!」


 重たい瞼をなんとかこじ開けて半分だけ目を開くと、雨を遮るように僕の顔を覗き込むナオトと突き出されたストップウォッチが見えた。そしてそのタイムを見た途端に僕の眠気は吹き飛んだ。

 それはシュンタのタイムより、わずかだけれど速いものだったのだ!


「まじなの? これ」


 力が入らなくて呟くような声になってしまう。今すぐ走り出したいような気分だったけれど、うまく起き上がることすらできない。


「まじだよ! 今の100m、シュンタより速かったんだ!」


 ナオトは僕のスパイクを脱がせると、手を差し出して引き起こしてくれる。そして立ち上がった僕はありったけの力を振り絞って叫んだ。


「やったあああ! シュンタに勝ったあああ!」


 それは何年も前から叫びたくて、それでも口にできなかった言葉だった。


「シュンタに勝ったあああ! やってやったぜえええ!」


 隣でナオトも僕につられたように叫びだす。そう、これは僕たち2人の勝利なのだ。


 僕たちはその後も叫び続けた。僕が「台風さいこう!」と叫べば、ナオトも「さいこう!」と叫んで、ナオトが「アリソン、アイラブユー!」と叫べば、僕も「アイラブユー!」と叫ぶ。その後も意味なんてないことをずっと叫び続けた。そして叫び疲れた僕たちは達成感に満たされて競技場を後にしたのだった。


 僕とナオトは、商店街で「明日シュンタに自慢しような!」と言って別れた。1人になった僕は疲れ切った体でゆっくりと歩く。台風は段々と弱まってきているけれど、帰り道には風で折れた太い枝や、吹き飛ばされてきた立て看板が転がっていた。台風アリソンはこの町の中を大分暴れまわったみたいだ。

 この台風の中を僕が出歩いていたと知ったら、きっと母さんは怒るだろう。けれどタイマーをセットしたお風呂がそろそろ沸く時間だから、母さんが帰るより早く服を洗濯機に入れてお風呂に入ってしまえばいい。そう考えて僕は急いで家に帰るために、無理をして足を速めたのだった。

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