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後編

 水気を帯びた土と、抉れた地面を元に戻すまで試合はストップ。

 C、Dブロックの二試合目が行われるまで自由時間となった。

 オウマは向谷をナラカの元へと連れて行って、顔を確認してもらっていた。

「こいつが購買に居た女か?」

「あ、そうそうこの人! チョコエッグありがとね、おいしかったよ!」

 握手を求めるナラカに、向谷は笑顔で答えた。

 すすけた水色ジャージと割れた眼鏡、髪には土がくっついたままで申し訳なさそうに頬をかく。

「喜んでもらえてよかったッス。また面白いの仕入れたら見せてあげるッスよ」

「やったね!」

 喜ぶナラカの隣でオウマは顔を押さえて俯いた。

 向谷も面食らったように苦笑いを見せる。

「あはは、ほんとに気にしない子ッスね」

「まあな」

「じゃあそろそろ着替えに行かせてもらっていいッスか?」

 立ち去ろうとする彼女を引き止めて、オウマは首を横に振る。

「まだだ、この指輪の事を詳しく話せ。それから解除方法を教えれば帰してやる」

 しっかり掴んだ彼女の腕をぐいぐい引いて、オウマは左手の薬指を向谷の鼻先に持っていく。虹色の輝きを放つ指輪は今もしっかりとそこにくっついていた。

「外れないのは魔法を使っているからだな」

「まあそんな感じッスね」

 向谷の目が細められる。

 じっと指輪の様子を眺めた後、彼女はオウマにたずねた。

「その左手、わざと魔法使わないようにしてるんッスか?」

「そうだ」

「そうなの?」

 ナラカも小首を傾げて二人の話に加わる。

 オウマの左手は、衆目の視線から逃れるようにポケットへと逃げ込んだ。

 向谷は顎に手を添えて説明する。

「その指輪ッスけど、一定量の真素を吸収すれば勝手に外れる術式が組み込まれてるんッス。その一定量ってのがちょっと私じゃ時間かかる量だったッスから……」

「だからナラカを狙ったのか」

「そッスね。彼女なら真素の量も十分だし、指輪に真素を集中させてくれるだろうと思ったッス。しかしまあ……当てが外れたッス」

「そうだろうな」

 疑問が晴れてオウマの表情からいくらか影が抜けた。悪意があって妨害したのではないと判っただけでもよしとして、彼はもう一つ質問をする。

「それで、その一定量とやらはどれくらいなんだ?」

「平均的な男子学生の真素自然放出量で計算すれば、およそ二年くらいッスかね」

「二年だと!?」

「あ、でも吸収の魔法付与してあるッスから、その半分くらいですむッス」

「どのみち卒業後まで外れんのだな」

「そッス。だからナラカさんじゃなきゃ駄目だったんッス」

 指輪の挙動がおかしいと判断した瞬間から、オウマはあえて左手の真素供給を断っていた。彼が左手を頑なに使わなかったのはそのためで、決して恥しいからという理由だけではなかった。

「それで、この指輪が十分な真素を得たら、何が起きるんだ。ただ外れるだけというわけではないのだろ」

「私にもわかんないッス。だから確かめたくて協力してもらったんッスよ。私こう見えて真素学研究部、通称マ研の部長ッスから。そういう怪しいのは確かめてみたくなるんッス」

「おおー、初めて聞いたけどなんかカッコいい部活だね!」

「そうでしょそうでしょ。部員は私だけッスけどね」

 カチャカチャと割れた眼鏡を正して胸を張る彼女に、ナラカはパチパチ手を打って、よくわからない理解を示していた。

 その傍でオウマは何か言いたげな視線を送る。

「……真素が必要であれば、外部から補充するだけで済んだだろ」

「そッスね。最初からそうすればよかったッス」

「他に外す手立ては無いか?」

「無いッス。あ、でも真素吸収の術式を解除すればただ外れない指輪と同じになるッス。そっちの方は私も詳しいッスから、大会の間だけ解除してあげるッスよ」

「そうか、ではさっそく頼む」

 オウマが左手を差し出すと、向谷は両手をその薬指にある指輪に乗せながら、魔法の解除に取り掛かった。

 ナラカが左から覗き込み、向谷が右からオウマの左手を握る図は、まさに両手に花といった様子。見るものが見れば勘違いされても仕方ないというもので……つまりは、トイレから戻ってきて早々に勘違いした三枝がオウマに向かって拳を突き出すのも無理はない。

 ビュウと風を切った拳はオウマの前髪を揺らす。

「てめ、両手に花か! 嫁二人も囲って楽しそうだなオウマ!」

「何の冗談だ」

 オウマはひょいとかわした首を元に戻しつつ、三枝のふくれっ面を眺めてため息を吐いた。ナラカはちょっぴり嬉しそうにはしゃぐ。

「えへへ、嫁二人だってー、じゃあ向谷さんもオウマ君と結婚するの?」

「え? あ、そッスね、じゃあお言葉に甘えて」

「お前もいちいちナラカに付き合うな……」


・・・・


 閑話休題。

 C、Dブロックの代表決定戦が始まると、生徒達の応援にもますます熱が入った。

 前大会の優勝者と問題児がぶつかるという注目のカードには、生徒のみならず教員も期待を寄せる。ある意味では決勝戦よりも待ち望まれた戦いである。

 伸びをするナラカ、腕を伸ばす時臣。白線を挟んで並ぶ二人の表情はどちらも笑みといって相違ない。

「こうやって手合わせするのも久しぶりだね。最後にしたのは小学校の頃だったかな」

 神宮寺時臣――由緒正しき真術の家系、その長男であり学年の成績トップをほしいままにしてきた。彼の使う魔法は幼少より洗練され続け、今や第一線で活躍する大人達にも引けを取らない。緑色の髪は数珠で束ねられ、金色の瞳は細い目の奥で輝きを見せる。身長はナラカよりやや高い。

 対して、正面の彼女。

「オウマ君と清姫ちゃんも一緒だったよね……懐かしいなあ」

 水咲ナラカ――水色のポニーテールを揺らし、深い海のような色をした瞳が時臣を狙う。しなやかな体を伸ばせば、ジャージを押し返す胸の形が強調される。憂いを帯びた表情が、いつもの彼女の快活なイメージにそぐわない。

「それでは始めっ!!」

 一組の担任が合図したのと同時に、二人の影が試合場の中央で重なった。

 時臣は、飛んできたナラカの拳を手の甲でさばきつつ詠唱を開始した。

「疾く吹き荒ぶ風の如く、拒め緑の盾――」

「むぐっ!」

 詠唱と同時に風纏う掌打が彼女の体を後方へと吹き飛ばす。

 ナラカは空中で宙返りして、着地と同時にタックルを繰り出した。詠唱の隙も与えない弾丸の速度で迫る彼女を、時臣は回避せず右掌を向けて待ち構えていた。

 左手を立てて拝むように詠唱の続きを口にする。

「矛の鋭さは百の盾を貫けど、形無き我の盾を貫くに能わず――」

「わっ!?」

 右掌を中心として広がった透明な盾は、幾重にも圧縮された空気の層でできた風の障壁。ナラカの行く手を遮って、突風で彼女を後方へ弾き飛ばす。

 そうやって衝突を避けた時臣は、更に詠唱を重ねた。

「流転せよ風の防盾。断て緑の風刃――」

 時臣の手元で盾が解けて旋風を作り、周囲の空気を巻き込んで圧縮していく。

「ナラカちゃんは風にも負けず、時臣君にも負けないのです!」

 彼女は円を描くように、時臣の周りを旋回しながら接近を図った。

「俺も簡単には負けないよ」

 閉じているのか開いているのか判らない目がナラカの姿を追う。

 向けられた掌には空気の玉がシュルシュルと音を立てて存在していた。

「よーっし、やっぱり正面突破だー!」

 ぐっと握り締めた必殺の拳を腰に構え、ナラカの足は鋭角に舵を切る。

 魔法を前にして臆せず、真正面からぶつかる彼女の大胆さは他の生徒には真似できないものであるが、時臣はそれを驚きもせず受けてたった。

 彼女ならばそう来るだろうと、笑みすら見せ、一切の容赦無く魔法を解き放つ。

「衝気解放、扇刃乱魔!」

 ナラカの拳が時臣の掌に触れる寸前、ぴたりと止まる。

 そして握られた拳は内側から風の力によってこじ開けられる。

 乱れ狂う竜巻のように、圧縮した空気が彼女の指をことごとく捻じ曲げ、ベキボキと嫌な音を響かせていく。

「いっ……」

「破ァッ!」

 時臣の手から放たれた空気の塊は、ナラカの体全体を包み、勢いをつけて後方へ連れ去る。

 バチン! と、気味の悪い音を響かせて、彼女は壁に激突した。

 風の刃をもろに受け、錐もみ状態で吹き飛ばされた彼女の体は無数の切り傷を負って、ジャージに鮮血を滲ませていた。

 壁の向こう側にいた生徒達は驚きのあまり声を失っていた。

 まるでつぶれた蛙のような有様のナラカ……その悲惨な右手と、全身から流れる血を見て青ざめる。中には目を逸らすものもいた。

「いたたた」

 ずりずりと壁から崩れ落ちたナラカは、体を起こして胡坐をかいて、ボロボロの右手を地面で伸ばし始めた。

「うー、痛かった……時臣君強くなってる。ナラカちゃんも負けてられないねっ」

 あさっての方向に捻じ曲げられた指が、彼女の左手によって正され元に戻る。切り傷もじわじわと塞がって、元の綺麗な肌を取り戻した。

「よーしふっかーつ! どんなもんですか!」

「はは、やっぱりナラカはすごいね」

「でしょでしょ」

 立ち上がり、ズタボロの服でブイサインを作る彼女。その後方では生徒達の沈黙が広がっていた。

 ナラカは一度振り返り、そこにある視線を受け止めて時臣に顔を戻した。

 姿勢を低く……ダンッと壁を蹴って飛び出した彼女の眼前で、時臣は宙に指を走らせて詠唱を開始する。

「遍く災禍と終焉の申し子たる紅き龍神、その顎をもって天を食み、地を喰らえ。日の沈む処に汝あり、愚の権化たる楼閣に朱を塗りつけよ……」

 緑の髪をなびかせ、出来上がる赤の星紋。その頂点を一つ一つ指で指し示しながら、時臣は更なる詠唱を続けていた。

「お? その魔法って清姫ちゃんのと似てるね。でも次はやらせないぞ!」

 走りざまに足元の砂を手で引っ掛け、力いっぱい時臣に向かって投げつけるだけの先制攻撃。技術も何も無い単なる砂の礫も彼女の手にかかれば致命的な銃弾へと変わる。

 清姫の時に見た大胆な投球フォームで、団子になった砂を振りかぶる。勢いを殺しきれない軸足はズズズと前進しながら彼女の体を支えていた。

「ナラカちゃんの必殺魔球第二段っ! 増える魔球ぅぅ! ダッしょーーい!!」

 ビュンと風を切ってスイングした腕は速すぎて目視すら難しい。

 そこから投擲機のように放たれる無数の弾丸もまた即座に拡散して視認を拒んだ。

 点ではなく面で迫る脅威に、時臣の態度は至って平常である。

 指先が模様の中央に、とんと軽く触れた瞬間、彼の姿が揺らめいて見えた。

 直後――バチンと弾け、彼の立っている場所に赤い水飛沫が飛んだ。

 僅かな時間差で、後部の壁からも激しい騒音が鳴り響く。

 バチンとかビチンとか、そういった類の衝撃音に、耳を塞ぐものすら出る。

「お兄様っ!!」

 清姫の悲痛な叫びは壁越しにナラカに届いた。

 しかしナラカは振り返らない。

 一拍の間も置かず彼女の足が前に出る。

 ザラリと乾いた土の感触には彼女も覚えがあった。

 清姫が水の魔法を使った時の事、彼女は酷い渇きを覚えていた。そして今、それと同じことが彼女の身で起きていた。目も口もからからになるような乾燥に、少しだけ彼女は不満な表情を見せる。

 視界に映るのは赤い水に濡れそぼった緑の髪。そして僅かに開いた黄金の瞳であった。時臣は、彼女の攻撃を水の盾で防いでいた。

「嵐の前の塵に等しき存在よ、紅き龍に呑まれて命を散らせ、無慈悲に抱かれ慈悲を乞え」

 真っ赤な飛沫が再び時臣の正面に集うと、彼の体も乾いていた。

 形を成すそれは、清姫の蒼い龍と対を成すかのような、紅い龍。血の色に染まる牙を剥き、時臣の言葉と同時にナラカへ猛進する。

「葬河紅龍禍……」

「おおっ! 今度はあかい蛇さんだね、こんなのはおねえさんの必殺パンチで一撃粉砕ですぞ!」

「そう上手くはいかないよ、ナラカ」

「んあっ、頭が避けた!?」

 龍の顎は上下に避けて二手に分かれる。

 片方は彼女の足元へ滑り込み、地面を広がるように紅い絨毯を敷く。

 もう片方は頭上から風呂敷を包むように彼女を覆い尽した。

 捏ね回して、幾重にも包み込んで、やがてできあがった真っ赤な珠は、徐々にその内部を透過させていく。そしてガラス玉のような透き通った水球を作り出すと、その中心でナラカが溺れていた。

「がぼごぼ! こごあがばべええ!」

 水の中で拳を振っても力が出ず、足をばたつかせてもくるくると上下が入れ替わるだけであった。まるで鉛のように重い粘液の水球。暴れるナラカの姿は、金魚鉢の真ん中で溺れているようにも見える。

