小鳥とクローバー
ある少女と小鳥の、ちょっと悲しい?お話です。かなり前に友達を思いながら書いたものに少し手を加えてみました。似たようなお話がいくつもあるかもしれませんが、一応オリジナルです。古い原稿を見つけ、あの頃を思い出したので公開してみます。
小鳥とクローバー
季節は夏と秋のちょうどなかほどあたりでしょうか。抜けるような青空は、とても高くて濃い青色をしています。
西の空には宇宙にとどけとばかりに、上に向かい飛行機雲が伸びています。
公園の中のひときわ大きな木の下には、緑の絨毯が広がり木漏れ日がきらめいています。そこに1人の少女がしゃがんで何かをしています。
少女の傍らには小さなポーチと鳥かごが1つ。鳥かごの中には今日の青空に負けないほど鮮やかで深い青色の小鳥がいます。
「ピルちゃん、今日は見つかったよ」「ピルッピルッピ!」
少女は嬉しそうに鳥かごに右手を伸ばし、小鳥に見つけたものを見せます。少女が見つけたのは四つ葉のクローバー。小鳥は首をかしげたり止まり木の上でちょんちょんと移動しながらクローバーを眺めています。
公園のすぐ隣には、大きな7階建ての建物。少女は鳥かごとポーチを持って、小鳥に話しかけながらその建物に向かって歩き出します。
自分の家に帰ったときのように自然な動作でフェンスの戸を開けて、ひとつの部屋の窓辺に近づきます。
ここは、どの階からでも公園が一望できる、大きな病院の病棟。少女は病室の中の様子をうかがいながら、四つ葉のクローバーを窓辺においてつぶやきます。
「おばあちゃん、早くよくなってね」
その病室には、少女のおばあちゃんがベッドに寝ていました。1年前に倒れて病院に運ばれましたが、意識が戻らず寝たきりになっているのです。
少女は、時間を見つけては小鳥を連れて公園に行き、願いが叶うといわれる四つ葉のクローバーを探しておばあちゃんの病室の窓辺に届けることが日課になっていました。
四つ葉が見つからない日は、三つ葉にクローバーの花やタンポポ、スミレなどの野に咲く花を添え、おばあちゃんが目を覚ますようにと願い続けていました。
寒い冬が終わり、暖かい日差しが春の訪れを感じさせるようになったある日、少女の思いは届かず、おばあちゃんは目を覚ますことなく天国に旅立ってしまいました。
それから1年が過ぎた頃、少女は具合を悪くして母親と病院を訪れました。診断された病名は「白血病」。
お医者さんは「治るから安心して治療を受けなさい」と言いました。お父さんもお母さんも笑顔で「大丈夫」と言ってくれました。でも調べてみると、完全に治る人はそんなに多くないことがわかり不安は消えません。
病院に通って治療を受けているのに、体はやせていき力が入らなくなってきます。歩くのも難しくなったとき、病院の先生から、病院に入院して治療を続けることを勧められました。そうなると、しばらく家に帰れません。学校もお休みすることになります。
色々と考えた末に入院することを決心した少女は、両親にあるお願いをしました。
「お父さん、お母さん、お願い。ピルちゃんをお空に放してあげて。自由にしてあげて欲しいの。私が動けないぶん、ピルちゃんには自由に生きて欲しいの」
少女の願いを叶えることにしたお父さんとお母さんは、少女と一緒にピルちゃんを公園に放しに行きました。この公園は、いろんな種類の小鳥がたくさんいるので、ピルちゃんも寂しくないでしょう。
鳥かごから出てしばらくの間、少女の近くを飛んだり肩や小枝にとまったりしていたピルちゃんですが、強く吹いた風に誘われたかのように遠くに飛んでいき、やがて見えなくなりました。
ピルちゃんとのお別れをしたとき、少女の目から頬に光の筋が流れました。公園からの帰り道、前を歩くお父さんとお母さんの肩は、ほんの少し小刻みに震えていました。
ここは公園の隣、おばあちゃんと同じ病院の3階。窓辺に移動すれば公園を見下ろすことができる部屋です。でも、ベッドに寝たまま起き上がれなくなった少女が公園を見ることはできません。
