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本拠地



 立ち込める黴臭い匂い。

 地面に散らばった、赤黒い液体の入った瓶や研究レポートと思しき紙切れ。

 足元を駆け回る何匹ものネズミ。

 そこら中に張り巡らされた蜘蛛の巣が堪らなく鬱陶しい。


 窓一つない、ほの暗い石造りの地下牢――

 次第に強まる歪な気配を道しるべに、俺たちは歩を進めていた。


「……あ、あのー、ドラゴリュートくん。そろそろ私も腰が痛くなってきたんだけどにゃー……だ、誰か交代してくれる優しい子は居にゃいのかにゃー……」


 不意に、キャットウォークが声を掛けてくる。

 やや消耗した様子の彼女――その背には、小さな影が乗っかっていた。

 そう、俺たちに襲い掛かってきた黒髪の女の子だ。

 先程までとは一転、至って落ち着いた様子で褐色の頬を緩ませ、すうすうと寝息を立てている。


 ったく――俺は舌打ちをして、言った。


「だらしねえヤツだな。そんなら、ほら。寄越せよ」

「え……あ、ありがとうにゃ。まさかほんとにOK貰えるとは……」

「俺が魔法で作った異次元空間にしまっといてやっから」

「あ、やっぱしいいにゃ。私が自分で運んでくにゃ」


 何だこいつ、人が折角仏心を出してやったってのに。

 俺はもう一度舌打ちをして顔を背けた。


 湿った、どんよりと重たい空気――暗闇にこつこつと靴音だけが響く。

 そんな閉塞感を伴う沈黙を、不意にキャットウォークが破った。


「……さっきは、乱暴な言葉を使ってごめんにゃさい。君が居なけりゃ、シルファちゃんはきっと立ち直れなかったにゃ」

「別に……んなこたねえと思うがな」


 唐突に告げられた感謝の言葉に、少し戸惑いながらも返す。

 キャットウォークは、そっか、と呟き――


「確かに、あの子はそんなにヤワな人間じゃあにゃいにゃ。……駄目だにゃあ、私も。それなりに付き合いは長い筈なのに、分からないことばかりだにゃ」


 それから、卑屈っぽく笑った。


「君には、ピンとこないかもしれないけれど。昔のシルファちゃんは、今よりずっと、その……とっつき難い子だったんだにゃ」

「とっつき難い?」


 よくある話にゃ、とキャットウォークは転がっていたビーカーを蹴飛ばした。


「魔力感知能力に優れた術師は、人の心にも敏感だから。ま、色々と察し過ぎちゃうんだにゃ――特にシルファちゃんは結構いいトコのお嬢様だから、きっとドロドロしたオトナの世界ってヤツに触れ過ぎちゃったんだと思うにゃ」


 だから、どこか達観したような所があって。

 無意識の内に、変なこととか、キツいこととかを言っちゃうことも多くて。

 家出も苦労が多かったらしいんだにゃ。

 話題が話題だし、突っ込んだ話は聞いたことがないけど……。


 ぽつりぽつりと語る彼女――ぴこんと猫耳を跳ねさせる。

 そういや、決闘の時にガンドウがそんなようなことを言ってたっけ。


「私もあの子と同じような才能を持っていたから、そういうしんどさがやっぱり理解できるんだにゃ。事情を知ってからは、なるべくたくさんあの子と話すようにして――段々棘は取れてきたんだけど、やっぱりどこかに壁があるんだにゃ」


 でも、とキャットウォークが微笑みかける。


「最近のシルファちゃんは、ほんとによく笑うようになったんだにゃ。どうしてかにゃあ、なんて不思議に思ってたんだけど――今日、ようやく分かったにゃ。君のお陰、だったんだにゃ?」

「……さあな」


 そんなの、知ったことじゃないけど。

 だけど――何も、俺だけの力って訳ではないだろうな。

 ガレットとブレイドルの顔を思いながら、短く言葉を返す。


「あはは、そうなのかにゃ。……昔は、人の気持ちが分かり過ぎるのが辛かったけど……今更になって、人の気持ちで悩んだり喜んだりするとは思わなかったにゃ」


 キャットウォークは再び笑って――何か、寂しいものを感じさせる空虚な笑いだった――前方を歩くガンドウを見やる。


「ガンドウとは、エストに入学する以前からの付き合いなんだけど……ここ最近のあいつは、シルファちゃんと反対にどんどん気難しくなっちゃって、さ。次に会ったら、思い切り騒ぎまくって、元気づけてやろうと思ったんにゃけど――でも、今のあいつは本当に別人みたいなのにゃ」


 ――彼は、さっきの一件以降、一言も喋っていない。

 ひたすら押し黙っているのだ――しかし、その様子は明らかに異常であった。

 時折身体を小刻みに揺すりながら、転がるゴミを蹴飛ばし――

 かと思えばぴたりと静止し、ニタニタと笑い――

 以前から狂気の片鱗を見せつつあったガンドウだが、今のそれは以前のものとはどこか質が違う。


 どう言えばいいのか、分からないけど。

 酷く静謐で――何というか、爆発の真反対の現象が起こっているみたいな。

 そういう気配が彼のエネルギーから発せられているのだ。


「――シズム、スズネ、ガンドウ。少し待って」


 突然、アクアマリオンが声を挙げた。

 彼女は神妙な表情でこつこつと石壁を叩いている。


「どうした、アクアマリオン。何かあるってのか?」

「そう。ここから先に、得体の知れない魔力の吹き溜まりがある。……それに、凄くたくさんの歪んだエネルギーも」

「魔力の吹き溜まりに、歪んだエネルギー……か」


 アクアマリオンと顔を見合わせ、頷き合う。

 ――ここが、連中の本拠地って訳か。



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