「もがくと余計に苦しむ事になるよ」

 おもむろに近づき、右手を水球に触れさせた時臣は、ナラカと視線を交差させた。

「降参するかい?」

「ごぼばばがいばいぼ……がほっ」

「そう……それじゃ仕方ない」

 ぴとっとつけた掌はそのままに、髪を結わえていた数珠を左手で外して手首にかける。

 そして念仏を唱えるように彼は呟いた。

「外法、浄血散華――」

 唱え終わると、時臣は何かを促すように、担任の顔を一瞥する。

 直後、透明だった珠に僅かな濁りができ始めた。

 最初はナラカのジャージが解れて赤い糸が浮き出したのだと見間違えるくらい些細な濁りだったが、それが間違いだとすぐに周りも理解した。

 もがいていたナラカの様子が、脱出しようと手足を動かす動きから、体を抱いて痛みに耐える動きに変わる。

 濁りはどんどん増していき、それが水を赤く染め始めると、壁の向こうから生徒達の悲鳴がぽつぽつと湧き出した。

「もういい! ギブアップしろナラカちゃん!!」

 二組の最前列で、三枝が立ち上がって壁を叩いた。

 だが時臣は彼に目もくれず眼前の赤い珠を眺めている。

 ナラカの目や鼻から大量の血がとめどなく流れ出し、皮膚は赤く爛れていた。衣服が溶けた様子は見られない。ただ彼女の体だけが水の中で溶けていた。

「そろそろ降参した方がいいと思うな」

「が、がぼべば」

 濁った水は近くからなら中の様子がうかがえる。観客にはわからないが、ナラカは親指を立てて、まだ降参しない意思をはっきりと時臣に示して見せた。口元には笑みも作る。

「うん。君ならそう言うと思ったよ」

 時臣はナラカに降参を薦めることをやめた。

 赤い水球から身を離し、数珠で髪を結わえる彼の落ち着きぶりに同じクラスの生徒からも冷ややかなの目が向けられる。

 声援は鳴りを潜め、二組からは審判である一組の担任へ向けて非難が殺到した。その間にも、ナラカを抱いた魔法の水は内部で流動して色の濃淡を練り混ぜていく。

 晴れ渡る空の下で、まるで空中に気味の悪い臓器が浮かんでいるような光景は、誰の目にも毒であった。


 オウマのいる三組でも、そこかしこで不安の声が聞こえていた。その一角で、彼は静かに勝負の行方を見守っていた。

「優しい顔してずいぶんとまあ鬼畜ッスね。あのお兄さん」

 制服に着替えた向谷はオウマの隣で新しい眼鏡をつまみ、じぃーっと水球の動きを観察していた。

 オウマを挟んで反対側には清姫の姿もあった。彼女は少し機嫌を損ねたような顔をして向谷に言い返す。

「お兄様を悪く言わないでください」

「でもどう見たってやりすぎッス」

「そうかもしれませんけど……」

「ね、オウマ先輩もそう思うッスよね?」

 話を振られ、オウマは二人の視線に挟まれる。

 同意を求める向谷と、ふくれっ面の清姫に挟まれて、オウマは淡々と返す。

「時臣が魔法を止めないということは、まだナラカが諦めていないという事だ。やりすぎだと判断すれば自分で止めるだろう。審判も居るしな。何か問題でもあるのか?」

「いや……学校行事にしちゃちょっと酷すぎやしませんかって話ッス。こんなの見せられたらせっかくのお祭り気分も覚めちゃうッスよ」

「祭りならな」

 実際に生徒達の多くはこの試合から目を逸らしていたり、ブーイングを飛ばしている。向谷は一度それらに目を向けた後、落ち着いた教員との温度差を感じ取り、ぽんと手を打って眼鏡をつまむ。

「やっぱあの噂はほんとなんッスね」

「噂? 噂ってなんですか、オウマ先輩」

 一人ごちる向谷の顔を覗いた後、清姫は上目遣いでオウマにたずねた。

 彼は試合を眺めながら清姫に説明する。

「この大会の本当の趣旨だ。表向きは学校行事で魔法の鍛錬だが、実態は生徒達の力量を見定める目的があるのではないかと噂されている。後の軍事利用の為にな」

「そそ。んで実際にこの学園から国防軍に入隊した生徒達の多くが魔法大会で優秀な成績を収めていたって話ッスよ」

「そうなのですか……」

 曇る清姫の顔にオウマは視線を降ろす。

「清姫の家で習う魔法の鍛錬と似たようなものだ。もとより神宮寺は国を背負う銘家の一つだからな。噂が本当ならば今回の大会にも一枚噛んでいる可能性がある。時臣もそれはわかっているだろう。清姫はあいつから何も聞かされていないのか?」

「はい、お兄様はそのような事はあまり話してくれませんので……」

「箱入り娘ッスね」

「人には向き不向きがある。お前が気に病むことはない」

 諭すオウマの横顔に清姫は軽く頭を下げた。

「それよりどうして清姫ちゃんはこっちに居るんッスか? お兄さんと同じ一組にさっきまで居たはずじゃ」

「べ、別にあなたには関係の無いことです」

「ふーん。ま、いいッスけど。ね、オウマ先輩」

「俺に聞くな」

 怪しく光った向谷の眼鏡。彼女が少しオウマに身を寄せれば、反対側の清姫も心なしかオウマの方へにじり寄る。どんどん窮屈になる間隔に不機嫌な顔をしつつも、オウマはじっと試合に目を向けていた。


 時臣の作った魔法の水球は内側から押されるように形を変え、その上部から空気の泡を逃がしていた。

 やがて大きな泡がボコッと音を立てて弾けると、時臣は前に出る。

「息を吐き切ったのかな。それとも肺に達したのか……そろそろ頃合だね」

 手を触れさせ、時臣の目はぴったりと閉じた。

 内部を見透かすように顎が持ち上がる。

「……ふふ」

 ぼそりと笑った彼の体は、唐突にその場を離れる。逃げるように後ずさる時臣を見て、生徒達からの非難の声も止んだ。

 何かが起こる。その予兆を感じ取り、静まり返った皆の視線は赤い水球に注がれた。

 時臣とオウマは似たような顔をしていた。

 その時を待ち侘びたかのように口にする。

「ようやくか」

 言葉と同時に水珠は歪に形を変え、バチンと音を立てて割れる。

 弾ける飛沫が試合場中央に真っ赤な水溜りを作った。


 ドボッ――


 水の中から零れ落ちた奇妙な物体は、気持ちの悪い音を立てて地面に伸びる。

 およそ人の形を維持しているのがやっとといった具合で、皮膚には血の赤色がこびりつき、指先は骨の形が浮き出ていた。ジャージの内部はどうなっているのか……やけに細い体の線が浮き出て、べっとりと布地が張り付いていた。

 髪の鮮やかな水色はそのままに、他のすべてが真っ赤に染まったナラカは、地面に臥したまま血の涙と鼻水を流しながら面を持ち上げた。

「うぇ゛ぇぇぇ……あ゛ぁ……うぁ」

 ボタボタと、口から血に混じって肉が零れ出す。

 あまりに凄惨な光景を前にして、時臣は人差し指でひたいを掻き、ふうと息を漏らす。

 そんな彼に壁の外からオウマが声をかける。

「手段を間違えたな時臣」

「そう言わないでくれオウマ。彼女ならすぐに水球を破壊するだろうと思ったんだよ。俺なりに考えてこれがベストだと思ったんだけど……さて、どうするかな」

 笑顔すら見せる時臣に自責の念は感じられず、オウマもそんな時臣を責めるようなことはしなかった。

 ナラカに対して行った拷問まがいの仕打ちを、さも当然のことのように受け止め、がっかりしたといわんばかりの表情を作る二人を見て、向谷は乾いた笑みを浮かべた。

 清姫は苦々しい表情で口元を押さえていた。

 そんな彼等に対し、一人、どうしても黙っていられない者が立ち上がる。

「オウマ!! てめえナラカちゃんがあんな目に合ってんのに平気な顔してんだよコラ! てめえはナラカちゃんの兄妹だろうが!」

 二組から飛んできてオウマの胸倉を掴みあげた三枝。震える拳を振り上げ、彼の瞳には涙が滲んでいた。今にも殴りかかりそうな彼を、止めようという生徒はいなかった。彼の心情に共感する者は多く、皆じっとオウマに目を向けていた。

 だがオウマの視線は三枝の横を通り過ぎて、試合場を気にする。

「勘違いするな三枝。ナラカはあの程度ではやれん。あいつを心配してくれているのは嬉しいが、それならば最後まで黙って見守ってやれ」

「てめえは……クソッ!!」

 ギリギリと歯を鳴らして、三枝は握り締めた拳を解いた。

 二組へ戻り、腰を下ろしてナラカの惨状を見つめると、三枝の目はまた涙の玉を浮かべていた。

「熱い男ッスね。そういうの嫌いじゃないッス」

「それは認めるが、気が早いのは短所でもある。感情をコントロールできなければいざという時に判断を誤る」

「オウマ先輩はドライすぎるんッスよ。でもそういうところがいいんッスよね、清姫ちゃん」

「えっ? あ、知りませんっ! ていうかあなたは私に話しかけないでください!」

「顔まで赤くなっちゃってまあ……」

 向谷にからかわれながら、清姫の視線はオウマの横顔をちらりと気にした。

 けれど彼はじっとナラカの様子を凝視したまま、いつも以上に冷めた顔をしていた。

「先輩?」

 清姫の問いかけにも応じず、視線の先にある赤いものが徐々に再生していく様を見る。


 ナラカの腕が赤い地面を押し返した。

 やけにほっそりとした手首の先――真っ赤な骨のような指先が水を掻いた。

 上体を持ち上げ、頬のこけた口が開く。

 まるで血の髑髏。

 まるで血でできた人形。

 人と形容するにはあまりにも不恰好な彼女の喉奥からは、低く、芯に響くような声が漏れ出した。

「くら、い……」

 ボツボツと地面の赤に黒い染みができて不気味な斑模様が浮かび上がる。

 彼女の腕が水溜りを引っ張り寄せると、腕を這い上がった赤い水はジャージの内側でボコボコと形を変え、纏わりつくように彼女の指先へと肉を広げていった。

 つま先も同様に。髑髏の面にも張り付いて、やがて点々としていた黒い染みは彼女の全身へと広がる。

 深い青の瞳と血に染まった眼球は、瞼の内側から出て時臣を見た。

 抑揚の無い声も、舌が形成されると元の音色を取り戻した。

「どこ……集め…はい。んっ……あぁ……あーあー」

 真っ赤な人の形が水溜りを全て飲み込んで立ち上がる。

 黒い染みが肌に吸い込まれるように消えていき、赤爛れていた血の皮膚が徐々につるりとした卵の肌へと生まれ変わる。

「……いくたび、人は生まれ変わり。いくたび、人は嘆きの底に沈む……上手く詠唱できたかな」

 生え揃った爪の先を太陽にかざし、はあーと大きく息を吐いて背伸び。

 ふっくらとした女性らしい体格は元の大きさまで膨らんで、しっとりと赤に濡れたジャージが彼女の体に張り付いて扇情的なラインを浮き立たせる。足元には赤い小さな水たまり。髪留めをそこから拾い上げ、濡れた髪を束ねて。

「おっし、ナラカちゃんふっかーつ!」

 いつもの笑顔を振りまいた。

 ……壁の向こうからは、もう歓声は聞こえてこなかった。

 先程は、敵を溶かす時臣の無慈悲さに戦慄し、今度はそれを打ち破って笑い返すナラカに戦慄する。この二人が異質な存在であるという事を生徒達は肌で感じ、これまでの試合の凄惨さも色あせた。

「んーっと……」

 何かを求めるように壁の向こうを見たナラカの目に三枝の赤い髪が留まる。

 彼は軽く手を上げてナラカの復活を喜んでいるようだった、けれど、その表情からはぎこちなさがうかがえる。彼の傍にいたクラスメイトの口は“鬼人”という彼女の二つ名を小さく呟いていた。

「時臣君の魔法でべとべとになっちゃったね」

「そうだね」

「早く着替えに行きたいから。終わらせちゃおーっと」

 ナラカの表情から笑みが消える。

 時臣の表情からも同様に笑みが消えて、彼は数珠を外した。

 ふわり、風に乗る緑の髪。

 口元が僅かに動いた。

 背に流れるその緑髪が落ち着くよりも早く、時臣はナラカから離れていた。

「あっ、ちょっと、ぼそぼそ詠唱するなー! にげるなー!」

「疾きこと風の如く。だよ……さて、皆を怖がらせすぎたみたいだから次はもっとシンプルにいくかな」

 ちょこまかと動く二人の速度は、向谷とオウマの試合よりも更に速く、審判の目も忙しそうだった。地面を蹴る音は途絶えず、壁や天井まで蹴って縦横無尽に逃げ回る時臣を追い回しながらナラカはぶーぶーと不満を口にした。

「にげーるなーって!」

「逃げるなと言われて止まる馬鹿はいないね」

「むー! じゃあこれでどうだ」

 砂を拾い上げる為にやや前屈みになって、手を地面に突きたてた。

「させない」

 その手首を狙って、時臣はいつのまにか隠し持っていた透明な刃を投擲する。

 ブシュッ!