自分の命がもう長くないと感じた少女は、看護師さんにお願いしてベッドを窓際に移動してもらいました。体中に機械の電線がたくさんつながれ、点滴も1日中繋がっています。ベッドの頭元には機械があり、小さな音が同じ間隔で鳴っています。
ある日、目覚めた少女がふと窓辺を見ると、小さな緑色の何かが見えます。でも、風でも吹いたのでしょうか、すぐに見えなくなってしまいました。
数日たち、思い出したように窓辺を見ると、また緑色の何かが見えます。今度はなくならないようです。少女は看護師さんにお願いしてよく見てもらいました。
「あのね、クローバーが3つ置いてあったのよ。いったいどうしてこんなところにあったのかしら」
少女は思い出していました。元気だったころ、おばあちゃんがまだ入院していたころ、ピルちゃんと毎日のようにおばあちゃんの病室の窓辺にクローバーを届けたことを。
次の日、いつものようにお父さんとお母さんがお見舞いに来ました。そしてお母さんの手の中には、いくつもの四つ葉のクローバーがありました。
「あなたが毎日おばあちゃんのために届けてくれたのを思い出して、お父さんと一緒に探してきたのよ」
そう言って窓辺に小さな一輪挿しを置き、四つ葉のクローバーを生けてくれました。
少女は窓辺のクローバーはお父さんとお母さんが置いてくれたんだと納得しました。ピルちゃんが持ってきてくれたのかもと、ちょっとだけ考えてしまった自分が少し恥ずかしくなりました。
それからの数日は、とても体の調子がよく、自分で起き上がれました。「四つ葉のクローバーのおかげかな?」と、素直にお父さんとお母さんに心の中で感謝しました。
ある日、一輪挿しの四つ葉のクローバーを見ていると、窓のすぐ外にも緑色のものが見えました。目をこらしてみてみると、それはたくさんのクローバーの束でした。何本も何本も重なり、古いものは枯れかけています。
ちょうどそのとき、クローバーがある場所に、とても青い何かが飛び込んできました。よく見ると、口にクローバーをくわえた青い小鳥でした。キョロキョロとこちらを見て、ちょんちょんと狭い窓辺を歩きます。
「ピルちゃん?」
驚いた少女が、やっと言葉に出したとき、その小鳥は飛んでいってしまいました。その日、少女は涙が止まりませんでした。
それからも、天気の悪い日以外は毎日のようにピルちゃんがクローバーをくわえて窓辺に持ってきました。少女の具合が悪くなり寝たきりになっても、意識が戻らない日が続いても、絶えることなく。
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それから数ヶ月が過ぎたその病室には、もう少女の姿はありませんでした。少女の体に繋がっていた、たくさんの管や電線も、頭元にあった機械もなくなっています。ただ、窓辺にはいくつもの枯れた四つ葉のクローバーが押し花のように並んでいました。
「お母さん、その女の子、やっぱり死んじゃったの?ピルちゃんも死んじゃったの?」
目に涙をいっぱいにためた女の子が母親の目をじっと見つめます。
「その女の子はね、 ピルッピルッピ!」
女の子の話をしようとした母親の肩で、黄緑色の小鳥が歌います。
「大きくなって結婚して、可愛い娘を産んだの。その子はあなたの目の前にいるのよ。そしてピルちゃんの孫が、このピーちゃんよ」
目に涙をいっぱいにためた女の子の顔が一気に満面の笑顔に変わり、お母さんの胸に飛び込みました。びっくりしたピーちゃんがお母さんの頭の上で抗議します。
「ピルッピルッピ!」
最近は「白血病」でまとめられていた昔と比べて、病気も細分化され、状況に応じた治療法が確立してきました。また、早期発見早期治療で治る確率も高くなってきました。あの頃に今の医療技術があればと無い物ねだりをしても仕方ありませんが、せめてお話の中だけでも幸せになって欲しいと思い書いた作品です。