 狙いは正確に彼女の手首。深く肉を裂き、地面に血の花が咲いた。

 ナラカは痛がる様子を見せない。刺さった刃を引き抜いて握りつぶし。千切れかけた手首をぐりぐりと戻して時臣を追跡する。

「今度こそっ」

「ダメだね」

 地面を掬おうと手を伸ばしたところで再び何かが飛んできて、今度は彼女の手首をもいだ。

 ごろごろと地面を転がる手首の先は、痙攣するようにぴくぴくと蠢いている。

 飛んできたのは、またどこから取り出したのかわからない透明な刃であった。

「あーー! せっかく繋いだのにまた千切った!」

 とっとっ……つんのめりそうになりながらブレーキをかけたナラカは、時臣を見たまま後ろへ飛んで地面に残された手首を拾い上げる。

「ははは、勝負だからね」

 時臣はかなり遠くへ離れていた。

 壁に区切られた試合場は二人にとってはとても狭く感じるだろう、しかしそれでもすぐには届かない距離がある。

 いわゆるナラカの間合いから逃れて、時臣はようやく一息ついた。

 数珠をシャラリと鳴らし、右掌を地面にあてがう。

「晶煌刀製……火風を糧に、地を溶かし赤き水より取り上げたるは我が渾心の一振り也。煌く刃は濁ること無く閃にて万物を断つ」

 赤い魔法陣が時臣の体を下から照らす。

 地面にめり込んだ手をぐっと握り、引き抜くようにして一振りの刀を取り上げた。

 刀身にはマグマのようなどろりとした液体が滴って、時臣はブンと刀を振って表面についた液体を飛ばす。

 それは水晶のような透明の刃だった。鍔は無い。刀身のみが彼の手に握られていた。

「さっき投げたのって、それのちっちゃいやつ?」

「そうだよ。詠唱破棄の簡単なやつだからあのサイズだったけど」

 刀を持つ手に数珠を巻きつけながら、時臣はナラカに返答した。

 ナラカはじっと刀を見つめていた。

「大きいのだったら、手首だけじゃ済まないかもね」

 ゆったりと構えた時臣。透明な切っ先が地面に触れるか触れないかの位置にある。

 今まで距離をとって戦っていた彼が、この試合で初めてナラカに接近していく。手首に巻いた数珠の一つ一つが別の色をして、透明な刀の根元を虹色に輝かせていた。

「ナラカ、遠慮せずかかってきていいんだよ」

「でも何かヤな感じするんだよね。それ」

「そう? じゃあ俺から行くよ」

 時臣の周囲の地面がふわっと砂を散らせ、彼の手元が虹色から緑色の光に切り替わる。

 ヒュン――と風の揺らぎ一つ残して時臣の姿がナラカの眼前に移った。

 靡く緑の髪、黄金の眼光は鋭く彼女の顔を見上げて姿勢を低くした。

 瞬きをする暇も無く、透明な刃は下から掬い上げるようにナラカの胴体を狙う。

「ひゃっ!?」

「避けるか……」

 空を切る刃。

 後退して一刀目を避けたナラカに感心しながら、時臣は振りぬいた切っ先を返す。

 縦一閃。

 踏み込みとともにヒュッと小さな音を残し、肩口から彼女の左腕を両断して地面に切っ先を埋める。

 ナラカは右腕で時臣の身体を掴まえようとするが、触れるより先に彼の身体は元の位置に舞い戻った。

 血が垂れる刀身を振り払い、時臣は何かを待つ。

「……時臣君、前より速くなってない?」

「ずっと訓練してきたからね」

「そっかー。そうだよね。みんな昔より強くなってるんだよね……」

 ナラカは自分の腕を拾い上げて肩にグリグリと押し付ける。それだけで当たり前のように治癒してしまう。普通ではない……だが、もう見慣れてしまったこの光景に異常さを感じる者は居なかった。

 ナラカであれば、ナラカなら、きっとできるだろうと皆の意識にすり込まれていた。

 声援も悲鳴も無い……ただ静かに見守る空気はナラカにとってあまり好ましいものではないようだ。

 ナラカのほっぺは膨らんで、つま先はしきりに土を掻く。

 時臣の平坦な眉も僅かに不機嫌を示し、感情の変化と共に刀身が赤に変化した。

 二人の周囲にある空気が揺らぐ。

 ナラカは首に触れながら口を開く。

「……この空気、嫌い。パサパサするもん」

「ナラカ、刀身に触れると発火するから気をつけるんだよ」

 時臣の手に握られる赤熱した刀身は、振りかざす度、その軌跡に火花を散らす。

 地面を擦り、周囲に火炎を撒き散らして注意勧告をした時臣を、ナラカは無視するように俯いた。

「こういうの、いいや……」

 口数はすっかり減り、周囲が暗い空気に染まる。

 彼女の手がギリギリと握り締められて、血が指の隙間から滲み出す。

 時臣の間合いに入っても、彼女は動かない。腕が持ち上がり、赤熱する刀身がナラカの頭部に狙いを定める。

「避けないのかい?」

 言いつつ、大上段に構えた時臣は何のためらいも無く刀を振り下ろした。

 どちらも隙だらけ……だというのにナラカは攻撃しようともしない。避けようともしない。斬首を待つ罪人のようにうな垂れて、握り締めていた手を解いた。

 ガシッ――

「ふふ。やっと掴まえた」

「ふむ」

 ボゥッ――時臣の目の前で、ナラカの手が刀身を握り締めて発火する。

 手首の表面が黒焦げになり、余剰な熱が二人の周囲を取り巻いて蒸し焼きにした。

 時臣は涼しい顔をしているが、ナラカの表情は未だ下を向いたままで見えない。汗がぽたりと地面に染みた。不気味に笑う声が時臣の耳にこびりつく。

 ナラカが手に力を込めると、刀身は甲高い悲鳴を上げて亀裂を生む。

「これでもう逃げられないね」

「そうだね。でもそういう時は……」

 数珠の光が青に変化し、ひび割れた刀身が海のような色に染まる。

 ビシャ!

 弾ける水しぶきに思わずナラカの顔が持ち上がった。

 目をまん丸にして、見上げた先で時臣の笑みと対峙する。

「これでもう掴まえられないね」

「あ……ずるーい!」

 辺りの炎は水飛沫とともに消える。

 まやかしだったのかと思うほどすっかりと、二人を取り巻いていた空気が通常の色を取り戻していく。

 すぐにナラカの足が地面を蹴った。炭化した右手で時臣を捕らえようと前に出る。しかしそれを阻むかのように、二人の間に水の壁ができて、彼女の腕を横へ押し流した。

 水は流れを変えて、ぐるりと時臣の周囲を取り囲む。

 時臣の持つ透明な刃の形状は刀ではなく鞭の形をしていた。先端は小さな碇の形に変化し、腕を振るうと足元で水が弾ける。

「なんかそれやらしーぞ。時臣君のへんたーい!」

「ははは、そうだね、俺も自分が普通だなんて思っていないよ。さて、それじゃあご期待に応えて――」

 左手を鞭に添えて、狙いをナラカに定める。

 細い笑顔の先でナラカはケラケラと笑っていたが、すぐに水流が足元をさらい体勢を大きく崩した。

 時臣の手はすかさず鞭を振るう。

 ビチィッ!

「いたっ!」

 隙を晒した彼女の太腿を打ち据え、水飛沫と血とジャージの切れ端が舞う。

 地面は茶色の濁流に変わり、意思を持ってナラカの足を止める。

 ぐらりと身体が傾けば、狙い済ましたかのように鞭の音が鳴った。

 掴むことができない水の鞭は、幾度も彼女の身体を打ち据え、その度に皮膚が裂け、血とジャージが削り取られていく。余裕だった表情も次第に苦悶に変わり、大地を踏み割る勢いで彼女の身体は壁まで跳んだ。

「そんなら、これでどうだっ!」

 ダンッ! 二人を取り囲む魔法の障壁を足場にして、顔は真っ直ぐ時臣を見る。垂れた水色の髪が湿りを帯び、彼女のあられもない姿をところどころ覆い隠すように張り付いた。

「今そっち行くから」

「うん。近づけば勝機はあるかもね」

 時臣は嬉しそうに笑った。

 このナラカはどんな姿になろうとも戦う意思を手放したりはしない。不屈の意思が時臣に火をつけて、彼の黄金の瞳は爛々と輝く。


 黙りこくった観衆の中で、向谷は眼鏡をクイッと持ち上げた。

「鞭で女の子痛めつけて笑うなんて、やっぱ鬼畜ッスねあのお兄さん」

「お兄様のあんな表情、私見たこと無い……」

 からかうつもりで言った向谷に、清姫は言葉を返すことなく呟いた。

 震える手が朽ちた龍の髪留めを胸元に押し付ける。

 向谷はんんっと咳払いして隣をチラ見して囁く。

「……いいんっすか?」

「何がだ」

「いや、彼女慰めてあげるチャンスっすよ? 上手くいけば清姫ちゃんとお付き合いできるかもしれないッス」

「そうか」

 空返事だけ返したオウマの顔は、頑なに試合に向けられていた。

 清姫の泣きそうな横顔を見て、向谷はまた眼鏡を持ち上げる。

「やっぱりあんたたち色々とおかしいッス……」

 呆れたように頬杖付いて、彼女はそっと後ろから清姫の肩を叩いてあげた。


 壁を蹴ったナラカは水の鞭による乱打を両手で弾き飛ばし、時臣の目の前に着地した。

 濁流がすぐさま彼女の足元に群がり、動きを封じようとするが、手を伸ばせば届く距離にある彼女の足止めなど意味が無い。

 時臣は鞭の形を変えてナラカとの間に水の壁を作る。

「いらっしゃいナラカ」

「ふっふー、おっじゃまっしまーす!」

 時臣の不敵な笑みがナラカの笑みと重なる。

 ドッ――

 真素を纏ったナラカの拳が水の障壁を貫通し、時臣の腹に深々とめり込んだ。

 彼の身体は壁まですっ飛んで、試合開始直後と逆の光景がそこにでき上がる。

 ビヂッ!! 派手な音を立てて外壁に激突……ズルズルと下りていく。砂をつけたことの無い青いジャージの上着は拳の衝撃で派手に裂けて、目は完全に閉じ、緑の髪は水気でぐしゃぐしゃになっていた。血も程々に彼の顔を汚した。

「お兄様っ!」

 駆けつける清姫の声に、時臣は首を上げる。

 滲んだ視界の中央には水色と赤い影。ナラカがにじり寄っていた。

「こっちに来ないで! やめてっ!」

 叫び、壁を叩く清姫の目の前に、真っ赤な手が伸びて人差し指を上げた。

 しーっ。

 時臣は彼女の唇を押さえるようにして……。

「清。俺は大丈夫だから、心配しなくてもいいよ」

 膝を抱えて立ち上がった。

 口から零れた血を手の甲で拭い取り、ピッと地面に打ち捨てる。

 しっかりと握られた刀の欠片、虹色の光を宿した数珠は、彼の戦う意思がまだ尽きていない事を皆に示した。

「時臣……がんばれよーッ!」

「お兄様っ!」

 壁越しの声援が蘇り、彼の背中を押す。

 満身創痍と呼んで差し支えない身体をふらつかせながら、時臣は両手を合わせた。

 数珠が緑色の光を放つと、傷だらけだった背中が徐々に癒えていった。

「ふうっ……ナラカはよくこんな痛みに耐えられるね」

「そーでしょそーでしょ。時臣君もこれからはもっとナラカちゃんのこと敬うのだ!」

「それはオウマに譲るよ」

 ぴくりと、視界の端で動いたオウマの表情に、時臣は笑みを取り戻し両手を解いた。

 正面には既にナラカが居る。

 傷は完全に塞がり、腕を組んで堂々と胸を張っている。

 だがジャージは時臣に輪をかけてボロボロである。

「詠唱するから、少し待っててくれるかな?」

「んー……だめっ」

 ぺろっと笑うナラカの踏み込みが地面を割った。

 時臣はふらつく身体を後方へ飛ばそうと試みるが、彼の行動を待つより早くナラカの蹴りがわき腹を薙いだ。

 ゴキッと嫌な音を立てて、勢いよく弾けた時臣の身体は空中でバランスを取りながら、壁の傍で足を着ける。

 押し黙る観衆の視線の先で、どうしてか痛みを訴えたのは時臣ではなく、蹴りを入れたナラカの方だった。

「いったーい!」

「迂闊だよナラカ。無防備だと思って直接的な行動に出るのは君の悪い癖だ」

 時臣の手首で数珠が緑の光を湛える。

 握られた透明な欠片と彼の腕には、ナラカのものと思しき返り血がこびりついていた。

 ナラカの足は、膝が変な方向へ捻じ曲がって……。

 ゴキゴキ。ひねって戻して、ナラカはまた駆け出す。

「晶煌……いや、これはもういいかな」

 時臣は数珠を手首から外して刀の欠片を捨てる。

 数珠の輝きが徐々に消えて、緑色の髪を束ねるアクセサリーへと逆戻りした。

「あ、時臣君またナラカちゃんを油断させようって魂胆ですな! そうは問屋がおろしがねーってもんですよ」

 油断せず目の前で急停止したナラカを、時臣はうんうんと頷いて迎えた。

「慎重になるなんてナラカらしくないね。それだと相手に隙を見せているようなものだよ」

「んあ! さっきと言ってること違うじゃない!」

「先ほどは先ほど、今は今だ」

 緩い会話を挟んで、ちっとも緩くないナラカの拳が時臣の居た場所を衝撃で薙ぎ払う。

 ドオオオッ――背後の壁も揺れる。

 時臣はひらりと宙を舞いながら、そよ風で体勢と乱れた髪を直した。

 深い青をしたナラカの瞳が彼を執拗に追い、握られた拳には更なる力が込められる。

 揺らめく真素の波動はすでに拳のみにとどまらず、彼女の身体全体を包み込むほどになっていた。

「怖い怖い」

「全然怖そうじゃないー! 笑ってるし!」

「ははは」

 笑顔でナラカの攻撃を避けた時臣のすぐ傍で、再び衝撃が地面を深く抉って土砂を壁一面に塗りたくった。

 幾重にも重なる振動と騒音に観衆は耳を塞ぐ。

 風に乗る時臣の身体を視界に収めながらナラカは腕を組んだ。

 むーっと、口と眉毛がへの字をつくる。

「さっきから時臣君逃げてばっかりでつまんない」

「そうだね。じゃあ今度はこちらから攻めよう」

 遠くへ着地。

 ナラカが迫る。

 時臣は何の準備もせず、詠唱も無く、ただ突っ立ったまま彼女を見ていた。

 観衆は残らず疑問符を浮かべている。妹の清姫も兄が一体何をするのか皆目見当も付かないようで、不安そうに見守るばかり。

 ただ一人、オウマは手に顎を乗せて難しい顔をした。

「あいつ……」

「オウマ先輩には、あのさわやか鬼畜先輩が何するかわかるんッスか?」

「想像はつく」

「なんッスか、なんッスか? 勿体つけずに教えてくださいッス!」

「見ていればわかるから、離れて試合を眺めていろ。うっとおしい」

「えー」

 擦り寄って頬を密着させる彼女の髪からブルーベリーの香りが漂い、オウマは身を離しながら説明を拒んだ。オウマは呆れた表情のまま親友の不敵な笑みを眺める。


「……おしゃべりしながら戦った方がいいかな?」

 楽しげに、時臣は体の力を抜いてつま先でトントンと地面を叩いていた。

 彼の余裕が場の雰囲気をいくらか和らげていく。ナラカも、時臣がたまに見せるこういう子供っぽいところが嫌いではなかった。

 なので笑顔で答える。

「そだね、そっちの方が楽しいし!」

「うん。あ、ナラカは口を閉じた方がいいかもしれないけどね」

「それどういう意味――」

 ムッとしたナラカの眼前で、時臣は拳を硬く握り、少し緩めた。

 きらりと光る物が指の隙間から出てきて、ナラカは身構える。

「魔法の詠唱は隙を生む。これは誰にとってもそうだし、常識中の常識だね」

 トンッと地面を打つ時臣のつま先に合わせて、ナラカの立つ地面が隆起した。

「わわっ! 不意打ちかー、このー!」

 突き上げるような土の棘を拳で砕き、ナラカの視線は時臣に向かう。

 時臣は右腕を振って、四本の刃物を投擲した。風に乗ってナラカを目指すのは、二度も彼女の手首を切り落とした透明の刃だ。

 ナラカの身体は横に跳ぶ。四本の内一本だけが彼女の足首に突き刺さったが、残りは地面に転がって消えた。

「詠唱の隙を埋めるために、術者は何人かでグループを作るか、距離をとって戦闘に臨む事になる。本来の戦いというのは、こんな場所で面と向かって行うようなものではない」

 時臣の左手が振り下ろされ、残る四本の刃がナラカに迫った。

 彼女の拳が空中で刃を打ち砕き、足に刺さっていた一本も抜いて握りつぶした。

 カシャンと儚い音が鳴り、光が空中に散った。

「詠唱をいくつかの短い節にして順次発動させてやれば、無防備な時間を減らすことができるね」

 右手の二本の指を立てて、時臣は空を指す。

 縦に空間を裂く指の動きとほぼ同時に、閃光と雷鳴がグラウンドに轟いた。

 それは清姫が使った魔法とよく似た落雷だった。

「接近戦を想定して、武具を身に纏うのも悪くない」

「けほっ」

 ナラカの周囲が黒焦げになっていた。

 時臣が振り下ろした右手は、そのまま地面に触れて彼女の足元を隆起させる。

 同時に彼女の視界を水が塞ぐ。

「ちょ……時臣く……」

「強大な魔法を手に入れるために、修練と学習を重ねて詠唱を覚えても、発動しなければ意味が無い。そんな事は始めからわかっているのに、なぜ未だに詠唱という文化が廃れていないのか」

 言葉を発しながら、時臣の手は次々と色を変えてナラカに魔法を放ち続けていた。

 火が、土が、水が、風が、それ以外の数多くの魔法が矢継ぎ早にナラカを攻め立てる様子は、やけくそと言えるくらいに遠慮も見栄えもあったものではない。

 幾たびも色を変え、雷鳴が彼女の視界を奪い、炎が肌を焼き、水が喉を締め上げ、土が足をすくい、風の刃が肉を裂いた。

「強い魔法でなければ打ち破れない相手がいる。詠唱を破棄した弱い魔法ではきっと太刀打ちできないような相手がいる。それを打ち負かす為に、やはり詠唱と言うものは必要不可欠だ」

「時……つめたーい!」

 ナラカの声を遮るように、水がバシャッと彼女の身体を濡らした。

 ヒュンと風の刃が喉笛を切り裂き、血が水に混ざる。

 手で止血しようとしたナラカの行動を阻害するように、今度は水が腕をパキパキと凍りつかせていく。

「……だあああああーー! もうっ、うっとおしいー!」

「詠唱以外にも魔法を強める方法はある」

 ナラカは身を取り囲む障害を振り払って時臣の下へ駆けていくが、不意に足元に発生したぬかるみに捕らえられ、大げさにすっ転んだ。

 びたーん。べちゃり……。

 顔まで泥に浸かり、ぷるぷると拳が握られる。彼女の身体を包み込むように、その泥は形状を変えていく。顔を上げたナラカは、体をまさぐる泥のくすぐったさで変な笑いをこらえていた。

 彼女が動けない隙に、時臣はゆっくりと後退する。

「ぷ……くふ……」

「この大会では道具の使用は許可されているね。詠唱と道具の二つを組み合わせて、より強力な魔法を行使するということも可能だ」

「……ぷは、時臣君真面目にやってよ!」

「やってるさ」

 ふくれっ面で、地面に拳を打ち付けるナラカ。

 轟音とともに泥が残らず吹き飛んで、彼女の身体は自由を取り戻した。

 ヒュン……。

 すかさず跳んできた刃を指先でキャッチしてパキッと半分にへし折った。

「お見事っ!」

 パチパチパチパチ。

「どういたしまして! って、ちがーーう!」

「違うのかい?」

「違わないけど」

 ドーン!

 落雷が彼女の周囲を黒焦げにした。

 けほっと口から煙を吐いて、ナラカは首を振る。

 ドーン!

 続け様に落雷が――。


 ……。

 観衆は目を丸くしていた。

「オウマ先輩」

「見ていればわかると言っただろ」

「いや、全然意味わかんないッス!」

 呆れてものも言えなかった向谷は、オウマの横顔を見ながら額に指を押し当てて唸る。

「あれじゃ勝てないッスよ……」

「そうだな。いくら小技を連発したところでナラカはやれん。そろそろ真素が尽きて時臣はギブアップするはずだ」

「じゃあなんであんな意味不明な事するんッスか?」

「相手がナラカでない場合を想定してみろ。お前ならあの攻撃に耐えられるか?」

「そりゃ……無理ッスけど」

 今も繰り出され続ける魔法の乱打は、的確にナラカの動きを制限し、彼女の足をひとところに留めていた。

 時臣が戦いながら語っていた詠唱についての持論が向谷の頭をよぎる。

 これだけの隙を生み出せるのならば詠唱などいくらでもできるだろう。

「戦う相手が自分より強い力を持っていたとしても、それを無理に打ち破る必要は無い。お前もナラカに引っ張られすぎだ、少し頭を冷やせ」

「……何考えてるかわかんない顔して色々考えてるんッスね。あのさわやか鬼畜先輩」


 オウマの言葉通り、程なくしてナラカを苦しめていた魔法が途切れた。

「反撃の、ちゃーんす!」

 目を光らせたナラカは、闘牛の如く鼻息を荒くして身を屈める。

 しかし時臣の両手が高らかと持ち上がり、降参を意味するポーズをとると、審判である担任が試合終了の合図を出した。

「そこまで! 勝者は三年二組水咲ナラカ!」

「えー!? どうして!?」

「ははは、ごめんごめん。真素がもう無いんだ」

 さわやかな笑みで敗北宣言をして、時臣はナラカに近づいた。

 吹っ切れたような笑顔の彼とは反対に、ナラカのふくれっ面は最高潮に達していた。言動も伴って、いつも以上に幼く見える。

「むー」

「ナラカの勝ちだよ。もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだい」

「納得いかなーい!」

 障壁が開放されたというのに、拍手も声援も無いままに、Dブロックの最終試合は幕を下ろした。


・・・・


 並んで教員の回復魔法を受ける二人。

 表面的な傷は最初から無く、体内もそれほど損傷してはいない。

 それよりもジャージがボロボロで、揃って酷い有様だった。

 ナラカを隠す布地は清姫との戦闘後よりマシだったが、ところどころきわどい場所まで切れ込みが入っている。カメラのシャッター音は……今は聞こえない。

 時臣は上半身がほぼ裸で、首に巻きついた青の布切れだけがかろうじてジャージの痕跡を残すばかり。露わになった腹筋と、締まった二の腕が鍛錬のほどを物語る。応援していた一組の声も、ナラカの二組と同様に静まり返っていた。

「お兄様」

「すまないな清。不甲斐ない兄で」

「そんな事ありません……それにお兄様が無事なら」

 駆け寄る妹の肩に手をかけ、時臣は舞台を後にした。


 三年一組の応援席。

 泣きはらしたような顔を袖で隠した清姫は、兄の隣に座って腕に寄りかかる。

 何と言ったらいいかわからない。そんな顔をした彼女は、じっと兄の言葉を待った。

 クラスメイトや応援団も彼の行動を待っていた。

 皆が、時臣が話し出すのを黙って待ち続けた……先ほどの試合はそれほどまでに鮮烈な印象を皆に刻み付けた。まるで彼が別人になってしまったかのようだった。

 いつものように、安心感を与えてくれる堂々とした時臣の言葉があれば、この空気も瓦解しただろう。けれど、時臣の口から放たれた第一声はどうしようもなく自分本位なものであった。

「次の試合は休憩を挟んだ後だったかな? 少し寝たいんだけど」

「……いいえお兄様。休憩は決勝の前です」

「そっか」

 周囲を一瞥し、時臣はがっかりした様子で横になる。

「ま、いいや。俺は少し眠るから。ナラカとオウマの試合になったら起してくれよ」

「次の準決勝は二人とも出ますよ。それより……先に着替えてくださいお兄様!」

「このままじゃダメかな?」

「ダメです! もうっ、お願いですからナラカさんみたいなこと言わないでください」

「ははは。彼女のがうつったみたいだね」

「もうっ」

 不機嫌な妹の頬をつつく時臣の笑顔は、無邪気な子供のようで、やはりどこかナラカに似ていた。

「時臣」

「……オウマか。負け犬の顔でも拝みにきたのかな?」

「ぬかせ」

 やってきた友人に自虐を投げて、時臣は笑みを浮かべた。

「ふふ。次はいよいよ準決勝だね。ナラカと当たる前に負けないよう、がんばるんだよ」

「要らん世話だ。勝つ気のない相手に負ける方が難しい」

 振り返ったオウマの視線の先には、次の対戦相手の姿があった。準決勝まで勝ち進んだというのに弱気な顔をしている。励まされても苦笑いを浮かべ、ちらちらとナラカの様子をうかがっていた。

「これは手厳しいね……肝に銘じておくよ」

 時臣はまるで自分のことのように返答して、コホンと嘘くさい咳払い一つ……。

「それで、なんの用だい?」

「先ほどの試合、あれはなんだ? どうしてナラカの攻撃を受けた。お前なら簡単に避けられたはずだ」

 オウマの一言に周囲の視線が集まる。思い出されるのは、彼が水の障壁を突き抜けて壁まで飛んできた場面……まだ鮮明に思い出されるその光景を浮かべて、皆が返答を待っていた。

「オウマにはバレてたか」

「当然だ」

「いや、ナラカの攻撃がどんなものか気になって一発だけ受けてみたんだ……手加減はしてくれたみたいだけど、死ぬかと思ったよ」

「殺しては試合にならんからな」

「そうだね」

 二人の会話を聞いていた清姫は、涙を堪えながら時臣の胸に飛び込んで、オウマは一歩外へずれた。

「お兄様のばかっ! なんでそんな危ない事を!」

「ははは。確かに馬鹿だった。ごめんよ清。もうしないから許してくれ」

 胸をぽかぽか叩く妹の髪を撫でながら、時臣は顔を上げる。

 オウマはもうグラウンドに向けて歩き出していた。

 迷いの無い彼の行動を羨ましく思う反面、どこか可哀想とも思える……時臣はもの悲しげな表情で彼を見送った。


 一面ボロボロになったグラウンドに新たな土が運ばれてきて、ナラカは興奮した。

「れでぃーすえん、じぇんとるめーん! あたらしい土の到着です。よーし、ナラカちゃんも手伝うぞー」

「こら水咲! 次の試合まで外で休んでいなさい!」

「えー、でもナラカちゃん全然元気だし、退屈だから手伝うよ?」

「いいから……水咲! 勝手に土を掘るな! ああもう……せっかく均したのに」

 ドゴーン!

 バゴーン!

「えんやーこらー、どっこいしょー。この辺まだ柔らかいぞー」

「やめんか!」

 拳が地面を叩き、平坦だった部分まで粉々になっていく。

 ナラカは時臣と戦った後、自分のクラスに戻らず、ずっとグラウンドに立ったままだった。

 三枝の呼びかけはあった。しかし、彼女は聞こえていないのか、反応を見せずに空を仰いでいた。

 何を考えているのか。何も考えていないのか。不気味に薄ら笑いを浮かべる彼女を迎えに行こうという殊勝な考えの生徒はついに現れず今に至る。

 土を弄る彼女の行動も、気を紛らわせる為の手遊びでしかない。教員を手伝いたいという善意からの行動ではない。ただあるがままに……そんな彼女を止められる者がいるとすればそれは、オウマをおいて他には無い。

「なにをやっているナラカ。遊んでないでさっさと戻れ」

「自分で綺麗にしたグラウンドで戦うと、普段の二倍楽しくなると思わない?」

「迷惑なだけだ。いいから早く来い」

「いひゃい! ほっぺたつままないでよ! もう、オウマ君は乱暴なんだから。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうぞ」

「知らんな。言うことを聞かないお前が悪い」

 互いに嫌味を投げかけながら、グラウンドの端へ戻っていく。

 ナラカの表情は嬉しそうだった。涙の粒が目の端に浮かんでいた。オウマはそれに気付いても、言及することは無く淡々と彼女を引っ張って、向谷の待つ二組の観客席へと戻った。

「ナラカさんおかえりッス」

「ただいまー。ナラカちゃん疲れちゃった」

「先程は元気と言っていただろ」

「さっきはさっき、今は今よ」

 時臣に言われた事をそのままオウマに言って返し、ナラカはボロボロのジャージを脱ぎ捨てる。

 人目もはばからず、オウマが教員から受け取っていたジャージを彼女に着せると、ぴょんぴょんと跳ねて胸を揺らした。

「はー、すっきり」

「……彼女の身体は目に毒ッスね」

 カチャリと眼鏡を上げて胸をさする向谷に、遠くで清姫も小さく頷いていた。

 準決勝が始まるまで少し時間がある。オウマは対戦相手の観察を止めて指輪に目を落とした。

 ぐっと握る拳に真素が集まると、指輪はそれに呼応するかのように虹色のてかりを強めた。

「なにやってんッスか?」

 向谷が覗き込むと、オウマは手を差し出して言う。

「お前が嘘を吐いていないか確かめていた。これなら左手は問題無く使えるな」

「信用してなかったんッスか、ショックっす」

「信用して欲しければこの指輪を外せ」

「それは無理だっていったじゃないッスか」

 答える向谷にオウマの冷たい視線が突き刺さり、彼女は白々しく目をそらした。

 口笛を吹くようなジェスチャーもあやしさ満点だ。

「なになに、二人ともどうしたのー?」

「この指輪が本当に外れないのかを確認していた」

「おおー! 見せて見せて! ナラカちゃんも触るー」

「おい、やめろ」

 きらりと虹色にてかりを帯びる金属のレア物は、ナラカの視線を釘付けにしてやまない。

 すかさず彼女の手が伸びて、オウマはさっと腕を引き戻した。

「触らせてよー」

「駄目だ。お前に見せると指ごと引き抜かれかねん」

「ちょっとだけならいいじゃん」

 指輪をつけ狙うナラカから逃れるため、オウマは渋々立ち上がる。

 砂のついたジャージの尻を払い、ナラカから手を遠ざけてグラウンドを眺めた。

 修復作業はようやく半分といったところだ。

「それにしても随分と派手にやったものだな」

「時臣君強くなってたからナラカちゃんもちょっぴり本気になっちゃった」

 土が担ぎ込まれる舞台。そこかしこに飛び散った土塊は徐々に形を消していく。

 指輪を狙う手は止まり、二人並んで立って、面白くも無い光景をじっと眺めていると時間はあっという間に過ぎていった。


・・・・


 準決勝。オウマはAブロック代表として、ナラカはDブロック代表として舞台に立つ。

 双方、対戦相手は姿を見せず、白線の前で突っ立ったままだ。

「おーそーいー」

 ナラカの口から不満が漏れる。オウマは担任の姿が近くに無いことを確認すると、ナラカの立つ隣の試合場へと近づいた。

 広いグランドの真ん中に位置する、会場を二分割する障壁に背中を預け、腕を組んだ。

 すかさず背後に駆け寄る音。ナラカの駆け足はオウマのすぐ手前で止まった。

「オウマ君のとこも遅いね……」

 返事を寄越さない彼の背中に自分の背中を重ねて、ナラカも真似して腕を組む。

 ……。

「ナラカ」

「んい」

「朝言った事を覚えているか?」

 オウマの質問に、ナラカは一拍おいて答える。

「忘れたかも」

「俺はお前の魔法が見たいと言ったんだ」

「……うん。じゃあ存分に見せてあげるぜ、あたしの実力をー!」

 シュッシュとジャブを繰り出す笑顔のナラカ。

 対称的に、オウマの顔に笑みは無かった。

 壁の外からの視線はどれも冷めていて、声援は三枝の声一つだけ。ナラカはそれに手を振って応えていた。オウマは時臣を見る。彼は制服に着替えて、妹と並んで二人を眺めていた。

 試合場の外周で教員が動き出すと、オウマは腕を解いた。

「そろそろか」

「ん? あっ!」

 隔てるものが消えて二人の背中が触れあう。

「BブロックとCブロックの選手が棄権したため、これより決勝戦を行う! Aブロック代表三年三組草薙オウマ。Dブロック代表三年二組水咲ナラカ。所定の位置について合図を待つように!」

 教員の声を受けて、オウマは歩き出した。

 ナラカも、すぐに振り返って後ろ歩きで下がる。

「えへへ……思ったより早かったね」

「緊張しているのか?」

「そだね……ちょっとだけ。でも戦ってればすぐに調子戻るよ」

「そうだな」

 立ち止まり、振り返ったオウマの瞳は、黒から赤へと変化する。

 左右の拳の周囲が揺らめいて、脚にじりじりと力が入った。

 ナラカはいつも通りの棒立ちで、わずかに視線をそらす。

「それでは、試合始め!」

 教員の言葉と同時に黒の閃光がナラカを横から突き飛ばした。

 衝撃は壁を伝い、激突したナラカのダメージを皆に知らしめる。

 観衆は目を疑った。息を呑む間もない。

「油断するなナラカ」

 ナラカが最初に立っていた場所は地面が陥没して、その中央に掌を突き出したオウマが立っていた。彼の身体は再び消えて、綺麗に均された地面に点々と歪なクレーターを残す。

 衝撃。

 一拍の後、オウマの姿は試合場の端にあった。

「避けたか」

「えふっ……」

 壁際でナラカの身体が横にずれて、その耳元にオウマの掌があった。

 腹を押さえ、口から血と咳を吐きながら彼女は地面を蹴る。

 後退する彼女のつま先を、オウマは加減無く踏みつけた。

「逃がさんぞ」

 地が裂ける。ナラカのつま先は靴ごと拉げて、赤い肉片が壁に飛び散った。

 悲鳴。狼狽。

 周りは盛り上がるどころか、より一層静かになる。始まる前はお祭りムードだったこの大会も、蓋を開ければこのざまである。

 通夜のような雰囲気が辺りを包み込む中、場所は二転三転し、再び衝撃が会場のど真ん中で炸裂した。

「上手く防いだな」

「あ、あったり前よ。さっきはちょっと油断しただけ。これからがナラカちゃんの真骨頂なんだから」

 砕かれたつま先を浮かせたまま、オウマの拳を左手で受け止めたナラカは、彼の拳を握りつぶそうと力を込める。

 オウマは気にせず反対の拳でナラカの腕をへし折った。

 メキリと硬質な音が鳴ってオウマの拳が開放されると、ナラカは折れた腕を横に振ってオウマの身体を強引に突き飛ばそうとする。

「あれ?」

 しかしオウマは身を屈めて彼女の懐にもぐりこんだ。

 背負い投げの要領で、ナラカの身体が逆さまに宙を舞う。

「きゃー!」

「いちいち叫ぶな」

「ひはうっ」

 空中で彼女の背中に双掌が叩き込まれ、身体は地面に着くことなく壁まで飛んでぶち当たる。

 ゴロリと寝転がったナラカを見つめながら、オウマの瞳は赤色を失った。

 フウゥ……。

 長い息吹。胸の前で掌を合わせ、目を閉じて腹の底から呼吸する。

 再び目を開くと、オウマの黒い瞳には赤が宿っていた。

「いたた……ちょっとは手加減してよ」

「休んでいる暇は無いぞ」

「えー」

 体力回復の暇も与えないオウマの追撃が、まだ地面に寝たままのナラカに迫る。

 手をついて跳ね起きた彼女は、すかさずオウマに向かって砂を投げつけた。

 オウマは地面にできたくぼみを利用してこれを回避する。散弾銃のような苛烈な攻撃も、オウマの身体を捉えるには至らず、ナラカは悔しそうに指を鳴らす。

「おしいっ! もうちょっとだったね」

「どこがだ」

 くぼみからひょっこりと顔を出したオウマの正面で、ナラカは髪を整えながら笑いかけた。

 オウマが立ち上がると、彼女もしっかりと構えて、全身に真素を纏う。さながら陽炎のような周囲の揺らめきは、オウマが拳に纏うそれよりもはるかに大きい。

「行くよオウマ君」 

「来い」

 今度はナラカの身体が観衆の眼前から消えた。

 爆音と砂煙を立てて飛び出した彼女の身体は、オウマの突進に比べるといささか精細さに欠ける。猪突猛進なその性格を良く表現して、迫る眼前の敵に拳を振りかぶって……。

「てりゃあ!」

 気の抜けた掛け声とともに放たれたのは、技術もへったくれも無いただの拳の振り下ろし。

 それが一撃必殺のハンマーが如く、地面のくぼみを巨大なクレーターへと変貌させ、広がった衝撃波はグラウンドを覆う壁全体を大げさに振動させた。

 土塊が舞う。ナラカの青いポニーテールが天に靡く。

 顔を上げた彼女の、深い青の瞳は、その正面に赤色の光を二つ捉えた。

「威力だけは申しぶんないな」

「どうやって避けたの?」

 ナラカの疑問に答えは返ってこない。代わりにオウマの掌打が彼女の鼻っ面に叩き込まれる。

 顎がのけぞり、鼻血が宙に赤い線を描く。

「んが……」

 さらにオウマは肘を折り、踏み込んで、鋭角に彼女の鳩尾を強打する。

 内臓を突き抜けるような衝撃に、ナラカは思わず口を押さえた。

 とどめとばかりにオウマは身体全体を使った強烈な打撃を彼女の胴体に叩き込み、再びナラカを壁まで突き飛ばした。

 これで幾度目か。ナラカが壁に叩きつけられる音は、およそ正常な人体が発していい音ではない。それを受けてなお、けろっとした顔で立ち上がる彼女も彼女なら、涼しい顔をして彼女の復帰を見守るオウマもオウマである。

 深い息吹と合掌の後、彼は再び目に光を宿す。

 それが試合再開の合図。地面は砕け、既にグラウンドは時臣との試合後よりもガタガタになっていた。


 衝撃がぶつかり合う中、壁の外では時臣と清姫に歩み寄る向谷の姿があった。

 紫色の髪はブルーベリーの香り。茶色のブレザーとプリーツスカートがジャージだらけの観客席に華を添える。

 あやしげに光る眼鏡の奥で、彼女の目は時臣に笑みかける。

「お隣いいッスか?」

「どうぞ」

「だめですっ」

 すかさず時臣と彼女の間に清姫ガードが入る。

 向谷は清姫の隣に座って膝を立てた。

「ここで正座なんて、痛くないんッスか?」

「痛くありません。魔法で浮いてますから」

「あ、なるほど」

 ふわり、優しく広がったスカートをつまみ上げようとする向谷の手をペチンと叩き落して、清姫は大きな咳払いをした。

「それで、君もなにか話したいことがあってここに来たんだよね?」

 試合を見たまま声だけ投げる時臣に、向谷も同じようにして返答する。

「これって、何の大会だったッスかね……」

「国立第四学園の伝統行事、魔法大会だよ」

「魔法、関係無いッスね」

 拳と拳、体と体のぶつかり合いを眺めながら、向谷は眼鏡をつまむ。

 誰もが疑問に思うであろうこの質問に、時臣は失笑気味に返す。

「こういうのもたまにはいいと思わないかい?」

「ま、いいッスけど」

 飛んできた土が壁を打つ。

 血と肉片の混ざった泥が観衆の眼前に塗りたくられると、悲鳴を飲み込む音がした。

「それで、ほかに聞きたい事は?」

 と話を振っておいて、時臣は手を出して向谷の返事を遮る。

「あ、ちょっと待って!」

「なんッスか急に」

 清姫も向谷と一緒に振り向いて、時臣の横顔を見た。

「俺も質問したいことがあったから、一回づつ交互に質問しようか」

「……いいッスよ」

 向谷の返答を聞いて、時臣はようやく彼女に振り向いた。

 その笑みは、悪戯を思いついた子供のようで、清姫と彼女を不安にさせる。

「じゃあ向谷さんからお先にどうぞ」

「……ああ。ナラカさんのことッス。彼女、ナルカミの子ッスよね」

「うん。彼女とオウマの母はナルカミだね」

「やっぱりそうだったッスね。あの髪の色と、尋常じゃない真素量を見た時からそうじゃないかって思ってたんッス」

 合点がいったと頷く彼女の隣で、清姫は頭に疑問符を浮かべた。

「どうして向谷さんが二人のお母様の名を知っているのですか?」

「そりゃ戦姫ナルカミっていえば国防軍の象徴ッスよ? 空の色を映した髪に真っ赤な瞳。彼女の魔法は天変地異と見紛う程とか。彼女一人で敵艦隊を圧倒したって噂もあるッス。弱小国だったこの国を守り抜いた英雄の一人として有名なんッスから」

「へえ……」

「あれ、清姫ちゃんはあんまりそっち方面詳しくないんッスね」

「そうだね。オカルトやその界隈では有名かもしれないけど、清は箱入り娘だから。お勉強以外のことはまだまだこれからだよ」

「お兄様っ!」

 ぺちんと膝を叩かれて、時臣は嬉しそうに清姫のふくら顔を見た。

「ははは、それじゃ清の次は俺の質問だね」

 さらっと質問ゲームの順番に清姫を入れて、時臣の視線は向谷に刺さる。

 彼女はぐっと唾を飲み込んだ。

「向谷さんの眼鏡って、代えはいくつあるの?」

 ……。

 沈黙の後、向谷は眼鏡をつまんだ。

「んと、これは通学用だからスペアはいつも三つ持ってるッス。あと家で使うのと外出用と、読書用と勝負眼鏡と――」

 指折り数える彼女の両手が閉じて開いて、ウンと頷いた。

「だいたい二十個以上あるッスかね」

「すごいね。じゃあ次は向谷さんの番だ」

 とても興味無さそうに試合に目を戻した時臣のとなりで、清姫の背中が申し訳なさそうに丸まっていた。

「踏み込んだ質問してもいいッスか?」

「どうぞ」

「二人って異母兄妹だって話だったッスよね。さっきの話だと母親は一緒みたいッスけど、どっちが本当なんッスか?」

 向谷の表情が変わる。

 清姫はおどおどしながら、時臣の笑みを横から見上げていた。

「オウマとナラカの両親は同じ。父親は軍人だったね。二人とも別々に住んでるけど、小さい頃はよく父親に連れられてうちに修行に来てたよ」

「へー、じゃあオウマ先輩にもナルカミの血が流れてるって事ッスね」

「お兄様、あまりその……」

 袖を引く清姫に応えて、時臣は口をつぐんだ。

 試合場からナラカの呻き声が聞こえて顔を上げた清姫は、凄惨な場面を目撃する。

 目を固く閉じて深呼吸する間にナラカは再び元の姿に戻って、オウマと打ち合っていた。

 向谷も試合に目を向けた。

「それにしてもよく避けるッス。私と戦った時もほとんど当たってくれなかったッス」

「オウマは目がいいからね」

「……なんの魔法なんッスかね」

「それは質問かな?」

 悪い事を考えているような表情が、向谷の口に蓋をする。

 彼女は質問を諦めて清姫に順番を譲る。

「次は清姫ちゃんの番だったッスね」

「え?」

「ほら、質問ッスよ。お兄様になにか聞きたい事があるなら今の内ッス」

「あ、えっと……それじゃあ」

 もじもじ指を動かしながら、横目でうかがう兄の表情はいつもと変わらない微笑。

 隣からの期待の眼差しも後押しして、清姫の口がもごもごと動いた。

「お、お兄様の……今ほしい物って、何ですか?」

 顔を赤らめながら勇気を振り絞った清姫に、時臣は真っ直ぐ顔を向けて顎に指を添える。

 わざとらしく考えあぐねて。

「んーそうだねー。あえて挙げるなら、清の笑顔かな?」

 ぽんっ、と湯気を立てて赤くなる清姫の隣で、向谷が落ちそうになった眼鏡を支える。

「くっさ! くさいッス!」

「失礼だなあ」

「ふ、ふふふ……」

 清姫の笑みが袖の下からもれて、時臣は満足そうに顔を戻す。

 緊張感の無い会話の最中も血と土と火花を散らす戦いは繰り広げられていた。

 打撃音は空気を震わせ、踏み込みが地面を揺らす。

 ナラカの速度がオウマに追いつき始めている。オウマもそれに対応して彼女の攻撃を上手く捌いていた。優勢は依然としてオウマに変わりは無い。彼はまだナラカの攻撃を一撃たりとも受けてはいなかった。

「さて次は俺の質問だね。せっかくだから清に聞いておこうかな」

 ゴクリ。唾を飲んだ向谷の隣で清姫が姿勢を正す。

「清は、俺とオウマのどちらが本命なんだい?」

「え?」

「あ、それ私も気になってたッス」

 好奇心に満ちた表情が左右から迫り、清姫の顔はサッと手の中に隠れる。

 耳まで赤くして。真っ赤になった彼女の視線は指の隙間から、グラウンドを走るオウマと、隣にいる時臣を見比べて……再び手の中に隠れてしまった。

「うぅ、答えられません……」

「ま、そうッスよね。本人が目の前にいるのにこんな質問するなんて意地悪すぎるッス。さすが変態鬼畜先輩ッス。容赦無いッス」

「君だって聞きたがってたじゃないか」

 向谷はここぞとばかりに悪口を投げまくり、時臣は残念そうにとほほと息を吐いて肩の力を抜いた。

「清」

 まだ顔を上げない清姫の肩をとんとんと指で小突いて、彼女が顔を上げたタイミングで時臣は彼女の額に軽く唇を触れさせる。

「俺が悪かったから、顔を上げてくれるかい?」

「お兄様……」

 こくっと頷いて手をおろす清姫に、時臣は笑みかけて顔を正面に戻した。

 向谷はげんなりした表情で頬杖ついてあぐらをかいていた。

「ちょろ過ぎッス……清姫ちゃんって優しくされたらころっと騙されるタイプっすね」

「こういうところも可愛いだろ? 自慢の妹さ」

「呆れてんッスよ」

 しばし無言のまま試合を眺め、清姫の熱が程々に冷めた頃合で、向谷は再び質問に戻る。

「それで私の質問ッスけど、オウマ先輩の魔法の事を教えてほしいッス。あれ、予知能力か何かッスか? だったらちょっと占ってほしい事があるんッスけど」

「未来のお婿さんの名前、とかかな?」

「違うッス」

 言いつつ壁の内側を見た。


 ナラカの拳がオウマの手の甲を滑るように逸れて、彼女の顔面には掌打が打ち込まれる。

 鼻血が二人の間で弾けた。

「こ、こんなの全然……」

「遅いぞナラカ」

 ナラカの脚が持ち上がる瞬間、オウマの拳は彼女の膝の皿を打ち砕き、体勢を崩した彼女の胴体に致命的な一撃を叩き込む。

「かひっ……」

 内蔵の潰れる音がして、ナラカは吐血しながら地面を転がった。

 二人の距離が遠ざかる。

 ナラカは身体も起さずに石を掴んでぶん投げた。

 オウマは彼女の反撃を見届けて呼吸を整える。その場から動かず、頬の傍を石が通過するのを見送って赤い目を開いた。


「あれッス。どう見ても、最初から当たらないのがわかってたッスよね?」

「うん。でも予知じゃなくて予測だね。オウマは目が赤い時、普段より長い時間考える事ができるようになるらしいんだよ」

「考えるって……それであの動きができるとは思えないんッスけど」

「動き自体はシンプルな自己強化を使っているに過ぎないよ」

「嘘ッスね。何の詠唱も無くあのレベルの魔法を利用できるなんて聞いた事無いッス」

 きっぱりと言い返す向谷に、時臣はふふと笑って説明する。

「詠唱破棄の応用だよ。思考で術式を組み立てることによって言葉に出さなくても真素を直接利用できる形に変えられる。これが詠唱破棄の基本だってことは知ってるだろ? オウマにはその為の時間がいくらでも取れるから、結果的に詠唱するより強力な魔法を詠唱無しで使えるよね」

「理論上は確かにそうかもしれないッスけど……達人でもせいぜい車に追いつくくらいが限度ッスよ? あんな馬鹿みたいな加速、一瞬でやろうとしたら廃人になっちゃうッス」

「一瞬でやろうとするなら、そうなるだろうね」

「……考える時間があるって、比喩か何かじゃないんッスか? 実際には別にカラクリがあるとか」

「比喩かもしれないし、そうじゃないかもしれない。そこはオウマにしか体感できない事だから、俺も彼に聞いたことしか語れないよ」

「そッスか……」

 難しい顔をする向谷の横で、清姫はじっと黙ったまま、首を何度も傾げていた。

「時臣先輩。オカルトな話しになるッスけど……三億年ボタンって知ってるッスか?」

「質問は一人一回づつだよ」

「くっ……もういいッス。あんたに聞いた私が馬鹿だったッス。とにかくオウマ先輩には考える時間がいくらでも取れるっていうことッスよね。よくわかったッス。ありがとッス」

「どういたしまして。さあ、次は清の番だ」

 むすっとした向谷から視線を外した時臣は、妹の俯いた横顔に声をかけた。

 清姫は恐る恐る兄に問う。

「オウマ先輩は一体どれほどの時間、ナラカさんと戦い続けているのですか?」

「そうだね……オウマから聞いた話を参考にすれば、自己強化魔法の再使用に四時間程、今ので約八十時間になるね。加えて戦いの最中にも気は抜けないから、もしかすると一週間以上は戦い続けているかもしれないよ」

「そんなに……」

 不安そうな清姫の視界で、オウマの赤い瞳は今もナラカを追い続けている。

 飽きもせず、それどころか笑みを浮かべたような表情すら見せるオウマの心情がいかなるものか、清姫には察する事ができなかった。

「それでは次は俺の番だね……どうしたんだい清姫?」

「いえ。なんでもありません」

「あんたが変な質問ばっかするからッスよ。清姫ちゃん困ってるじゃないッスか」

「ごめんごめん、そんなつもりは無かったんだよ。許しておくれ清」

「い、いえ、気にしてませんから」

 もじもじして咳払いした妹に、悪戯な兄はコホンと嘘くさい咳払いを並べる。

 向谷もジト目で眼鏡をつまんで時臣の質問を待った。

「さて、ではこれを見てくれるかな」

 時臣は、どこから取り出したか一冊の雑誌を二人に見せびらかしながら笑顔をつくった。

 向谷は眼鏡をつまんで顔を寄せる。

「月刊魔法科学情報誌『ムートン』の最新号だ。会員予約注文限定で、これが最終号になるんだけど、今回は世界の終末予言特集だったかな。もちろん向谷さんは知ってるよね?」

「もちろんッス。初刊から最新号まで持ってるっすよ。時臣先輩も購読者だったんッスか……」

「いや。合鍵を借りて君の部室からこっそり拝借してきたんだよ」

 ずるっとこけそうになる向谷の身体を清姫が支えて戻す。

 視線は細くなって、まるで時臣のような薄目で彼女は不満を垂れた。

「なにやってんッスかあんたは」

「学園支給の費用で購入された書物は全て、図書委員長である俺が精査しなければならない。何かの手違いで清姫の目に有害な情報が入っては事だからね」

「それ私物なんッスけど」

「お兄様は生徒会役員のはずですが……」

「うん」

「……で、なにが聞きたいんッス」

 投げやりな言葉を寄越す向谷に、時臣は雑誌の一ページを開いて渡す。

 清姫も彼女と一緒にページをしげしげと眺めた。

 時臣の指が文字を指し示す。

「ここ、古の預言書によると今日がその終末の日に当たるらしい。かつて英雄に封印された魔女の王がこの世に復活し、世界は再び暗黒の時代へと戻るだろう……とある」

「そう書いてあるッスね。それで?」

 冷ややかに聞き返した向谷に、時臣はむっとした顔を作って返す。

「気にならないのかい?」

「終末予言なんて一度も当たった事無いし、この雑誌だってほとんど趣味で買ってるようなもんッスから」

「ふむふむ。ところでこの雑誌、毎号一つ付録がついてるみたいなんだよね」

「そッスね……」

 向谷の眉がぴくりと持ち上がる。

 時臣は嬉しそうに本を閉じて、ページの後半を開く。

 開封された袋とじの表面には、付録と思われるアクセサリーの写真と名前が記載されていた。

 虹色に輝く指輪。

「綺麗ですね」

 うっとりする清姫の隣では、向谷が難しい顔をして眼鏡を正していた。

「今回の付録は『魔王の卵』だそうだ。古の魔女の王が封印されている指輪を模したものらしいけど、これをどこかで見た記憶があってひっかかってるんだ」

「オウマ先輩がしてる指輪がそれッス。ていうかその白々しい芝居やめてもらえないッスかね。いい加減うんざりッス」

「これは地だから気にしないでくれ。それじゃあ次は君の質問タイムだ。何でも答えてあげるよ」

 まるでにらみ合い。威嚇のし合い。清姫はおどおどと一歩下がる。

 先ほどまでの和やかなムードは一変し、互いの喉下に剣を突きつけるような剣幕で……今度は向谷が口を開く。

「あんたどこまで知ってるんッスか?」

「君の素性から目的までほぼ全てと言ったら大げさかな。この雑誌を手に入れているという事は、魔女会のメンバーで間違いないはずだ。もちろん教員にはそのように伝えてあるよ」

「いつから?」

「質問は一回」

「くっ……」

 一瞬だけ笑みを消した時臣の前で、さながら異端審問にかけられる魔女のように、向谷の視線が下に落ちて手でぎゅっと裾を握り締める。

「清姫ちゃん、次の質問をどうぞッス」

 額に汗の粒ができる。明らかな狼狽と、周囲の視線を気にしだした彼女へ、清姫は心配するような瞳を投げかける。

「私はもういいです……」

「やさしいね清は。それじゃ俺の質問だ。魔女会のメンバーは何人くらいいるのかな?」

「そんなの知ってても答えるわけ無いッス」

「それは残念」

「質問ッス。どうしてそんなに詳しい事情を知ってるんッスか」

「家が大きいとそれだけ知らなければならないことも多くなってくるものさ。ああ、だけど君達の事を調べたのはあくまでもついでだよ。軍部にあった資料を見てたら載ってたんでね」

「ついでって、何の?」

「焦るのはわかるけど、質問は一回づつだよ」

 舌打ちをして不機嫌を隠しもしない向谷に、時臣は笑顔を保ったまま質問をする。

「そういえば向谷さんはナルカミの事も知りたがっていたね……正確には彼女の血を持つ者に感心があったというべきかな。どうしてだい?」

「好奇心ッスよ。有名人の子供が同じ学園に居るんだから気になるじゃないッスか」

「そうかな? まあそういうことにしておいてあげよう」

「……あの二人、学年が同じってことは双子なんッスよね」

「そうだね。彼等の父はオウマを別の家に預けて、兄妹だということを隠していたみたいだけど。正真正銘二人は血の繋がった双子の兄妹だよ」

「……」

「質問はいいのかい?」

「あんたの番ッス」

「ふふ、魔王の封印を解いた後、君はどうするつもりだったのかな」

「さあ? その先のことは考えて無かったッス」

「世界の終末それ自体が君の目的と言うわけか」

 そうだとも違うとも応えず、向谷は淡々と質問に移る。

「オウマ先輩の髪、なんであの色になったんッスか。ナルカミの子は皆かならず澄んだ水色か、空色をしているはずッスよね?」

「オウマは一度死んでるからね」

「は? なんッスかそれ」

 身を起そうとする向谷の隣で、清姫がさっと時臣の肩に手を乗せる。

 耳打ちするように彼女は兄に告げる。

「お兄様、そのことは……」

「いいじゃないか、もうすぐ世界は終わるようだし、清も今言っておきたい事があったら気兼ねなく言っておいた方がいいと思うよ。それとも清が彼女に説明してくれるのかい?」

「私は……」

 暗い表情で口を閉ざした清姫を、向谷の不審そうな瞳が待ち受ける。

 重くなった空気は、壁に飛んできたナラカの足音でかき消された。

 ダンッ! 靴は擦り切れて原型をとどめず足首に巻き付いていた。裸足で壁に着地した彼女が地面に降り立つと、その深い青をした瞳は三人を流し見て不満に染まる。

「あ! 向谷さんまで混じって楽しそう! いいなー、あたしもこっち早く終わらせて混ざりたいなー」

 ふくら顔で文句を口にする彼女に毒気を抜かれたのか、向谷の肩から力が抜けた。

 清姫は彼女を一瞥しただけで、また俯いてしまう。

「よそ見している暇は無いぞ」

「え、あっ――」

 ぐぢゃりと気持ちの悪い音が壁越しに響いて、清姫は腕を抱いて竦み上がる。きゅっと閉じられた彼女の目を時臣は優しく手で覆う。

 オウマはナラカの頭を踏み砕き、足先で胴体を引っ掛けて反対側の壁まで蹴り飛ばした。

 仲のいい兄妹が見せる凄惨な試合の一場面が、時臣以外のすべての観衆から笑顔を奪った。

 黒くくすんだ彼の瞳には光の欠片さえ映さないような闇があった。合掌と息吹で再び彼の拳が真素の揺らめきに包まれる。

 赤い……血の様な色の瞳から真素の光が溢れ、オウマの頬を伝う。まるで泣いているかのように。

「時臣。余計なことをべらべらと喋るな」

「わざとナラカをこちらに飛ばしたね」

「だからどうした」

「オウマ。俺に構ってる暇があったら、もっと彼女を見ててあげないと、彼女も本気にはならないよ」

「言われるまでもない」

 オウマの跳躍が会場の壁を揺らし、彼の身体は消えた。

 ナラカと正面からぶつかり、衝撃波が土煙を巻き起こして視界を悪くする。


「話を続けるかい?」

「次はあんたの質問ッスよ」

「それじゃあ思い切って聞くけど、向谷さん、こちらに付く気は無いかな?」

「仲間を売る気は無いッス」

 きっぱりと応えて眼鏡をつまんだ。

「それで、さっきの話ッスけど、オウマ先輩が死んだってどういう意味ッスか?」

「言葉の通りさ。オウマとオウマの父、水咲志燕(みずさきしえん)はナラカの魔法で灰になった。今の身体はナラカがその灰から蘇生したものに過ぎないんだ」

「死人を蘇らせるって……それ禁忌じゃないッスか」

「そうだね。もし誰かに通報されれば彼女は投獄されていたか、死ぬまで利用され続けただろうね」

 悲しげな清姫の表情を察して、時臣は頭を撫でてあげる。

 向谷の視線はナラカへ。

 砕けた骨も、引き裂かれた肉も、潰れた内蔵も、すぐに元通りになって、彼女の顔に笑みが戻る。

 異質な精神の持ち主が見るものに与える印象は、狂気と呼ぶにふさわしい。

「彼女自身もオウマを生き返らせる際に肉体を失ってね。今はオウマと同じく、ほとんどが真素によって形成されている」

「不死身な理由はそれッスか」

 おかしいと思った。

 そう思っていたはずなのに、ナラカとオウマの試合を見ていると、なぜか死なないのが当たり前だと思い込んでしまう。桁外れの力が見るものの常識を容易く歪めてしまう……“ナラカに引っ張られすぎだ”と、オウマに言われたのを思い出し、向谷は眼鏡を取って眉間の皺を伸ばした。

 時臣は彼女が一呼吸するのを待ってから新たな質問に移る。

「魔王の卵の封印を解くのに必要な条件は、大量の真素ともう一つ。依り代となる人間の肉体が必要不可欠……だったね」

「そうッスね」

 オウマには隠していた事実を、あっさりと認めて開き直る向谷。

 その表情はどこか影がかかったようで、視線は真っ直ぐに試合に向けられていた。

「依り代というのは、例えば土でできた人形や、藁のようなもので代用してもいいのかな?」

「わかんないッス……やったこと無いんで」

「ふむふむ」

 顎に手を添えた時臣。彼は足元に置いていた雑誌をもう一度拾い上げてページをめくる。

 魔王の卵に関すること。終末予言に関すること。歴史の裏で虐げられてきた魔女達の、悲痛な独白など、見るものによっては興味を惹かれる内容が書かれている。

「……どうしてあんたはそんなに落ち着いていられるんッスか」

「終末予言なんてものは当たらないと相場が決まっている。君もそう言っていたじゃないか」

「そうじゃなくて、オウマ先輩の事が心配じゃないんッスか? あの人の身体を魔王の器に使おうとしてるんッスよ?」

 思わず声を張った向谷に対して、時臣は失笑を漏らす。

「事態の張本人が生贄の心配をするなんてお笑い種だよ」

「あんた……やっぱり軍に関わる人間は皆同じ。人でなしッス」

「全く持って同意見だね。さて、次は俺の質問――」

「もう質問ごっこは終わりッス。あんたには付き合ってられないッス」

 立ち上がってスカートの砂を払った彼女に、清姫は小さく頭を下げた。

 時臣はかまわず口を開く。

「魔王の卵は合計で十六個、今は各学園にひとつづつあってオリジナルはその中の一つだけ。レプリカはナルカミの子から真素を集めてオリジナルに受け渡すための道具に過ぎない……これで合ってるかな?」

「……知らないッス」

「君のお仲間はもっと素直に答えてくれたけど、君は随分と強情だね」

「彼女達に何したんッスか……」

「それは質問かな? ふふふ」

 向谷の視線を待ち受けていたかのように、時臣の視線と重なった。

 薄ら笑いが彼女の背筋を凍らせる。

 眼鏡をつまむ指先が震えていた。

「その眼鏡、通信機だよね?」

「知ってたんッスね」

「ああ、最初からね」

 真素による遠隔通信が、彼女の脳内と魔女会のメンバーとを繋ぐ。

 ノイズのように意識の隅で声が鳴って、安定していく。

“あ、あの、こちらヴァイオレットっす……”

“ん? ああどうもー。いきなりどうしたの?”

 ……繋がった。

 この大会の間、幾度も交信しようとして、その都度無音が返ってきていたのは、きっと時臣が今まで妨害していたからなのだろう。

 ようやく聞けた仲間の声に安心して、向谷の頬が緩む。

“えっと、指輪の事なんッスけど、真素は集まりそうッスか?”

“あーごめん、その事なんだけどさ。あたしら止めることにしたのよ。あれ? あんたの方にも連絡したはずなんだけど、届いてなかった?”

“へ? 聞いてないッスよ”

“ごめんごめん”

 目を丸くした向谷に、仲間は軽い言葉を紡ぐ。

“てかさ、指輪のこと全部ばれちゃってて、学校の方で没収されちゃったのね。でも聞いてよヴァイオレット。学校がさ、私等のこと退学にするどころか就職とかこの先の面倒見てくれるって言うのよ。私等ってほら、魔女じゃん? だから働き口もあんま無いし、これから先、生きてくんならそういうのあった方が何かと楽だと思うの”

“……裏切ったんッスか”

“裏切ったっていうかなんていうか。あたしさ、もう彼氏もいるし、本当はそろそろ落ち着きたかったのよね。皆も――”


 ブツリ。

 眼鏡から指を外した向谷の頭の中で、糸が切れるような音がして、通信は途絶えた。


「指輪のオリジナルは今オウマがつけているもので間違いないね?」

「……」

「逃げるつもりなら諦めた方がいいよ」

「だれが……」

 涙の粒を目尻に浮かべ、向谷は眼鏡のレンズを擦る。

 二枚の半透明な円盤が彼女の頭上で陽光を集めはじめる。

 間を置かず、投擲された二本の短刀がレンズを砕いて彼女の周りを光の粒子で彩った。

「場外乱闘がしたいのなら後で相手になるけど、今はもう少しだけ二人の戦いを眺めていようと思わないかい?」

 不機嫌極まりない向谷は、その場に座り込んで膝を抱いた。

 ぐしぐしと袖で涙を拭う彼女の肩に清姫の手がそっとかけられた。


 不死者の戦いは苛烈にして凄惨に、血と肉を散らせて笑う。

 ナラカの真素は開始直後と比べて三倍程にまで大きくなっていた。

 平均的な人間の一日の真素消費量を、ほんの数分で消費してしまうような馬鹿げた使い方だというのに、彼女はけろっとした顔で拳を繰り出す。

 地が爆ぜて、オウマの体が瓦礫とともに宙を舞った。

 二つの赤い光を追って、ナラカの顔が持ち上がる。腕に力を込めて彼女は駆けた。

「ちゃーんす!」

「遅い」

 一瞬だけ、オウマが地面に手をつくのが早かった。

 片手で地を抉り、後方へ跳んだ彼目掛けてナラカが拳を突き出す。

 視界のすべてを吹き飛ばす勢いで繰り出された拳は、オウマの身体を周囲の瓦礫ごと壁まで押しやった。

 振動と騒音に、観衆はもう何の反応も示さなかった。

「……ナラカ」

「なあにオウマ君?」

「どうして魔法を使わない」

「……ふふーん。魔法をつかわなくったって、ナラカちゃんは強いからです!」

「その程度では俺には永遠に勝てんぞ」

「それはやってみなければわかりませんぞ」

 ナラカが気合を入れると、周囲の真素はさらに規模を広げた。

 ただ立っているだけで地面が振動し、周囲にある土煙はナラカを避けていく。

 広いはずのグラウンドが、酷く狭く感じるのは気のせいではない。

「行くよー。これで逃げ場は無いんだからっ!」

 ナラカの声が地面から離れる。

 真素が、壁を削るような騒音を立てて、ナラカはオウマを目指す。

 視界に映す二つの赤い点が、いつも以上に赤く感じられた。


「どうしてッス……」

「ん?」

「どうしてあんたは、オウマ先輩が出場するのを止めなかったんッスか……彼が魔王の卵を身につけてるって知ってたのに。ナラカさんがその封印を解く為の真素を供給できるってことも知ってたのに」

「二人を気遣ってくれてありがとう。でも俺は別に魔王を復活させたいわけじゃないし、どうしても阻止したいってわけでもない」

 向谷が顔を上げる。

 時臣の横顔は、嘘をついてからかっているようには見えなかった。

「この国の今の在り方が気に食わない。それは君も同じだよね。魔女が歴史の背景でどれだけ辛く苦しい生を強いられてきたか、俺も知らないわけじゃない。その為に君は魔女の王を復活させようとしていたんだろ?」

「そうッス……でも、もういいッス」

「俺は、そんなどこの誰とも知らない魔王なんかに自分の希望を委ねるなんてまっぴら御免だね」

 だから、と、時臣は立ち上がる。

 壁際まで近づき、手を触れさせる。まるで胎動しているかのような深い振動が伝わる。

 今も中で激しい死闘を繰り広げている二人を感じながら、その衝撃が重なる瞬間、時臣の細い目は開いた。

「真を糧として深淵より舞い戻りしは魔の王。世は静かに、人は大らかに……されどもその罪を贖うべくは無知蒙昧の徒と、我は思ふ」

「何やって……それ、復活の呪文ッスよ!?」

 向谷の言葉を背に受けても、時臣が振り向く事は無い。

 詠唱とともに、ナラカとオウマの間で虹色の光が大きくなっていく。


「はれ? この光なんだろ、綺麗だね」

「向谷……いや、時臣か」

 振り返るオウマ。

 その隙を逃すまいと、ナラカは彼の身体を後ろから羽交い絞めにした。

「やめろナラカ、なにをやっている!」

「ふっふー、ナラカちゃんはそんな脅しには屈したりしないのである。観念しろっオウマ君!」

 振り払えないナラカの腕。彼女はオウマに頬ずりしながら胸を押し付けた。

 狼狽するオウマの視線は時臣の顔を壁越しに見て、その意図を探ろうとしていた。

 時臣は二人を見たまま、静かに詠唱を呟くのみ。

「汝が魔道の果てに見た叡智、時を経て再び我等が前に示せ……すべからく統治されるべきはその眼前に映る全てであれ」

 虹色の輝きはオウマとナラカを包み、周囲の壁もろともそこにある真素を指輪に注ぎ込んでいく。

 そして。

 ガラスの割れるような音が一つ。指輪は粉々に砕け散った。

 土埃の中に現れた異形のシルエットには、大きな二本の角があった。

 グラウンドの上空だけが紫色の雲に覆われ、その内より悪魔を象ったおどろおどろしい門が現れると、観衆の目は上を向いて息を飲んだ。

 ――魔王の復活は成された。

 事情を知る誰もがそう思った。

「……時臣の奴め、最初からこれを待っていたのか」

「んあっ、オウマ君のほっぺた、何かごつごつするぞー?」

「お前もやめろ!」

 土煙が晴れて、中から現れたのは、雄山羊のようなねじくれた角を持つオウマらしき人物と、その背にすがり付いて彼の頭部にある角に頬ずりするナラカだった。

 オウマの瞳は相変わらず赤いが、その強膜(しろめ)にあたる部分は黒く変質していた。肌の色も青みがかった紫で、手足の爪は鋭く伸びて、まさしく悪魔と呼ぶべき姿を皆の目に晒す。

 風に靡く髪はナラカより濃い青色をしていた。

「オウマ君……ちょっと背伸びた?」

「うっとおしい」

 脚をぷらんぷらんさせていたナラカの腹を肘で打つと、彼女の身体は大げさにすっ飛んで壁にぶち当たる。ビターンと貼り付けになって、ようやく彼女もオウマの異変に気付いた。

「あ、オウマ君がモンスターになってる。ぷっ……くぷぷ……似合わないの」

 指を差して笑うナラカの前で、オウマは恥ずかしげに頬を掻いて時臣のもとへ歩み寄る。

「ふふ、その身体、よく似合ってるよ」

「御託はいい、さっさと説明しろ」

「オウマの身体を依り代にして魔女の王を復活させた。どう? 違和感は無い?」

「無いな。むしろ魔法の制御が楽になった」

「そうだろうね。君に足りなかった真素量もナラカと他の学園のレプリカから無事補充されたみたいだし。これで無理に彼女を本気にさせる必要は無くなったわけだ」

「……それとこれとは話が別だ」

 壁際を去り、ナラカに向き合うオウマ。その背で、時臣は子供のような笑みを浮かべていた。

 駆け寄る向谷と清姫に、時臣は振り返りながら忠告する。

「壁から離れていた方がいいね。俺はこれからちょっと行くところがあるから、清は向谷さんの傍から離れちゃだめだよ。いいね?」

「え? は、はい、いってらっしゃいませ」

「ちょっと待つッス!」

「すまないが時間が無いんだ」

 有無を言わせず立ち去る。

 残された二人は黙って応援席へ戻った。少し離れた位置で、同じように何か言いたげな顔をして並んだ。


 グラウンドではナラカが準備体操をしていた。ボロボロのジャージはもはやビキニと見まごう程になっていて、清姫の視線も恥ずかしそうに足元へ落ちる。

 オウマは手を握り、新しい身体の感触を確かめている。黒い爪のある手を開けば、紫色の炎が彼の青白い頬を染めた。

 赤黒の瞳がジロリとナラカに戻る。

「準備はいいか?」

「ばっちりですぞ!」

 へへっと笑うナラカにあわせて、オウマも邪悪な笑みを浮かべた。

 天に手をかざす。

 黒い稲光とともに異形の門が開かれ、そこから無数の悪魔らしきものが出現する。

 次々と、呻き声を上げながら障壁にかじりついて、それらはナラカを狙っていた。

「やはり入れんか……」 

 オウマは掲げた手を握る。

 ビキビキと天井にヒビが入り、魔力でできた障壁が容易く砕け散る。

 これまで、幾度二人の攻撃を受けてもびくともしなかった壁が、たった一握りで砕かれた。

 教員達の間に不安が走る。それを見越していたかのように、時臣の声が拡声器によってグラウンド全体に響く。

『ここから先の戦いは壁越しでも危険ですので、全校生徒はグラウンドの端に集まってください。教員は障壁の準備をして待機。急いでください』

 言うことだけ伝えたら、彼は拡声器の電源を切り、持ち主へと返却した。

「ありがとう三枝君」

「い、いや、いいっすよ」

「ふふ、向谷さんみたいな話し方だね。それじゃ、君もあちらへどうぞ」

 時臣に招かれてグラウンドの端で待つ皆のもとへ。

 三枝は二組の生徒に紛れて試合を眺める。時臣は一組に戻った。すると清姫の隣にいた向谷はすぐに時臣を呼んだ。

「ちょっといいッスか」

「なんだい?」

「魔女の王は……復活したんッスよね?」

「彼女なら恐らくもう居ないんじゃないかな」

「……どういうことッスか」

「君がしようとしていた三億年ボタンの話。もし精神だけが三億年何も無い場所に飛ばされたら、いかに強靭な精神を持つ者でも耐えられず発狂してしまうだろう……あれはあくまでも思考ゲームの一種だけど、同じ状況がオウマと魔女の王との間であったのなら、どちらが先に音をあげるだろうね?」

「そんな……」

「古の魔女の王も、オウマに比べればただの人間だったというわけだ」

 愕然とする向谷の視線の先には、やはり魔王ではなくオウマと呼ぶにふさわしい人物が居た。

 堂々とした態度。迷いの無い瞳。

 姿形は変わっても、やはりそれはオウマだと皆が理解していた。

「行くぞナラカ!」

 叫んだオウマ。

 以前より長くなった手足が構えを取った瞬間、ナラカは「あー!」と声を上げて水を差した。

 上空に待機した悪魔達も、つんのめるように体勢を崩した。

「ちょっと待って、ナラカちゃん武器持ってくるから」

「……早くしろ」

「んい」

 腕組みして爪の先でトントン叩くオウマを横目に、ナラカはグラウンドの端まで駆けた。

 教員が障壁を解除するのを待たず、彼女の拳が目の前の壁を打ち砕く。

 開いた隙間から彼女は猛スピードで教室に書け戻って行った。


「むちゃくちゃッスね……オウマ先輩も彼女も」

「二人の行動は見ていて飽きないよね」

「どうしてこんなのが一学園なんかにおさまってるんッスか……」

「まだ子供だと思われているからだよ。彼等だけじゃない、君もそう、時期が来れば皆ちゃんと剪定されて軍部に入隊することになる。優秀な兵士ではなく軍の備品としてね。ここはその為の学園なんだ」

 あえてクラス中に聞こえるよう、時臣は言った。教員は黙って彼の言葉に耳を傾けていた。

 初めて聞いた事実に驚くものも居れば、暗い顔で察する者も居た。

「だからあんたはこんな真似したんッスか」

「そう。力を得て肥えただけの軍部の連中なんかに、大切な妹を渡すつもりは無い。そんな事をするくらいなら世界なんて滅んだ方がましだと思ってるよ」

「見上げたシスコンっす……」

「ふふ……出自を呪うだけなら誰にだってできる、でもそれ以上のことをやろうとするなら話は変わる。せっかくいい家に生まれたんだから、これを利用しない手はないだろ?」

 隣に居る清姫の肩を抱いて、時臣は頭を寄せた。彼女の方もまんざらでは無さそうだ。

 一歩引いた向谷の寒い視線は気にせず、時臣は言う。

「君達魔女会の協力も既に取り付けてある。各学園に居る彼女達はそのバイパスになってもらったんだよ。これからは軍部でなく、魔法学園と魔女会がこの国を支配する」

「だから私にも協力しろってことッスか? 虫が良すぎるッスね」

「そうだね。でも行くあてはないんだろ?」

「……まあ、今よりいい国になったら、その時は住んであげてもいいッス」

 外した眼鏡を眺めて、向谷はため息をこぼした。


「おまたせーっ! ごめんね、これ探してたら時間かかっちゃった」

 ナラカの一声で観衆の視線がグラウンドに戻る。

 彼女は着慣らした制服に身を包み、ヒラヒラとスカートを巻き上げてターンする。

 お上品にぺこりとお辞儀すると、その先でオウマの目が開く。

 待ちくたびれたかのように、つま先でトントン地面を打つ彼に、ナラカは悪びれもせずに胸ポケットから小さな玩具を取り出して見せた。

「じゃじゃーん! ねえねえオウマ君。これ覚えてる?」

「忘れてたまるか。それはお前が俺を殺した時に持っていた物だ」

「“物”じゃないよ、まじかるステッキだよ! それにオウマ君死んで無いし!」

「お前が殺して生き返らせたんだ。もう忘れたのか?」

「んー……思い出したかも。ごめんね」

「謝る必要は無い、思い出したのなら説明も要らんな……ナラカ、今度は全力でかかって来い、でなければ次に死ぬのはお前だ」

 まるで悪役のような一言を皮切りに、オウマの周囲の空気が澱む。

 粘質な水あめに絡めとられたみたいに、圧縮された真素は彼の腕全体を包むほど大きくなった。

 戦闘スタイルは今までと変わらず、省エネモードでまずは様子見といったところだ。

 凶悪な面構えになったオウマを正面に捉え、しかしナラカの表情にもこれまでとは違う気迫がみなぎっていた。

「オウマ君、強くなったね……」

 ぎゅっと胸元で握り締めたまじかるステッキは、ピンク色の色彩と星のような装飾がちりばめられている。成長した彼女の手には少し小さかった。

 ナラカはポニーテールだった髪を解く。

 ニカッと、太陽のような笑みをして真素をステッキの中に凝縮させていった。

 輝きを増すステッキとナラカの身体は、楽しげに荒れた地面を舞い踊っていた。

「お空にきらきら、お月さまのびすけっとー。はんぶんこして、一つはナラカちゃん! もう一つはオウマ君にあげちゃおう。あまーいあまいーびすけーっと」

 くるくるとステッキを掲げて気の抜けた歌を披露するナラカ。

 誰も彼もが沈黙に包まれ、天井から見下ろす悪魔達も毒気を抜かれてしまったかのよう。

 しかしオウマは無心で拳に込めた真素を強め始めた。


「先生。二人の周囲にある障壁を解除して、こちらへ真素を回してください。できれば三重程に……」

「だがそうすると学園の外にも被害が及ぶんじゃ……」

「避難指示は既に出してもらいましたから。それに、今の壁ではどの道被害を防げません」

 時臣の声に了解を示し、教員は言うとおり生徒達の周りにだけ障壁を発生させる。

 分厚い壁は三重で、やや見えにくくなった試合を生徒たちは前かがみになって見つめた。

「お兄様……」

 不安そうな清姫の身体を横から支える時臣に、向谷が質問しようと立ち上がった。

 あのふざけたやり取りは何なのか……問おうとした彼女の眼前に、その答えは空から降って沸いた。

 あれがナラカの詠唱。

 無邪気に、気の向くままに、この世界に存在する真素を自らの力と変えて解き放つ。

 白昼の流れ星は、雲を散らせて降り注ぎ、グラウンドに集まる悪魔を一瞬の後に塵に変えていった。耳を押さえても鳴り止まない轟音と振動の中で、観衆は世界の終わりを予見する。目に見えるもの全てが白く染まり、轟音が止んだのは一分ほど後のことだった。

 三つある障壁の内、一つが粉々に砕けているのが見える。

 既に原型をとどめていないグラウンドの中央でナラカはまだ踊っていた。この破壊をお祭りのように楽しんでいた。彼女の笑顔の先にはオウマの姿もあった。

「派手にやらかしたな」

「ふっふっふ、久しぶりだったからナラカちゃんはしゃいじゃった!」

 嬉しそうな彼女に、オウマも笑みで返した。

 空にあった門は跡形も無く砕けて、辺りに散らばる残骸には悪魔のものと思しき肉片がこびりついていた。オウマはその一つを踏みにじり、身体を包む真素の壁を解いた。

「こちらからも行くぞ!」

「おっし、かかってきなさい!」

 オウマの踏み込みは今までと変わらず、目視が難しいほどの速度で彼女に迫る。

 間を置かず真素を圧縮した拳がナラカの拳とぶつかった。

 衝撃は台風のように、グラウンド外周の木を揺らし、枝を折った。

 拳と拳がぶつかる度に、衝撃の波が辺りを破壊していく。

「この程度か?」

「うー、オウマ君もしかして余裕? じゃあナラカちゃんも余裕を見せちゃうもんね!」

 両腕で突き飛ばすように放つ真素の衝撃波は、オウマの身体を大きく後退させる。

 ダメージは無い。彼の身体を包む障壁を越えられるほどの威力ではなかった。

 何をするつもりか、オウマの視線がにわかにナラカの顔に現れた悪戯心を見破る。

 彼女は大きく息を吸って、口元に両手を添えた。

 誰かを呼ぶように真下に向かって。

「らああーーーんど!! しぇーーーく!!」

 それは三枝の使った魔法と同じ。威力だけが桁違いな地震の魔法だった。

 大地が裂けたと形容してもいいくらいに、深い部分から土が掘り返され、上空へと噴き上がった。

 オウマの身体は土に包まれてナラカを見失う。

 それが目的だったのか、とオウマはすぐさま両掌を揃え、周囲に分厚い障壁を張った。

 土の雨を突き破り現れたナラカの拳には、キラキラと輝く魔法のステッキが握られていた。

「ひっさつ! シャイニングぅ、ドロォップ!」

「ぐっ……」

 ただの殴りつけ。そう言い表す以外には無い。

 乱雑な彼女の攻撃は光を伴ってオウマの障壁を軽々と打ち砕いて見せた。

 地面に叩きつけられた彼を確認できたのは、空に打ち上げられた土が全て落下した後のことだった。腕がもげて、右の角は半分に折れていた。

「隙だらけだぞオウマ君。そんなんではナラカちゃんには勝てませんのだ!」

 自信満々に腕組みするナラカの眼下で、オウマは身体を蘇生しながら立ち上がる。

 見上げれば宙に浮いて粒子を纏う彼女の……神々しくは無いがどこか神秘的な姿に目を奪われそうになる。

 ささっと視線を下げたオウマに、ナラカの追撃の蹴りが炸裂した。

 吹き飛ぶ地面。手ごたえは無い。

「あらま。避けられちゃった」

「そんな攻撃が俺に当たると思ったか?」

「思った。だってオウマ君あたしのパンツ見てちょっと隙だらけだったもん」

「……」

 恥じらいの掌打がナラカの身体を観衆のところまで突き飛ばす。

「いたた……」

「ナラカ、だいぶ調子を取り戻してきたみたいだね」

「あ、時臣君。清姫ちゃん達も、どしてそんなちっちゃいところに入ってるの?」

「ほら、よそ見は厳禁だよ」

「あわわ!」

 飛んできたオウマの蹴りを、ナラカは片手で弾いた。

「ふう、あぶなかったー。じゃあ戻るね!」

 障壁の外周にひびが入り、すかさず内側にもう一枚障壁が追加される。

 先ほどまでとは違う、確かな余裕がナラカの顔にあった。

 観衆の表情は徐々にほぐれていく。

 凄惨な殺し合いの記憶を、二人の遊ぶような試合が塗り替えていく。

「お日さまさまさまー、きょうもいい天気でございますぅ。葉っぱも元気に光を浴びてー、てかてかキラリン! うわあまぶしいー!」

 伸ばした手で影を作り、ナラカは空を見上げて真素の火球を生み出す。

 太陽の魔法。その熱が地面に陽炎を生み出した。

「させんぞ!」

 オウマの身体がナラカに迫る……しかしその黒いジャージからは煙が立ち上り、手足には熱傷ができ始めていた。

 額を伝う汗を拭う暇も無く、詠唱中のナラカに拳をつきたてた。

 ゆらり……揺らめく陽炎の中に彼女の残像は消えて、オウマはしまったと周囲を観察する。

 彼女の姿はオウマのほとんど真横に位置していた。

「汗くさーい」

「汗ではなく服が焦げた臭いだ」

 肘打ちをすると再びナラカの身体はゆらめいて消えた。

 じりじりと肌を焼く熱線。再生は追いついているが、徐々に高まる熱量とともに、頭上の火球が大きさを増していることにオウマは気付いていた。

「……次は灰にならないでね」

「ああ」

 二人の呟きとともに太陽は徐々にその高度を下げた。


 観衆は身を寄せ合う。

「これはまた大きいね。以前見た彼女の魔法より強くなってるよ」

「馬鹿なこと言ってないで、何とかするッス。これ、あんたが招いたことじゃないッスか」

「ははは、それは無理だね」

 膝の中で震える清姫の頭を撫でながら、時臣は穏やかな顔をしていた。

 向谷の目が、未だ信じられないものを見るような目をして二人の試合を眺めている。

「あんたが支配したがってる国、今日で終わるかもしんないッス……」

「そうだね。終末予言も案外当たるものだ」

「……ほんとに」


 空は焼けて、辺り一面が光の中に沈んだ。

 黒い影が二つ並んで立つ。

 少女の影は嬉しそうに笑っていた。

 異形の影も嬉しそうに笑っていた。

 

「ふふ、馬鹿ばっかりッスね」

 この時代に生まれた魔女も、二人を見て同じように笑っていた。

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